8月本編 第5話海に入る前に、準備運動くらいしなさい (クール系先輩/海水浴/先輩と後輩)
朗読使用者への簡単な設定説明
この台本は、女性VTuberが「一見冷たく見えるものの、後輩のことをよく見ているクール系の先輩」として読むシチュエーションボイスです。
舞台は八月の海水浴場。海を前にして浮かれ、すぐ水へ走っていこうとする後輩を、先輩が準備運動や水分補給のために引き止めます。口調は淡々としていますが、日焼けや熱中症、足元の危険まで細かく気にするほど、実は相手を大切に思っています。
前半はそっけない小言を中心にし、後半では「自分の水着姿を見られていることへの戸惑い」と「無事に一緒に帰りたい」という本音を静かににじませてください。潮風、日差し、濡れた髪、砂浜の熱、冷たい海水など、夏の感覚を丁寧に扱います。
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……待って。
どこへ行くつもり?
……見ればわかる?
海に来ているんだから、海へ入る。
言いたいことはわかる。
でも、荷物を置いた途端に走り出す人を、そのまま行かせるほど私は無責任じゃない。
戻ってきて。
……聞こえなかったふりをしない。
君はそうやって、都合の悪い言葉だけ潮風に流されたことにしようとするね。
残念だけど、私はもう一度言える。
戻ってきなさい。
……そう。
素直でよろしい。
なに、その不満そうな顔。
せっかく海まで来たのに、どうして準備運動なんかしなきゃいけないのか、とでも思ってる?
その準備運動をしないまま急に冷たい水へ入って、足でもつったら、せっかくの海が救護室の天井を眺める一日になる。
それでもいいなら止めない。
……嫌?
なら、やる。
簡単なことでしょう。
首を回す。
肩を回す。
足首も。
……雑。
それは準備運動じゃなくて、面倒そうに体を揺らしているだけ。
ちゃんとやって。
……私も?
もちろんする。
君だけに言って、自分はしないなんて不公平でしょう。
それに、私だって海に入るんだから。
……なに。
今、どこを見てたの?
……別に?
そう。
ならいい。
でも、目をそらすならもう少し自然にしたほうがいい。
急に海のほうを向くから、かえってわかりやすい。
……。
水着が珍しい?
普段、制服しか見ていないから?
……正直だね。
もう少し上手にごまかすかと思った。
別に、見られたこと自体を怒っているわけじゃない。
水着を着て海に来た以上、誰にも見られたくないと言うほうが無理がある。
ただ。
君があまりにもわかりやすく固まるから、こっちまで意識する。
……なに、その顔。
私が意識するのは意外?
悪かったね。
私だって人間だから。
普段とは違う格好で、後輩にじっと見られたら、少しくらい落ち着かなくなる。
……少しくらい、だけど。
それ以上、勝手に意味を足さないで。
ほら。
腕を伸ばす。
……そう。
次、反対。
ちゃんと息をしながら。
君、さっきから海ばかり見ているけど、海は逃げないよ。
波が引いたり寄せたりはするけど、海そのものが帰ることはない。
五分くらい準備に使っても大丈夫。
……子どもじゃない?
わかってる。
でも、君は楽しみにしていることが目の前にあると、少し子どもみたいになる。
普段はもっと慎重なのに。
海とか、祭りとか。
そういう特別な場所へ来ると、急に周りが見えなくなる。
……悪いことではないよ。
楽しそうにしている君を見るのは、嫌いじゃない。
ただし、怪我をしない範囲で。
……あ。
今、嬉しそうにした?
「嫌いじゃない」と言っただけ。
好きだとは言ってない。
……その言い方はずるい?
そうかな。
君だって、私が心配しているのを知っていて、わざと危なっかしいことをするでしょう。
……してない?
では、今朝のことを思い出そうか。
駅で飲み物を買わずに行こうとした。
日焼け止めも、言われるまで塗らなかった。
帽子も鞄に入れたまま。
砂浜へ着いたら、荷物を置いてそのまま海へ走ろうとした。
これで危なっかしくないと思えるなら、認識を改めたほうがいい。
……はい。
飲み物。
もう一口。
……さっき飲んだ?
ここへ着くまでに汗をかいてる。
潮風があると涼しく感じるけど、日差しはかなり強い。
汗が乾くから、自分では気づきにくいだけ。
ほら。
額、少し汗ばんでる。
……動かないで。
……ん。
これでいい。
……なに。
タオルで拭いただけでしょう。
そんなに驚くようなことじゃない。
……近かった?
汗を拭くなら、これくらいは近づく。
遠くからタオルを投げても、君はたぶん自分で適当に拭くだけだから。
……先輩は世話を焼きすぎ?
そうかもしれない。
自覚はある。
でも。
見えてしまうんだよ。
君が水分を取っていないことも。
強い日差しを気にしていないことも。
履き物の中に砂が入って歩きにくそうにしていることも。
気づいたのに、何も言わずに放っておくほうが、私には難しい。
……君が後輩だから?
最初は、そうだった。
同じ部活の後輩で。
少し抜けていて。
先輩として見ておかないと、無茶をしそうだったから。
……最初は、ね。
……それ以上は聞かないで。
まだ準備運動の途中でしょう。
話をそらすな?
別に、そらしてない。
今は海に安全に入るための話をしている。
私の感情を分析する時間ではない。
……ふふ。
不満そう。
でも、そういう顔をされても言わない。
君は少し、急ぎすぎるから。
海へ入るのも。
相手の本音を知ろうとするのも。
もう少し待つことを覚えたほうがいい。
待っている間に、見えるものもある。
……たとえば?
そうだね。
今の海。
来たばかりのときは、青くてきれいということしか見えていなかったでしょう。
でも、少し立ち止まれば。
波が来るたびに砂の色が変わること。
沖のほうと岸の近くでは、水の色が違うこと。
白い波の先で、子どもが浮き輪を追いかけていること。
監視員が、ずっと同じ方向を見ていること。
そういうものも見える。
……それから。
私が、君のために飲み物を持ってきていたことも。
……気づいてた?
なら、もう少し早く礼を言ってもよかったんじゃない。
……今言う?
はい。
受け取りました。
どういたしまして。
……君のぶんだけじゃない。
私も飲む。
ほら。
同じもの。
……お揃い?
たまたま。
売店に同じ種類しかなかったから。
……本当に?
本当。
でも。
君がこれを好きなのは知っていたから、迷わず選んだ。
そのくらい。
……嬉しい?
そう。
なら、買った意味はあった。
……準備運動、そろそろ終わり。
次は足元。
砂浜は平らに見えても、貝殻や小石があるから気をつけて。
水際は急に足を取られることもある。
最初から深いところまで行かない。
波の強さを見て、少しずつ。
……私は誰?
海の先生ではない。
ただの先輩。
……保護者みたい?
それは少し不本意。
君と海へ来たのは、保護者として引率するためじゃないから。
……では、何として?
……。
君は本当に、そういうところだけ逃がさないね。
普通に。
君と一緒に海へ来たかったから。
それでいいでしょう。
……普通じゃない?
私にとっては、普通。
海へ行こうと誘われて。
誰と行くのか聞いて。
君がいると知って。
それなら行こうと思った。
それだけ。
……だから。
ここへ来るまで、少し楽しみにしてた。
前の日に荷物を確認して。
日焼け止めを買って。
水着も、どれにするか少し迷った。
……あ。
最後は忘れて。
……無理?
そう。
では、聞いたことにしてもいい。
ただし、からかわないこと。
……本当に。
君にどう見られるかを、少しは考えた。
制服以外の姿を見せるのは、思っていたより落ち着かなかった。
でも、海へ来たら来たで。
君は水着より先に波を見て走り出そうとするし。
ようやくこちらを見たと思ったら、固まって何も言わないし。
……似合ってる、くらい言えばよかったのに。
……。
今言う?
……そう。
ありがとう。
……遅い。
でも、聞けないよりはいい。
……顔、赤い?
日差しのせい。
さっきからずっと暑いから。
それ以外の理由はない。
……たぶん。
……もう。
笑わないで。
準備運動をやり直させるよ。
……それは嫌?
では、これ以上からかわない。
よろしい。
……ねえ。
海に入ったら、勝手に遠くへ行かないで。
泳げるから大丈夫だとか、そういう話じゃない。
人が多いし。
波もあるし。
一瞬見失うと、本当にどこにいるかわからなくなる。
……私のそばにいろ?
そこまでは言ってない。
ただ、見えるところにいて。
……できれば。
声をかけたら返事ができるくらいのところ。
……心配性?
うん。
認める。
今日くらいは、隠さない。
君と来た海で、君が怪我をしたり、具合を悪くしたりしたら嫌だから。
せっかくなら。
最後まで一緒に楽しんで。
帰りの電車で、疲れたねって話して。
写真を見返して。
また来たいねって言って。
ちゃんと二人とも無事に帰りたい。
……大げさ?
そうかも。
でも、私は今日という日を、そういうふうに終わらせたい。
……それに。
君が波に夢中になって、私のことを忘れるのも少し困る。
……なに。
意外そうな顔。
私だって、せっかく一緒に来た相手に放っておかれたら、面白くない。
君が楽しそうなのは嬉しい。
でも、たまにはこちらも見てほしい。
……水着を?
違う。
……それだけでは、ない。
私がいることを。
一緒に来ていることを。
君が海を見て笑ったとき、その笑った理由の中に、少しくらい私も入っていたらいいと思う。
……言わせておいて、その顔はずるいね。
そんなにまっすぐ見ないで。
さっきまで目をそらしていたくせに。
……今はちゃんと見る?
そう。
なら。
もう少しだけ見ていてもいい。
……でも、じっと見すぎたら怒る。
加減して。
私にも、自分の気持ちを整理する時間が必要だから。
……さて。
準備運動、終了。
水分も取った。
日焼け止めも塗った。
足元も確認した。
今度こそ海に入っていい。
……そんなに嬉しそうにする?
本当に子どもみたい。
……行こう。
ただし、走らない。
砂、熱いから気持ちはわかるけど。
転んだら余計痛い。
……手?
なぜ。
……波で離れないように?
岸の近くで離れるほど強い波は来ないと思うけど。
……。
まあ、いい。
最初だけ。
水に慣れるまで。
……はい。
握るなら、ちゃんと。
指先だけつかむと外れやすいから。
……そう。
……冷たい。
君の手じゃなくて。
海水。
……君の手も、少し冷たいけど。
緊張してる?
……してない?
私は少ししてる。
水が冷たいから。
……それだけ。
……ほら。
波、来るよ。
足元、気をつけて。
……っ。
冷たい。
思っていたより冷たいね。
……笑わない。
君だって、今変な声出したでしょう。
……もう一回来る。
今度は、ちゃんと踏ん張って。
……そう。
離さないで。
波が引くとき、砂も一緒に動くから。
足元が少し頼りなくなる。
……不思議だね。
自分は立っているつもりなのに、地面だけが逃げていく。
……でも。
手をつないでいれば、少しは安心する。
……。
今のは、海の話。
それ以上の意味は。
……少しくらい、あるかもしれない。
でも、今は聞かないで。
さっき言ったでしょう。
君は急ぎすぎる。
もう少し待ちなさい。
今日一日、ちゃんと私のそばにいて。
そうしたら。
帰り道に、少しくらい続きを話してもいい。
……だから。
海へ入る前に、準備運動くらいしなさい。
飲み物も飲んで。
無茶をしないで。
私の見えるところにいて。
これは全部。
君と最後まで一緒にいたいから言っている。
……わかった?
なら、よし。
行こう。
今度こそ。
でも、手は。
……もう少しだけ、このままでいい。
水に慣れるまで。
それから。
私が、この距離に慣れるまで。




