元天才子役のマネージャーの登場とキスの味
「いやぁ〜!フリは順調に進んでるらしいね!」
「はい!全体を通して大体完璧に踊れるようになりました!」
今日は古内行人と初対面した以降2回目のプロデューサーとの打ち合わせだ。
「それは良かった!そのうちレコーディングもあるから歌もよろしくね2人とも!」
歌!今回のメジャーデビュー曲は歌詞がとても良いので俺も気合が入っている。
「もちろんです!!」
「歌はミュージカル経験しているので自信あります」
この前行人の歌を聞いたがかなり上手かった。ビブラートのかけ方がすごい。けど俺も歌はかなり自信ある。演技は負けても歌は負けたくないな。
「うん。2人とも気合が入ってるみたいで安心したよ。それで今日の打ち合わせは進捗の確認がメインじゃなくてね。君たちのマネージャーが決まったから紹介したいんだ。入って」
この感じ2回目である。今度は穏やかな人がいいな。初対面でキレられたらどうしよう。
「相谷愛だ。初めてのマネージャー業務だが、君たちが活躍できるよう全力でサポートする。」
おお!穏やかな人だ!初対面の打ち合わせで色付きサングラスをつけてるけど!多分良い人だ!
というかよく見たら結構…
「美人ですね。顔を売りにして芸能界やっていけそうなくらい。芸能界には興味ないんですか?」
バッサリ言ったな行人。初対面の男にそれ言うのスカウトマンだけだと思ってたよ。
「よく言われるよ。けど私は芸能界には興味がない、というより舞台の上には興味ないんだ。裏方として支える方が自分に向いていると自負している。私に不手際があればすぐ教えてほしい。早急に改善することを誓おう」
微妙にキャラが濃いな。美人だからそう見えるのかな。
白色の髪と紫の瞳がこの空間の中で一際映えていた。多分だけど美人さで言ったらこの場の誰よりも美人な気がする。
「早速だが君たちのスケジュールを組ませてもらった。スケジュールを共有するからカレンダーアプリを出してくれ。それと、他にも共有するものがあるから連絡先を教えてくれ」
「はっはい!」
美人さとハッキリとした声が圧を感じさせる。金に困っているから金を貸してほしい、とか言われたら貸してしまうかもしれない。
「有難う。それで、この後なのだがフリは大丈夫と聞いたから歌の方を聞かせてほしい。事務所の練習室は事前に借りた。構わないか?」
「大丈夫です!」
「俺も大丈夫です」
プロデューサーに挨拶をするとそのまま俺達は練習室へ向かった。廊下ですれ違う社員がいちいち振り返っている。
「えっと…マネージャーと呼んだ方がいいですか?相谷さんで大丈夫ですか?」
「相谷で構わない。気楽に接してくれ」
「は、はい。相谷さん」
隣の行人が借りてきた猫のように縮まっている。意外と人見知りなのかな。いや、相谷さんのオーラに萎縮してる可能性もなくはないか。でも萎縮というより少しピリピリしてるような…?
「行人…?」
隣に恐る恐る声をかけるとハッとした様子で目を合わせた。伝えるか伝えないか迷っているような表情をした後、やっと口を開いた。
「気をつけろ烈、アイツはマネージャーじゃないかもしれない」
「えっどういうこと?」
コソコソと耳打ちした行人の表情は至って真剣。
「お前あの顔に見覚えないのか…?12年前に朝ドラで天才子役としてブレイクしてドラマと映画に引っ張りだこになった朝霧糸って子役がいたの知らねぇ?」
12年前だと俺12で同い年か。自分の曖昧な記憶を辿る。確か同い年なのに超活躍してて演技が上手い子役がいた気がする。
「あっ!あれ?大河ドラマの…覚えてるよ、テレビですごい取り上げられてた」
「そう。けど15歳のときに学業に専念することを発表して電撃引退したことで話題になってたろ」
それを聞いて記憶のピースが合致した。
「あ~〜!!完全に思い出した!!」
「しっ!声でけぇよ!」
バッと行人が手を口に押し付けてきた。片方の手は静かにするよう人差し指を立てている。俺は子どもか。
「2人とも、聞こえているんだが。なにか反応した方がいいだろうか」
「「あ」」
相谷さんは綺麗な長いまつげをうつむかせ、やれやれと1つため息をついた。
「隠しているわけじゃないが…。やはり引退してもまだ覚えている人がいるのだな」
その声は嫌そうな感じが滲み出ていた。天才子役として評判だった過去に嫌な思い出でもあるのだろうか。
「なんで嫌そうなわけ。俺は昔そんな年変わんない奴が既に天才的な演技をするって持て囃されててすごい嫉妬してたのに。……まぁほんとに演技はすごかったけどさ」
相谷さんの態度へ苛つきを隠しきれずに行人が突っかかった。相谷さんの子役時代を遠ざけるような態度が気に入らない様子だった。
「有難う。私も演技をすることが嫌いだったわけじゃない。それ以外の…環境が好きではなかった。故に舞台を降りたんだ」
やんわりと微笑んだ。少し、悲しそうな笑顔で。
「さぁ、私のことはいいから練習に向かおう」
強引に話を変えたがっていた。これ以上その話題を続けるのは躊躇われて俺と行人は黙った。
何か違う話題…こういうときに限って思いつかない。早くこの気まずい空気どうにかしないと俺の胃が痛む!
「そういえばさ!オーディションの結果っていつ来るんだろうね!」
できるだけ明るい声で言った。しかし話題のチョイスがまずかったらしい。行人からはピリッとした視線をもらい、相谷さんは目を大きく見開いて静止した。
ヤバい何がまずかったのかも分からない…。
「そうだね。古内さんのオーディションの結果は私が受け取ることになっている。私も結果を楽しみにしているよ」
一瞬驚いた様子だったものの相谷さんはすぐに落ち着きをはらっていた。人好きのする笑みを浮かべている。その様子がまた行人の癪に触ったようで、反対に行人は段々と顔を渋くしていた。
「どうも。…でも自分ならもっと良い演技ができたのに、とか矢田川さんと演るのは自分の方が適任だと本当は思ってるんじゃないですか」
「思ってないよ。君は私のことをかなり買ってくれているようだが実際のとこ助けられたからこそのあの演技だ。それに樹とは…合わせる顔がない」
樹?相谷さんって矢田川さんと知り合いなのか。知らなかった。子役時代の頃確かに矢田川さんはもう事務所に所属していた気がする。そこで会ったことがあるのかな。
「烈、後でちょっといいか?」
「?うん」
不満げな顔をした行人が小声で聞いてきた。十中八九相谷さんのことだろう。俺としても気になっていたからちょうどいい。
そうして今日のボーカルレッスンが終わり、相谷さんと別れたところで行人に声をかけられた。
「カラオケと俺ん家どっちの方がいい?」
「えっ2択?ここでよくない?」
「他人の個人的な話を人がいるとこでやるのあんまよくないだろ。しかも内容が朝霧糸(相谷愛)についてなんだから」
ってことは内容的に真面目な話なんだ。
「歌も練習するならカラオケでいいけど話するだけなら家の方かな。今あんまお金に余裕なくて」
「話長くなるからじゃあ家で」
「行人ん家どこ?きいたことなかったけど」
「こっから電車2本くらい。三十分ちょいあればつくと思う。そんな遠くねぇよ。……あ、交通費くらいは俺が出すぞ」
「いや別にそこまでは困ってないよ。大丈夫」
帰りの支度を済ませて2人で千代田線に飛び乗る。日が暮れかかった19時の電車はいつも通り混んでいて身動きが取れなかった。
電車の中で今日起きたことと相谷さんが子役をしていた話を反芻していた。その中で同時に自分の昔も釣られて思い出していた。
研修生としてとにかく練習し、アイドルオーディションに挑み、事務所がやってるYouTubeに出て、複数のグループを転々として…頑張っているはずなのに受からなくて、日の目も浴びなくて、いつ暗闇を抜けるか分からない感覚を送る毎日。
今も不安定な道の途中だがメジャーデビューも決まらない日々はもっと不安だった。同じ時期に研修生をしていたり、グループの仲間だった人が先にデビューしていたり、有名になっていったりもした。焦って苛立って何もうまくいかなくて、上手くいった人に嫉妬して。そんな気持ちは何千回と味わってきた。
行人も同じ気持なのだろうか。
人混みではっきり見えない横顔が苦しそうに見えた。
何か励ます言葉が言いたいけどそれも違う気がする。結局上手い言葉が見当たらないから俺は頭に手を伸ばした。
「なに?」
「満員電車だから、ちゃんと近くにいるかの確認」
「見えるだろ」
「うん」
「うんって…」
行人がふんわり笑ったのが見えた。やっぱり笑顔が似合う。似合うというか俺が好きなのは笑顔の行人ってだけなんだけど。
駅の改札を通って行人の家へ歩き出した。人の家に入ると思うとどことなく緊張する。
「朝霧糸…マネージャーさ、やっぱまだオーラあったよな?」
「そうだね」
「なんでもう終わって12年も経つのにあんななんだよ…クソっ。今なら演技勝てるかもと思ってたのに」
「なんで負けた前提なんだよ。今日相谷さん演技してなかったじゃん」
「ちょいちょいしてた。それにやっぱ生だと迫力が違う」
「お前もしかして結構相谷さんのファン?」
「違うし。ライバルとして見てただけだし。…俺はずっと共演して演技で朝霧糸に勝ちたいと思ってたのに、なんで」
どうしよう、思った以上に複雑そうな感情だな。嫉妬と憧れは近い感情だし、憧れてるゆえのライバル心かもしれない。というか厄介ファンみたいな感じにも近い気がしてきた。
「で、でもほら。可愛い役なら行人の右に出るやついないと思う。相谷さんも可愛い役は行人に及ばないんじゃない?」
「そんなことねぇし…朝霧糸が演技したら別人だから」
「俺からしてもお前の可愛い子ぶってる演技は別人級なんだけど。マジでこの世のものとは思えないほど可愛い」
「それ演技褒めてるんじゃなくて可愛いって言ってるだけだろ」
「俺に演技の評価を求めないでよ。俺は思ったことをただ言うことしかできないって」
行人が斜め下にそっぽ向いて喋らなくなってしまった。拗ねたかもしれない。でも素人の俺に演技の評価を求める方が間違ってるって。
「行人ー?こっち向いてよ」
返事がないから顔を覗き込もうとしたその時、行人が同時に顔を上げた。至近距離で瞳が交差して唇に弾力のある感触が残る。慌てて離れようとしたら行人の両手が背中に回って強く抱きしめられた。
「ゆ、きと?」
「これも演技の練習…だよ♡ねっ烈?」
「おまえっ…なんで役のキャラ」
「ドラマでね、もしかしたらキスするかもでしょ…?だから慣れとかないとね♡」
「ドラマのリハーサルかよ……キスするの?ドラマで」
「台本もらってないし、まだオーディション受かったかも分からない」
「そう…だね」
「烈〜俺可愛い♡?」
「一番可愛い」
行人の抱きしめる力が強くなる。少しして腕の中から気配が消えた。
1つ深呼吸をすると行人はいつもの表情に戻っている。
「行こーぜ。家、すぐそこだから」
時計の針はもう8時を指している。
心臓の音が時計の秒針より早く鳴っていた。
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