16.じいじとばあばとダメおやじ
お読みいただき、ありがとうございます。
後半、アーロン視点です。
説明しよう。
今日この場にダメおやじがいなかったのは、私たちの嫌がらせでも何でもなく、タイミングが悪かっただけだ。
……手紙でお伺いを立てたことも言ってなかったけどさ。あ、でも執事が伝えたかな?でもともかく、お祖父様たちもご都合があるだろうし、そんなすぐの日程になるとは思っていなかったのだ。さすがに、日時が決まったら報告するつもりではあったのよ。
それが、はしゃいだお二人が返事と同時に出発。手紙は早馬で3日前には届いたが、こちらは準備に大慌て(さすがにもてなし不要とは書いてあったが)。同時に2週間の魔の森遠征中のダメおやじにも執事が早馬で知らせた模様。それでも正直、遠征を優先すると思っていた。王都に帰還予定は明日だったし。また後処理だの何だので、帰宅はいつになるのやら~、の心積もりだったのだけれど。
さすがに思う所があったのか、慌てて帰ってきたらしい。
冷静に考えると、新妻を放置してるくせに義父母で慌てて帰ってくるって微妙だけどね。
「久しいな、アーロン。邪魔をしているよ」
「……なぜ」
「なぜって。リーゼロッテさんとアンネリーゼに招待していただいたからよ?」
「は、そう、ですよね。いや……」
ダメおやじの眉間に深い皺が寄る。
まあね、自分がずっと避けていた人達を、快く思っていない嫁と娘が勝手に呼び出した訳だから、そうなるでしょうね。
知ったこっちゃないけどね!!
「お帰りなさいませ、旦那様。お早いお戻りで良かったですわ。お二人がいらして下さる間に戻られるか、気を揉んでおりましたの」
にこり。と、リーゼロッテ。
今日も言葉の端々が鋭い。
リーゼロッテ本人から、ダメおやじに好かれる気はないと聞いていたお祖父様とお祖母様も、噂との解離が激しいせいか、驚きを隠せずにいる。本当だったのか、と、キツすぎない?とが重なっているような顔だ。
「……」
「お久しぶりなのですよね?わたくしがおりますとお話もしづらいでしょうから、一旦お暇させていただきますね。リーゼはどうする?」
「りじゅままと行く!じいじ、ばあば、またごはんでね!」
「あ、ああ」
「また後でね、アンネリーゼ」
ダメおやじの無言に、有無を言わさずさくさくと去るリーゼロッテと私。
いや実際、三人で話すこともあるよね、きっと。という心遣いもありますのよ。
「では、失礼致します」
リーゼロッテはひょいっと私を抱き上げて、軽く膝を折って三人に挨拶をして、邸内へと歩き出した。
◇
「リーゼは絵本を読んで、お昼寝ね~」
「はぁ~い」
まるで本物の親子のように……いや、法律的にはしっかりと親子なのだが、本当に仲睦まじく邸へ入る二人を、どこかぼんやりと見送る。
「アーロン。一旦座らぬか」
久方ぶりに聞く義父の掠れたような低い声に、様々な気持ちが過る。
そういえば、まともに挨拶もしていない。座ってしまってから、慌てて頭を下げた。
「ご挨拶もせずに申し訳ございません。この度は遠路はるばる……」
「堅苦しい挨拶はいらんよ。何、わしらもちと意地悪をした」
はっと顔を上げると、義父が口の端を上げてニヤっと笑っていた。そうだ、時々こんな顔をして、人をからかう人だった。
「早くアンネリーゼに会いたかったというのが、そりゃあ心からの本心だったがな。リーゼロッテ嬢の対応を見たかった、というのもある。それと」
義父は、さらにニヤリと笑みを深めた。
「お前に気づかれて断られる前にとも思ったのよ。なあ?」
「ふふっ。そうね、リーゼロッテさんにはご迷惑をかけるとは思ったけれど、最後の決め手はそこでしたわね」
この夫婦は正反対に見えながら、実は似た者同士なのも思い出す。
はあ……、と、思い切り吐きたいため息を何とか飲み込む。
「……不義理をしていた、とは思っております。申し訳ございませんでした」
そう言って、頭を下げた。
そこは、自分でも理解はしているのだ。ただ、いつまでも認められなかっただけで。
「謝らんでいい。むしろ、娘をそこまで想っていてくれていると、感謝の気持ちすらあるくらいだ」
え、と思い、顔を上げる。
「何を驚く。娘亡き後に今まで以上に仕事に没頭し、数ある再婚話をことごとく断り続けた婿を、心配こそすれ怒るような気持ちは全く生まれんわ」
「頼ってくれなくて、寂しかったけれどね?」
「……申し訳……」
「ああ、だから謝るな。リーゼロッテ嬢に言われて再認識したよ。……お前は、認めたくなかったのだろう?エレーナの死を」
言うな。言わないでくれ。まだ認識したくない、認めたくない。この場にエレーナがいない現実を。
「でも、もういいだろう。もう充分だ」
「……なっ、にが充分、なの、ですか……っ」
義父のその言葉に、様々な感情が交ざり合い勝手に涙が溢れてきた。情けなくとも、みっともなくとも止まってくれない。
「エレー、ナ……まだ、まだこれからっ……ずっと……」
ずっと一緒にいたかった。無愛想なわたしを叱って欲しかった。
「こ、どもができな、ければ、と……そん、ないけないこと、が、あたま、から……消えて、くれなくて……アン、ネに非がない、こと、など……わかって、る……!わかって、いる、のに……!!」
執事に何度も言われなくとも。リーゼロッテに指摘されなくとも。わかってる。わかってはいるんだ。なのに手を伸ばすことができなくて。それが後ろめたくて義父母にも会えなくて。
何もかもから逃げたまま。
「そうね。でも思い出して?子どもを望んだのは、あなただけではないでしょう?二人で、望んだのでしょう?」
義母が背中にそっと手を置き、真っ直ぐにわたしを見た。
そして思い出す。二人で子どもの誕生を待ちわびた日々を。
「アンネリーゼを生んだあの子は、不幸に見えましたか?後悔しているように見えましたか?」
そしてまた穏やかに紡がれる言葉に、首を横に振る。
そうだ、何で忘れていたんだ。あの、慈愛に溢れた女神のような顔をして、アンネリーゼを抱いていたエレーナを。
『ありがとう、この子を授けてくれて。わたしはしあわせよ』
そう、言ってくれた彼女を。
「そう、だ……!わたし、こそ感謝した、うれしかったんだ……!!」
余りにも早い別れに、悲しみに、もうこの世界に喜びなどないと、全ての気持ちを塞いでしまっていた。
それは、エレーナの生きた証を、喜びを、否定することだったのに。
全てが灰色に染まった日々をただただ無作為に送っていた。それは、あの鮮やかな日々を、思い出を、彼女の想いを、消してしまうことだったのに。
自分の悲しみしか、見えていなかった。
「なさ、けない、な……。すまなかった、エレーナ」
止まらない涙に空を仰ぎ、エレーナに届くようにと気持ちを言葉に込める。
『仕方ないひとね』
ふと、風が吹いて。
空耳かもしれない。けれど、そんなエレーナの言葉が聞こえた気がした。




