第11話 やっと、先輩と同じ春です (後輩系/同じ学校/前から慕っている後輩)
……あ。
いた。
せ、先輩っ。
おはようございます!
……えへへ。
そんなにびっくりしました?
ちょっとだけ遠くから見つけたんですけど、声かけるタイミングずっと探してて。
でもやっぱり、ちゃんと最初に言いたくて。
だから、走ってきちゃいました。
……はい。
改めて、おはようございます。
それから――
入学しました。
やっとです。
やっと、先輩と同じ学校です。
……ふふ。
その顔、ちょっと笑ってますよね。
でも、笑うのも仕方ないです。
私、たぶん今、かなりうれしい顔してると思うので。
だって、本当にうれしいんです。
ずっと想像してたんですよ。
もし先輩と同じ学校になれたら、朝、校門の近くで会えるかなとか。
廊下ですれ違ったら、ちゃんと声かけられるかなとか。
休み時間に見かけたら、どのくらい近づいていいのかなとか。
そんなことばっかり考えてたら、入学前なのにもう何回も学校に通った気分になってて。
実際に制服着てここに立ってるの、なんだかまだ少し夢みたいです。
……え?
緊張してないのか、ですか?
してます。
すごく。
今だって、心臓ばくばくしてます。
ちゃんと普通に話せてるつもりなんですけど、たぶんちょっと早口です。
でも、その緊張よりうれしいのが勝ってるから、たぶん顔がこんななんだと思います。
……あ。
やっぱりちょっと赤いですか?
うう……。
そうだろうなって思ってました。
朝からずっと落ち着かなくて、鏡の前でも何回も深呼吸したんですけど、結局こうなっちゃいました。
だって。
同じ学校って、やっぱり特別です。
今までだって会えなくはなかったけど、こうして“同じ場所にいるのが普通”になるのって、全然違うでしょう?
先輩のいる校舎に入って、同じチャイムを聞いて、同じ空気の中で一日を過ごすんだって思うと……。
なんかもう、それだけで春がすごくきらきらして見えるんです。
……あ、でも。
私だけこんなにはしゃいでたら、ちょっと恥ずかしいですね。
先輩はどうですか?
新学期、もう慣れました?
……そっか。
先輩でも、やっぱり少しは疲れるんですね。
なんだかちょっと安心しました。
ううん、安心っていうのも変かな。
でも、先輩ってちゃんとしてるから、こういう始まりの季節でもあまり揺れない人なのかなって、少し思ってたんです。
……ふふ。
そんなことないんですね。
よかった。
じゃあ、私が昨日ちゃんと眠れなかったのも、少しだけ許される気がします。
新しい教室とか、新しいクラスメイトとか。
ちゃんと馴染めるかな、とか。
変に浮いたりしないかな、とか。
考え始めたら止まらなくて。
でも、その中にひとつだけ、すごくはっきりした楽しみがあったんです。
それが、先輩と同じ学校に通えること。
だから今日、こうして会えたの、すごくうれしいです。
ちゃんと実在してた、って思って。
……あ。
変な言い方でしたね。
でもほんとなんです。
春って、楽しみなことほどふわふわして、まだ本当じゃないみたいに感じるから。
こうして実際に声を聞くまで、なんだか少し信じきれてなくて。
……今は、ちゃんと本当です。
先輩がここにいて、私もここにいて。
同じ朝の中にいる。
それだけで、入学してよかったなって思えます。
……あ。
もしかして、ちょっと重いですか、今の。
うう……。
自分でも少しだけ思いました。
でも、今日くらいはいいかなって。
だって、こういうことって、最初の日じゃないと言いにくいし。
……え?
別に重くない?
……ほんとですか?
えへへ。
よかったあ……。
あの、先輩。
もし迷惑じゃなかったらでいいんですけど。
これから、学校の中で会ったとき、ちゃんと声かけてもいいですか?
もちろん、先輩が忙しそうなときとか、友達と一緒のときは遠慮します。
空気はちゃんと読みます。
……たぶん。
なるべく。
がんばって。
でも、廊下ですれ違ったときとか。
お昼休みに少しだけ話せそうなときとか。
そういうときに「先輩」って呼べたら、たぶん私、すごくうれしいので。
……いいんですか?
ほんとに?
やった……。
じゃあ、遠くから見つけても、ちゃんと呼びます。
聞こえないくらい小さい声にはしません。
でも大声すぎても恥ずかしいから、そのへんは調整します。
……ふふ。
なんですか、その顔。
そんなにおかしかったですか?
でも、先輩が笑ってくれると、ちょっと緊張ほどけます。
さっきまで、もっと肩に力入ってたんです。
制服も変じゃないかな、とか、髪、変にはねてないかな、とか、いろいろ気にしてたんですけど。
今はもう、まあいっかって少し思えてます。
……あ。
そういえば。
リボン、曲がってませんか?
朝ちゃんと結んだつもりなんですけど、走ってきたからちょっと不安で。
……え。
直してくれるんですか?
あ、ありがとうございます。
じゃ、じゃあ、お願いします。
……。
あの。
近い、ですね。
……すみません。
自分で聞いたのに、変なこと言いました。
でも、その、先輩の指がちょっとだけリボンに触れる感じとか、制服の襟が少し揺れる感じとか。
思ってたより、ちゃんと意識しちゃって。
……ん。
ありがとうございます。
きれいになりました。
……あ。
なんか、だめです。
今のでまた少し緊張してきました。
でも、嫌じゃないです。
むしろちょっと、うれしいです。
春って、こういうちょっとしたことで、急に胸がきゅってなるからずるいですよね。
ねえ、先輩。
この学校、きっとまだまだ知らないことだらけです。
校舎も広いし、先輩後輩の距離感とか、授業の空気とか、いろんなこと。
きっと最初はうまくいかないこともあります。
迷うし、緊張するし、帰ったら疲れて寝ちゃう日もあると思います。
でも。
その中で、先輩がいるってだけで、私、結構がんばれそうです。
……はい。
単純かもしれないですけど。
でも、本当にそうなんです。
朝会えたら、その日ちょっと元気になれるし。
廊下ですれ違えたら、それだけで少しうれしいし。
たぶん、そういう小さいことをいっぱい集めながら、この学校に慣れていくんだと思います。
だから、これからよろしくお願いします。
後輩として。
……それから、先輩のことをちゃんと慕ってる一人として。
あ。
今、言いすぎた気がする。
言いすぎましたよね。
うわあ……。
春ってだめです。
思ってるより口が素直になっちゃう。
……でも、もう言っちゃったので取り消しません。
今日の私は、ちょっとだけ勇気があるので。
ふふ。
そのかわり、先輩も覚えておいてくださいね。
今年の春から、私、ちゃんとこの学校にいます。
同じ校舎にいて、同じ空の下で授業受けてて。
見つけたら、声かけてくれたらうれしいです。
……え?
先輩からも、ですか?
ほんとに?
……もう。
それ、ずるいです。
うれしいに決まってるじゃないですか。
じゃあ約束です。
見かけたら、ちゃんと声かけること。
私もそうします。
逃げたりしません。
……たぶん、ちょっと照れて目はそらすかもしれないですけど。
あ。
そろそろ行かないと。
最初の日から遅れるのはさすがにだめですよね。
でも、行く前に、もう一回だけ。
先輩。
入学できて、本当によかったです。
やっと、先輩と同じ春です。
……えへへ。
じゃあ、いってきます。
今日からちゃんと、先輩の後輩です。
だからこれから、少しずつでも、同じ学校の思い出を増やしていけたらうれしいです。
また、校内で会えますように。




