その八 名前が違う 6
病室の窓からの眺めは最高なんてものじゃない。
遠からぬ場所に大きなお寺があり、付帯する墓所が広がってる。
それでも今の僕には、燦然と輝くモニュメントのように壮観な景色だ。
和美さんと肩寄せあった僕は、その上方、澄みわたった空のかなたに思いをはせるようにつぶやいた。
「和美さん、さっきお祓いしてくれて、おばあさんの霊が窓から飛んでったって言ったね。あの後、どこに行ったのかな?」
和美さん、こんなときでもアニメ声。
「ふふ……捨てたゴミの行方を心配してはなりません」
うわ、酷い言い方。お祓いした人の霊がゴミだって。
「霊魂って、ゴミなの?」
「そう、廃棄物。みんなの無知と迷信から湧いて出た、生きてる人にはまったくの不用品」
「死者には敬意を払わないと」
「祟られる?」
和美さん、媚びるようにこっちへ頭をかしげる。
「それ、別問題。死んだ人へのリスペクトと霊魂とか怪異を真に受けて怖がるのって、違うでしょ」
おまえ、自分の大学の先生をリスペクトしてたかよ、とは言うまい。
「でも、世の中には怪談があふれてるよ。あの世を見た臨死体験の話もある」
「あくまで、この世のニーズ。良い子は影響されてはいけません」
常識からすれば、和美おねえさんが正しい。
でも僕としては、あの儀式での反応から黒石御影の言うことも嘘じゃないと思うようになってたので、心中はちょっと複雑だった。
いま、僕の身辺にはどれだけの数の幽霊が群れてるんだろう。
でも傍らに存在を感じるのは、温かい息づかいで僕に身をゆだねる女性がひとりだけ。
ああ、僕のすべて。
実を言えば、こんな話をしながらも僕の関心は隣りの人への性的衝動で占められてる。
和美さんは一目で男を虜にするナイスバディの持ち主というほどじゃない。
肉付きのよさでは敦子のほうがまさってたし、こうして身近から小柄な身に寄り添われてみると、街中を歩くときほど颯爽として見えるわけじゃないけど……。
とにかく愛しかった。
自分が心から敬意と愛情を注ぎ、その反応の一々が気がかりな相手。
表情や仕草、言葉がひとつごとに大きな意味をもって僕に影響してくる存在。
あからさまに言えば、身も心もひとつに結ばれたかった。
僕はさっきから、こっちが求めることを伝え、二人の関係をより発展させる糸口をつかみたくて実は必死だったが、口から出たのはまたもやオカルトの話題だ。
「どの病室のどのベッドにも、苦しんで死んだ人の霊がたくさん憑依してるっていうけど」
違う、違う。
こんなタナトスな話題が振りたいんじゃない。
糞、なぜこんなのしか出てこない。
「ここの病院、出来てから何十年もたってるよね。このベッドの上だけで、どれだけの人が亡くなったんだろう」
「そういうことは考えない」
和美さん、アニメ声できっぱり。微塵も情感がない。
「別の向きに頭を働かせる。救われた人のほうがずっと多いんだから」
どんなことも前向きに捉えるこの人の面目躍如たる台詞だった。
「みんな病院といえば縁起の悪いことばかり、呪いだ地縛霊だと無意味に怖がるけど、そういうところが見えないのよ。たとえば産婦人科なんて、一つの病室、一台のベッドでどれだけの命が産まれたかわからないでしょうに。プラスマイナスでは、死より生のほうがはるかに勝ってるはずよ」
その発想はなかった。
さすが和美さん、惚れなおした。
ベッドで救われる……僕もそのひとりになりたい気分だ。
ここは個室だし、ベッドの上に、和美さんがいて僕がいる。
必要なものはみんな、揃ってる。
いや、足りないものがひとつだけ。ことを運ぶ意思、最後の一押しする勇気だ。
( 続く )




