五月の緑は、人を少し素直にするね (お姉さん系/新緑の散歩/年上の親しい女性)
……こっちの道、久しぶりに歩くね。
ほら、見て。
このあたり、いつの間にか緑が濃くなってる。
四月に通ったときは、まだ枝の隙間が多かったのに。
今はもう、葉っぱがちゃんと影を作ってる。
同じ道なのに、季節が少し進むだけで、全然違って見えるよね。
……うん。
風も気持ちいい。
暑いってほどじゃないけど、歩いてると少しだけ体があたたまる感じ。
このくらいの気温、私は好きだな。
春みたいに少し頼りないやさしさじゃなくて、夏みたいに強すぎる熱でもなくて。
ちょうど、心の力が抜けるくらい。
……あなたは?
……ふふ。
「悪くない」って顔してる。
言葉は短いのに、顔には出るんだよね。
そういうところ、昔より少しわかるようになった気がする。
……あ。
ごめん。
見すぎ?
でも、今日は見たくなる日なの。
五月の緑の中を歩いてると、人の表情まで少しやわらかく見えるから。
ほら、少しこっち側を歩いて。
日差し、そっちのほうが強いから。
……うん。
木陰のほう。
別に、そこまで気にしなくてもいいって?
だめ。
五月の日差しって油断しやすいんだよ。
まだ真夏じゃないから平気って思ってると、あとでじんわり疲れるの。
だから、ちゃんと木陰を選んで歩く。
こういう小さいことで、一日の疲れ方が変わるんだから。
……ふふ。
お姉さんぶってる?
ぶってるんじゃなくて、実際ちょっと年上だから。
たまには素直に聞いて。
……そう。
いい子。
あ、今ちょっと照れた?
ごめん。
つい言っちゃった。
でも、そういう反応されると、少し楽しい。
いつもより一歩だけ近いところに言葉が届いた感じがするから。
……ねえ。
今日は、急いで帰らなくて大丈夫?
……そっか。
じゃあ、もう少し歩こうか。
この先に小さな公園があるでしょう。
ベンチが二つだけあるところ。
あそこ、今の季節は結構いいの。
木が多くて、風が通って、座ってるだけで少し落ち着く。
……うん。
そう、前に一度通ったところ。
覚えてたんだ。
ふふ。
なんか、それだけで少し嬉しい。
人って、自分が好きだと思った場所を相手が覚えていてくれると、妙に嬉しくなるんだね。
大きな約束じゃなくても、ちゃんと残ってたんだなって思えて。
……あ。
こういうことを言うと、少し照れくさいね。
でも、今日はいいかな。
五月の緑は、人を少し素直にするみたいだから。
四月は、なんとなくみんな頑張っていたでしょう。
新しい場所、新しい人、新しい予定。
ちゃんとしなきゃって、肩に力が入っていた気がする。
でも五月になると、少しだけ力が抜ける。
そのぶん、疲れも出るけど。
同時に、隠していた気持ちも少し出やすくなる気がするの。
……あなたも、そういうところある?
……あ。
今、少し考えた。
ふふ。
即答しないところ、あなたらしいね。
そういうところ、好きだよ。
ちゃんと自分の中を見てから返そうとするところ。
……あら。
今のは、さすがに聞き逃せなかった?
うん。
好き、って言った。
でも、そんなに構えなくていいよ。
いきなり困らせるために言ったんじゃないから。
ただ、そういうところが好き。
人として、ちゃんと。
……もちろん、それだけじゃないかもしれないけど。
ふふ。
ほら、また顔に出た。
大丈夫。
今日はそこまで追い詰めない。
お散歩の日だから、ゆっくりでいいの。
……あ、着いた。
この公園。
ほら、やっぱり人少ない。
いいでしょう?
ベンチ、空いてる。
座ろうか。
……ん。
少し歩いたから、ちょうどいいね。
ああ、風が気持ちいい。
葉っぱの音、聞こえる?
さらさらっていうより、もう少し厚みのある音。
新緑って、見た目だけじゃなくて音も違う気がする。
四月の葉っぱはまだ薄くて、風に揺れる音も軽いけど。
五月の葉っぱは、少しだけしっかりしてる。
だから音も、ちゃんとそこにある感じがする。
……私、こういう話ばかりしてるね。
退屈?
……退屈じゃない?
よかった。
あなた、そういうところがやさしい。
無理に盛り上げようとしないで、でもちゃんと聞いてくれる。
こっちが黙っても、急かさない。
それって、案外できる人少ないんだよ。
……ねえ。
少しだけ、手を見せて。
……うん。
手。
あ、別に変なことはしないよ。
さっき少し赤くなってたから。
日差しに当たったかなって思って。
……ほら。
やっぱり。
少しだけあたたかい。
五月の日差し、こういうところに残るんだよね。
手の甲とか、首元とか。
歩いてる間は気づかないのに、日陰に入ると、あ、熱を持ってたんだってわかる。
……私の手?
ん、少し冷たいかも。
さっき冷たい飲み物を持っていたから。
……嫌じゃない?
じゃあ、少しだけ。
……こうしていると、冷たいのとあたたかいのが混ざっていくみたい。
ふふ。
こういうの、変な言い方だけど、季節みたいだね。
春と夏の間。
まだ涼しさも残ってるのに、ちゃんと熱もある。
五月って、そういう月なのかも。
……あ。
ごめん。
手、離す?
……離さなくていい?
……そっか。
じゃあ、もう少しだけ。
こういう時間、好きだな。
何か特別なことをしているわけじゃないのに、あとから思い出しそうな時間。
新緑の匂いとか、風の温度とか、ベンチの硬さとか。
それから、手の温度が少しずつ近づいていく感じとか。
……言いすぎ?
……ふふ。
でも、嫌そうじゃないから続けるね。
私はね、たぶん、こういう時間を大事にしたいんだと思う。
派手な場所に行くより、何か大きなことをするより。
ただ二人で歩いて、木陰で休んで、少しだけ素直な話をする。
そういう時間のほうが、その人との距離がわかることってあるでしょう?
……うん。
今のあなたとの距離、私は嫌いじゃないよ。
近すぎて息苦しいわけじゃない。
遠すぎて寂しいわけでもない。
でも、少し手を伸ばせば届く。
……というか、今はもう届いてるけど。
ふふ。
ごめん。
今のは少しからかった。
でも、本音も混ざってる。
ねえ。
五月が終わったら、少しずつ暑くなるね。
こうして散歩する時間も、夕方じゃないと難しくなるかもしれない。
雨の日も増えるだろうし。
だから、今のうちにもう何回か歩こうか。
今日みたいに、緑がきれいな日。
風がちょうどいい日。
少しだけ素直になれそうな日。
……一緒に。
……うん。
約束。
大げさな約束じゃなくていいよ。
「また歩こう」くらいの、小さい約束。
でも、そういう小さい約束があるだけで、明日から少し楽しみが増えるから。
……あ、もう少し休んだら帰ろうか。
でも、あと少しだけこのまま。
風が気持ちいいし。
あなたの手も、ちょうどいい温度になってきたから。
……ふふ。
今日は、少し素直に言いすぎたかな。
でも、いいよね。
五月の緑のせいにしておく。
五月の緑は、人を少し素直にする。
だから今日は、もう少しだけ。
あなたの隣で、素直なままでいさせて。




