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02:シルス・ブラムリィ

 到着予定の時間帯は伝えてあったし、門から中へ進むうちに知らせを受けたのだろう。

 邸の扉の前には、使用人が並んで立っていた。

 ……全員なのだとしたら、かなり少ない。

 由緒ある邸だし、我が家より大きそうなのに、同じくらいしか使用人が見えない。

 マヤも怪訝そうな顔をしている。

 そして、出迎えの一行の中に、主らしき姿も見つからない。まあ、ここは予想どおりね。

 代わりに、老齢と呼ぶには失礼な年齢の、おそらく家老がいるだけだ。


「ようこそいらっしゃいました、テンタリッサ様」


 マヤに手伝ってもらって馬車を降りると、中心にいた家老が声を張る。

 恭しく頭を垂れる一同、教育は行き届いているのだろう。


「わたしはこの邸の執事、オーゴと申します。主の出迎えがない非礼、申しわけございません」

「はじめまして、オーゴさん。人前に出ないと伺っているから、気にしていません。それと、よければ私のことはリッサと呼んでください」


 この口ぶりだと、邸にはいるらしい。

 お仕事は都でしている話しだから、邸の中で行っているのかしら。

 会ったことも話したこともないから、あちらが私を望んだ結婚とは思えない。

 実はどこかですれ違って一目惚れ……なんてタイプの夢想には浸ったこともない。

 もっと特殊なのはあるけど、そっちは墓まで持っていく秘密だし。

 とにかく、当事者以外の思惑ゆえの結婚だろうから、主のいない邸へ通される覚悟もしていた。

 でも、この状況からすると、礼を尽くす気はあるようで、ちょっと拍子抜けだ。

 どういう立場で話しかければいいのか悩んで、結局、やや丁寧くらいにしておく。


「詳しい話は後ほど主からされますので、まずはお部屋へご案内します」


 主から?

 ということは、会ってくれるということ? 人前に出ないらしいのに?

 足を悪くしているとか、そういうことなのかしら。

 気になったものの、どうせあとでわかることだから、質問はせずにオーゴさんのあとをついていく。


 広い邸の中は、閑散としていた。

 どうしてか考えて、調度品が少ないと気づく。

 壁の装飾はこの手の邸らしく絵画などかかっているが、通路は逆だ。

 広い部分にだけ花が生けてある程度。

 花は鮮やかな色のものが多くて、そこだけが華やかだ。


 案内された部屋は、賓客用の客室のようだった。

 部屋の場所からして、妻の部屋ではないだろう。

 結婚相手としてやってきたのにこの仕打ちか、と怒るべきかもしれないが、部屋は綺麗に整えてある。

 出迎えの使用人からも、早々に出て行け、という雰囲気はなかった。

 それなら、文句を言うのも後回しだ。

 正直、私もはじめから妻の部屋に通されたら、尻込みしただろうし。


「馬車での移動でお疲れでしょう、少しお休み下さい。後ほどまた伺います」


 部屋を一瞥した私がなにか言う前に喋ってから、丁寧に礼をしてオーゴさんは去って行った。

 マヤは用意されていた茶器を見つけ、早速お茶を煎れてくれる。

 ふんわりしたいい香りからして、間違っても安物ではない。

 茶器だって、新しくはないが手入れのされた、女性が好みそうな花柄のもの。

 ぐるりと客室を見回しても、調度品はどれも質がいいし、掃除もちゃんとしている。

 カーテンなどはとりかえたばかりのようだ。


 となると、結婚する気はないが、無碍に扱う気もない、というところかしら。

 少なくとも、出会い頭に出て行けとか罵倒の可能性は引くそうね。

 それなら、お互いの落としどころを見つける話し合いは十分可能だろう。


「一息入れたら、着替えをしたいわ」


 夫となるかは怪しいが、邸の主に会うのだ。

 外出着とは違う、もう少しちゃんとしたドレスにしておくべきだろう。

 ドレスと化粧は女の戦闘服らしいし。

 マヤは早速、持ってきた荷物から準備してくれた。

 結婚に際して父はいくらかお金の都合をつけてくれたが、一週間は短すぎる。

 だから、持ってきたドレスは前に仕立てたものばかり。

 TPOに応じて着替えなきゃいけないのって、実際やると大変よね。

 間違えたら恥をかいて、評判は自分だけではなく、家全体の問題になるし。

 見栄にうるさかった父のおかげで、なんとか体裁を整えられたのはいいのか悪いのか。


 着替たあと髪を整えてしばらくすると、オーゴさんが呼びにきた。

 あとをマヤに任せて、彼の後ろをついていくと、とある一室に通される。


 ノックの後に中へ入ってまず感じたのは、ハーブの匂い。

 嫌なものではない、清涼感のあるものだ、ミントとかシトラスとか?

 中はいかにもな執務室で、けれど一番いい場所にあるはずの机はなぜか右奥にあった。

 これだと日当たりがよくないけど……傷にさわるとかなのかしら。

 夕方に近い時間だから、カーテンがかかっているのは自然なので、判断がつかない。


 しかも、机の前には仕切り布がかけられていて、むこうがわはうっすらとしたシルエットしか見えない。

 新たに設置したんだろう、布は天井のカーテンレールみたいなのから下がっている。

 なかなか重たそうで、少しくらいの風ではびくともしないだろう。

 おまけに執務机もやたらと大きい。特に横幅が。よく部屋に入ったなぁ……

 ……なんて観察してばかりではいられない。私はむこうがわの誰かにむけて、気合いを入れた一礼をした。

 取り柄のない私だが、たまにやってきた父に怒られないよう、礼には自信がある。

 むこうからどれくらい見えるかはわからなくても、妥協はだめよ。


「はじめまして、テンタリッサと申します、どうぞリッサとお呼びください」

「こんな対面ですまない、シルスだ」


 挨拶に応えた声は、低くていい声だった。

 いわゆるイケオジ声優にも負けないんじゃないかしら。

 十以上年上な時点で色々覚悟していたのに、嬉しい誤算だわ。

 かなり好みのトーンで、この声が聞けただけでも十分かもしれない。


「いいえ、むしろ、こんな小娘相手に丁寧な対応、ありがとうございます」


 社交界での自身の噂は、きっとシルス様も知っているだろう。

 だから、姿を見せなくてもよかったはずだ。

 実際私も、対面するとは想像していなかった。

 他人の思惑によって押しつけられら女だろうというのに、どこにも失礼がない。

 シルス様のほうが貴族としてのランクは上だし、年齢も離れているのにだ。

 もっと横柄な態度でもいいのに、父に爪の垢を煎じて飲ませたいものね。


「色々と、聞きたい事と話したい事があるので、そこの椅子へ」


 示された椅子は執務用の実用的なものではなく、座面もふかふかなものだった。

 周囲の家具と雰囲気が違うことからして、わざわざ用意したのだろう。

 こんなところにも、気遣いが見てとれる。

 ちゃんと扉も開いたままだし、私の中でシルス様の好感度は上がりっぱなしだ。


「まず……テンタリッサ嬢を巻きこんでしまい、すまない」


 シルエットが動く。まさか頭を下げられるとは想像していなくて、焦った声が出た。


「状況はわかっていませんが、シルス様が謝ることはありません、それだけははっきり申しあげておきます」

「だが……何も知らされていないだろう?」


 妙に断定してくるのが引っかかる。

 シルス様に関する噂を信じている、と思われているのかしら。

 普通の令嬢だったら、醜い傷跡があるらしいかなりの年上に嫁げ、なんて、絶望でしかないわよね。

 青髯みたいな想像をするかもしれない、いやこの世界には存在しないけど。

 まずは私の状況から、説明したほうがいいみたいと判断し、話すことにした。

 ……といっても、交流のない父から急に嫁げと命じられたこと、名前以外の情報は教わっていない、しかないから、すぐ終わってしまった。


「やはりそうか……」


 はぁ、と重たげなため息が漏れた。

 深刻なのはわかってるけど、息づかいがちょっとエロくて、ひっそり喜んでしまう。

 だって姿が見えないから、声とか衣擦れの音に集中しちゃうのよ。

 いかんいかん、淑女の仮面をかぶらなければ。


「テンタリッサ嬢は、どの程度私の噂を知っている?」

「ええと……」


 ちょっと答えづらいが、ため息に萌えた後ろめたさから、正直に話す。

 でもこれも、見た目に難点があるので社交界に出られない、今までの結婚はすべて破談になった、くらい。

 そりゃあ噂話は嫌いじゃないが、他人の事情を吹聴するのもどうかと思うわけで。

 聞き役に徹して、自分から漏らすようなことはしなかった。

 ……過去、噂でとんでもないことになった同僚を見てたからね……


「姿を晒したくないので、人前に出ないのは事実だ。その理由は……明かせないが」

「初対面の私に言えないのは当然です、仕切り布越しでも会っていただけて、むしろ感謝しています」

「……あなたは優しいな」


 イケボで褒められると喜んでしまう。にやけそうになるのを必死にこらえた。

 年上から「あなた」って丁寧に呼ばれるのも、なかなかたまらないわね。

 シルス様は医療などの総合的な部署での要職についているが、それは本人の魔法適性によるものもあるのだという。

 医者というより、研究系ということかしらね、この邸で治療が行われているとは聞いたことがないし。


「──そのため、血を残すべきだとうるさくてな」


 重苦しい声に、ああ、と合点がいった。

 たしかに、魔法の才は遺伝的な要因も大きいというのが一般論だ。

 父と母はそういう意味で相性がよかったのも結婚の理由だったらしい。

 結果、生まれたのが凡才の私だったので、いっそう当たりが強いのよね。

 幸い弟はもう少し才能があったから、父の態度はまだマシみたいで、それは救いだけど。

 とにかく、そんなわけだからシルス様自身は結婚する気がないのに、周囲から婚約者をあてがわれた。

 でも、自分と結婚なんて可哀想だと考えたシルス様は、婚約段階で解消してきた。

 結果、今でも独身のままなのだという。

 それでも懲りない面々と、娘をどこかにやりたい父、需要と供給の合致というわけね。


「しかもずっと断っていたからか、今回は王も一枚噛んでいるらしい」

「それは……困りましたね」


 だから問答無用で私が送られてきたし、使用人のみなさんも追い返しムードにならなかったわけだ。

 王からの声がかかっているとなると、やっぱりやめ、とは簡単にいかない。

 ……たしかブラムリィ家は、何代か前に王家に連なるかたが嫁いでもいる。

 まあ、傍系だったと記憶しているし、高位貴族なんて辿ればどこかで王族とつながりがあるけど。

 でも、王が声をかけるくらい、シルス様の能力は重要なのかしら。

 結婚が成功すれば、父は王の覚えめでたくなるし、駄目になったら、今度はスケベジジイの後妻にしても、角は立たない。

 あの男としてはどう転んでも問題ないってことでしょう、嫌になるわ。


「あなたの状況によっては実家に帰すつもりでいたが、話を聞いていると、それはそれで問題がありそうだ」


 ごく普通の、子供の幸せを願う父親なら、そもそもこの家に嫁に出さないものね。

 だからこそシルス様は、この結婚相手──つまり私には事情があると考えて、客室を用意しておいたのだろう。

 今まで破談になった令嬢の話も、娘の名前が具体的に出てこなかったのは、そのあたりが理由かしら?

 シルス様の噂があるから、婚約破棄でも次は見つけられそうだけど、噂の的になるのは避けられない。

 貴族の女性にとっては大問題だから、名前が出ないよう手を回したのだろう。

 ──シルス様の都合だとはいえ、気配りすぎじゃないかしら。


 ただ、私の場合は、ここで実家に返却されても、父は喜ぶどころかだ。

 まず物理的に絞められたあと、どうなるかはあまり考えたくない。

 身の安全のためにも、ここに置いてもらえるほうがありがたい。

 でも、その場合、シルス様に得はないのよね……


 ──あ、そうだ。


「あの、私を使用人として使ってもらうことは可能ですか?」


 これなら、と思いついて提案すると、シルエットが揺らいだ。

 いい考えを閃いた、と喜んだのに、は? と不思議そうな声が落ちてくる。


「貴族のくせにと言われれば仰るとおりですが、結婚願望はさほどありません」


 いや正直、あるにはあるのだが、今の私と同じくらいの十代だと、お子様にしか見えなくて無理なのよね……

 そのあたりを説明するのは問題がありすぎるので、誤魔化してるけど。

 だからたまにしか行かない社交場でも壁の花に徹していた。

 おかげで夜会のあとは父には絞められたけど。

 ろくでもないのには引っかかってほしくないが、高位貴族は捕まえてほしい、って、無茶苦茶すぎる。


「父が邸を放置していましたから、空き時間に使用人の仕事も手伝っていました。ですので教えていただければそれなりにいはこなせるかと」

「ちょっと待ってくれ、どうしてそうなるんだ」

「だって、ここに置いてもらうからには、働きませんと」

「いや……テンタリッサ嬢一人くらいいても、どうこうなる家では無いのだが」


 ──あ、しまった、暗にブラムリィ家が貧乏みたいな言いかたになってしまった。

 そんなつもりはなかったのに。

 失礼しましたと謝ってから、でも、と続ける。


「だからといって客人対応のまま、なにもしないなんて言語道断ですから」


 働かざる者食うべからずだわ。

 ついでに言えば、今の私の年齢なら、すぐさまどうこうはないが、動かなければ肥満一直線。

 ぷくぷくになる未来は御免被りたい。

 十人並みの容姿が太ったら、もはやとりえはなにもなくなる。

 私が本気だと感じたのか、シルス様はしばらく沈黙したあと、それなら、と呟いた。


「あなたが構わないのなら、婚姻届を提出してもいいだろうか?」

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今日の更新を楽しみにしておりました。 シルス様はいい人そうですね!
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