第12話 忘れ物、してない? 私が見るから (委員長系/新学期の世話焼き/同じクラスの相手)
……ちょっと。
待って。
はい、止まって。
そのまま動かないで。
……うん、やっぱり。
ボタン、ひとつずれてる。
それからネクタイ、少しゆるい。
あと、プリントの角、鞄から出てる。
今のまま教室入ったら、朝からちょっとだけ“危なっかしい人”認定されるところだったよ。
……なにその顔。
別に怒ってないし。
ただ、見つけたから言っただけ。
ほら、こっち向いて。
ネクタイ、直すから。
じっとして。
動くと結びにくい。
……よし。
で、ボタンも。
……はい、これで大丈夫。
まったくもう。
新学期って、みんな気が抜けない顔してるくせに、こういう細かいところは案外抜けるんだから。
君もそのタイプみたいだね。
朝からちゃんと来てるだけえらいけど、そのままだと惜しい。
……え?
なんでそんなに見てるのか、って?
見てるよ。
同じクラスなんだから。
それに、前からちょっと思ってた。
君って、表向きはちゃんとしてるのに、たまに妙に抜けるよね。
プリントの提出期限、覚えてるようで微妙だったり。
話はちゃんと聞いてる顔してるのに、最後の一行だけ見落としてたり。
そういうところある。
……図星?
ふふ。
やっぱり。
でも、悪いことじゃないよ。
むしろ、ちょっと安心する。
最初から何もかも完璧な人より、そのくらい人間味あるほうが、同じ教室にいて息がしやすいし。
あ。
今ちょっと、ほっとした顔した。
そういう顔もするんだ。
……なによ。
別に変なこと言ってないでしょ。
私はただ、新学期の最初って、みんな少し無理してるなって思うだけ。
ちゃんとして見られたいとか。
失敗したくないとか。
変に浮きたくないとか。
そういうので、肩に力が入ってる。
だからこそ、ネクタイが少し曲がってるとか、プリントの角が出てるとか、そういう小さい綻びがあると、逆に「ちゃんと人間なんだな」って思えて安心するの。
……あ、でも。
私は見つけたら直すけど。
見過ごすの、気になるから。
ほら。
鞄、貸して。
……貸してってば。
中身ひっくり返すわけじゃないから。
確認するだけ。
……はい。
筆箱よし。
教科書……今日はまだそんなに要らないか。
連絡帳、プリント、ハンカチ。
……ティッシュは?
……ないの?
はあ……。
でしょうね。
なんとなくそんな気がした。
はい、これ。
予備。
使っていい。
その代わり、次からはちゃんと持ってくること。
……お礼はいいから。
そういうのは、持ってないほうが悪いんだし。
でも。
ちゃんと「ありがとう」って言えるのはいいところだと思う。
そこは減点しないでおく。
……なに、その顔。
今、採点されたって思った?
まあ、ちょっとはしてる。
新学期だし。
クラス委員っぽいこと、ついしてしまうの。
別に立候補したわけじゃないのに、毎年こういう役回りになるんだよね。
忘れ物してる子がいたら気になるし。
提出物出してない人がいたら確認したくなるし。
時間ぎりぎりの人がいたら、時計見てそわそわするし。
……そう。
自分でも面倒な性格だと思う。
でも、嫌いじゃない。
誰かが少しでも困らずに済むなら、そのほうが教室の空気も落ち着くし。
それに……。
……いや。
やっぱり今のはいい。
……え?
気になる?
気になるよね、そりゃ。
でも、今言うほどのことじゃないし。
ただね。
私はたぶん、“ちゃんとしてるつもりなのに少し危なっかしい人”を見つけると、放っておけないの。
なんでかは、自分でもよくわからない。
でも、見つけたら、つい手を出したくなる。
だから君が悪い。
朝からそんな、ちょっと直したくなる状態で来るから。
……ちょっと笑わないでくれる?
私は真面目に言ってるんだけど。
ほら、次。
袖。
……うん、そこ。
ちょっとだけ折れてる。
動かないで。
直すから。
……よし。
ほんと、近くで見ると、意外と抜けてる。
教室で見るともう少しちゃんとして見えるのに。
朝って、人の“まだ整いきってない感じ”が出るのかもね。
……え?
私も?
私は大丈夫。
今日はちゃんと三十分前に起きて、持ち物も二回確認して、鏡の前も三回見たし。
……完璧すぎる?
普通でしょ。
普通……だと思う。
少なくとも、新学期の朝くらいはそれくらいやるものじゃない?
……あ。
でも。
ひとつだけ、予定外だった。
君がここまで危なっかしいとは思ってなかったこと。
それで、朝から思ったより手がかかる。
……なによ、その不服そうな顔。
だって事実でしょ。
でも、うん。
嫌じゃない。
むしろ、少し楽しいかも。
新学期って、どうしても空気が固くなるでしょう?
みんなまだ距離を測ってて、何を話したらいいかわからなくて、やけに静かだったり、逆に無理して明るかったりする。
その中で、こうして誰かのネクタイ直したり、忘れ物確認したりするのって、変な話だけど少し落ち着くの。
“いつもの私”でいられる感じがして。
……君も?
私にそうされると、少し落ち着く?
……へえ。
そうなんだ。
……ううん。
別に驚いてない。
ただ、少し意外だっただけ。
君って、自分のことは自分でやりますって顔をしてるから。
こういうふうに世話を焼かれるの、あんまり好きじゃないタイプかと思ってた。
……嫌じゃないんだ。
そっか。
じゃあ、少しくらいなら続けてもいいのかな。
あ。
もちろん、何でもかんでもって意味じゃないから。
でも、朝のこういう細かい確認くらいなら。
忘れ物してないか見たり。
ネクタイ曲がってたら直したり。
そういうのなら、まあ。
……え?
それ、かなり助かるって?
そ、そう。
じゃあ、ちゃんと感謝して。
私は朝の数分を使ってるんだから。
……うん。
そう、そのくらい素直でいい。
ふふ。
なんか今、ちょっとだけ調子狂った顔した。
でも、そういう顔のほうが、さっきより好きかも。
朝のぴりっとした感じが少しほどけてて。
ねえ。
新学期って、たぶんこういう小さいことで少しずつ楽になるんだと思う。
大きなイベントとか、劇的な出来事じゃなくて。
誰かに「ボタンずれてるよ」って言われるとか。
「それ持った?」って確認されるとか。
「ありがと」って言えるとか。
そういうので、教室がただの場所じゃなくなっていく。
だから。
今日のこれは、けっこう大事。
……と、私は思ってる。
……あ、ほら。
そろそろチャイム鳴る。
教室入るよ。
その前に、最後もう一回確認。
ハンカチよし。
ティッシュは私の予備。
プリントしまった。
ネクタイよし。
ボタンよし。
……うん。
これで大丈夫。
あとは君が、変なところでぼーっとしなければ完璧。
……なによ。
そのくらい言うでしょ。
ちゃんとしてそうで危なっかしいんだから。
でも。
そういうところ、嫌いじゃないよ。
放っておけないし。
見てて、ちょっとだけ気になる。
……あ。
今のは、深く受け取らなくていいから。
ほら、行くよ。
あ、それから。
もしまた明日も何か抜けてたら、ちゃんと言って。
隠して教室入ろうとしても、たぶん私が見つけるから。
……ふふ。
そう。
最初から頼ってくれたほうが早いでしょ?
新学期なんだし。
少しくらい、世話焼きが近くにいるほうが安心するじゃない。
だから、忘れ物してない?
って、明日もたぶん聞くよ。
私が見るから。




