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アレが見えるの  作者: 青木誠一
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19/26

その八    名前が違う 4


 337号室。

 今度は間違いないだろうな。

 たしかに表札には濃い字で「三田和美」とある。

 とりあえずドアをノックすると、間違えようもないおねえさんの声で、「どうぞ」の返事。

 中に入ると別世界だった。

 これが病室かと思うほど、華やかな彩りであふれてる。お部屋の香水を持ち込んだのだろう、匂いまで違う。

 その環境で、おねえさんは嬉々として僕を迎えてくれた。

 「よかった、生きてた」と「生きててよかった」、二つの思いを同時に味わった瞬間だ。


 おねえさん、入院中でも小奇麗にしてる。

 パジャマなんか着てない。

 こんな場合にも可愛い自分でいたいらしくて、ノーブラのTシャツにおへそが見えるようなショートパンツだよ(うわあ、うわあ)。

 溌剌としてたのがすこし痩せておとなしくなったみたい。

 お化粧なしの素顔まるだしでちょっと地味に見えるけど、性格の好さがナチュラルに顔にあらわれ、声も態度も普段通りのおねえさん。

 基本、ちっとも変わってない。

 なんと言ったらいいか、この人をこの人としてあらしめる体系が何もダメージ受けてないんだ。


「大変だったんじゃないの?」

 ぼくの問いかけをおねえさんは、ケロリとして受けた。

「そうね。でも、苦しくて悶絶したのは入院した日だけ。あとは現代医学が寄ってたかって、わたしを苦しみから遠ざけ、救いだしたって感じ。もう平気、もう大丈夫、もう立ち直っちゃった」

 寝台をソファ代わりにして腰掛けるおねえさんは、その前に僕を立たせたまま滔々と語る。

 あ、椅子は別にあった。ただ、座ってと言われなかった。

「でも入院した日に来なくてよかった。数えきれないほど病室とトイレを行ったり来たりするのを見たら、すごい幻滅されたと思う」

 そんなことないって。

 苦しんでるとき傍にいてあげられず、音沙汰もなしで申し訳なく思ってるのに。


 かしこまってたたずむ相手に、何をイメージしたのだろう。

 おねえさんは目を泳がせるうちにといった風で、僕のネクタイに目を留めた。

「立派な格好……。わたしのお見舞いで、そんなお洒落してきたの?」

 おねえさんはネクタイをつかみ、愛犬の首輪みたいにくいくいと引っ張った。

 そのまま誘導する感じで、僕を自分の傍らに座らせる。

 わお! 僕って今、女性とおなじベッドにいるぞ。

 でも、どぎまぎとした気分じゃない。

 思えば中学生の頃は、自室でこうして寄り添うようにして勉強を見てもらったんだっけ。

 未体験ワールドどころじゃない、むしろ懐かしさあふれる感覚。

 おねえさんは身をよじらせて、そんな僕と向き合う。


 僕は白状する振りして、嘘をついた。

「実は、彼女とデートだったけど、喧嘩して別れちゃった。まだ昼だし行き場もないから仕方なく、ここに来た」

「あらあら、聞き捨てならない言い草。つまり、わたしは彼女の代用品?」

「違うさ。彼女のほうが、おねえさんの代用品にならなかったってこと」

 一瞬の沈黙ののち、おねえさんは吹き出した。

「あっはっは! 先行き恐ろしいわね、17歳でそんな殺し文句を吐くなんて」

 殺し文句? 真摯な思いで言ったのに。

 いったい、どんな子が三田和美の魅力にかなうっていうんだ。


 でもおねえさんは上機嫌で、上手なお世辞のご褒美を振舞った。

「マモルちゃん。冷蔵庫にプリンとかメロンあるから好きに食べて。お見舞いの品がたまってるの。みんな、いろんなもの持ってきてくれるけど、あたしお腹の調子アレだから」

「おねえさん食べられないのに、僕だけご馳走になっちゃっていいの?」

「いいの。きみが食べるの見て、わたしも食べた気になれるから」

 そりゃ、かたじけない。

 バーベキューを食べ損ねた僕は、猛然たる食欲で洋酒入りのアップルパイにかぶりついた。

 おねえさんはポットで紅茶を入れてくれた。

 この紅茶もお見舞いの一品のようで、見慣れない英国王室御用達の銘柄だ。


 病室の中はほんと、お見舞いの品だらけだ。

 洋菓子や和菓子、果物、缶詰、クッキーやチョコレート、花束や置物、装身具やぬいぐるみ、CDに書籍に化粧品、洋酒まで……。

 そういえばいろんなことあり過ぎて、常識を失くしてた。

 こういうときはお見舞いを持ってくるものなんだっけ。

 僕は後悔した。

 あの一万円、うっかり献金なんかしないで、おねえさんのため使えばよかった。

 でもおねえさんは、僕が来ただけでうれしいという顔をしてくれる。いい人だ。


 それはともかくおねえさん、なんだか僕を別の存在として意識し始めた気がする。そわそわと落ち着かず、なにか期待してるみたい。こんなこといままで、あったっけ?



( 続く )

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