2話 あざやかな世界
空が青い。その中に白い雲がぽつぽつと浮かんでいる。茶色のレンガを積み重ねた建物や、木を組み合わせた建物。多くのそれらがバランスよく配置された街並み。その間をさまざまな髪や目の色を持つ人々が、多種多様な形や色の衣服を身に付けて歩いている。
道の脇にはオレンジや赤の花が咲いていて、緑の木々が風に揺れて太陽の光を反射する。人々の話し声や足音、何かを開け閉めする音、動物の鳴き声。全ての音が混ざり合って耳に届いてくる。
隣に咲く花の甘い香りや木の匂い。どれも知らないのに、どこか懐かしい。何よりも肺に入れる空気が澄んでいて、どれだけ深呼吸してもせき込むことがない。むしろ目一杯吸い込みたくなる。
「……まぶしい」
五感で感じている全てが。今まで見てきたものの何よりも。
端から端まで一周するのに丸一日かかる広い街。のどかで、それでいて賑わいを見せる光景に、ルアンは圧倒されていた。
人間界の様子を見てみるといいと王城から少し離れた場所に転移させられている。幸い、この街で最も大きな建物である王城はここからでも頂上を見ることができた。それを目印に進めばたどり着けるだろう。
「君、どうしたのかな。迷子?」
衛兵と思しき人物に声をかけられ、ぎくりと固まってしまう。怯えているのがわかったのか、ルアンの身長に合わせてかがんできて、余計に焦ってしまった。
魔界の言葉を普段使っていたが、人間界の言葉も日常会話であれば問題ないレベルの知識を身に付けている。年相応の語棄力とまでは言えないが、人間界に住んでいたころより豊富な表現力があるのは魔王の教育によるものだ。だが、実際その言葉を使うとなると勝手が違う。
「何もない、大丈夫。です」
片言で答え、逃げるようにその場を離れる。追いかけてくる気配があったものの、体が小さいおかげでうまく撒くことができた。
撒いてから、後悔が湧いてきてしまう。なぜ逃げてしまったのか。素直に王城に行きたいと伝えれば案内してくれただろうに、とっさの行動だった。走ってしまったせいで息も上がっている。
とはいえまた戻って彼に話しかける勇気なんてあるわけもない。王城の場所はわかるのだからそこに向かって歩けばそのうち着けるはずだ。
一時間ほど歩いて、正門と思しき巨大な門が見えてくる。門は開いているが、入る者に脇に控える兵士がなにか問答しているらしい。
意を決して門に近づいていくと、左側に控えていた男がルアンに気づいて手を振った。
「来たきた。ルアンだな」
警戒しているのがわかったのか、柔らかく笑う。目の端にしわができて、少しつり目の怖い印象が薄れた。長めの茶髪が夕目に照らされて金色を帯びる。
「知ってる、ですか……?」
「王兵だからね」
考えてみれば左右で立っている者の身につけている装備が違うのは不思議な話だ。白の裾が長いコートに黒のパンツ。胸に光る金の徽章は王兵を表すものだとこの距離に来て気づく。
「一応王兵総隊長を務めているラケルだ。それと……君を保護した人物、といえば待っていた理由はわかるかな」
その言葉に、呆然と目を見開いた。命の恩人とも言えるその人が、今目の前にいる。王兵だと聞かされていたから、いつかは会えると思って何を言うかは決めていた。それなのに、いざとなるとなにも言葉が出てこない。
「中でゆっくり話そう。でも……君と再会できて、本当によかった」
優しい言葉。どう反応すればいいのかわからず、ただうなずく。
門を通ったあとも広い庭を歩き、数分でようやく城の中に入ることができた。
大理石の白い床の上に主な道に沿って赤のカーペットが敷かれている。きらびやかな装飾に、まぶしいくらいの照明。大勢の人間が行き交っているのは先程の街外れの光景と同じなのだが、足音が響くだけの静かな空間。
それらを見渡している間にラケルがすたすたと歩き出してしまったので、慌てて追いかけた。かなりの距離を歩き、所々要所となる部屋の説明を受けつつ進む。
「ここから王に使える兵、使用人、王兵の居住区域レジデンシアだ。地位ごとに与えられる部屋の階数が高くなって、王兵は一応最上階が与えられる」
「それだけすごいのですか?」
人間界で育った者であれば、二十三人しかいない王兵に対して尊敬と畏怖を抱く。それを知らないが故の純粋な質問に、思わず微笑んだ。少し硬い敬語も微笑を誘うのだろう。
「すごいと思われるような存在になっていきたいな」
素直な問いだからこそ、虚勢のない素直な答えが生まれる。だからだろうか。ルアンは少しだけ沈黙してから、はいと控えめにうなずいた。




