4話 人のことば
昨夜は寝られるか心配だったのだが、かなり熟睡していたようですっきりとした朝を迎えた。
脇のテーブルに用意されていた服に着替えて、起きたら使うように言われた枕元の魔法陣に手を触れる。
魔力消費することなく魔法陣が起動し、ラケルと念話が繋がった。
『おはよう、ルアン。寝れたか?』
『おはようございます……はい、よく』
『今行くから待ってな』
返事をすると、じゃあ、と念話が途切れる。恐らくラケルの魔力を媒介しているのだろう。ルアンから念話を使うこともできるのだが、最近は魔力を使うだけで目眩がする。その辺りの説明も受けているのか、ラケルはルアンに魔法を使わせることを極力避けるつもりでいるようだった。
リビングに出て座って待っていると、シーシャとラケルが入ってきて立ち上がる。朝食が入っているのであろうバスケットと何冊か本を持ってきていて、首を傾げた。
「言ったろ、勉強させるって。とりあえずは魔法の基礎とこの国のことからな」
恐らく文字が読めると思って言ったのだろう。申し訳なくなって、目を逸らす。
「すみません……文字、わからないです」
ラケルは少し呆然としてからそこからか、と頭をかいた。
少量のスープを飲んで、文字表を使って一つ一つ発音を教わる。丸と直線を用いた記号を、実際に書きながら頭に叩き込んでいった。
「この国の文字は見分けは少しし辛いからな」
線の長さや丸の位置で発音が変わってしまう。一方で文字一つにつき発音は一つしかないため、覚えることさえできれば文章は読み書きできるようになる。
「ル、ア、ン」
自分の名前だけは見ずに書けなければ苦労する。ラケルがまず教えたのは名前の書き方だった。
「うん。じゃあ次は……」
ひたすら単語を書き連ね、少しずつ慣れていく。ラケルが王兵の仕事で退席してからもシーシャに見てもらいながら覚えていった。
途中休憩を挟みながら日が傾く頃にはあらかた表を見なくても書けるようになってくる。こんなになにかに集中するのも久しぶりで少し疲れも感じて達成感にほっと息を吐いた。
「お疲れ様でした」
付きっきりで見てもらったシーシャに、ありがとうございますと頭を下げる。
「いえ。お礼を言われるほどではありませんよ。とても飲み込みが早くて驚きました」
「のみこみ?」
「覚えるのが上手、ということです」
昨日ラケルと話していたときからわからない言葉がところどころ出てくる。アニメティは「アメニティ」で歯ブラシやシャンプーなどの生活に必要な道具のことだった。
「私は一度夕飯の支度に戻りますからなにか御用があれば寝室の魔法陣を使ってください。あちらはラケル様、私とミエの誰でも対応できるようにしておりますので」
シーシャが退室して、一気に室内が静かになる。朝に元々読ませるつもりで持ってきていた本が机の上に置きっぱなしになっていて、今なら読めるだろうかと手をつける。
「えっと……」
この国の歴史が書かれた本のようで、かわいらしいイラストが多用された子供向けのもの。ときどきつっかえて文字表を確認しながら読み進めていく。
しかしわからない単語も多くて、内容を理解できるのは四割から五割程度。どういうことが起きたのかという概要はわかっても、なんで起きたのかといったことやその出来事の詳細までは掴めない。
それでも文章が読めるようになった事がうれしくて、一心不乱に読み進めた。
「ルアン、ただいま」
「おかえりなさい」
夢中で読んでいる間に、ラケルの仕事も終わったらしい。本を読むルアンに満足気にうなずいて、傍によってきた。
「読めるようになったか」
「はい。でも……えっと、わからなくて。文字はわかるけど、言葉が」
「なるほど。単語がわからないのか……ちょっと待ってろよ」
そう言って再び部屋を出ていってしまう。五分ほどして、分厚い本を抱えて戻ってきた。
「これは辞書って言って、言葉の意味を調べられる本だ」
「言葉の意味?」
てきとうなページを開いたのを見せられて、その文字の多さにびっくりしてしまう。今読んでいたものよりもずっと文字が小さい。
「例えばこれ。『よる』って太い文字で単語が書いてあって、その後に『太陽が沈んでいる間の時間』とか色々と書いてあるだろ。これが意味だ」
「全部の言葉がわかるんですか?」
「全部ではないだろうけど、ルアンが今後言葉がわからなくて困ったときは大体これで解決すると思うぞ。本を閉じると紙の側面に線と、その上に文字表の順に文字があるだろ。線の中にあるやつはこの文字から始まるってことだから、調べるときにはここを見るんだ」
試しにさっきわからなかった言葉を探してみる。その意味の中にさらにわからない言葉が出てきて、それをまた調べる、といった感じで少し楽しくなってきた。
「ありがとうございます。ラケルさん」
そう言って笑顔になるルアンに、ラケルもつられて笑った。今後王兵として必要なことを身につけてもらうためにしていることではあるが、それを楽しんでもらえるならラケルとしても嬉しいことだ。
「じゃあそろそろご飯だろうから片付けるか」
「はい」
立ち上がった瞬間、ぐらりと視界が歪む。
「っ……?」
体の奥からの急な異物感に耐えきれず、膝をついてそのまま戻してしまった。
「ルアン!?」




