オーディション終わりの密会と勘違い
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「あの、矢田川さん。もしかして俺の演技が酷すぎて起こってます…?」
怒られる心当たりこれしかない。いやというか確実にこれだ。絶対矢田川さんの演じる役はもっと違う感じだ。
けど馬鹿にしてるわけではないんです。許してくれぇ…。
「はぁ…そういうことじゃないんだけどな」
矢田川さんが俺の耳のあたりにある髪をさらさらと撫でる。ちょうどさっき古内にも触られたあたり。
「矢田川さん?」
「なんで古内なの」
独り言のように吐かれたその言葉は行く宛もなく宙にただよった。
「えっ組む相手ですか?」
「…うん。まぁそうともいうかな。」
「組む相手は俺の希望じゃなくプロデューサーが決めたので」
矢田川さんは不満げに俺の短い髪をくるくると指でいじっている。
「ほんと意味わかんないなぁ〜…今からでも俺らのグループに戻りなよ、烈」
「えっ」
真面目なトーンで無茶を言う。いつもへらへらしているのだが言い方が冗談に聞こえない。
「アイツアイドル未経験でしょ。あんな演技だけの素人とデュオでアイドルするなんてお前と釣り合わないよ」
「いやっでもそれはプロデューサーが決めたことで俺口出す権利ないですし。それにアイツは俺よりフリの覚え早いし結構真面目にアイドルやろうとしてるので」
矢田川さんの目がゆっくりと細まった。
「というか矢田川さん。今更俺がRun in toでデビューしたら炎上しますよ」
「既にメジャーデビューの時に『元のメンバー全員でデビューしてほしかった』って炎上してるけどね〜」
即座に言い返された。けどそう言われたってプロデューサーが決めたことだからどうにもできない。
「てかさぁ〜俺が烈と組みたかったなぁ。絶対アイツと組むより俺の方が烈の魅力引き出せたのに」
髪を触っていた手がするりと頬に下り、むにむにと頬をつねった。
「や、やだかわしゃん。やめてください」
「ねぇ〜烈もそう思わない?」
「そんなこと言われましても」
頬から手の感覚が消えた。次の瞬間、その手が俺の顎を持ち上げ、矢田川さんとの距離が指1本分に縮まった。
「可愛い男が好きなの?烈」
「近っ…」
3秒くらい至近距離で見つめられた後、手は今度こそ離され、距離は遠ざかった。
「とりあえずいいや。無理矢理とか趣味じゃないし」
「え、今結構好き放題してませんでした?」
「あははっこんなんで?」
その笑顔がなんとなく怖かったので一歩後ずさった。
「そろそろ、迎えが来そうだね烈。じゃあ、また会おうね〜。あっ次からは昔みたく樹って呼んでよ」
そう言うと矢田川さんは廊下の先に消えていった。代わりに別の足跡が聞こえた。
「烈!いた!遅いって!何してんだよ!」
「古内!お前帰ってなかったの!?」
「そんなかかると思ってねぇから待ってたんだよ」
「あ、ありがとう!」
ほら、矢田川さん安心してください。アイドルやったことなくても、古内はすごい良い奴だから上手くやっていけると思うんです!
「ところで、なんで俺がお前を待ってたと思う?」
「……ん?」
ビルを出たところで古内が振り返る。ものすごい笑顔、笑顔なんだけど
「えっ時間かからないと思ってってさっき言ってた…よな?」
「言ったな。時間かからないと思って待ってたのはなんでだと思う?」
あ、やばい。これあれだ、今度こそこれだ。
「演技が酷すぎた…?」
「まぁまあま正解♡よく分かってるじゃん烈♡」
そう言って思い切り両頬をつねった。さっきの手加減のつねりとは違う。普通に痛い。
「痛い痛い痛い!待って!スミマセンでした!」
「てか怒ってるのは演技が下手とかじゃなくて、お前が素で唐突な発言してきたことだよ!!」
「すみません!!」
「全く演技してる様子ないのにあぁいうこと言われたらどう対応したらいいか困るんだよ!!可愛いとかさ!!」
「いやだって普通に可愛くて」
「可愛い役なんだからそりゃそうだろ!!」
すごい。そういえば古内はこういう男だったかもしれない。勢いよくつねられた頬の痛みがあとを引いている。
「でも古内も唐突なこと言ってたじゃん!アイドルでいるときは"俺"って」
「あー言ったよ!だってお前が素で可愛いとか言うし、名残惜しそうにしてるから」
古内が怒った勢いでちょっと照れている。声の覇気が弱くなった。
「一応ちゃんと返答しないとってその時思ったから言っただけだし」
やはりコイツ根が真面目なのかもしれない。俺が可哀想に思ったのだろうか。
「その返答が、アイドルでいるときはあのキャラをやってもいいってことだよね。普段からはできない?」
「日常生活で成人男性があんなだったらドン引きだろ…」
めちゃくちゃガチトーンで言われた。なんなら既に引いた態度だった。ちょっと傷つく。
それより、アイドルでならやってもいいと思っているところにアイドルと役を演じることを同じだと思ってそうな節が見えるな。望まれたキャラを観客に見せることがアイドルだと考えているのかもしれない。
正直少し引っかかるけど俺も「アイドルはこうするべき」という正解を知ってるわけじゃないし、古内がそう思ってるならそれでいいか。
「俺はアイドルやる時も素でいくけど、それはいい?」
「ん?別にいいんじゃねぇの?ドラマじゃねぇんだし」
「でも今日みたく演じてるお前に素で可愛いとか言うと思うけど」
「あ~〜その時はまぁ…」
「もしかして演技で返される?だとしたら虚しいんだけど」
古内のマリン色の瞳が太陽の反射光を受けて揺れた。風がクリーム色の髪を攫ってその目元を隠す。
「烈、お前なんか勘違いしてねぇ…?口調とかそういうのは変えてるけど内容自体は嘘ついてねぇよ?」
頭の上をカラスが通り抜ける。空はもう夕焼けで、太陽は赤くなっている。
「え」
「口調と雰囲気とかは変えるけどな。お前が気に入ってるのはそっちだろ?いいよアイドルの時はそうしてやるから」
……。ん?待って。混乱してきた。
「ごめん整理していい?」
「いいけど」
「お前の演技って何?」
「何その質問。ドラマの時はその役を演じるけど、アイドルの時はこのオーディションの役みたく喋ってもいいよってことを言ってんだよ俺は。別人を演じるわけじゃない。中身は俺」
「じゃあ例えば俺が可愛いって言ったらなんて返すの?」
「ありがとう♡烈♡嬉しいなぁ〜♡」
「ふっあはははっ!え!それ本心!?!あはは!!!」
「何笑ってんの〜烈♡何が悪いの?」
「それ口調変えてるだけ!?えだって言いそうにないじゃんお前」
「普通に言ったら褒めてくれてんだ、サンキューくらいだけど」
「で、それを可愛く言うとあれになるってことなんだ。あははっ」
やばい、ちょっと面白い。いや普通に俺のツボに入ったかもしれない。古内がちょっと引いてそうな感じで見てくる中ひとしきり笑ってしまった。
「お気に召しましたか?灰島さん」
「あははっうん召した召した!返事も演技かと思ってた!俺お前の初対面の印象強すぎてもっと柄悪いイメージだからさ!」
「喧嘩売ってる?初対面が失礼だったのは後悔してるって。あの対面の前で苛つくこと言われて八つ当たりしちゃったんだよ。悪かったな」
八つ当たり。確かに入ってきた時からすごいイライラしてる感じだったな。初日以降はそんな感じじゃないのに。
「なんかあったの?俺に合う前に」
「……ちょっとな。ま、気にすんな。それよりあの時はメジャーデビューがなんだか知らないとかドームツアーも武道館も興味ないとか言っちゃったけどさ」
ちょっとじゃなさそうな歯切れの悪い回答だった。けどすぐに声の調子を明るく変えた。
そして、コツンと俺の胸に拳を軽く当てて言った。
「メジャーデビューしてアイドルやるからには目指すからな!どっちも!」
屈託のない笑顔を向けられ胸の奥が疼くようなはがゆさで満たされる。
「もちろん!」
俺も右手をグーにして古内の胸に当てた。服から伝わる体温が少し生温くて、聴こえるはずのない心音が聴こえた気がした。
「それと、ずっと言おうと思ってたけど俺のことも名前で呼べよ。さっき矢田川さんにも言われてただろ」
「聞こえてたの?」
「そこだけちらっとな」
「……いざ言うとなると恥ずかしさが」
「何がだよ!行人って呼ぶだけだろ!」
「行人」
言ったのに反応がない。顔をうつむかせているので表情がわからない。覗き込もうか迷っていると古内が顔を上げた。夕焼けが染まって顔が少し赤かった。
「お前の言い方ってなんか…こっちが恥ずかしくなるわ」
「何が!!?」
古内行人。
まだちょっと恥ずかしいから心の中では古内とか行人とか混ざってフルネームで呼ぶかもしれない。
…って誰に言うでもなく、心の中で呟いてみる。
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