その八 名前が違う 3
「どなた?」
入り口で呆然とたたずんだ僕に、故人とゆかりの人だろう、年配の女性が尋ねる。
「あの、新世紀大学文学部の三田和美さんですね」
「そうですが」
「教え子だった守屋護という者です」
「まあ、教え子の方」
「はい……いろいろお世話になりました。人生の恩人で、かけがえのない友人。年の差はあったけど、とても気の合った同士でした」
「へええ。カズミさんに、こんな若い友だちがいたなんてねえ」
今度は、かなり高齢の男性が受けた。見わたせば、居合わせるのはほとんどが熟年以上で知性も高そうな人ばかり。なぜだろう。
僕は場違いな雰囲気に気遅れしながらも、話を続けた。
「こんなことになって信じられません。先ほどスマートフォンで話したときはとても元気だったのに」
「そういえば、誰かと話してましたね。でもその直後に、容態が急変したんです」
そんな……。頭の片隅で、「古代の悪霊の呪い」がまたもや、うごめきだす。おねえさんはそういうオカルチックなことは考えるなと釘を刺したけど。
「あなた。そこじゃなんですから、こちらへおいでなさい」
親切そうな老人が、さっきから病室の入り口に立ち通しで話している僕を、室内に招いた。
僕が物怖じしながらも白い布で顔を覆われたおねえさんのそばへ寄ると、その老人は、故人の顔にかぶせられた敷布に手をかけた。
「せっかくですから、最後のご対面を。カズミさんも臨終間際に、会いたがってたようですし」
人生でこれほど神妙な気持ちになったことはない。
おねえさん……和美さん……和美!
敷布がまくられて顔があらわになったとき、変わり果てた姿に僕は愕然と……いや、悲鳴をあげたくなった。
三田和美だと思った人は、顔中皺だらけでずっと小柄で痩せこけてた。そして壮絶な死に顔というわけではないが、うっすらと白目をむき、口は半開き、呼吸不全で悶えて果てたような死に際の名残りをとどめてる。
あれれ?
ぜんぜん違う人だ。
これ、おねえさんじゃないよ。おばあさんじゃん。
僕は顔を上げ、自信なさそうにうかがう。
「あの……ここって、373号室ですよね?」
「そうですが」
「新世紀大学文学部の三田和美さんの病室じゃ?」
「ええ。間違いなく、ミタ・カズミの病室です、新世紀大学の」
僕は念を押して尋ねる。わけがわからない。
「先週の夜、食中毒で運び込まれた大学生の?」
「いえ。学生じゃありません、文学部講師のミタ・カズミですよ」
へ?
人々の半端でなく呆れる様子を感じ取った頃、医師が僕の思い違いを訂正するかたちで答えてくれた。
「三田さん? 女子大生の? あ。その人ならたしか、337号室」
あれま。
いかん。最悪のしくじり、やらかした。病室まちがえてた。
(あとで表札見直したら「三田和美」じゃない、「壬田和実」だ。糞まぎらっちぃんだよ)
僕は人々の不審そうな注視を浴びる中、神妙に黙礼をして退散した。
くそぉ。くだらない作者の思いつきに付き合わされ、おねえさんと会うのが遅れてしまった。
( 続く )




