その八 名前が違う 2
その日はしかし、嬉しいこともあった。
マナーモードにしておいたスマホを確認したら、なんとひさびさに、三田のおねえさんからの着信記録。
おねえさんから着信……こう書くのは簡単だが、あの「災いの日」以来、梨の礫だったんだ。こちらからかけても駄目で、ぜんぜん通じない。
これがいきなり復旧するって、どうしてなんだろう。もしや……外部との接触を妨害されなくなったってことか?
着信に返信するとあっけなくつながり、三田和美その人が出た。
この数日間、聞けるのを待ち続けたなつかしい声が。
おねえさん!
会いたかった。声が聞きたかった。生きてるか心配だった。
三田のおねえさんは、さっき別れたばかりという感じで何事もなかったように、僕からのコールを受けた。こっちは極地で孤立し救難信号が届いたかと案じる遭難者の思いなのに。
「マモルちゃ~ん、お変わりな~い?」
「おねえさん、大変だったんだね」
「あら、やだ。知ってたの~」
僕とおねえさんは、スマホを通しての数日ぶりの再会を祝しあい、色々と語り合った。むろん大事なことはしゃべらない。あの教団に入団したなんて言おうものなら神経を疑われる。
話の最後に本当の用件を切り出し、お見舞いに行ってもいいか訊いてみた。
「おねえさんのいる病院に行っていい? いま困ってるんだ。とても苦しいんだ」
「いいわよ、いらっしゃ~い。ふふふ……思いっきり、癒してあげる」
どっちが見舞いされる側だろう。
こうして、わりあい簡単にアポが取れたのは、僕の人徳と相手の寛容とによるものだ。おねえさんがビッチだからじゃないぞ、絶対。
ぼくは教団支部を出た足で、新世紀大学病院に向かう。
今度はバスに乗るときも道中でも、なんの支障もない。
無事に着いた。一階の受付で問い合わせ、返事を得る。
「先週、食中毒で搬送された三田和美さんですね。はい……B棟三階337号室です」
背を向けて歩きだすと、若い看護師らで囁きあうのが後ろ耳に入る。
「あの人、また男が面会よ。今度はすごい、若い子」
へ~え。おねえさんってやっぱり、男に人気あるんだな。きっと学内でも憧れの的だから見舞い客が殺到状態なんだろう。
僕は今更ながら、おねえさんの凄さに感嘆し、それから同情もした。病体なのに、院内で噂になるほど大勢の見舞客の応対とは大変だろうに、そのうえ僕と会ってくれるって、なんてやさしい人だ。
しかし人の評価って、こういう場合に際立つもんだよな。僕なんて休学中のこの数日、クラスの誰一人として励ましにも来てくれない。
そろそろ通学を再開しないといけないけど、たぶん誰も寄ってこなくて、黒石御影みたいに隅っこにひとりぼっちで過ごすようになるかも。
いや、御影よりずっと孤独だ。御影には何人か友だちがいるのに、僕ときたら……。
そんなこと考えてるうちに、おねえさんの病室(個室だ)の前まで来た。
373号室。たしか、ここだ。表札にも、うっすらだが「三田和美」と、おねえさんの名前が読み取れる。
「失礼します」
おねえさんを明るい気分にしてあげようと思いきり晴れやかな顔をつくり、ドアを開けた僕は愕然とした。
おねえさんは……おねえさんは……そこにいた……いたけど……寝台に横たわり顔に敷布がかぶせられてる。親族らしき人々が取り巻く中、担当医と看護師が神妙な顔で説明の最中だ。
たった今、息を引き取ったところらしい。
僕は言葉を失った。
( 続き )




