やさしい気持ちは、ちゃんと誰かに届くんだね (清純派/母の日前/同級生)
……あ。
こんにちは。
こんなところで会うの、少し珍しいですね。
……はい。
私も、今日は買い物です。
駅前のお店、母の日が近いからか、贈り物のコーナーがたくさん出ていて。
見ているだけのつもりだったんですけど、気づいたらずいぶん悩んでしまっていました。
……あなたも?
ふふ。
やっぱり。
さっき、ハンカチの棚の前でかなり真剣な顔をしていたので、もしかしたらそうかなって思いました。
……あ、ごめんなさい。
見ていたつもりはなかったんですけど。
でも、なんだかすごく丁寧に選んでいたから、少しだけ目に入ってしまって。
誰かへの贈り物を選んでいる人の顔って、いいですよね。
真剣で、少し迷っていて、でもどこかやさしい。
……あ。
今の、変でしたか?
……よかった。
母の日って、少し難しいです。
何を贈ればいいのか、毎年迷ってしまうんです。
花にしようかな、とか。
お菓子にしようかな、とか。
普段使えるもののほうがいいかな、とか。
でも考えれば考えるほど、結局、何を渡しても少し足りないような気がしてしまって。
……うん。
感謝って、形にするのが難しいですよね。
「ありがとう」って言えばいいだけなのに。
いつも近くにいる人ほど、なぜか一番言いにくい。
改まると、照れくさいし。
かといって、何も言わないままだと、それはそれで少し寂しいし。
だから、こうして何かを選ぶんだと思います。
言葉だけでは照れてしまう気持ちを、少しだけ物に預けるみたいに。
……あなたは、何を選んでいたんですか?
……ハンカチ。
いいですね。
すごくいいと思います。
毎日使えるものですし、派手すぎないし。
ふとしたときに、ああ、選んでくれたんだなって思い出せる気がします。
……色、迷っていたんですか?
見てもいいですか?
……ありがとうございます。
ああ。
この淡い青、きれいですね。
でも、こっちの薄いピンクもやわらかくて素敵です。
……うーん。
これは迷いますね。
お母さんは、どちらの色が好きなんですか?
……青っぽいものが多い?
それなら、この青がいいかもしれません。
でも、いつも自分では選ばない色を贈るのも、少し特別感がありますよね。
贈り物って、相手の好みに寄り添うものでもあるし、相手に少し新しいものを渡すものでもある気がして。
……ふふ。
余計に迷わせてしまいましたね。
ごめんなさい。
でも、たぶん。
どちらを選んでも、喜んでくれると思います。
あなたがそんなふうに真剣に迷ったことまで、ちゃんと一緒に届く気がするので。
……え?
そんなものかな、って?
そんなものだと思います。
贈り物って、値段とか、正解とか、そういうことだけじゃなくて。
選んでいる時間そのものが、もう気持ちなんだと思うんです。
相手のことを思い出して、どれが似合うかなって考えて、少し迷って。
そういう時間って、ちゃんと贈り物の中に入る気がします。
……だから、あなたが今そうやって悩んでいることも、たぶん無駄じゃないです。
あ。
すみません。
ちょっと偉そうでしたね。
……いえ。
私も迷っている側なのに。
私は、今年はお花にしようかなって思っていました。
でも、カーネーションだけじゃなくて、最近はいろんな小さな鉢植えやアレンジメントがあって。
どれもきれいで、逆に決められなくなってしまって。
母は、あまり派手なものは好まないんです。
でも、台所の窓辺に小さな花を置くのは好きで。
朝、水を替えながら少しだけ花を見る時間が、落ち着くらしいんです。
だから、そこに置けるくらいの、小さなものがいいかなって。
……はい。
たぶん、そうします。
……え?
似合うと思う?
……ありがとうございます。
なんだか、そう言ってもらえると決めやすいです。
あの。
もしよかったら、少しだけ一緒に見てくれませんか?
私も、あなたのハンカチ選び、もう少し一緒に考えますから。
……いいんですか?
ふふ。
ありがとうございます。
では、まずお花のほうへ。
こっちです。
……わあ。
やっぱり近くで見ると、色がたくさんありますね。
赤も、ピンクも、白も。
同じ花でも、少しずつ印象が違って。
……この淡い色、きれい。
強すぎなくて、やわらかくて。
朝の光に合いそうです。
……え?
私っぽい?
……そんなふうに言われると、少し照れます。
でも、嬉しいです。
ありがとうございます。
あなたは、そういうことをさらっと言いますね。
たぶん、自分ではあまり意識していないのかもしれませんけど。
言われたほうは、案外ちゃんと覚えてしまうんですよ。
……ふふ。
今、少し困った顔をしましたね。
大丈夫です。
責めているわけではありません。
ただ、いいところだなと思っただけです。
……あ、この花にします。
やっぱり、これがいいです。
母の台所の窓辺に置いたところを想像したら、いちばんしっくりきました。
あなたのおかげです。
一人だったら、たぶんもう少し迷っていました。
……では、次はハンカチですね。
さっきの青とピンク、もう一度見に行きましょう。
……うん。
やっぱり、青もいいですね。
落ち着いていて、普段使いしやすそうです。
でも、こっちのピンクも、やさしい色です。
派手ではないですし。
春が少し残っているような色で。
……あ。
この刺繍、見えますか?
端に小さな花が入ってます。
主張しすぎないけど、近くで見るとちゃんとかわいい。
これ、素敵です。
……そうですね。
お母さんが普段青を選ぶなら、あえてこの薄いピンクを贈るのもいいかもしれません。
あなたが選んだからこそ、少し新しい色になるというか。
……うん。
私なら、これを選ぶかもしれません。
でも、最後はあなたが決めてください。
あなたが「これだ」と思ったものが、きっと一番です。
……決めました?
……はい。
ふふ。
いいと思います。
とても。
きっと喜んでくれますよ。
……あの。
渡すとき、何か一言添えますか?
……考えてなかった?
ふふ。
では、短くてもいいので、何か言うといいと思います。
「いつもありがとう」だけでも。
「使ってくれたら嬉しい」だけでも。
たぶん、それだけで十分です。
言葉にすると照れますけど。
でも、照れながらでも言った言葉って、きっとちゃんと届くと思うんです。
……私も、ちゃんと言わないとですね。
毎年、渡すだけ渡して、少しごまかしてしまうので。
今年は、ちゃんと「ありがとう」って言ってみようかな。
……うん。
少し緊張します。
母の日の贈り物を選ぶだけでこんなに緊張するなんて、変ですよね。
でも、身近な人に優しくするのって、簡単なようで難しいです。
他人には丁寧にできるのに。
一番近い人には、つい照れたり、甘えたりしてしまう。
だから、こういう日があるのは、少しありがたいのかもしれません。
普段言えないことを、季節や行事の力を借りて、少しだけ伝えられるから。
……ね。
やさしい気持ちは、ちゃんと誰かに届くんだね。
……あ。
今の、タイトルみたいでしたね。
ふふ。
でも、本当にそう思いました。
今日、あなたがハンカチを選んでいる姿を見て。
私も花を選んで。
お互いに少しずつ相談して。
そういう時間そのものが、なんだかやさしかったから。
……今日は会えてよかったです。
一人で選ぶのも悪くないけれど、誰かと一緒に選ぶと、贈り物に少し別の思い出も混ざりますね。
この花を見るたび、今日のことを思い出すかもしれません。
あなたが、これが似合うって言ってくれたことも。
……あ。
すみません。
また少し照れくさいことを言いました。
でも、今日は母の日の前だから。
いつもより少しだけ、素直でもいいかなって。
……はい。
では、買ってきますね。
あなたも、ハンカチ、忘れずに。
……あの。
渡したあと、もしよかったら。
どうだったか、聞かせてください。
喜んでくれたかどうか。
私も、ちゃんと言えたかどうか、報告します。
……約束、ですね。
ふふ。
なんだか、母の日の贈り物を選びに来ただけなのに。
少しだけ、あなたとの約束も増えてしまいました。
それも、うれしいです。
では、行きましょうか。
やさしい気持ちが、ちゃんと届くように。




