視察 その4
◆
「成程。戦い退けるのではなく、身を隠すのですか」
「逃走のための経路は幾重にも用意しています。遊郭にでも紛れれば当分の間は持つでしょう―――その間、六櫻を動かし、古老たちを罪に問うのはお前たちの仕事です。裏切らず、しっかりと熟すように。私が倒れればお前たちも斃れるのですから」
「裏切りませんよ、華燐姫。私は今の、あなたが作る六櫻が好きなのです。困難は多いですが、楽しい。そんな道筋を絶やすつもりはありません」
「奇特な人間も居たものですね」
苦労を抱え込む気質か。桐吾に可哀そうなものを見る目を向けつつ、話を進める。
「とはいえ、そんな作戦は博打が上手く運べばの話です。賽の目は好き勝手に転がるもの、簡単には行かないでしょう」
隻腕の先で作っていた拳を開いて鼻で笑う。
私はきっと悪運は強い性質なのだろう。しかし幸運には恵まれているとは思っていない。神は私に微笑まない。私に笑むのはそんなものではなく、地獄から手招く悪魔と死神だけだ。
「洲鳥と―――彼らを使って色々と手を打ってはいますが、少々古老たちの動きが早い。先日も直訴にやってきました」
「そうなると既に内部では動いていると見てよさそうですな。さてさて、誰が旗を掲げるのやら」
「誰でもいい。問題は私の首が落ちないようにするには、時間が足りていないということです。もう少し兵を育ててから動いてほしかったのですが、無いものねだりをしてもしょうがないでしょうね」
金印に、それから須璃の信浮においている衣笠の双子。私が居なくとも現在の状況を維持するための道具は揃えているが、私の首が落ちればその瞬間にすべてが無意味となる。
人を隠すのならば人の中という格言に従い、人の多い場所にて紛れることが出来れば一気に勝率は上がる。更に言えば一年前に計画を立てた遊郭街建設の際に、そういった隠れ場所の用意もさせているのだ。先駆けとして送り込んだあの遊郭の主、忘八の元に辿り着ければ安全に隠れ忍べる。
だが果たしてそこまでたどり着けるか。六櫻の古老たちの動きは霧墨にも完全な予測は出来ない。古老たちは老獪であり、そしてかつての霧墨の策の練り方をよく知っている。
幼いころに拾われた霧墨は華樂と古老たちの元、戦略の才能を磨いたからだ。今回に限っては、霧墨の策というものを信用できない。これはあれ自身も述べていたことである。
「まあいい………その辺りはその時が来たら考えることにしましょう」
「そんな投げやりでいいのですか?華燐に死なれては色々と困りますのよぅ?」
「投げやりな訳ではありません。その場で対応する以外に今できることがないだけです。それよりも宝治。恐らく私が姿を消した後、一番最初に六櫻の古老たちがやってくるのはこの隼波木でしょう。理由は分かりますね?」
「塩、ですね?より正確に言えば、塩を買い求める商人が生み出す物と金の流れでしょう」
「その通り。現在の六櫻連合の中で第一次産業………田畑や塩など食に関わるものを生み出す能力に最も優れているのはこの地です。物々交換から変わりつつある現在、それを抑えれば金の流れも抑えられる。起点であるこの地を意地でも手に入れようとするでしょう」
古老たちは元は華樂の元で文官職も行っていた。私が武官と文官を切り離すまでは、かつての戦国の世の日本でもそうであったように、武士が事務職も兼任していたからだ。
何が言いたいかといえば、彼らは文字が読める。言葉通りの意味ではなく、書き連ねてある数字の流れや規律から何がしたいかを正しく読み取れるということだ。
隼波木の発展は数字となって赤松や須璃にまで伝わっている。商売の書類は多くは赤松に送られているが、金を稼ぐということは税に縛られるということでもある。
そして税には法律が付いてくる。税率やその使い道、一時的に税を軽減する措置や優先的に国庫を開放して行う事業、軍に流す金、他国に掛ける関税―――あげればきりがないが、きりの無いそれら全てに理由があり、指示がある。
出された指示こそが法であり、それは須璃にて最終的な決裁が行われる。無論、国主である私の指示がその決裁には必須であるが。
彼らは自分たちのために、それらの指示をすべて無視して金が欲しい。強欲で愚かな思想に思われるだろうが、ある場所から手元に物を引き入れると考えればおかしなことではない。
我田引水、というやつだろうか。自分が富を得るためならば他者を害しても良いという思想は、今の時代では普遍的なものである。
「阻みなさい。何をされても屈しては為りません」
「問題なく。例え実家を人質に取られても受け入れることはありませんとも」
「よろしい―――閉ざされた錠はただ一つの鍵によってのみ開く。抜け道など存在は許されません」
これもまた、古老たちが私を狙うタイミングが分かりやすいのと同じ、思考すれば必ず辿り着く必然だ。
隼波木にて宝治が屈し、前例を生み出せば私の仕掛けは容易く崩れ落ちる。積み上げた黄金を屑石に変えられては困るのだ。
私が姿を隠した後は六櫻連合の各地で古老たちが動き出すだろう。だが隼波木は特にその動きが激しくなる。武力の衝突すら発生する可能性があるだろう。故に、宝治には一際強く釘を刺しておいた。
尤も、須璃も終盤になれば動きの中心に躍り出ることになるのだが。
「まああの双子はいいでしょう」
あの二人は私を裏切らない。裏切る必要がないからだ。
利害の一致、損得の一致、そして権力と実績から成る名声。それを全て順当に得られるのは私の元で働いているときにしかありえない。
六櫻の古老たちは彼ら衣笠の双子を軽んじている―――それでいい。侮られていたほうが背後から刃を突き立てやすい。それは、私だけでなくあの二人にとっても同じこと。
傲慢になるのであれば存分に。私はその膨れ上がった影の元で必死の刃を研ぐだけである。
「さて」
小夜がパチンと手を叩く。
「今回の策について話も煮詰まってきた辺りで、わたくし共青梅堂はどのような役割をするべきで?」
「お前には博打をしくじった場合の保険になって貰います。まあ難しいことは言いません―――私を探しなさい」
「まったく、また無茶をおっしゃいますね。でも良いでしょう。大事な友人を手放すわけにはいきませんものね」
「………ふん」
―――金印の件で既にこちら側から無茶を言ったという自覚は、ある。
にも拘らず私を助けようという小夜のそれは、青梅堂という自身の城をより強固なものにするための画策であり………自分の利益があると私にアピールすることで、私が小夜の力を借りやすくするように動いているのだろう。
心理的なハードルを下げているのだ、この子猫は。
「………礼を言います」
「―――まあ♪」
それはそれは楽しそうに目を見開く小夜。思わず零した言葉を取り消そうか迷ったが、まあいいだろう。
私は舌打ちをすると立ち上がる。桐吾が閉め切っていた襖を一つ一つ開いて行った。
「視察はおしまいです。改めて隼波木の視察に向かうとしましょう。くれぐれも、今の話は他言は無用ですよ」
「存じております」
「あら?華燐、本当に視察も行うのですか?情報は全て書物に纏めて送っている筈ですが」
「現地で見なければ分からないこともありますから。お前だって同じようにやっているでしょう?」
「ふぅむ、確かに?では、私もお供いたしましょう」
「勝手にしなさい」
「私は隼波木名代としての仕事に戻らせていただきます、姫様」
「ええ。しっかりとやるように」
共有すべきことは話し終えた。
あとは掲げたお題目をきちんと熟すとしよう。それもまた、この旅の目的なのだから。
まだまだやるべきことは多い。果たして、どこまで積み重ねられるだろうか。
………一つ一つ歩いていくしかない。ひとつひとつ、踏み潰していくしかない。まだまだ、地獄は続くのだから。私は潮気を感じさせる隼波木の街へと、鋼鉄の足を踏み出した。
「付き従う連中も、増えたものですね」
ふと、そんな風に思った。
久しぶりの投稿ですが、嬉しいことに思いの外皆様に読んでいただき、何度か日間ランキングに乗っているようです………本当にありがとうございます。




