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16/22

16:素敵なのは

「──頑張った、と褒められたのは、久しぶりだな」

「ああ……す、すみません、偉そうに」


 顔も知らないご両親にもやついていると、シルス様が呟く。

 ……だってつらかったんですねとか、悲しかったんですねとか。

 思いだしてへこんでいる時に追い打ちをかけるようで嫌だったから、他にないかって考えたら、そうなったのよ。

 子供相手ならよくても、十以上離れた相手にかける言葉かと聞かれると微妙よね。

 慌てて謝ったけど、シルス様は笑みを浮かべたまま。

 すっと右手が伸びてきて、しゅるりと袖から触手たちが出てきた。

 腕より長いみたいで、机は大きいからシルス様の腕はとどかないけど、触手はそばまで近づいてくる。

 様子をうかがうように至近距離で止まってゆらゆらしたので、これは……! と指を寄せた。


 すると、一本がくるりと指に巻きついてた。


「……!」


 感動で声が出ない。

 あの夜の記憶も大分薄れていたけど、間違いない、あの時と同じだ。

 逃がすものかと反対の手で絡まっている触手をそっと包みこむと、また他の触手がその手に絡まった。


「す、すごいです……!」

「不快感などがなけれ」

「むしろ大喜びです!!!!」


 淑女にあるまじき勢いでわりこんで叫んでしまった。

 だって、だって!

 以前は本やネットで見ることしかできなかったシーンを自分が体験しているのよ。

 しかも、安全安心な状態で。

 これを喜ばなくてなにを喜ぶっていうの。

 体温より少し暖かいかしら? 植物というよりは、共生しているらしいから、温度はひとに近いのかもしれない。

 寒いと縮んだりするならそれも見てみたい、きっとかわいいわ。

 細いからか器用に動くし、腕から出ているなら、指と同じような器官ということかしら。

 一本でも、複数でまとまって大きくも動けるのは、便利そう。

 買物で手が埋まると、もう一本ほしい! って時とか。


「……貴婦人は荷物を持たないものだろう」


 いつのまにか口に出ていたらしく、シルス様のツッコミが入った。

 たしかに、自分はなにも持たず、お供に持たせるのがステータスだわ。

 でも温室での作業の時も、肥料あげる時とか手がもう一対あれば、ってこと、結構あるし……


「──ああ、もう、本当に。躊躇っていたのが馬鹿馬鹿しい」


 さっきからシルス様はよく笑っている。

 実は笑い上戸だったりするのかしら?

 私の手に絡まってる触手たちも、ダンスでも踊っているみたいにくるくるしている。

 笑いの表現なのだとしたら、とても素晴らしいので、シルス様にはずっと笑っていてほしい。

 私の指を絡めたままの触手ダンスは、ちょっと強くなったり弱くなったり。でも、痛いほどじゃない。

 くすぐったいくらいで、ツボ押しならぬ萌え押し効果がありそう。


「そんなに見たいなら、足のほうも見るか?」

「ぜひ! お願いします!!」


 なんて素敵なお誘い!

 またも食い気味に答えると、シルス様が椅子から立った。

 灯りをつけていい、というので、部屋全体のあかりをつけに行く。

 靴音と一緒に、ずるり、と大きなものを引きずる音がした。

 灯りをつけてから、シルス様のほうに目をむけると──


「太くて立派ですね……!」


 感激して呟いたら、今度はシルス様がむせた。

 ほんのり目の端が赤くなっている。触手が動いてホコリでも舞ったかしら?

 シルエットから予測したとおり、背も高い、服装でわかりづらいが、足から見ると痩身でもある。

 机が大きすぎるからと、見やすいようこちらがわへ出てきてくれた。配慮が神。


 上半身は見えていたけど、改めて全身を見ると、触手のために気をつけた服装なのがわかった。

 上着のようなものは全体にゆったりしていて、丈は普通のものより長く、太ももあたりまであるショートコートみたい。

 その裾から、何本もの太い触手が覗いている。

 触手には優しくても、シルス様は少し動きづらそうね、痩せているのにもっさりした服装も、ちょっと勿体ない。


「どこから生えているか、伺っても?」

「両肩と……腰のあたりだな」


 全身触手の場合は核があるらしいけど、どこから生えてるかって重要よね。

 上半身の触手は肩甲骨あたりから伸びているみたい、羽の代わりなのがいいわね。

 だからゆったりした服にして、肩を通して袖から出している。

 腰の部分を上着で隠しているってことは、下のシャツかなにかは短いのかもしれない。

 生え際……と表現していいのかしら? の部分って、多分弱点だろうけど、圧迫するのも痛いだろう。

 誰にも見せないからといって、むきだしはちょっと……だし、シルス様の肌も寒い。

 ひとに触手が存在する状態って、結構大変なのね。


「こちらは足と近い機能、ということですね」


 生まれた時は触手がなかったというから、本人の足は二本存在している。

 周囲に伸びている足の触手は、色が赤や白だったらタコやイカを連想しそう。

 でもシルス様の髪の毛と同じで、黒っぽい色で、ところどころ銀色に光ってとても綺麗。

 太い触手はあの夜のように、その気になればしっかりした支えになりそう。

 重たいからなのか、今は先が床に接している。

 麻酔になるという粘液は、今は出ていないようだ。

 でも、そのまま擦ったら痛いんじゃ……


「近くで見ても構わない」

「ありがとうございます!」


 数歩の距離を空けて見ていたら、許可が出た。

 なんていうか、ほら、推しを前にすると、恐れ多くて足を踏みだせないじゃない。

 でも、ここで断るなんて触手好きがすたるし、シルス様が嫌がってるって誤解しそう。

 だから、これは下心だけじゃないのよといいわけして、ステップを踏みそうになるのを耐えて近づく。

 じーっと見つめるが、こちらは繊毛もなくて、摩擦への抵抗はどうするんだろう。


「歩いたら痛くなりませんか?」


 心配になって問いかける。

 さっきも音がしたから、歩く時は宙に浮くわけもなさそう。

 そもそも重たそうだから、常に足を上げて歩くなんて鍛えていないとキツそうだし。


「接する面だけ皮膚……ではないが、が厚くなっているし、柔らかいから摩擦も少ない」


 なるほど。クッションみたいな感じかしら。それともゴムのローラー?

 でも重さはあるから支えることもできる。……凄い機能だわ。

 創作の中では気にしないことも、実際に生きているとなると、色々あるのね。

 粘液が出てくるのは必要な時だけみたい。

 そりゃそうよね、しょっちゅうだったら生成するのも大変だし、掃除も……うん。

 足のほうの触手もさわらせてくれたので、図々しくふれながらそんなことを思う。

 こっちも体温くらいの暖かさで、今はさらっとした肌触りだ。

 シルス様の言うように、ちょっとかさぶたみたいな厚さを感じる。

 感触のよさは、圧倒的に指の触手で、足はいかにもな触手感がたまらない。

 できれば粘液を出してほしいなぁ……と思っていたら、他の触手が次は自分、みたいにぶんっと振ってきた。

 触手だけ見るとヤマタノオロチだっけ? みたい。

 動き回る様子を見て、お屋敷の廊下に装飾品が少ない理由も納得した。

 シルス様の触手はある程度言うことを聞いてくれるらしいが、どうしたって普通の身体より幅が出てしまう。

 ひっかかたたりしないための措置でなのだろう。


「あなたさえよければ、今後は夕食も共にしたいのだが、どうだろうか」

「そんなの、喜んで、しか返事はありません」


 居酒屋のテンションで答えそうになり、落ちついた声を意識する。

 姿を見せていない使用人には下がってもらえば、食事自体は普通に口から摂取しているとのこと。

 経口摂取より触手が吸うほうが合理的な気がするけど、そこは先に人体があったからなのかしら。

 触手たちはシルス様の栄養状態がよければ、敢えてなにか摂取しなくてもいいらしい。

 空気と一緒に漂っている魔素は勝手に吸っているだろうが、適量ですませているようだ。

 触手を切ったりしないかぎり、食べ過ぎることも、細くなりすぎることもない。

 ……シルス様の運動量って絶対少ないと思うんだけど、すらっとした体型なのは、まさか……だとしたらちょっと羨ましい。


 食事中の触手はどんな動きをするのだろうと興奮する私に、やっぱり笑っているシルス様。

 整った顔を見ると、触手萌えとは違う感じでどきどきしてしまう。

 私って、面食いだったかしら。

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― 新着の感想 ―
太くて立派って。こらこら。 そりゃー赤くなるでしょ!
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