18:変化の予感?
素顔のシルス様と会う機会がいっぺんに増えてから数日。
私は、食事や喋る時に、シルス様の顔を見て、なんとなくそわそわするようになってしまった。
触手を見るとはしゃいでいるおかげで、まだ本人には怪しまれていない。
シルス様自身はエスコートの時しか接触しないけど、触手に対しては寛容で、私のやりたい放題を許してくれる。
大好きな実物に触れて喜んでいると、ふと視線を感じ、上を見れば美形が優しく微笑んでいる。
二重の萌え攻撃を受けている状況だ。
これに私が耐えられるわけないじゃない。
前世、イケメンと言われる芸能人にときめいた記憶はないんだけど、実はミーハーだったのかしら。
でもシルス様に会うとまず確認するのは今日の触手の様子だから、萌えの一番はブレてないと断言できる。
「……あら?」
いつもどおり温室に行き、まずはみんなの様子を確認。
すると、シルス様のラフレシアが大きくなっていた。
あの日以来、制限しているようで大きな変化はなかったが、上のほうには蕾もつきだしている。
ということは、またあの開花が、触手が見られるのかしら……!
考えるだけでわくわくしてしまう。
あとでシルス様に確認しようと決めて、自分のほうのラフレシアも確認。
こちらは、相変わらずゆっくりした成長だ。
やはり私の魔力では、たいした変化は期待できないらしい。
残念だが、普通に花が咲く姿も見たいので、気を抜くことなくお世話をする。
他の植物の手入れもしっかりすませると、大満足で温室を出た。
まだシルス様の書斎へ行くにははやいので、お茶をもらったあとは、小さな机に置いてある籠から毛糸と編み針をとりだす。
不器用なので練習あるのみと、簡単なものから編んでいるところだ。
なんではじめたかって、それは勿論、シルス様の触手のため。
冷たい床などを歩く……這う? 時は、動きやすいように潤滑剤を出すことがあるらしい。
触手は歩きやすくなるが、邸の廊下はベタベタになってしまう。
それもあって歩く場所は最低限にしているんだそうだ。
試しに、シルス様の通る場所にはカーペットを敷いて摩擦を減らしてみたが、材質によってはやはり潤滑剤を出す。
カーペットの上に粘液を出すと、そちらのほうが洗濯が大変になってしまう。
だからこの邸の廊下や共有部分は、床がそのままだったのね。
シルス様の書斎も床そのままで、邸の主なのにと不思議だったが、謎が解けたわ。
「でも、私がさわっている時は出しませんね」
触手もののお約束だから、どんな感じかかけてほしいのに。
足の触手を指でなでながら正直に呟くと、シルス様が空咳をひとつ。
「汚してしまうと、掃除の手間をかけるのが申しわけないからな」
それはそうだわ。
私の手が汚れるだけなら、洗えばいい。
できれば洗う前にこっそり確認してみたいけど。
でも、ドレスに飛んで、落ちないシミがついたら。
マヤたちのお説教も恐いし、触手が悪く言われるのも嫌だし、諸費用を出してくれたシルス様にも申しわけない。
自分の浅慮を恥じているところで、移動には気を遣うとこぼしたシルス様。
「なら、被いをつければいいんじゃないですか?」
つい口に出した。
手や足と同じ扱いなら、手袋や靴下をつけたっていいだろう。
ただ、犬や猫も、洋服を嫌がる子がいるから、触手も大丈夫かはわからない。
シルス様はそんなこと考えたこともなかったようだ。
暑さ寒さが触手から伝わっていたら、もう少し違ったかもしれないと呟いていた。
共生しているといっても、わからないことも多いようだ。
「手芸の得意なひとに頼んでみたらいいと思います」
服装に合わせて色々と変えたら素敵じゃないかしら。
触手だけになら、かわいい色とかも使えるし、巻きつけるアクセサリーつけるのもアリかもしれない。
リボンは流石にシルス様が困りそうだけど、なにせ長さがあるから色々と飾りがいがある。
季節ごとの飾りをつけたら、流石にオブジェ扱いで怒られるかもだけど。
この世界にはクリスマスはないが、もこもこの綿とかつけてみたいわよね。
「……あなたは用意してくれないのか?」
「ええと、できるならしたいですが、私は得意ではなくて……」
シルス様、なんとなくしょんぼりした声をしている。
端のほうの触手も出てきて、自己主張するみたいにうねりだした。
服が嫌なのかしら、逆? 言いたいことまではまだ悟れないわ。
推しの身につけるものを自分がつくるって、夢見たシチュエーションだけど、実力が伴えばの話。
淑女の嗜みでひととおり基礎は学んだものの、素人が頑張ってますね、程度。
絶対、専門家に頼んだほうがいいと思う。
でもシルス様は、注文するとどうしてこの形状なのかなどを聞かれてしまうから、困ると返した。
たしかに、筒状の長いものって……他に浮かばない。
アームカバーだと言えばなんとか? でも、長さが桁違いなのよね。
何個も発注して、つなげてもらうとか。ああでも、何個も同じものを注文するのも変よね……
使用人用なら不思議じゃなくても、主用のいい素材だったら、すごく怪しい。
「それに、今まで袖のゆったりしたものばかり仕立てていたから、不思議がられるだろう」
めちゃくちゃ納得してしまった。
シルス様の説明にうなずいているうちに、私が試作品をつくることになってしまった。
……あれ? もしかして、丸めこまれた?
「邸の者に本当の姿を見せたら、頼もうとは思う」
このお屋敷の使用人の一人は手仕事が上手で、社交用のドレス以外なら概ねつくれてしまう。
裾上げボタンつけは言うに及ばず、ちょっとしたものならもう? って速度。
触手用のカバーだって、寸法さえ決まれば簡単だろう。
でも、まだシルス様の姿を知らない状態で命じるのも、と言われたら……断れない。
してやられた感もしつつ、嬉しいのも本当で、デキに文句を言わないことを条件に承諾した。
私と対面するようになって、心境の変化があったらしく、いずれは使用人の全員に姿を見せる計画を打ち明けられている。
勝手な主観ではあるが、きっとみんな、びっくりはしても、気持ち悪いから嫌だとはならないだろう。
慣れるまではちょっと……かもしれないが、シルス様に受けた恩義が勝ると思う。
シルス様の勇気が出るまでは、そばで応援させてもらう所存だ。
対面時、不格好でもカバーがついていれば、見た目のショックは和らぎそう。
いつかの時に役立つなら、頑張るしかないだろう。おめかしした触手も見たいし!
……と、決意したものの、最初からつくるなんて無謀ができる腕はない。
ということで今は、まっすぐ編むだけのマフラーに挑戦中だ。
理由を隠してくだんのひとに教わりに行ったら、大喜びで教えてくれた。
「愛ですね!」ときらきらした顔で叫ばれて、触手相手なことは伏せて「そうです」と返した。間違ってない。
完成したら見たいとシルス様にお願いされているので、編み目が飛ばないよう、めちゃくちゃ注意している。
おかげで、少し編むと目やら肩やらあちこち痛くなるのよね……
しんどくなったところでやめて、まとまってきた資料を読んでいれば、シルス様の書斎へ行く時間になる。
「今日もお仕事お疲れ様でした、シルス様」
「ありがとう、テンタリッサ嬢」
そういえば、オーゴさんすら私をリッサ様と呼ぶのに、シルス様はフルネームだ。
実家で呼ぶのは父だけだったから、苦手だったフルネームも、イケボに呼ばれたおかげで上書きされた。
今では特別っぽくて嬉しいなんて、やっぱり私ってミーハーだったのかしら。
新たな発見をしつつ椅子に腰かけると、いつもはすぐ出てくる上半身の触手が見当たらない。
どうやら、袖の奥のほうでざわついているようだ。
「シルス様、体調が悪いんですか?」
触手の元気がないということは、宿主であるシルス様に問題があるということ。
オーゴさんからなにも聞いてないけど、無理して仕事をした可能性もある。
いつもなら私が席につくかどうかで挨拶にきて、気が早いとシルス様に窘められるくらいなのに。
「……いや? 体調に問題はないが」
怪訝そうな顔のシルス様、自覚がないのかしら?
顔色は普通なんだけど、触手は相変わらず、出てこようとして少し引いて、を繰り返している。
やっぱりおかしい。
「でも、みんなの様子が変ですよ」
私の視線を追いかけて下のほうを見たシルス様は、そこで気づいたらしい。
すると、思いだしたかのように背中から触手が出てきた。
こんにちは代わりのいつもの指に絡むのをやってくれる。
さわり心地や温度は同じくらいね。
……あ、でも、いつも先にくる触手とは違う気がする。
でもシルス様は今日も変わらず美形っぷりだし、うーん?
「……その、ラフレシアの様子は、見ただろうか?」
「はい! その話をしようと思ってました」
躊躇いがちに切りだされたが、是非とも聞いておきたいことだ。
魔力の与えすぎで私を襲ってしまったからと、シルス様はあれ以来、過剰な魔力を注がなくなった。
他の植物は夜間に変化するものはないので、私も行っていない。
もし夕食後外に出る時は、侍女以上に声をかけるようにと言われてる。
警備は持ち場を動けないから、報告が遅れてなにかあったら困るから、と。
逆を言えば、ちゃんとすれば見に行っていいってことよね。
「調節しているので、おそらく近日中に咲くと思う。それで……一緒に見ないか?」
シルス様いわく、今回は一度に流さず加減していて、成長を把握できている。
もし前回のようになっても、暴走の対処法はわかっているから安全だ、とのこと。
あの時のシルス様は、動じることなく格好よくラフレシアをいなしていた。
万一があっても、一緒なら安心だ。
魅力的すぎるお誘いに、私は一も二もなくうなずいた。
断るわけがないのに、シルス様はやっぱり、触手を見られるのに抵抗があるのね。
疑問系にするあたりがその証拠だろう、だから私は威勢よく答えるまでだ。
「二度と見られないと思っていたので、今度こそしっかりこの目に焼きつけますね!」
「いや、次で問題がなければまた咲かせるつもりだが……」
「その時はその時でまたしっかり拝見します」
だってほら、魔力の注ぎかたが違えば、咲きかたとかも違うかもじゃない。
調査のためにも、大事なことよね、うん、と、あとづけ満載な理由を考える。
シルス様は私が熱弁をふるっているのを、楽しそうに笑って見守ってくれた。
今日はじめて見る笑顔に、やっぱりこの顔のがいいと思う。
「では、咲きそうな日は声をかけるから、一緒に行こう」
近日中の楽しみすぎる約束に浮かれる私が、実はシルス様が緊張していたと知るのは先の話。




