第2話 四月の朝は、あと五分だけ (妹系/新学期の朝/家族同然に距離が近い女の子)
――ねえ。
ねえってば。
……もう、朝だよ。
んー……まだ反応ない。
すごいなあ、新学期初日なのに、こんなに気持ちよさそうに寝てるなんて。
普通、もっとこう……緊張して早起きしちゃうとか、あるんじゃないの?
……あ、もしかして。
昨日の夜、楽しみすぎて寝るの遅かった?
それとも、不安でなかなか眠れなかったとか?
どっちにしても、もう起きないとだめ。
ほら、カーテン開けるよー。
……わ、すご。
今日はほんとに春って感じ。
光がやわらかくて、風も気持ちよさそうで。
こんな日に新学期が始まるの、なんかいいね。
……って、のんびりしてる場合じゃないよ!
起きて!
ほんとに遅れるから!
……ん?
あと五分?
だーめ。
その“あと五分”が一番危ないんだから。
絶対五分じゃ終わらないもん。
わたし、知ってるよ。
前もそう言って、気づいたら二十分経ってて、ばたばたで家出たじゃん。
……え?
今日は大丈夫?
どこからその自信出てくるの……。
もういい。
こうなったら、最終手段。
せーの――起きろー!
あはは、びっくりした?
布団、ちょっとだけめくっちゃった。
さすがにこれなら起きるでしょ。
……わ。
やっと顔見せた。
おはよう。
ふふ。
寝起きの顔、なんかちょっと子どもっぽい。
いつもよりぼんやりしてて、ちょっとかわいいかも。
あ、今、ちょっとむっとしたでしょ。
わかりやすいなあ。
でもほんとだもん。
ほら、起きたなら座って。
まだ半分寝てる顔してる。
ちゃんと目、開いて。
……よし、えらい。
ねえ。
今日から新しいクラスだね。
……なんか、不思議。
ついこの前まで、春休みでだらだらしてたのに。
一日中のんびりして、お昼近くまで寝てても誰にも怒られなくて。
それが急に、はい新学期です、ちゃんとしてください、って言われても……心の準備って、そんなすぐできないよね。
わたしもね、ちょっとだけ緊張してる。
ほんのちょっとだけ。
……いや、うそ。
ほんとはもうちょっと緊張してる。
だって、新しい教室って、ちょっとこわいじゃん。
仲いい子と同じクラスかな、とか。
先生どんな人かな、とか。
うまくやっていけるかな、とか。
考え始めると、きりがないし。
でも、まあ。
そういうのって、みんな同じだよね。
きっとみんな、平気そうな顔しながら、ちょっとずつ不安なんだと思う。
だからさ。
最初から完璧じゃなくていいよね。
ちゃんと話せるかなとか、うまくやれるかなとか、失敗したらどうしようとか。
そういうの考えちゃうの、ぜんぶ普通だと思う。
春って、始まりの季節だけど、同時に“慣れてない”季節でもあるし。
……あ、今ちょっとだけ、目が覚めた顔になった。
こういう話してると、起きるんだ。
じゃあ続けるね。
今日はね、たぶん頑張りすぎないくらいがちょうどいい。
元気に挨拶できたらそれで十分。
教室までちゃんと行けたら十分。
一日終わって、あー疲れたーって帰ってこられたら、それで百点。
だから、朝からそんなに難しい顔しなくていいの。
……って、まだしてる。
もう。
はい、制服。
ちゃんとハンガーから取ってあるから。
靴下もそこ。
ネクタイ、また変なふうに結ばないでよ?
去年も何回も見たんだから、今日は自分でできるって言って結局できなくて、最後わたしが直したし。
……え、今日もお願い?
しょうがないなあ。
じゃあ、こっち向いて。
じっとして。
動くと結びにくい。
……よし。
できた。
近い?
ふふ、今さら。
こういうの、もう慣れてるでしょ。
でも、なんか……新学期の朝にこうしてると、ちょっと変な感じだね。
いつもと同じことしてるのに、“今年も始まるんだなあ”って実感するっていうか。
……うん。
たぶん、わたし、こういうの好きなんだと思う。
朝の光とか、ちょっと眠そうな空気とか、今日からまた新しく始まる感じとか。
もちろん、面倒だなって思うこともあるけど、それでも少しだけわくわくする。
だって、これからまたいろんなことあるでしょ?
新しい出会いとか、ちょっとした事件とか、どうでもいいことで笑ったりとか。
たぶん嫌なこともあるけど、楽しいこともきっとある。
その中に、今年もちゃんとあなたがいるって思うと……。
……ううん、なんでもない。
あ、今の“なんでもない”はちょっと怪しいって顔した。
そんな顔しても教えませんー。
ほら、次は顔洗ってきて。
そのままじゃ完全に寝起きだから。
朝ごはんも用意してあるし。
えらいでしょ?
感謝していいよ。
今日は特別、新学期サービスです。
……なにその顔。
ほんとにありがたいと思ってる?
思ってないでしょ。
まあいいや。
その代わり、帰ってきたら今日どうだったかちゃんと聞かせてね。
新しいクラスのこと、先生のこと、誰と話したとか。
……別に監視したいとかじゃなくて。
普通に、気になるだけ。
普通に。
わたしのことも聞いてくれていいから。
今日、どんな顔して教室入ったとか。
ちゃんと笑えたかとか。
少しくらい失敗しなかったかとか。
……そう。
そういうの、報告し合うの、いいでしょ。
新学期の最初の日って、なんだか特別だし。
よし。
だいぶ目、覚めたみたい。
じゃあ改めて。
おはよう。
そして――新学期、いってらっしゃい。
大丈夫。
きっと、いい一日になるよ。
もしちょっとくらいうまくいかなくても、最初の日なんだから当たり前。
帰ってきたら、またここで「疲れたー」って言えばいいし。
わたし、ちゃんと聞くから。
だから、安心して行っておいで。
……あ、でも。
もしまた明日の朝、あと五分とか言ったら。
そのときは今日よりもっと強引に起こすからね?
ふふ。
覚悟しておいて。
いってらっしゃい。
今年の春も、一緒に頑張ろうね。




