第5話 別に、心配してるわけじゃない (クール系先輩/新入生歓迎/新入生と先輩)
……あ。
ちょっと、そこの子。
……うん、君。
さっきから同じところ、三回くらい行ったり来たりしてるでしょ。
もしかして、迷った?
……やっぱり。
そんな気はしてた。
案内板、さっきからすごい真剣に見てたし。
でもこの校舎、最初はちょっとわかりにくいんだよね。
似たような廊下が多いから。
で、どこ行きたいの。
……ああ、一年の特別教室棟。
それなら逆。
こっちじゃなくて、渡り廊下の先。
……いや、そんなにしょんぼりしなくても。
初日なんて、迷うのが普通だし。
私も最初のころ、一回普通に資料室に入ったから。
教室だと思って。
……なに、その顔。
笑いたいなら笑っていいけど。
まあ、いいや。
たぶん説明だけだとまた迷うから、途中まで一緒に行く。
ほら、こっち。
……そんなに驚く?
別に、そこまで珍しいことじゃないでしょ。
後輩を案内するくらい。
……ああ、でも。
たしかに、私、あんまり愛想いいタイプじゃないって思われてるかも。
自覚はある。
自分から話しかけること、そんなに多くないし。
でも、迷ってる新入生を放っておくほど冷たくはないよ。
……たぶん。
ほら、階段気をつけて。
この校舎、段差が微妙に見えにくいところあるから。
春って日差し明るいでしょ。
変に反射して、足元わかりにくいんだよね。
……そう。
入学したばっかり?
……うん、見ればわかる。
制服まだちょっと着慣れてない感じするし。
緊張してる顔もしてる。
……あ、今ちょっと恥ずかしかった?
ごめん。
別にからかったわけじゃない。
ただ、新入生ってみんなそんな感じだから。
ちゃんと“始まったばかり”の顔してる。
今年も春なんだなって思う。
新しい子たちが増えて、廊下の空気が少し変わって。
校内がちょっとだけ落ち着かない感じになるの、毎年同じ。
でも、その感じ、嫌いじゃない。
学校がちゃんと動いてるんだなってわかるから。
……君は?
この学校、来る前どんなふうに想像してたの。
……へえ。
もっときらきらしてると思ってたんだ。
まあ、それはちょっとわかるかも。
入学前って、イベントとか青春っぽいことばっかり考えがちだし。
でも実際は、最初って結構地味だよ。
教室の場所覚えて、提出物出して、変なタイミングで立ったり座ったりして。
周りの様子見て、話しかけるタイミング探して。
そういう細かいことで、あっという間に一日終わる。
……うん。
だから、もし「思ってたよりうまくできないな」って感じても、気にしなくていい。
みんな最初はそんなものだし。
むしろ、初日から全部うまくやれる人のほうが珍しい。
……ん?
優しい?
……別に。
ただ、事実を言ってるだけ。
それに。
新入生って、変に“ちゃんとしなきゃ”って思いすぎるから。
少しだけでも、「そんなに構えなくていい」って言われたほうが楽でしょ。
……図星、って顔してる。
わかりやすいね。
でも、そういうの悪くないと思う。
真面目なんだよね。
ちゃんとやろうとしてるってことだから。
ただ、真面目すぎると疲れるよ。
春は特に。
まだ慣れてないのに頑張ろうとするから、家に帰った途端、何もしたくなくなる。
たぶん今日の夜あたり、すごく眠くなるんじゃない?
……あ、笑った。
うん、その顔のほうがさっきよりいい。
ほら、見えてきた。
あの渡り廊下の先が特別教室棟。
君の行きたい場所、その二階。
……いや。
ここまで来たなら、最後まで送る。
途中でまた変な方向行かれても困るし。
別に、心配してるわけじゃないけど。
……いや、半分くらいはしてるかも。
……なに。
そんなにじっと見ないで。
あんまり先輩をからかうものじゃないよ。
新入生のくせに。
……でもまあ、そのくらい余裕出てきたならよかった。
さっきは本当に、今にも「すみません、帰りたいです」って言いそうな顔してたし。
そんな顔してた?
してた。
かなりしてた。
まあ、わかるよ。
最初って、たった一つ迷っただけでも、すごく大きな失敗みたいに思えるんだよね。
でも、あとで振り返ったらたぶん笑えるくらいのことだから。
今はそう思えなくても、そのうちちゃんと慣れる。
この学校、ちょっと不親切なところもあるけど、悪い場所じゃないよ。
慣れてくると、好きな場所もできるし。
お気に入りの廊下とか、静かな階段とか、中庭の風が気持ちいい時間とか。
そういうの見つけると、学校って急に自分の場所っぽくなる。
……私?
私は図書室の窓際。
午後になると光がちょうどよくて、静かで。
考え事するにはちょうどいいから。
……え、教えてよかったのかって?
別に減るものじゃないし。
君がそこ行ったからって、私の場所じゃなくなるわけでもない。
ただし、騒がないこと。
あそこは静かなのがいいんだから。
……着いた。
ここ。
この先まっすぐ行って、右。
今度こそ本当に大丈夫そう?
……うん。
ならよかった。
……あ、そうだ。
一つだけ。
困ったら、ちゃんと人に聞きなよ。
迷ったまま何十分もうろうろするより、そのほうが早いから。
それに、意外とみんな教えてくれる。
君が思ってるより、この学校、冷たくないよ。
……まあ、たまに例外もいるけど。
少なくとも私は、見かけたらたぶんまた声かけるし。
……なに、その顔。
そんなに意外?
……ふうん。
じゃあ、意外だったってことにしておいていいよ。
その代わり。
次に会ったとき、少しは余裕ある顔してて。
せっかくなら、新入生の“初々しいだけの顔”じゃなくて、ちょっと慣れてきた顔も見たいし。
……うん。
その返事なら大丈夫そう。
じゃ、私はここで。
授業、遅れないように。
……ああ、待って。
最後に一応、言っておく。
入学おめでとう。
春の最初って、思ってるより疲れるけど、思ってるより悪くないよ。
ちゃんと、少しずつ自分の場所になるから。
だから、そんなに怖がらなくていい。
……それじゃ。
また迷ったら、今度はもう少し早めに助けを呼んで。
別に、心配してるわけじゃないけど。
……君、放っておくと本当に変なところまで行きそうだし。
ふふ。
じゃあね、後輩。




