32話 背景苦戦中
「哲、背景が1カットも上がってきてないみたいだけど、どうなってる?」
数日前に俺と虎之助さんでレイアウトを出し切ったので、美術担当であるイリーナとミジーに印刷をして渡していた。
進捗がないので虎之助さんが哲さんに確認を入れた。
「いや、そのですね~。あれやこれや諸々、色々ありまして」
哲さんが頭をかきながら困った様子で現状の報告を始めた。
イリーナとミジーは想像以上に拘りがあったようだ。
「絵本に描いてある背景をそのまま描いても意味ないでしょう?実際に似た風景がある場所に行って描かないと本物らしさがでないんじゃないかしら?」
「ミジーは、真実を愛する絵師。偽りの背景など描くなど下級の者の仕事、そのような闇に落ちるような事はできない」
イリーナとミジーは、そう言って似た風景がある場所を探し出し納得がいくまで書いているようだ。
(どうやらイリーナとミジーはアーティスト気質らしい。それは悪い事ではない、上手く波に乗ってくれたよいが、ダメだった場合舵取りは大変)
俺はまだまだ新人なので、絶対に守らなければいけないのは『スケジュール死守』だと思っている。
正直時間をかけた所で、自分の持っている技術では高が知れている。
という所もあるが、イリーナとミジーはクオリティーを優先する考えのようだ。
「クリエーター側とプロデューサー側で、あるあるのトラブルだな」
「もう待つしかないですかね~、しょうがないですかね~」
「いや、それは困るだろ?製作期間内に収めるようにしないと」
「でも打開策ないじゃないですか~」
哲さんの嘆き節に困り果ててしまう虎之助さん。
「制作進行としての腕の見せ所ですね、哲さん」
「え?何?」
「俺は、哲さんは変態のクズだが仕事はできる人だと思っています。哲さんの真骨頂見せてください」
俺は前のめり気味に考えを哲さんに伝えた。
「スネタちゃん、それは褒めてるの?貶しているの?どっちよ?」
「褒めてます。大絶賛」
「まぁ、やっぱり異世界の人だから難しいんだよ」
見かねた虎之助さんが助け船を出す。
「なら俺も一緒に行って説得します」
虎之助さんだけに苦労させてはいけない、俺も行かないと。
「NO!それは断る」
「なぜです?」
哲さんが突然、俺や虎之助さんの提案を拒否してきたのだ。
「これはね、僕の仕事なんだ。スタッフのスケジュールを守らせるように交渉するのが制作進行の見せ場な訳だ」
哲さんがイスに座り足を組みながら語っている。
「その見せ場、ぜひ俺に拝見させてください」
「え?いやいやいや、そういう話じゃないんだよ~」
哲さんが更に嘆いている。
「哲、何か隠してないか?」
「ななななっ!ないですよ!嫌だなぁ虎之助さん!変な事言わないでくださいよ~」
虎之助さんが疑いの目で哲さんを見ている。
こんな感じの事が過去にあったのかもしれない、確実に虎之助さんは哲さんが何か隠していると感じているようだ。
「スネタこの後、哲と一緒にイリーナとミジーに会ってきてくれ」
「了解です」
「え~でも~」
「何も後ろめたい事はないんだろ?哲」
「え~、まぁ……はいわかりましたよ~。スネタちゃんじゃあ、1回だけだからね」
(なんでこんな渋々な感じなんだろうか?)
俺には哲さんの心境がよくわからない、どういう事なのだろうか。
とりあえず哲さんと俺はイリーナとミジーが背景を描いている、森の中へ向かった。
× × × ×
「素晴らしい出来ですが、もう少し早く上げてもらえないとですね~」
「このイリーナが描いた絵ですから素晴らしいに決まっているでしょ?」
「それはそうですけど~」
哲さんが説得しているがイリーナには何も響いていないようだ。
「黙れ。笑ってその汚い歯を見せるな」
「おうっふぅ……」
ミジーの言葉にその場に膝をつく哲さん。
流石に心が折れたのだろうか?
俺は心配で哲さんに声をかける。
「大丈夫ですか?哲さん」
「邪魔しないでくれ……ここからが制作進行としての真骨頂だ」
「わかりました……」
(この目は本気だ)
そう感じ取った俺は哲さんに近づこうとしたがやめ、その場に留まった。
「良いですか?イリーナ様、ミジー様よく聞いてください。妥協ではないんですよ、スケジュール内で収めるというのは、それは責任を果たしたという」
哲さんが言い終わる前にイリーナが話出す。
「一切、同意できませんわ」
そしてミジーが、間髪入れずに
「黙れ。目を閉じ息を止め存在を消せ、この雑草以下の変態」
「おおおおおおおおおおおおおおおうっふぅ……」
完全に崩れ落ちる哲さん。
「哲さん!?」
俺は流石に心配で近寄る。
「もう一度、もう一度言ってください……」
「哲さん?」
「スネタ、邪魔しないでくれ。こんな罵声を受けられるチャンスなんて二度とないかもしれない……もっと浴びせて頂かないともったいない」
そう言って気を失ってしまった。
「この男は一体、何者なのですの?」
「魔物に操られているのか?」
気を失った哲さんを見て、イリーナとミジーが困惑している。
これだけ軽蔑されて喜ぶ人間が存在なそするはずがない……そういった感じだろうか。
(あぁ……そうか、そういえばそうだった)
どうやら哲さんは、ミジーからの罵声に快感得ているようだ。
罵倒されるが哲さんにとっては最高のご褒美だ、一切ダメージはない。
「イリーナ、ミジー、もしかして哲さんって頻繁に来てる?」
「あぁ、正直困っていますの。迷惑をしている所ですわ」
(毎日最低1時間はいないと思っていたけど、こういう事だったのか)
「なるほど……これは哲さん以外、誰も幸せになれない状態ですね」
俺は立ち上がり状況を説明する。
「これと決めた時の哲さんは狂気だ、おそらくもっと変態になって、誰も見た事もないような恐ろしい状態に進化していくと思う」
「これ以上ですの?これ以上の狂気を隠し持っていますの?悪魔か何かの生まれ変わりですの?」
「バカな、留まる事を知らないのか、この変態は?」
だよな……。
流石にイリーナ、ミジーでも驚きを隠せないようだ。
俺も最初はどうしてよいのかわからなかった記憶がある。
「哲さんから気に入ってしまうと地獄まで着いていく人だ。
頑張ってくれているのはわかっているけどこの生活は続けるのは精神的に良くないと思う。もう少しスケジュールとクオリティーのバランスを考えながらやってもらえると嬉しい。アニメーション制作は個人戦ではなく団体戦なんだ、どうだろう協力してもらえないかな?」
「わかりましたわ、これ以上あの悪魔が暴走されても困りますもの、制作期間を守りますわ」
「ミジーも、気を付ける……」
結果的に、魔物にすら感じた事のない恐怖を覚えたイリーナとミジーはスケジュールを守ると約束してくれた。
この世界には、この人ように日常生活の9割が変態モードという人はいないという事だろう。
(或る意味、哲さんの力が成せる技だな。とりあえず問題は解決できたのだ。良かった)
俺はそう思いながら、幸せそうに気を失っている哲さんを背負い、急ぎでスタジオに戻ったのだった。
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