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15/22

15:対面

 そうこうしているうちに、季節が移り変わろうとしていた。

 いつのまにか、この邸にきて結構な日数が経っているんだなぁと感慨深い。

 あれ以来、特に毎日のすごしかたは変わっていない。


 ちょっと変わったことといえば、季節に合わせた服がいるだろう、ってシルス様が言って、仕立屋に私の服も頼むことになった。

 まったく社交の場に出ないのも、それはそれで変な噂になりそうだから、必要経費と割り切ってちゃんとしたドレスを少し。

 あとは、動きやすいものを選んで終了にした。

 いつもは普通のワンピースでいるし、このほうが楽だし……

 マヤには盛大に嘆かれてしまったけど、服より魔花の追加にお金を使いたいのよね。

 一応、シルス様に頼んだ数を確認してもらったら、少なめだと言われただけ。

 こちらのほうが好きだろうからと、とりよせられそうな魔花のリストのほうに大喜びしたしね。

 たまに友人がくるから、その時だけ着替えてほしい、とは頼まれた。

 そういう時はちゃんと猫をかぶります、と答えたら、笑われてしまった。


 とどいた服の一部は着てシルス様の書斎へ行った。

 布越しだから見えづらくても、スジは通したかったのよ。

 パーティー用のドレスで行くのは変だからしなかったけど、シルス様に見せる機会がないのよね……

 スポンサーのおかげで買えたんだから、報告は必要だと思う。

 って言ったらマヤたちが盛大に天を仰いでいた、お揃いのポーズにしては変じゃない?


 なんてことを考えていた、ある日のこと。

 この日は珍しく、夕食後に会うことになった。


「……テンタリッサ嬢」


 椅子に腰かけてすぐに私を呼んだシルス様の声は、少しだけ震えていた。

 もしかして体調が悪くてこの時間にしたのかしら、だったら今日は早々にお暇します、と口を開きかけたら。


「今日は、この、仕切り布を外そうと思う」


 ──え? とちょっとフリーズした。

 天井から下がっている仕切り布は、最初の日からずっと、二人の境界線を示すように存在している。

 中心で開くのではなく、多分端からなんだろう、布のつなぎ目は見えない。

 姿を晒したくないシルス様にとっては、必需品のはずだ。


「私、そんなに見たいって圧をかけていました……?」


 そりゃあ、触手を直に拝みたいのは本音だ。

 でも、嫌がることはわかっているから、抑えていたつもり。……だったけど、視線とか、気になったかしら。

 過度な場合はシルス様に警告されると思ってたから、油断していたのは事実かも。


「いや、そうでは……なくはないが」


 なくはないって言われた!

 漏れでていたらしい、反省だわこれは……

 萌え対象が目の前にいるのに、我慢するのは至難の業なのよ。

 でも、いいわけにするのはよくないわ。

 シルス様は優しいから、ずっと耐えてくれたのだろう。

 ああ、穴があったら入りたい。


「あれからもあなたの態度は変わらないどころか、むしろ好意的になってくれた」


 そりゃあ大好きな触手の持ち主ですから。

 親切で邸に置いてくれている事実だけでも好感度は高かった上に、萌えまで追加。

 人間と共生している触手がどういう感じなのか知れたのも、ものすごく嬉しかった。

 直接見られないのはめちゃくちゃ残念だけど、話を聞けるのはタメにもなったし。


「だから……見せても、いいかと、決心できた」


 ……光栄な話なんだけど、萌えの結果だと、なんというか、良心の呵責が。

 私はただひたすら、己の触手への愛を出していただけだし……


「私は喜ぶばかりの提案です。でも……無理そうだったら、途中でやめてくださいね」


 いつから人前に出ていないのか知らないが、一歩を踏みだすのはかなり大変だろう。

 シルス様の触手なら、私は引かないと断言できる。

 でも、相手がそれを信じられるかは別問題だ。


 どきどきしながら待っていると、するすると微かな音が聞こえてきた。

 これっって……繊毛の音?

 私から見て左側の布が、徐々に右へと寄せられていく。

 じっと凝視すると、布を引いているのは手ではなく、小さな触手たちだった。

 はじめは暗くてよく見えなかったが、器用に布の端をつまんで動かしている。

 何本もいるから、そこそこ重たそうな布も持てるのだろう。


「繊細な動きがかわいいですね!」


 はしゃいでうっかり口走ると、びく、と触手が震えた。

 驚かせたかと慌てた数秒後、再びゆっくり行動を再開する。

 ついに、私のすわっているところまで、触手が布を引いてくる。

 テーブルの奥には、濃い灰色の服を身につけたひとの姿がちらりと見えた。

 触手をガン見していた私は、服には気づいたが、視線は右へ流れていくかわいい動きに釘付けだ。

 途中で右側にいた、同じような別の触手にバトンタッチして、ついに仕切り布が反対側へ到着する。

 触手は上手にタッセルを引っかけると、机の上にあったランプに寄りつき、スイッチを入れた。

 なんてスムーズな動きなの!

 薄暗かった室内に、オレンジの光が生まれる。

 ランプは小さいが、質のいい魔石を使用しているのだろう、光量はしっかりしてよく見える。


「……あなたは本当に、触手ばかり見ているな」


 苦笑いする声は、もう震えていない。

 布越しではない響きは、いくらか違うような気がした。

 小さな触手たちは役目を終えたからと、するする袖口の中へ入っていく。

 ──ああ、だから、袖がかなり広くつくってあるのね。

 姿が完全に消えてから、私はようやく顔を上げた。


「──シルス様、ですか?」

「ああ、改めてはじめまして、テンタリッサ嬢」


 本人の右手で口もとを隠し、笑いをこらえている様子の男性。

 触手が入っていったしこの声なので、他に誰のはずもない。

 ないんだけど、私はびっくりして、うかがうように名を確認してしまった。


 ……だって、そこにいたのは、とても美形の男性だったから。


 黒に、白髪ではなく銀のメッシュが入った髪の毛と、深い青色の瞳。

 あまり日光に当たっていないのか、もともとなのか、やや色素の薄い肌はシミひとつない。

 声が低いイケボで年齢も上だからと、もうちょっとこう、失礼ながらおじさんを想像していた。

 とても私との年齢差が大きいようには見えない若々しさだわ。


「あの夜も間近で顔を見たはずなのだが……覚えていないかな」

「ラフレシアの触手に舞い上がってシルス様の触手が支えてるのに萌えで……いえ! その……そう! 意識が朦朧としていたので!」


 慌ててそれらしいことを言い繕ったが遅かった。

 我慢の限界に達したらしいシルス様は、楽しそうに笑いはじめた。


「まあ、だからこそ、あなたの触手好きが本当だと思ったのだが」


 信頼を勝ち取る決め手がシルス様の顔を覚えていなかったこと、って……

 喜ぶのは流石に間違ってるわよね、複雑な気分だわ。


「……妻の立場にいるあなたに言うのは、少し憚られるのだが」


 すまない、と前置きしてから、説明してくれたことによると。

 シルス様は後期族らしく、政略的な婚約者がいた。

 途中まではうまくいっていたが、触手が生えると関係は一変。

 お嬢様は絶対に結婚したくないと泣き喚き破談に。

 当時まだ存命だったシルス様のご両親は、ここで卑怯な手に出た。


 ──触手を隠して、他の令嬢との婚約をとりつけたのだ。


 シルス様の両親は、とにかく届けをすぐ出そうとした。

 貴族は一度結婚すると、離婚が難しい。

 バレないうちにサインしてしまえ、というわけだ──それって。


「欺し討ちじゃないですか」

「ああ、いくらなんでもどうかと思った」


 籍を入れればこっちのもの、って……流石に卑怯すぎる。

 その時に私がいればよかったのに。

 シルス様も最初の婚約者のことがあったので、両親の計画を知ると、自分から令嬢に触手を見せた。

 結果、彼女たちは無理だと逃げだしていき、結婚前にすべて頓挫した。


「それを数回繰り返して、やっと両親があきらめてくれた」


 つまり、シルス様は何度も、本当は晒したくない姿を見せた。

 同時に令嬢たちから、心ない言葉をぶつけられたに違いない。

 前世の私が触手好きだと打ち明けた時の、かつての同僚たちから浴びせられた言葉。

 あれも大概しんどかったが、その比じゃないだろう。


「シルス様は……優しいから。とても、頑張られたんですね」


 本当の姿を秘密のままに結婚しても、お互い不幸になるだけだ。

 だからシルス様の行動は、正しかったとは思う。

 でも、結婚しないと決まるまで、ものすごく傷ついたはずだ。

 受けいれてくれるかもと期待して、でも駄目で……なんて、一度だってつらいのに。

 ご両親もよかれと思ってかもしれない、息子を一人にしたくない、とか。

 でも、シルス様のためにすべきことは、それじゃなかった。

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触手なのにイケメン? サイコーじゃないですかっっ。
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