第8話 春風と、ちょっと失敗した卵焼き (天然系/お花見のお弁当/仲のいい同級生)
……あ、いた!
よかったあ、先に来てたんだね。
ごめんね、ちょっと遅れた?
あのね、その……言い訳してもいい?
いい?
じゃあするね。
お弁当箱のふた、閉める直前までは完璧だったの。
ほんとだよ?
ちゃんと詰めて、見た目もまあまあいい感じで、今日はうまくいったかもって思ってたの。
でも最後にね、いちごを入れようとしたら、ちょっとだけ場所が足りなくて。
それで詰め直してたら、今度は卵焼きが転がって。
転がったのを直したら、今度はウインナーが倒れて。
それを直したら、今度は――
……うん。
終わらなくなっちゃって。
でもでも、ちゃんと間に合ったから。
えらいでしょ。
……え?
その時点でちょっと危なそうって?
ひどいなあ。
せっかく頑張って持ってきたのに。
ほら、見て。
桜、すごいきれい。
ちょうどいい場所、取ってくれてありがと。
この木の下、花びらがちょっと近くていいね。
風が吹くたび、ひらひら落ちてきて。
なんか、お花見って感じ。
……ふふ。
なんで笑ったの?
あ。
もしかして、私がちょっとはしゃいでるから?
だってしょうがないよ。
春だし。
桜咲いてるし。
お弁当持ってきたし。
こういうの、ちょっと特別じゃない?
ほら、座ろ。
あ、シートの端、踏まないように気をつけてね。
私、そういうところでうっかり転びそうだから、自分でちょっと怖いの。
……なにその顔。
転ばないよ。たぶん。
今日はちゃんと気をつけてるし。
よいしょ。
……ん、いい感じ。
えへへ。
なんかうれしいなあ。
こうして外で一緒にお弁当食べるの。
教室で食べるのも好きだけど、今日は空が広いし、風も気持ちいいし、いつもよりちょっと特別に見える。
あ。
じゃあ、開けるね。
……じゃーん。
……どう?
どうどう?
……え。
ちゃんとおいしそうに見える?
ほんとに?
ほんとにほんと?
やったあ……!
よかったあ……。
実はね、朝からずっと不安だったの。
ちゃんと食べられる形になってるかな、とか。
味、大丈夫かな、とか。
見た目へんじゃないかな、とか。
ずっと考えてて。
……うん。
作ったの、私。
全部じゃないけど、ほとんど。
卵焼きと、おにぎりと、からあげと、あとブロッコリーと、ちっちゃいトマト詰めて。
ウインナーはね、タコさんにしたかったんだけど、足の切れ目がちょっと浅かったみたいで、なんか中途半端になっちゃった。
見て。
これ、タコっていうより、ちょっと困ってる生き物みたいじゃない?
……あははっ。
やっぱりそう見えるよね。
よかった、私だけじゃなかった。
でもね、一番問題なのは卵焼きなの。
見た目はまあ、大丈夫そうなんだけど……。
ちょっとだけね。
ほんのちょっとだけ、形が不ぞろいで。
……うん。
その“ちょっとだけ”にいろいろ詰まってる顔しないで。
あのね。
最初の一回はきれいに巻けたの。
でも二回目でちょっと崩れて、三回目で「あ、なんか違う」ってなって。
結局、形を立て直そうとした結果、“味はたぶん大丈夫な卵焼き”になりました。
……だから。
先に言っておくね。
もし、ちょっとだけ変でも、笑わないでね。
……え?
笑わないし、ちゃんと食べる?
……ほんと?
えへへ。
じゃあ、はい。
一番まともそうなやつ、どうぞ。
……ど、どう?
どうかな。
変な味しない?
しょっぱすぎない?
甘すぎない?
なんか、卵焼きって家によって味違うっていうでしょ?
だから私のが変だったらどうしようって――
……おいしい?
……ほんとに?
……そっかあ……。
よかったあ……。
あー、なんか今ので一気に安心した。
朝からちょっと緊張してたの。
お弁当作ってくるって言っちゃったの、勢いだったかなって。
もし変だったら気まずいかな、とか。
逆に気を遣わせたらどうしようかな、とか。
でも、ちゃんと食べてもらえて、しかもおいしいって言ってもらえると……。
なんか、報われるね。
……うん。
がんばって早起きしたかいあった。
ほんとはね、もう少しきれいにしたかったんだよ。
お店みたいに、ぴしっとしてて、見た瞬間「わあ」ってなるやつ。
でも、いざやってみると難しいんだね。
詰めるだけなのに、色のバランスとか、形とか、ちょっとした向きとかで全然違って見えるし。
だから、世の中のお弁当上手な人ってすごい。
ほんと尊敬する。
……え?
十分すごい?
やだもう。
そんなふうに普通に褒めるの、ずるいよ。
こっち、ちゃんと照れるから。
……でも、うれしい。
ありがと。
あ、からあげも食べて。
それはね、昨日の夜に下味つけておいたの。
ちょっとだけにんにく入れた。
春のお弁当に、にんにくってどうなんだろうって思ったけど、おいしいほうを優先しました。
……うんうん。
でしょ?
よかった。
これは自信あったんだ。
あ、おにぎりは二種類あるよ。
しゃけと、こんぶ。
どっちがいい?
……しゃけね。
はい、どうぞ。
私はこんぶにする。
……ん。
おいしい。
外で食べると、なんか同じものでもちょっと違うね。
風があるからかな。
空が見えるからかな。
それとも、こうして一緒に食べてるからかな。
……あ。
その顔だと、今のちょっと恥ずかしかった?
私は少しだけ恥ずかしい。
でも、本当にそう思ったの。
一人で食べるより、誰かと一緒のほうがおいしいし。
しかも桜まで咲いてると、ちょっと特別感、増すし。
ねえ。
花びら、おにぎりに乗った。
見て。
なんか、ちょっとかわいい。
……ふふ。
取るね。
食べちゃだめだよ?
あ、でも。
昔、桜の花びら食べたことある。
小さいころ。
きれいだったから、食べられるのかなって思って。
……うん。
別においしくなかった。
ちょっと青い味した。
なにその顔。
子どもだったんだもん。
そういうこと、やってみたくなるでしょ。
……え。
今もやりそうって思った?
やらないよ!
もうちゃんと学んだから!
あはは。
でも、こうして笑ってると、ほんとに春っていいなあって思う。
冬が終わって、あったかくなって、外に出たくなって。
何かしたくなる季節って感じ。
……うん。
新学期も始まったしね。
ちょっと疲れることもあるけど、こういう時間があると、「まあ、悪くないかも」って思える。
それに、お弁当作るのも、思ったより楽しかった。
大変だったけど。
大変だったけど、食べてもらう相手のこと考えながら作るのって、ちょっとわくわくした。
……あ。
い、今のは、そんなに深い意味じゃなくて。
えっと。
その。
普通に、一緒に食べる相手のこと考えてたってだけで……。
……なに。
そんなににこにこしないで。
自分で言っておいて、ちょっと恥ずかしくなってきた。
もう。
じゃあ、代わりにちゃんと感想いっぱい言って。
どれがおいしかったとか、これ好きとか。
次に作るときの参考にしたいから。
……次もある前提でいいのかって?
え。
……だめ?
いや、だめなら別に……。
別に無理にとは言わないけど……。
……いいの?
ほんとに?
やった。
じゃあ、次はもっと上手に作る。
卵焼きも、ちゃんときれいに巻けるように練習するし。
タコさんウインナーも、今度こそちゃんとタコにする。
あと、春が終わる前にもう一回くらい、お花見っぽいことできたらいいな。
……うん。
約束ね。
えへへ。
なんか今日、楽しいなあ。
桜もきれいだし、お弁当ちゃんと食べてもらえたし、思ったよりいっぱい笑ってもらえたし。
……あ。
風、また吹いた。
わ。
すごい。
花びら、いっぱい。
……きれい。
ねえ。
こういうの見てると、今日のこと、ちゃんと覚えていたくなるね。
桜の色とか、風の感じとか、ちょっと失敗した卵焼きのこととか。
あと、こうして一緒に笑ったこととか。
……うん。
たぶん、春ってそういう季節なんだと思う。
何気ないのに、少しだけ特別で。
あとから思い出したとき、ふわっとやさしく残る感じ。
だから。
今日は来てくれてありがとう。
お弁当、食べてくれてありがとう。
ちゃんと「おいしい」って言ってくれて、ありがとう。
……ふふ。
もしよかったら、来年の春も。
そのときは、もう少し上手になった卵焼き、食べてもらってもいい?
……うん。
約束。
じゃあ、今日は春風の中で、いっぱい食べて、いっぱい笑おうね。
お弁当、まだあるから。
次は、ちょっと困ってる生き物みたいなウインナー、食べてみて。




