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17/22

17:萌えが増えた

 翌日、書斎へ行くと、布は最初からなくなっていた。

 触手が分けていくのがかわいかったので、また見たかったんだけど……

 でもシルス様いわく、ああいう作業は自分の手でやるほうが楽だって。……たしかに。

 束ねれば重たいものも動かせるけど、集中してやるより、人間の手のが簡単よね。

 シルス様の持つ触手あるあるエピソードを聞いていると、あっという間に時間がすぎた。

 オーゴさんが顔を覗かせて、食事の支度ができたと教えてくれる。

 同じ部屋で食事するから、一緒に行くのは当然なんだけど。


「エスコートは慣れていないので、下手だったらすまない」


 ちょっと自信なさげに声を落としたシルス様が、なんと手をさしだしたのだ。

 食堂まで、ということらしく、まわりの触手も不安なのか、そよそよと動いている。

 不安なのか、端のほうがへにゃっとした動きをしていて、かわいくてたまらなくて、


「大丈夫です私もエスコートされたことほとんどないので!」


 令嬢としてはかなり恥ずかしいことを大声で暴露してしまった。

 シルス様はたまらず笑って、先にいたオーゴさんは平然としていた、流石。


「では、一緒に練習しよう」


 さらりと手をとられた。どこが下手ですって……?

 歩幅も合わせてくれているから、文句のつけようがない。

 階段などでは触手が守るようにそばを囲ってくれるし、ご褒美すぎる。


 人払いしているので、静まりかえった廊下に、わずかな触手の音がよく聞こえる。

 いつも私が食べている場所に、今日は椅子がふたつ。

 コックはシルス様の外見を知っていたらしく、給仕係もつとめてくれた。

 他の使用人はオーゴさんたちが下げているから、シルス様も安心。


「いつもは自室で食べているから、新鮮だな」


 自室、書斎、お風呂、たまに資料を探して書庫。

 それがシルス様の毎日だったらしい。

 最近はそこに、温室が加わって、時折庭を回ってもどったりもしているらしい。

 どう考えても日光が足りない気がするが、一人の部屋ではカーテンを開けているみたいだから、まったくの暗がり生活ではない模様。


「これらも、日を欲しがるから」


 触手たちは植物ではないけど、光合成も必要なのね。

 もとの魔物が植物に近かったから、ですって。

 共生している主の栄養摂取を邪魔しては、自分たちも損だとわかっているみたいで、食事中はおとなしくしている。

 足のほうからも音がしないから、じっとしているようだ。

 てっきりフォークをいくつも扱ったりする想像をしていたが、手として使える部分があっても、口はひとつ。

 役立つとしてもあつあつの料理を分けて冷ましておくくらい?

 でも、いい大人が触手にさせるのは……マナー的にも、ねぇ。

 することがないから、静かなんだろう。


 対面しての食事は本当に久々だったようで、はじめは少し緊張していたみたいだったが、徐々に口数も増えていく。

 並んでいるメニューは、シルス様の好物ばかりだと、後日、コックの下ごしらえを手伝っている時に聞いてしまった。

 子供も好きそうなやさしい味のものが多いのは、多分、みんなで食事した記憶もあるのだろう。


 ……にしても、本当に美形なのよね。


 触手が出てきてくれないので、見るところといったら料理とシルス様の顔しかない。

 欺し討ちしようとしたご両親の気持ちも、なんとなくわかってしまう。

 これだけ整った顔だちなら、ご令嬢は大喜びだったろう。

 納得しつつ、私はどうにも落ちつかない。

 てっきり顔に傷や火傷がある、ついでにオジサンを想像していたから。


「テンタリッサ嬢?」


 怪訝そうに名前を呼ばれて、はい!? と慌てた声を出す。

 しまった、やたら大きい声になっちゃった。


「私の顔に何か?」


 見てたのがバレていたらしい。そりゃそうよね、二人しかいないんだもの。

 ソースでもついたかと気にするシルス様に、指の触手が確認するように出てきた。

 頬のあたりをチェックして、なにもないよと言う代わりにぶんぶん左右に振れる。

 跳ねる危険はあっても、今日のデミグラスソースはとってもおいしかったです。

 ……じゃなくて。


「いえ、えーと……しみじみシルス様って美形なんだなーと」


 触手萌えを白状した今、もう恥ずかしいことはないわと開き直る。

 己へのハードルを下げまくっている気もする。

 私の返事に、シルス様はきょとんとしてから、ははっと声を上げて笑った。

 手に持っていた食後のティーカップが揺れて、袖口からにゅっと出てきた触手が支える。

 こぼれて火傷すると大変だからかしら? 反応が素早くて凄いわ。


「あなたは私の顔には、興味が無いと思っていた」

「ええ、そう感じられても当然ですよね……でも、興味はありますよ」


 温室で見たはずなのにまったく覚えてなかったから、シルス様の認識は間違ってない。

 今もまず凝視するのは触手で、動いいると追いかけちゃう。

 説得力に欠けるが、一応訂正しておこう。


「私が隣に並ぶと見劣りするな、おこがましいなと思うくらいには美形だと認識しています」


 私だって、ちゃんと美醜の見分けはつく。

 マヤたちには「人間のはわかるのに、なぜ……」とぼやかれたが、それとこれは違うと思う。

 ただ、鑑定眼はいまいちなので、美術品はさっぱりだ。

 触手の持ち主が美形なんて、できすぎてる気がするけどラッキー、くらいの感情はある。

 勿論、今のを馬鹿正直に告げるわけはないが。

 対して私は何度も言うがごく普通の見た目で、化粧を頑張ればどうにか映えるレベル。

 身長はやや低めだし……胸とかも標準以下だし。

 父が私を取り柄のない存在と判断したのも、しょうがない。


「……私はそうは思わない」


 一段低くなったシルス様の声に、ん? となる。

 事実を述べただけなのに、おかしかったかしら。

 端のほうから出ている触手がぴしぴしと打ち鳴らすように動いている。

 でも実際、着飾るより温室でラフレシアたちの世話をするほうが楽しいのよね。

 ファンタジー世界の貴族に生まれても、主人公キャラでなければこんなものだろう。

 ……あ、でもそう考えると、シルス様は、ええと、攻略対象? になる感じ?


 この世界がいわゆる「オトメゲーム世界」だったら、の話だけど。

 ゲームの主人公がいて、出会ったら、その子も触手を認めてくれるのかしら。

 同志が増えるなら嬉しいけど……なんとなく、モヤモヤするような。

 多分変な顔をしてただろうけど、シルス様も眉を寄せていて、気づかれなかったみたい。


「少なくとも、今、エスコートしたいのは、あなただけだ」

「──あ、ありがとう、ございます」


 まっすぐ見つめてしっかり宣言されると、なんだか困る。

 深い青い目に絡めとられたみたい、触手じゃないのに。

 視線を泳がせると、厨房に続く扉の影が動く。

 サービングカートをつかんだ状態で待機しているコックの姿だ。


「デザート、まだですか?」


 我ながら誤魔化しかたが下手すぎるが、この際、手段は問わず。

 見つかったかという表情をしたコック。……わざと出てこなかったわね。

 デザートを持ってきた彼を軽く睨むが、視線を合わせてくれなかった。

 私のデザートのほうが量が多いけど、これくらいで許すものか。

 今、ものすごく恥ずかしいんだから。


「テンタリッサ嬢さえよければ、これから食事は共にできないだろうか」

「それって……」

「夜以外も。勿論、オーゴたちに確認をとってからだが」


 朝や昼に使用人に会わないよう食堂へくるには、みんなの協力が必要だ。

 日中の彼らは掃除やらなにやらで忙しくしている。

 シルス様もそのあたりは承知の上で、だから都合がつけば、と言う。

 主なのだからみんなに命令してもいいのに、しないあたりが優しい。

 私も一人での食事は寂しいから、できれば楽しいと伝えると、嬉しそうに笑った。


「あなたにそう言ってもらえてよかった、あとで結果を伝えよう」


 なんというか、ストレートすぎて、むずむずしてしまう。

 触手もよく動いている、気持ちをあまり隠さないのかもしれない。

 紳士なシルス様は当然のように、私を自室までエスコートしてくれた。

 手を離す前に触手たちが指に絡んでくれるご褒美まであって、私の情緒は慌ただしい。


「では、お休み、テンタリッサ嬢」

「お休みなさい、シルス様」


 触手はお茶目なところもあるようで、手を振るようにふってくれた。

 大満足して中へ入ると、奥のほうにいたマヤが出てくる。

 万一にもシルス様の姿を見てしまわないよう気をつかっていたようだ。

 彼女は邸にきてすぐ、仕切り布越しに挨拶しただけで、その後シルス様と関わっていない。

 でも、待遇のよさと夜の一件もあって、全面的に信頼しているようだ。

 私としてもマヤがシルス様を怪しんでいないのは、嬉しい。


「では、寝る支度を……ってリッサ様、どうしました? 熱でもあるんですか?」


 嬉しいんだけど、今はちょっと、一人にしてほしかったかもしれない。

 ていうか、前は一人で放っておいてくれたのに、温室触手の事件以来、就寝時に確認するのよね。

 よっぽど心配をかけたんだろう、そこは反省してる。

 でも、今はマズイ。

 うっかりシルス様の触手が萌えでご本人も格好よくてなんかどうしようって喉まで出かかってるんだから。

 本人が触手持ちであると伝えるまでは、私から秘密を明かすのはルール違反。

 胸のもやもやとか、萌えとか、恥ずかしさとか、なんだかよくわからない色々を相談したくても、できないのはちょっとつらい。

 私は食事が緊張したからとかなんとかいいわけをして、入浴の準備をお願いとマヤの背中をぐいぐい押した。

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