第7話 春の図書室は、少しだけ特別 (清楚先輩/図書室での再会/以前少しだけ話したことがある先輩)
……あ。
やっぱり。
そうじゃないかなって思いました。
この棚の前で立ち止まる人、あまり多くないので。
こんにちは。
……ふふ、そんなに驚かなくても大丈夫ですよ。
私です。
覚えていますか?
……よかった。
ちゃんと覚えていてくれたんですね。
以前、少しだけお話ししましたよね。
たしか、そのときも本の話になって……。
あなたが思っていたよりずっと、丁寧に本を選ぶ人なんだなって思ったのを覚えています。
今日は、同じ本を探していたんですか?
……ああ、なるほど。
春っぽいものを読みたくて。
それでこの辺りを見ていたんですね。
わかります。
春って、不思議な季節ですよね。
明るくて、やわらかくて、始まりの感じがして。
でもその一方で、どこか落ち着かなくて、少しだけ心がそわそわする。
だから、読む本も少し迷うんです。
軽やかなものが読みたい日もあれば、静かな言葉に触れたくなる日もあって。
……私は今日は、静かなほうです。
窓から入る光がやさしい日は、にぎやかな物語よりも、言葉の余白が多い本を開きたくなるので。
あ、すみません。
急にこんな話をしてしまって。
でも、図書室だと少しだけ、こういう話がしやすくなるんです。
同じ学校の中なのに、教室とは空気が違うでしょう?
少しだけ時間の流れがゆっくりで、声も自然とやわらかくなってしまうというか。
……ええ。
私、この場所が好きなんです。
本棚の匂いも。
紙をめくる音も。
窓際の光も。
誰かが近くにいても、無理に話さなくていい静けさも。
全部、落ち着きます。
あなたはどうですか。
図書室、好きですか?
……そうなんですね。
静かな場所は、少し安心する。
ふふ。
それ、なんだかあなたらしい気がします。
……あ。
今、ちょっと困った顔をしましたね。
「あなたらしい」なんて言われても、まだそんなに話したことがないのに、って思いました?
たしかに、そうかもしれません。
でも、人って、少しの仕草や言葉の選び方だけでも、なんとなく雰囲気が伝わることってあるでしょう?
あなたは、急に大きな声を出したりしない人だし、何かを選ぶときもちゃんと一度立ち止まる人。
そういうところ、前に少し話しただけでも、なんとなく印象に残っていたんです。
……ふふ。
そんなに照れなくても。
あの。
もしよかったら、おすすめを一冊、紹介してもいいですか?
春に読むのにちょうどいい本。
派手ではないけれど、読み終わったあとに、少し呼吸がしやすくなるようなもの。
……はい。
これです。
そんなに難しい本ではないですよ。
言葉もきれいで、静かに気持ちが流れていく感じの作品です。
何か大きな事件が起きるわけではないけれど、季節の空気とか、人の気配とか、そういうものが丁寧に書かれていて。
春みたいな、落ち着かないけど嫌いになれない時期に読むと、ちょうどいいんです。
……あ。
持ってみますか?
どうぞ。
……そう。
そのくらいの厚さなら、今の時期でも読みやすいと思います。
新学期って、意外と疲れるから。
重たい本より、少しだけ心に寄り添ってくれるもののほうが入りやすかったりしますし。
……え?
私ですか?
私は、春になると少しだけ疲れやすいです。
周りがみんな前を向いているぶん、自分もちゃんとしなきゃって思ってしまうので。
もちろん、始まりは嫌いじゃないんです。
でも、新しい空気って、それだけで少しだけ力を使うでしょう?
だから、そういうときに図書室に来て、本を選んで、少し静かになる時間をつくるんです。
そうすると、「急がなくていいんだな」って思い出せるので。
……あなたも、少しそんな顔をしていますね。
新しい教室とか、新しい人間関係とか。
ちゃんとやらなきゃって思って、少し疲れていませんか?
……やっぱり。
大丈夫ですよ。
四月は、そういう人が多いです。
平気そうな顔をしていても、案外みんな少しずつ気を張っています。
だから、うまく息が抜ける場所を見つけておくのは、悪いことじゃありません。
もしあなたにとって、この図書室がそういう場所になりそうなら。
……少しだけ、うれしいです。
あ。
変な意味ではなくて。
ただ、好きな場所を、誰かが同じように好きになってくれるのって、なんとなくうれしいじゃないですか。
……ふふ。
でも、それだけじゃないかもしれませんね。
あなたとここで会うの、私は結構好きなんです。
教室だと、どうしても周りがにぎやかで、落ち着いて話せないでしょう?
でも図書室なら、少しだけ声を落として、急がないで話せる。
そういう時間って、なんだか特別に思えるんです。
……あ、すみません。
少し話しすぎてしまいました。
でも、もし迷っているなら、その本、借りてみてください。
読み終わったあと、もし感想があれば聞かせてほしいです。
同じ本を読んだ人の話を聞くの、好きなので。
……ええ。
本当に。
「どこが好きだった」とか、
「この言葉が残った」とか、
そういうの、人によって少し違うでしょう?
同じ一冊でも、その人がどこで立ち止まるかで、少しその人のことがわかる気がして。
……あ。
今、また少し困った顔をしましたね。
でも、嫌そうではないから、たぶん大丈夫。
それに。
感想って、立派じゃなくていいんです。
「なんとなく好きだった」でも十分。
そういう曖昧な気持ちも、私は結構好きです。
……はい。
じゃあ、その本にしますか?
ふふ。
よかった。
では、私はもう一冊別のものを探してきますね。
あまり長く引き止めると、読む前に疲れてしまいそうですし。
……あ、でも。
もしまた図書室で会ったら、今度はあなたのおすすめも教えてください。
春に読みたいものでも、ぜんぜん春らしくないものでも。
あなたが「これ、好きなんです」と思う本、少し気になります。
……はい。
約束、ですね。
ふふ。
なんだか、うれしいです。
こういう約束って、声に出すと少しだけ本当らしくなるから。
それでは。
また、この図書室で。
……春の図書室は、少しだけ特別です。
でも今日は、たぶん本だけじゃなくて……。
あなたと話せたから、少しだけ、いつもより特別でした。
……あ。
今のは、聞こえなくてもよかったのに。
もう。
そんなにちゃんと聞かないでください。
では、本当にまた。
次に会えたら、そのときはもう少し、ゆっくりお話ししましょう。




