影の冷蔵庫
「………すぅー。運っていうのは、ついてる時は本当についているものだね」
ゆっくりと構えたまま、息を吸う。私のスキルで、この硬さを貫けるものは今ない。想定以上の硬度で、おそらく私が全力で『風水刀然』を使ったとしてもちょっと凹みを作れるかどうかくらいだろう。
でも、もう勝つ手は見えている。王手なのだ。この状況に入った時点で。運でも何でも、100回やってあとの99回が私の負けとなっても、この一回は私の勝ちとなる。そして、それで全てが済む。
「思えば、1日に『魂の技術』を2回使うのは、初めてだったかな」
静かに、私の奥底から何かが引きずり出される感覚がする。あぁ、でも望んだものが来るのはこれが初めてだったね。はは、私って案外記憶力がいいんだね。一番必要な力を、瞬時に当てはまるものを思い出せた。
「……確定演出だ」
今度はさっきのヤケクソの祈りではない。あれ?祈ってたっけ?なんか罵詈雑言撒き散らしてた気が……いや、私はもっとお淑やかなイメージで通ってるんだ、そんなことないない。
とにかく、レベルが上がった今日のソウルテックさんは別格だ。そもそも使用制限かかってたのがどうやら緩和したらしい。感覚でわかるのだ。人間が勝手に歩けるようになるのと同じようにね。
そう、今の私は一度だけ指定したスキルを引き出せる。消費する経験値は多めになるし、記憶力がないと使い物にならない機能だけれど、今の私は冴えている。だから大丈夫だ。え?じゃあ普段はって?………。さ、冴え、てるよ?うん。メリーくんも尊敬の視線送ってたし。多分。勘だけど。
「えぇい、雑念は排除排除!さっさと行動開始だー!」
私は行動した。
結果:冷蔵庫の上に腰掛けた。以上。
「いや、ちゃうねん。ちゃんと意味があるねん。無駄な行動なんかじゃないねん」
何してくれてんだあぁん!?って感じで影が迫ってくるけどここはスポットライトのど真ん中。悔しいのぅ!!入ってこれないからなぁ!?裏をかくために本体を光の当たる場所に置いたのが間違いじゃったな!!
「あっ、痛い!?あそっか、私の影もあるんだった……」
頬をグーで殴られたので、綺麗に放物線を描いてギリギリスポットライトの端っこに落とされる。光に入れないが、私が作った影から攻撃できてご満悦の影。私の無様な姿に需要でもあるのか、スポットライトの外側で、ダブルピースをしていた。
「いや、思ったより俗っぽいのなに?」
というかそんな需要いらないんだが。潰すぞ。いそいそと性懲りも無くまた冷蔵庫の上に座り込む。今度は影が極力生まれないようにして、そしてギリギリ生まれてしまう影も常に監視している状態にした。
悔しそうにちょっとだけ影から手が伸びては、台パンを地面にかましている。何でちょっと愛嬌があるんだよ。
「いやでも、私覚えてるよ。こいつさっき私のこと裁きの礫で消し飛ばそうとしてきたんだから」
今更だけど裁きの礫連呼していいのかな……?なんか怒られそうなんだけど。名前変えとこうかな……??
「うーん……名前とか……破壊光せ……ダメだ。じゃあちょっと捻って……火炎放射、もあったっけ。八方塞がりかな?お?いや、そろそろ時間か。長かったなー」
条件をそろそろ満たしそうになったので、意識を冷蔵庫に向ける。私が選んだスキルは当然のように防御を無視して相手に影響を与えるスキルだ。その代わり条件が厳しいからこんなふうに座り込むことになっているのだけれど。
ベフェマはちゃんとこのスキル使いこなせてるのかなー?すっごい使い所が難しそうなスキルだよね。でも、使わないとそれはそれでもったいないし……。
「ま、おいおいその心配はすればいいでしょう。今は君を『安楽死』させることができれば」
ベフェマしか持っている魔物を見たことがないけれど、そんだけ希少なスキルにしては、思ったよりはシンプルだったこのスキル。効果は相手の強さに比例して増える触れた時間を満たした時、相手を問答無用で即死させる。
「こういう本体が固くて動かないタイプなら都合がいいという話だね。やっぱり使い所はありそうだなぁ」
手を冷蔵庫に触れる。ひんやりしている。いや、私が死霊だから大丈夫なだけで、本当は凍傷になるくらい冷たいのかも。まぁそもそも冷蔵庫って名前つけたのは深い理由もないけどさ。
「じゃ、さようなら。『安楽死』」
先程から光が当たるのも構わずにこちらへジリジリと近づいていた影を一瞥もせずにスキルを発動する。私が言ったスキルの効果を知っていたのかな?もうわからないや。
「だって死んじゃったからね。無機物だろうと生きてりゃその機能を停止させるのさ、このスキルは」
影は消える。何かが蠢いていたはずの暗闇は、元のただの闇に戻る。そして、冷蔵庫は何やら石造りの金庫のようなものになっていた。灰色なのに、不思議と奥のメリー君が……あれ?
「メリーくん……思ったより、自由が効いたみたい、だね?」
透けて見えるメリーくんは、何だか今までにない上品さを携えて座り、こちらをじっと見つめていた。ふと、白虎のことが脳裏によぎる。そんなはずはない。だって、白虎の本体はまだあそこにあるはずだから。
少し強張った私に動きが、全て把握されているような気がした。戦闘が終わったはずなのに、息が継げない。先程から嫌な予感が途絶えない。なんでだ?問題ないはずだ。理性はそう判断している。どうして?
私の機微を察したかのようにメリーくんが肩をすくめた、ような動きをした。違う。これは、なんだ。何が起こっている。偽物か?いや、でも、その光は、その目は。
少し、緩みかけていた笑みを消す。なるほど、そうなったか。ならば、やることは決まった。所詮はこの世界のみに生きる期限付きの同伴者。敵となるならば容赦はしない。空を掴んだ私の手は、何でもないただの誤作動。
「……。……、……。ょし。大丈夫だったかいメリーくん?開けるには……このボタンかな?うん、今開けてあげるよ」
ガチャリ。開いた金庫の小さな扉を潜るメリー。私は手出しをしない。シナリオの成功条件はすでに聞いている。すでに白虎となっているならば話は早いが、この小さな姿を見たところ、まだ完全体ではないようだ。やはり白虎本体が保管されている場所まで行くことが必須なのだろう。
無言でこちらを見つめてくるメリーに「なぜ」という言葉を投げかけそうになる。どうして白虎の精神状態になったのか知らない。事実は、変わらない。やることは変わらない。このシナリオの結末は、最初から決まっていたのだから。問題はない。そうだろう?
「メリー、くん。どうする?一休みしてから白虎のところに向かう?その感じだと、もう向かっても大丈夫だと思うんだよね。現在の状況、これからどうなるのかも理解しているんでしょう?」
『白虎の場所へ向かう必要はない。僕は白虎の身体を呼び出すことができる。このように』
歯噛みしそうになった力を、笑みにすることで受け流す。私はもっと理性的に動けると思っていたよ。無様だね。多少流暢にメリーが喋ったところで、知性を垣間見る以外に得られるものはない。
忽然と現れた白虎の身体。相変わらず凍結されたように動かない。まぁ、それもメリーが触るまでだろうけれど。
私はいつでも行ける。能力値は……消費した経験値がレベルを下げるというわけではないから変化はないか。レベルを戻すまでのリハビリが面倒になるだけで、今に支障はない。
『魂の技術』がレベルが上がって一日3回まで使えるようにはなったけれど、現在使える残り回数はあと一回。指定したスキルを呼び出すことは不可能。これは元々不可能だったから今無理になったところで戦術にそこまで影響を与えることはないだろう。
『安楽死』はもう使わないから経験値に還元しておく。さて、このままいけば屋内戦か。
『さて……戦闘を開始する前に、少し話をしておきたい。僕は、現在「思い出のパズルが嵌まる時」のシナリオ内容と、白虎が持っていた本来の記憶を持ち合わせている。白虎の身体を入手すれば、本来の記憶のあとの記憶も手に入るだろう。つまり、完全体になる』
「知っているなら話は早い。さぁ、早く終わらせようじゃないか」
『少し時間が欲しい。重要なのは、白虎の本来の記憶に内蔵されてある情報。持ち合わせている情報から察しても、おそらくこのシナリオの制作者、つまるところ貴女に関係のある人物の情報を貴女に与えることができる。恐らくは、彼の裏の顔の部分を』
「……裏、かぁ」
『興味を持ってくれたようで何よりだ。僕は、彼……というよりも、彼が所属している組織の思惑に最大限反した行動を取りたい。いや、取らなければならない。だから、貴女に彼が……現在の複数の宇宙をまたぐ最大規模組織、ラプラス総統政府や、その幹部である七罪公の一人、傲慢罪公ルシエルなどの話をしておく』
……おっとぉ?いきなり超大量に情報が出て来て混乱しそうだけどとりあえず話を聞くぞ?
『ラプラス総統政府は政府などと名乗っているが、かなり後ろ暗い組織だ。恐らくはロクでもないことを考えているのだろう。白虎たちも【原彩】という反総統政府の星と契約をしたところ、総統政府に排除されて、今に至る。その際に白虎はルシエルと出会ったわけだが、まぁ、人格についてはそこまで悪くはない』
?????目の前の小さな虎は私に理解させるつもりがあるのか??これは新手の嫌がらせ??
『だが、彼も総統政府に属している。あまり信用はできないだろう。一応、白虎は青龍宛てのメッセージを残したようだが、果てさて、本当にそのメッセージとやらが残されたのかは確認できていない。兎に角、白虎は総統政府に排除された結果、生贄になった』
は?生贄になったぁ??あんな元気にはしゃぎ回ってる姿のどこが生贄ですか……。白虎の相手をする方がむしろ生贄と言っても過言ではない。
『生贄、つまるところ、貴女方を成長させるための踏み台ということだ。白虎がここに生贄として送られたことは知っているが、その内実までは知らない。あり得るだろう理由の一つが、そういうものだ。貴女が強くあろうとする理由は知らない。が、彼らが貴女たちを成長させようとしているのなら、その先にあるのはロクでもない末路だろう』
……なるほど、情報を完全に把握して噛み砕いたわけではないが……言いたいことはわかった。要はメリーはラプラス総統政府とかいうのに復讐しようとしているってことでいいのかな?
その過程で、私を強くするのもその組織の目的の一つだから、情報を与えて私がこれ以上強くならないようにしていると……マジで言ってんの?
「それを言ってさ、私が止まると思う?」
『思わない。仮にも僕は貴女と共に過ごした期間がある。だから、貴女を止めるには、貴女が最悪の結末に辿り着かないようにするには、ここで貴女を終わらせるしか方法はない。シナリオに必要だからとかは関係ない。貴女を救済するために……貴女を殺します』
「言ってることが矛盾してんじゃないのガキンチョ。救うならもっと方法考えなよ。それに、私は救われるのを待ったりしない。私は自己救済するタイプなのさ。アンタの助けなんか、最初からいらない」
『ならばシナリオを完遂するため、全力で向かってきてください。殺しますので』
「ハッ、言うねぇ」
メリーが光を放つ。どうやら白虎本体に触れたようだ。光が溶け合って、一つの大きな虎へと生まれ変わる。ばちばちと音を立てて無音の着地をするのは、いつかの白虎そのものだった。
いや、むしろ前より強力になっているか?記憶に、メリーの機能もある。なるほど、これは手こずりそうだ。でも……
「敵は殺す。最初から決めてるんだよ」
『悲しいです』
「思ってもいないことをよくもまぁぬけぬけと」
刀を構える。一度白虎とは戦っている。何度も戦闘のシミュレーションはしてきた。最初ほど、初見殺しは通用しない。この状況で、挑戦者は果たしてどちらかな?
ゆっくりと白虎を中心に円を描く歩きをする。何となく動いてないと落ち着かないもので、はい。え?多動症?褒め言葉だな!
「経験の違いを思い知らせてやるぜ」
『多分、経験値で言えば僕の方が上かと』
「そんなん所詮は別人の記憶だろうがヒャッハー!!」
風水刀然の型でも、歩法に入るもの、「地這い風」。刀の持ち手を見せないように前傾姿勢で突撃する。持ち手が見えても、どの場所にも刀が動きやすい位置だから攻撃予測が難しい。案外使いやすいんだよっ!
「……まぁ、反射速度が人間離れしてると話は別ね」
『何の話ですか?』
「うっさい非人間!」
『まぁ、虎ですけど』
悲報、相手が早すぎて小細工通じない。真っ向勝負?小枝みたいにポキって折られるわ。私の胴が。いや、案外心か?どっちでもいいっての。
でも刀だけじゃやっぱりダメかー。いっつもこうだよね。やっぱり時代はパゥワーか。所詮は力。技だけでは叶わないのですよ……。
「ーーなーんてねェ!!技だろうが力だろうが極めりゃ脅威なのさァア!!」
刀は白虎の首を狙ったけど、簡単に弾かれて地面の方へ重心が移動した。体勢が崩れるほどではないけどね。でも、この時丁度白虎の周りを一周した。つまり……細工完了だ。
ふっ、いいことを教えてやる。準備ってのは戦いの前にやるものさ。卑怯なんかじゃないよ。負けた方が悪いんだよ。だからゲスを見る目で見ないでね。
『……これは』
私は移動した重心に逆らわずに地面へ倒れ込むほどに屈む。白虎から見れば、丁度片膝をついて跪いているように見えるかも。でもぉ、私は基本相手を見下しても見上げることはないんですわ。見上げた奴らは全員超えて土ペロさせてきたからねぇ!?
「あっ、UFO!!」
『???』
知識不足で困惑するのやめない?でも注意は上に逸れた。あ、UFOは関係ないよ。単純に上に注意を向ける補強をしたかっただけだから。そう、今のは補強。別にしなくても白虎は上を向いていたはず。
何でかって?だって、私は刀を上へ放り投げたから。それもノールックで。
そう、これは本来なら致命的なミスだ。武器を手放すなんて、普通「あっ、あいつ終わったな」の目で見られて然るべきなのだ。やった時点で死神さんが「あ、スタンバイしないと」と思うくらいの確定演出だ。死神って実在するのかな?
いやいや、その疑問は今はいい。兎に角、普段ならえぐい失敗も、今回はそれにノールックで、明らかにわざとやった気配が窺えるものだった。要は何か裏があるって白虎が思うような動きだったわけだ。
「ふっ、最初の攻撃が弾かれて地面に跪くことまで、お見通しさ」
嘘です。めちゃめちゃテンパってました。マグレです。
だが、マグレでもいい動きができたっていうのは本当。この跪く行為も、動きが遅くなるから戦闘ではナンセンス。だって頭が下を向いているんだもん。重心が完全に下にいっているのさ。偶然ではあるけれど、これも白虎からすれば不可解な行動。こうして不可解かつ、意図的な気配が垣間見える行動を見た白虎は……。
『っ……』
一瞬だが止まる。そして、その隙があれば、細工は起動できる。というか、もう起動している。この隙を作る行動は、同時に細工を起動する合図でっもあったのだ。
よくわかんないって?勘のいいガキ諸君でも流石に今の一連の動作がわからなかったかぁ!!いや、仕方ないよね!うん!ほら、私ってば「あいきゅー」が高いからねぇ!!……別に私の説明が下手なわけじゃないもん。でも、もしわからなかったというなら忍びない。
その時は結果だけ見てみよう。
『!!……流石はオールさんだ。こんな最高に汚い手を使うとはね』
「爽やかに罵倒しないでね!??」
白虎の体勢が崩れる。傍目には何もしていないように見えるかもしれない。でも、よく見ればわかる。白虎の足には、糸がキツく食い込んでいる。要は、つまづかせたのだ。私がやったのは、刀に糸をつけて、白虎の周りを一周しただけ。
先頭の余波で飛んだりしないように多少重くはしたけど、所詮は糸。白虎にはそこまでの観察眼はなかった。だから、一周まわった私が今、糸がついた刀を上に飛ばすことで、配置した糸が動いて絡めることができる。
(……本当にオールさんはすごいよ。僕の保護者になってくれて……ありがとうね)
まぁ、個人的にはうまくやったつもりなんだけど……。何考えているか読めない白虎相手に、自然な流れで罵倒されてしまった。泣きそう。一時は保護者だったのに……あぁいや、今はその話はいい。熱はいらないんだ。いるのは冷徹な勝ち筋への執着だけ。
「ふっ」
刀を飛ばした際に、そこに繋がった糸を代わりに掴んでおいた。その糸をグイッと手繰り寄せればあら不思議。丁度いい位置まで飛んだ刀は、白虎の背中目掛けて急降下する。
『四足だとこういうところ、煩わしいよね……!!』
「煩わしい程度にしか感じてないならそのまま足掬われて死ねっ!」
『は、はは。これは手厳しい』
少し白虎の顔が歪んだ気がした。無視する。感情は戦闘中においてあまり役に立たない。興奮すれば力が無意識に増したりするのかもだけど、肉体に無意識のリミッターがかかっていない私は、常に私の肉体の十割の力を自由に操れる。つまり、この場で感情はいらない。
「まっ、機械じゃないから疎んだりはしないけどね!!私のぉ、生存証明だからさぁ!!」
白虎がギリギリで糸から抜け出し、落ちてきた刀を弾き飛ばす。想定通り。体勢が崩れているね?よろしい。刀がないから崩しても大丈夫とでも思ったか?
「私の腕力舐めんなっ!超頑張れば一瞬で刀を手繰り寄せるなんざ、朝飯前なんだよなぁあ!」
『す、すごいなぁ』
素で白虎がびっくりしている。ちょっと純粋なのやめろ。
「神刺ィ」
初めてのダメージを与えた。場所は左前脚。刺す攻撃だから、ある程度動きに阻害を与えることはできるだろう。白虎相手にはスピードを削ることが重要だ。私の方が身体能力で劣っている以上、策を練って少しでもそのディスアドバンテージは消しておかなければ。
「さぁて……後一箇所くらい刺せば、まともに戦えるかな?」
白虎が笑った。舐めるなという憤りと、少しの悲哀が混じった色。
あぁ……本当に、やりづらい。




