その六 祈祷式 2
礼拝終了後、ちょっとした会食の場がもうけられた。信者一同でテーブルを囲み、簡単な食事を供しながら打ち解けあう時間だ。冷麦とかき揚げ、のり巻き、番茶などが並んでる。
御影はこれに加わらず、さっさと奥のほうへ引き上げていく。
「あたし、おなか減ってない」
娘の不愛想ぶりを母親が背後からたしなめた。
「これ食べないなら今夜はもう、ご飯ないけど」
「いいよ」
黒石氏のほうは上機嫌だった。
会食の場では僕に傍らの席が与えられた。僕の入団はこの人の中ではすでに内定済みのようだ。
「よし。今度の日曜日、入団式やろう、入団式。新しい信者、守屋護くんの入団式」
「どんなことをするんですか?」
「面倒なことは何もないよ。ボジャイ様に忠誠を尽くすための儀式だ。ただし、念入りに身を清めてきてほしい。神聖な儀式だからね。あとは、教えるとおりにしてくれればいい。それできみは立派な教団員。入団式終わったら、みんなでバーベキューしよう、バーベキュー」
周囲の教団員たちのほうが悦んでる。
「バーベキューかあ」「ひさびさのご馳走だ」「肉なんてお祝いのときしか食べれねえもんな」
神聖な儀式とバーベキューとどう関係あるんだといぶかったけど、なんのことはない、新人の参入をダシに、古参仲間で飲み食いして親睦を深め合うってことなのか。
僕は支部長の好意につけ込んで、ある依願をおこなった。
「誰かを連れてきてもいいですか?」
「誰かって、ご家族かな?」
ぼくは三田のおねえさんを想定してたけど。おねえさん、こういうの好きそうだから、入団式の様子がどんなだか見せてやりたくなったんだ。
でもその申し出は、丁重に断られた。
「ダラネーナ教団はひとつの家族だよ。入団式の後ではここにいるみんなが、血と肉を分け合ったきみの家族になるんだ。きみのご家族も入信したいというなら、話は別だがね」
あ、無理。あの母親とあの父親じゃ絶対、無理。息子がカルト教団に関わってるとわかったら駆けこんできて、連れ戻すに決まってる、今日だって内緒で来たし、今回の心ならずの入信も金輪際、親には明かす気ないのに。
親睦会はカラオケ大会の様相を呈し続けられたが、僕はいまのうち引き上げることにした。まだ高校生だから保護者なしでの外出は八時が門限でと言うと、支部長は納得してくれた。
帰る前に、いろいろ教えてくれた志摩敦子に挨拶しようと思ったが、消えていた。敦子の母によれば相談があると御影に呼ばれて出て行き、いつ戻るかわからないという。
教団支部から出てくるときの僕は、思わず知らず、敵の懐深くに飛び込んで足場を占めたような、大戦果を達成した気分だった。とにかく「古代の悪霊」の真相に一歩迫ることができた。
そう思い込んでた。
すでに日は落ち、真っ暗だ。
人気のまるでない楽園通り商店街、街路灯で照らされる廃業した店ばかりの軒並みにはさまれた道を駅のほうへ歩き出そうとすると、どこかの路地裏からだろう、ひそひそ声での会話が聞こえる。聞き覚えある女の子同士の会話だ。
「アッちゃん。困るよ~」
御影が志摩敦子と話す声だ。御影のほうが敦子をどこか目立たぬ場所に引っ張り込んで苦情を申し立ててる感じ。
僕は立ち止まり、気付かれないようにして聞き耳を立てた。
「なんで守屋くんに自宅のこと教えたの?」
御影の声は敦子を非難する調子だった。
「いいじゃない。なんで文句言うの? 信者を増やしてあげたのよ」
かたや敦子は、なぜ御影がそんな困惑するのかわからないという口ぶり。
「守屋くんね、キヨミの仲介であたしに電話よこして、ボジャイ様のこと訊いてきたの。だからあたし、話したげたの。教団の由来とか、いろいろ。それで守屋くん、あたしの話きいて興味もったらしくて、体験礼拝に来たいって言うから、ここの場所おしえたげたのよ」
敦子の言い方はなぜだか反抗的だ。そう、反抗的。敦子のほうが御影に反抗的って……。
「あたし、何か悪いことやった? 教団の仲間を増やすのも、一人でも多くに七難八苦九死一生の教義を拡めるのも、ボジャイ様の御心にかなうはずよ」
「だからさ。信者を増やすにしても、なんで守屋くん引っ張ってくるの、よりによって」
「いけないわけ?」
「そう。あたし、困る」
「幽霊が怖いの? 守屋くんにとり憑いてる。見なけりゃいいじゃない、どうせ群がってるだけで何にもしないんでしょ」
「何度も言ったでしょ。見るだけで嫌なの」
「だから見なけりゃいいじゃん」
「アッコこそ、なんで守屋くんにこだわるの。特別な理由あるの?」
ここで敦子は言いよどんだらしく、言葉の調子が急にまとまらないものになった。
「守屋くん、いま大変な境遇でしょ? みんなからまるで疫病神のように見られてて。それで参ってる感じだから、本当に困った様子だったから……可哀想じゃない? 救いもとめてきたなら、助けたげようよ」
御影の声は俄然、きつい感じになった。
「いろいろ話したっていうけど……。ボジャイ様のことだけ? あたしのことも話しちゃったんでしょ? いらないことまで、何もかも。アッコって、いつもそうじゃない。ぜんぜん秘密まもれないんだから」
「ボ、ボジャイ様は信者同士で隠し事せずに、何でも打ち明けろって……」
「なに言うの。それとこれ、ぜんぜん違うじゃない。守屋くん、まだ信者じゃないし」
「でも今度の日曜、入団式やるって言ってたよ。支部長が」
「お父さん、しょうがないな……」
御影は、まるで自分が教団を牛耳ってて実務を任せた者がヘマをしたといった口調だ。
「今度の日曜か……ねえ、アッコ」
心なしか御影は、いっそう声をひそめた気がする。
「もしかして……儀式のことも話しちゃったんじゃない? 入団者の生け贄の儀式」
「あ。それは、まだ……」
生け贄の儀式だって? 入団者の?
いま、聞き捨てならない、穏やかならざる言葉が、御影と敦子の間でやり取りされなかったか?
なんぞ? それ、なんぞ?
僕はひとりで色めきたった。
敦子は、これも声をひそめて返事する。いかにも聞かれたらまずいことのように。
「だって生け贄の儀式があるなんて言ったらさ、守屋くん、怖がって来ないと思ったから」
御影の残念そうな吐息が続いた。
「言ったほうがよかった。知ったら絶対、来ないから」
( 続く )




