その八 名前が違う 7
僕は自分を奮い立たせた。
よし、打ち明けるぞ。
絶対、打ち明けちゃうぞ。
和美さん、あなたの体が欲しい。あなたとひとつになりたいんです、って。
「ねえ、おねえさん」
我ながら、淀みなく言葉が口から出てくる。
いいぞ、いいぞ。この調子。
「あれから、おねえさんに言われたとおり、風説を打ち消そうと頑張ってみた。いや、頑張りたかった。でも……実際には、風説に挑むどころか、学校にも行けない。まるで、見えない力に阻まれるようで登校できないんだ。おねえさんが入院したこともその日に知ってたけど、お見舞いにも行けない。病院にまで災いを持ち込むんじゃないかと心配で。スマホもつながらなかったし」
あれれ。僕は何を言ってるんだ。
「………………」
おねえさんは無言で、傍らにある側の僕の手を取った。
「もはや学校だけのことじゃないんだ。僕のおかげで災いが拡がってるって、ネットで日本中に拡散されてるよ」
思わず知らず、早口でまくし立てるようになってくる。
「いったいどうなってるんだ、世の中は? 僕はどうしたらいいんだろう?」
「落ち着け」
そう言いつつ。おねえさんいきなり、つかんだ僕の手を太ももの上に乗せた。
おねえさんの太ももの上に。
うわ。敦子から密着されたときの比じゃない。実際に手でさわってる興奮は圧倒的だ。
体の一部がズボンの中で快く突き上がっていく。
「オカルト現象ってやっぱり、存在するんじゃないかな」
「だから、落ち着けと言うに」
落ち着けないだろ、こんなことされたんじゃ。
そっちこそ、言うこととすることがかみ合ってないぞ。
「きみのは……重症」
たしかに。呼吸はいっそう荒くなり、心臓は激しく鼓動、沸騰した血流が全身を駆けめぐる。
脈拍検査したら危険な状態だろう。
「マモルちゃん。存在するのはきみの思い違いだけ。どれだけ不運が重なっても、オカルト現象の証明にならないよ」
「だけど。不運が重なったのも現実だろ」
「そうよ、現実。あり得ないはずの不運が連続しちゃったという現実。それ以外の何ものでもないでしょ。なにか意味を見たいの?」
「しかし、なんで僕に降りかかるの? 確率からいえば当たるはずのない災難ばっかり」
「さあ、なぜでしょう。おねえさんにもわかりません。でも確率からいったら、あり得ないことじゃないよ。誰かが貧乏くじを続けて何枚も引いちゃっただけの話」
だから、その誰かがなんで僕なんだ。
「それじゃ確率からいっても、もう引かずに済むよね? そう考えていいの?」
「どうかしら。それでも、はずれ籤が残ってない保証はないの。明日になっても不運は続くかも。さらにその翌日も……だから、どう?」
「そんなの、いやだよ」
僕には、納得できない。
もっと励ましの言葉を期待する素振りで、ほんとうはもっと親密な行為で力付けてほしかった。
「マモルくん。苦しいのわかるけど、もっと強くならなくちゃ」
おねえさんは唐突に、関係ない話をはじめた。
「ねえ。実って人、知ってる?」
おねえさん、知り合いが多いんだね。
「昔、一日だけつきあった男の子。とっても馬鹿なの。内気で不器用で空気が読めなくて……なぜかその子、わたしに惚れちゃって。わたし呼び出しに応じて、美術館めぐりのお供してあげた。でも、まったくの愚図。女の子はみんな潔癖で、ちょっとでも性的に踏み込んだ真似するのは失礼だって思い込んでたみたい。自分がそうしたくても抑えてる。そんなことないよ、遠慮しないでもいいよ、もっとくつろいだらって、こっちがいろいろ態度で示してあげてるのに、自分にはできませんの壁をつくって一歩も踏み出そうとしなかった。女の子の手を取るのもビビってるくせに、あくまで毅然とした紳士であろうとするの。馬鹿みたいでしょ?」
ほんとに。せっかくおねえさんを誘い出し、そこまでリーチがかかりながら、もったいないことをする奴がいたもんだ。
「馬鹿だね」
「そうよ、マモルちゃん。きみはその実より馬鹿」
僕が実より馬鹿……。
そういうことだったのか。和美さんの真意がわかった。
「今のきみって、その実くんとおなじでしたいこともできずにいるじゃない。ずっと親身にサポートされてる状態なのに」
たしかにこれ以上、親身なサポートもないだろう。
和美さんはすでに僕の身に両腕をまわし、顔を僕の真正面で最接近という有利な地歩で相手への主導権を確立し、こっちからのどんな反撃にも即応できる態勢だ。
「そうでしょ? これだけ身近で良いフラグが立ってるのに、自分はめぐり合わせが悪いとしょげ込んでるばかり、ほんとうの幸運が自分の身に訪れてるのに。滅多にないはずれ籤ばかり引かされた? それがどう? そんな具合にいつまでも、悪い籤が当たったのばかり気に病んで、良い籤を引いたのに気が付かないなんて。せっかくの当たり籤が期限切れになって無価値になるか、チャンスのほうで愛想を尽かして去ってっちゃう」
「ほんと。きみは実より馬鹿だな」
そんなこと言われても。
馬鹿でいようと思ってこうしてるわけじゃ……。
むしろ和美さんを思いやり、あんまり図々しくしないよう気を使ってのことなのに。
とにかく、そっちの意に沿いたいんだ。
「一応……相手の承諾を得ないとね……勝手にできるもんじゃないだろ、こういうのって」
「それじゃわたしから、きみの承諾を得る? 結果はおなじだけど」
あ。そうしてくれたほうがいい。
間違いをおかさずに済む。
「ど……どうぞ。OKです」
そう言いつつも。
僕は自分から熱情を発散する挙に出た。
言うこととやることがかみ合わないのはこっちもおなじだ。
和美さん、僕の不意討ちにとっさに顔を引くと、こっちの求めをはぐらかす一瞬の間に体勢を立て直し、続いてすくいとるように口をあてがい、僕からのくちづけの申し出に応じた。
僕の愛情表現がどんなに稚拙で粗雑でも、みごとにさまになるかたちで受けてくれる。
和美さんが家庭教師としてあんなに優れていた理由が今わかった。
今更ながらこんな状況で、この人の真価を思い知るなんて。
どんな荒馬でも乗りこなすばかりか、ダメな馬でも発奮させ快速で走らせる天才的な女騎手だ。
さっきより濃厚で熱烈、さらにエスカレートし、たがいを求め合うところまで進んでいった。
僕は、手に電流のような痺れを味わいながら、和美さんの乳房や腰をまさぐり、生まれて初めて女性の服を脱がそうとする。
僕と彼女との関係は最後の総仕上げにいく寸前だった。
( 続く )




