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01:父からの命令

よろしくお願いします

20話完結、本文はほぼ書き終わっているので、毎日更新予定です

 ──お前の結婚が決まった。一週間後には相手の邸へ行けるよう、支度しておくように。


「……なんて、お話の中だけのことだと思っていたわ」


 ガラガラと車輪の音が響く馬車の中、私は思わずぼやいてしまう。

 むかう先も同じ貴族邸の区画だから、景色に目新しさもない。

 向かいにすわっている侍女のマヤは愚痴を聞き、気遣わしげな表情になる。


「政略結婚の材料にされるのは、わかっていたけど」

「……旦那様はずっと、あちらに居っきりですからね」


 使用人の立場上、主への文句は難しい。

 でも事実だし、周囲の者はみんな私の味方。これくらいで怒りはしない。

 むしろもっと言ってくれと思うくらいだから、そうね、とうなずいてみせた。


「久しぶりに本邸にやってきて呼びつけたと思ったら、それだけ言って追い出されたのだもの。犬猫相手よりひどいんじゃないかしら」


 しかも返事が遅いと怒鳴ってきて、お得意の拘束魔法であちこちを縛りあげられた。

 生憎、緊縛の趣味はないので、ただただ苦しいだけだった。

 父の拘束魔法の場合、残るような痕がつかないので、昔から八つ当たりでよくぶつけられた、とんだDVよね。

 おかげで父を見るとどうしても萎縮してしまう。

 冷たい目で睨まれると、このあと魔法で苦しめられるのだと、連鎖反応を起こし動けなくなるのだ。

 拒否するだけの力がない私は、結婚しろという命令を聞くしかできなくて……我ながら情けない。

 でも、この世界の未婚令嬢は、余程のことがないかぎり、両親に逆らうことは難しい立ち位置だ。


 ──身分やらなにやらの都合で結婚した父と母の間には、愛情はまったくなかったらしい。

 父は結婚前からの恋人がいたが、結婚相手にはできなかった──よくある話だ。

 だからしかたなく子作りをしたものの、最初に生まれたのが私、つまり女。

 なので父はやむなく母のもとへ通い続け、無事弟が生まれた途端、愛人との邸から帰ってこなくなった。

 母は産後の肥立ちが悪く、その後すぐに亡くなったため、私に記憶はない。

 肖像画で笑顔を見せる母の名がついた絵を見るたびに、彼女の一生はなんだったんだとうと考えてしまう。


 そういうわけで、嫡子の弟はともかく、私の存在は父にとってはどうでもいいものだった。

 でも、興味はなくとも、貴族ゆえに出生届は出ているから殺すことはできない。

 それに、女は政略結婚のコマには使える。

 なので、自分は愛人とよろしくやる邸に行き、本邸は私が住むことになった。

 後継者である弟は、少し大きくなると、年齢が近いおかげもあり、高位貴族の遊び友だちになった。

 これはしめたと思った父は、弟のことは近くに置いて教育している。

 だから、私と弟はほとんど顔を合わせない。

 愛情はなくとも使えるように育ってもらうためか、使用人と教育係はきちんと宛てられた。

 以来、父はたまに様子を見にきては、デキの悪い私に文句をぶつけて帰って行く。


 邸の使用人は最低限で、広さとはまったく釣りあわない。

 父は自分の仕事だけはしていたが、裏を返せば他は丸投げ。

 おかげで物心ついてからは家政も手伝ったし、使用人と一緒に家事もこなした。

 勉強も父に文句を言われないように頑張った。……どれだけ頑張っても、父は褒めることをせず、けなすばかりだったけど。


「私がもっと器量がよかったりすればまだマシだったかも、なんて、つい思っちゃうわ」


 美人だったら、役に立つから投資してくれただろう。

 残念ながら顔は十人並み、体型も普通、特技といえるものもなく、魔法の才もごく平均的。

 おまけに父には絶対言えない趣味も持っている。

 いっそ使えないと判断して捨ててくれたほうがよかったかもしれない。

 マヤがなにか言いたげに口を開いていたことに、この時の私は気づけなかった。


「……あの、リッサお嬢様」

「なぁに?」


 つらつらと世の無常を嘆いていると、マヤが声をかけてきた。

 そういえば、あとでお嬢様呼びを変えるように言わなければ。

 相性呼びのほうが慣れているので、そこはそのままでいいけど。

 慣れるまでは大変かもしれないけど、今後の私は妻になるのだし。


「結婚相手のかたのことを、わたしはまったく知らないのですが……」


 父から、連れて行く侍女は一人だけと言われ、名乗りを上げてくれたのがマヤだった。

 一番よく世話をしてくれていたから、みんなも納得したのだけど、私は一度断った。

 だって、この結婚についてきたら、絶対に苦労をさせるからだ。

 もしなにかが起きたらと考えると、一人で行くほうがいいと説明したが、マヤ以外の使用人も頑として引かなかった。

 持っていく荷物の用意などを優先したから私は話していないし、父からの説明も一切なかったようだ。

 これから世話になる家をまったく知らないのもまずいと悩んだのだろう、真面目なマヤらしい。

 邸まではもう少しかかるだろうから、その間で説明できそうだ。


「じゃあ、私の知っていることを話すわね、と言っても……あまりないのよ」


 ──シルス・ブラムリィ。


 それが私の旦那様になる相手の名前だ。

 ブラムリィ家の現当主で、年齢は貴族名鑑がたしかなら私より十以上離れている。

 だのに独身、という時点で、まあ、嫌な予感はしてくるだろう。

 男性の場合遅い結婚のひともいるが、大体その場合、なにかしら理由があるわけで。


 シルス様は私が知るかぎり、一度も社交の場に出てきていない。

 父によって制限されているため、私も夜会の参加は少ない。

 だが、同じ派閥の令嬢とのお茶会は許されているので、時折参加していた。

 ブラムリィ家は歴史もある名家だ。

 その当主なのに公の場で見たことがない、となれば、女子トークで話題に出るのも必至なわけで。


 しかも、過去数回、婚約が破談になっただのという逸話があれば、なおさらよね。

 理由としては、シルス様には病だが事故だかの影響が外見に出ているため、だという。

 だから人前に出ないし、婚約も駄目になった。

 ただ、それが事実かどうかを知るひとには会ったことがない。

 近い親族に王家に連なるかたもいるので、おおっぴらに噂できないからだ。

 父は、たとえ知っていても、私に教える気はなかっただろう。

 ……でも、結婚相手を知らないまま嫁げって、相手にも失礼じゃないかしら。


「なぜその方とお嬢様が?」


 マヤの疑問は私の疑問でもある。

 でも、そんなに深い意味はないのかもしれない。


「派閥は一応同じはずよ、あとは……みんな断ったとかじゃないかしら」


 なんらかの理由があって、シルス様に結婚してほしいと思う誰かがいて。

 娘を持つ父親に片端から声をかけても、まともな親なら断るだろう。

 私の父はまともではないし、愛情もないから受けた、そんなところだろう。

 そもそもあの父だ、まっとうな結婚相手など探してくれるはずもない。

 よく聞く持参金目当てで、どうしようもないスケベジジイとかでないだけ、まだマシよ。

 これだけ話せばマヤも帰りたくなったかしら。彼女のことは大切に思っているから、面倒から遠ざけたい。


「当たって砕けたくはないけど、行ってみるしかないもの。……不安ならあなたは戻っても」

「今のを聞いて絶対におそばを離れないと決めました!」


 ……逆効果だった。


 モンスターの巣窟に行くわけじゃないから、いきなりどうこうはないでしょうに。

 相手は高位貴族、この婚姻がどれくらい広まっているかはわからないけど、玄関先でポイはないはずだ。

 ……ないといいなぁ、と不安な気持ちはあるが、表に出しても意味はない。


 そうこうしているうちに、ブラムリィ家の邸に到着した。

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