17.子どもだもん
そしてその日の晩餐時。
の、少し前。
私がお昼寝から目覚めてリーゼロッテと遊んでいると、なんと、部屋にダメおやじが入ってきた。
みんなで驚きつつも、ひとまず迎え入れる。
相変わらずの仏頂面……だけど、いつもより緊張している?何だか困っているような。
「……アンネリーゼ」
「……あい」
呼ばれたので、そこは返事をする。相手が無礼者でも、自分はしない。大人ですからね!
「…………」
ダメおやじの表情に、さらにキュッと力が入る。せっかくのイケメンに、眉間のシワがデフォでいいのか、もったいない人だな。
なんて事は思うけど、私からは特に用事がないので、じっと見つめ返して続きを待つ。
リーゼロッテと侍女たちも、黙って見守ってくれている。そのお陰かこの仏頂面にもだいぶ慣れてきて、恐怖心はなくなってきている。成長したな、私!
「………………抱き上げても、いいか?」
…………えっ、なんて?
たっっっぷりと時間をかけてのひと言に私は固まり、無意識にリーゼロッテの方を見た。
リーゼロッテは仕方ないわね、といった感じに微笑んで、いつものように私をひょいっと抱き上げた。
「リーゼ、パパが抱っこしたいって。いい?」
「えっと、でも……」
あれだけダメおやじとこき下ろしていたのに。
今も許せていないのに、何でこんな気持ちになるんだろう。
「リーゼ?三歳のリーゼはどうしたいの?素直に答えていいのよ」
その温かすぎる声色に、言葉に、勝手に涙が溢れてくる。
---そうだよ。そうなんだよ。
自分が子どもになって、改めて思う。
子どもはチョロいんだよ。まだ3歳で、親を本気で嫌いになんてなれないんだよ。伸ばされた手に、嬉しさを感じないはずがないんだ。嬉しくないはずが、ないのだ。
「ふっ、えっ、い、いいよぉ~」
私が泣きながら承諾すると、リーゼロッテはまた優しく微笑んでから、ダメおやじに私を渡した。絆されてもまだダメおやじは返上させないのが、今までの私の、せめてもの反抗心だ。
ダメおやじは恐る恐る、でもしっかりと私を抱きしめる。そして、私の肩にそっと頭を乗せた。
「アンネリーゼ、今まで、すまなかった……!ごめん、ごめんな。アンネだって、寂しかったよな」
「……パパは、ママがいなくなって、しゅごくしゅごくつらかったんでしょ?……しかたがないにょで、ゆるしてあげます」
私がよいしょと手を出して頭をわしゃわしゃすると、ダメおやじは目を見開いてから、さらにぎゅっと私を抱きしめ、下を向いた。……その肩は震えていた。
コミュ障が最愛の妻を亡くしたのだ。それは理解できるんだよ。いろいろダメだけど、悲しみが深いのは、理解できてしまっているのだ。
だからと言って、リーゼロッテに対しての対応はまだ許さないけども!
「良かったわね、リーゼ」
当のリーゼロッテは女神さまのようで。そっと近づき、私の頭を優しく撫でる。それが温かくて、何だかまた泣きたくなった。
侍女二人も涙ぐみ、何故かドアの外からも鼻を啜るような音が聞こえてきた。
---そして、改めまして、晩餐時です。
ワタクシ、動揺を隠せずにおります。
「アンネ、これも食べられるか?」
「あっ、うん……」
急に父性愛に目覚めたダメおやじが、膝から下ろしてくれません。
重い。コミュ障の愛は重い。
「旦那様。リーゼがかわいいのは仕方がないですけれど、自分で食べる練習をしないとリーゼのためにならないのですからね?」
「分かっている」
ダメおやじはリーゼロッテと目線を合わせずに呟く。
「君にも迷惑をかけたが……。今までの分も含めて、アンネを大事にしたいんだ」
「ええ。ですからそれは否定しませんわ?あと数年もしたら取り返すのも難しかったと思いますし」
まあ、それはそう。
子どもが親を嫌う時。それは大概先に親が何かしている。
リーゼロッテさん、前も私より全然年下だったようなのに、この達観振りはなに。いつか分かるかしら。
「それと、わたくしにはお気遣いは結構ですわ。今までお掛けしたご迷惑を少しでも相殺させていただければ。ええ、本当に」
「相殺……いや、君には感謝している。これからも家族でいてほしい。アンネリーゼの為にも」
「ありがとうございます!リーゼをめちゃくちゃ可愛がります!」
「めちゃ……ああ、頼む」
なんか微妙な会話だけど一旦いいかあ、と心の中で苦笑いの私。
「ははは。パパママにこんなに愛されていると、アンネリーゼが嫁に行くのは大変そうだなあ」
心配ごとが落ち着いてホッとしたお祖父様が不用意な発言をする。
ピキッと背中から冷気が、そして右前からは熱気を感じる。そしてお祖父様はお祖母様に軽く小突かれて、しまったという顔をしていた。やっちまったな。
「は?嫁?行かないよな?アンネ」
「そうよねぇ?王子様にもリーゼは興味ないもんねぇ?」
まったく、二人して仕方ないなあ。そんな笑顔じゃ、普通の子だったら逃げちゃうよ?
……まあ、私だから?によによしちゃうけどさっ。
「うん!いかにゃいよ!ずっとりじゅままといっしょだもん!」
そして晴れやかに宣言よ!
リーゼロッテが「そうよね!リーゼ!」と嬉しそうに私をダメおやじから奪い取り、高い高いしながらくるくる回る。
ダメおやじは呆然と「パパは……?」と呟き、お祖父様に笑いながら肩を叩かれ、「まあ、今日1日、いえ、半日くらいじゃね、勝てないわよね」と冷静に話すお祖母様にがっくりしている。
そうだよー、当たり前だよ?ちょっとくらいの可愛がりじゃ、パパのお嫁さんになるなんて言いません!
子どもの審査は厳しいんだからね!




