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新たな世界を君と。  作者: かっつん
第一章『もう一つの光』
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第一章 5『剣客と狂気』


「無事か、ミナト」


 ロマノフが駆けつけたことにより、『神の使徒』と自称する男は逃げ場を失っていた。

 その男の顔色が段々と険しくなり、作戦の失敗を悟っていた。


「てめぇ、マジで呼びやがったな」


 男はミナトを鬼の形相で睨みつけ、殺意を滲ませていた。

 その姿に思わずミナトも足を震わせてしまうが、ロマノフがそれを許さなかった。


「ミナト、男がそんなみっともない醜態を晒すな。俺が来たんだ。もう、雌雄は決している」


 ロマノフによる静かな喝で、ミナトの心から恐怖というものは消えていき、その声に背中を叩かれる。


「……今来るのは聞いてねえよ。予定と違うじゃねえか」


「そもそも、お前はどうしてここにいる?」


 確かに、それは気になっていたことだ。

 あの時、確かにこの男は群衆へと紛れて行方をくらましていた。

 尾けられていたのならロマノフが気付く筈だ。


「人伝ってのは偉大なもんでな。お前とそのガキの会話を聞いてるやつは何人かいたからな。聞き出しただけさ」


 ミナトとロマノフがその会話をしていたとき、周りには多くの人間がいた。

 まさか、その中から情報を聞き出すとは、執念の深さが尋常ではない。


「まさか、お前、民間の人にも危害を加え――」


「そんなことはしねぇよ。あくまで俺の狙いはお前だけで周りの人間を巻き込むほどカスじゃねぇ。そこのガキや、ここの主人は別だがな」


「! お前、レイに何を……!」


「安心しろ、まだ大丈夫だ」


 男はロマノフからの質問に、そうあやふやに答えた。

 しかし意外なのは、民間人に被害を加えていないことだった。

 てっきり、悪の外道の人間ならば民間人に拷問でもなんでも仕掛けることばっかするものだと思っていたが、この男は最低限の人格だけは残っているようだ。


「ミナト、逃げるなら今だ。これ以上は俺が我慢出来なくなる」


 ロマノフの声からは、自制の感情が感じとれた。

 その言葉に素直にミナトは従い、ロマノフの背後の入口へと走り出す。


「あ、あぁ。ロマノフ、この礼はまた必ずさせ――」


 礼を言おうとしたが、しかしその言葉は続かなかった。目の前でロマノフに相対している男を追い越した時だった。

 男の横を走り抜けた刹那、凄まじいスピードでその男に首を掴まれ、そして直ぐに締められた。

 男の締力は見た目以上に強く、息の通り道を強引に塞がれる。

 呼吸するための空気が入ってこず、刹那、死を覚悟する。


「ロマノフ……てめぇ、動くなよ。動かないで、俺をここから逃がせ」


 ロマノフにそう提起した男の声に、恐怖はなく、ただ単純に命を懇願していた。

 それは情けをかけろという意味の命乞いではなく、殺すための猶予を与えろという意味のものだ、とロマノフも理解していた。


「――なんの真似だ」


「見たまんまだ。俺はまだ、死ぬわけには行かねぇ、俺の敬愛する方々へのためにもな」


「……なんだと」


 ロマノフはその言葉に耳を傾ける。

 男の真の目的を知ることが出来る、とそう確信したからだ。


「それは、どういう意味だ」


「『神の使徒』三席、ヴェルザード・ノクス。俺は、神の御心に、ただ純粋に、ただ清純に、ただ熱烈に報いる。だからお前を殺すんだ」


「『神の使徒』だと?」


 先程も聞いた『神の使徒』という言葉。

 ロマノフも初めて聞いたようで、形のいい眉を顰めた。

 そんなことをしている内にも、ミナトの呼吸は段々と薄れていく。


「……もう一度要求を言え。その後にまた話を聞いてやる」


 ロマノフはミナトを見て、男――ヴェルザードにそう提案する。

 その提案にヴェルザードも乗り、要求を口にする。


「俺を逃がしてくれんなら、こいつは解放してやる。逆に――」


「いいだろう。お前を逃がしてやる」


「――は?」


 ヴェルザードも意外な反応を示していた。

 そのはず、ロマノフはヴェルザードの無理無体な要求を呑むと言うのだ。

 それに、先刻対峙した時に、ロマノフはヴェルザードに向けて明らかな殺意を向けていた。

 ミナトの命を優先してのことなのだろうが、意外であった。

 

 ただ無償で、というわけではない。

 その要求の対価は――


「ただ二つ条件がある。一つは、二度と俺以外の人間に危害を加えるな。それを破れば、俺はお前、いや、貴様をすぐにでも殺しに行く」


 その言葉にも、嘘はない。

 ただ決意と覚悟に満ちたその双眸をヴェルザードへと向け、当たり前だと言うように言い放つ。


「――」


 ヴェルザードはその質問に、ただ無言という返答をする。

 それはある種の肯定であった。ロマノフの気迫に、狂気に身を委ねたヴェルザードもただそうするしかなかった。

 ヴェルザードはロマノフの無言の圧力に降屈したわけではなく、チャンスを貰おうと、否、掴み取ろうとした結果だった。


 無言の肯定にロマノフも少し、張り詰めた表情を和らげる。


「そうしてくれんなら、今すぐミナトを解放してくれ。これ以上、俺の友達を苦しませたくない」


「……ほらよ」


「……っ!」


 ヴェルザードはミナトを投げやりに解放し、ロマノフに呈する。

 その適当な扱いに、ミナトはなんとも報われない心境になるが、一旦それはどうでも良い。

 それよりも今は呼吸だ。腕から開放されたことにより、気道から一気に空気が入ってくる。


「解放どうもありがとう、だ。それと二つ目の条件は、『神の使徒』の内情を話すこと」


 ロマノフの質問に、ヴェルザードは不敵に笑い、続けた。


「……それは、俺の話すことじゃあねぇし、話せねぇ」


「――何?」


「俺から話すことは何にもねぇよ」


 先程ヴェルザードがミナトに話したことは、決して嘘ではない、筈。

 残念そうに顔を歪めるヴェルザードは「ただ――」と続けた。


「ただ、俺はロマノフを殺せと命じられただけだ。だからお前らの前にいる」


「――なんだと? 誰が、一体何の目的で」


「そこまで言う義理はねぇ。それに、大体わかんだろ」


 ヴェルザードはそうとだけ言い、この話を強制的に終わらせる。

 ミナトはそんな二人の会話に入れず、ただ不安そうな眼で見つめていた。

 

 このまま逃亡を許してしまって本当に良いのだろうか。

 また前に立ち塞がって、最悪の場合、殺されてしまわないだろうか。

 そう考えると再三の恐怖がまたやって来る。

 そんな姿を見兼ねたのか、ヴェルザードは口を開く。


「もう話せることは話した。早くこっから、いや違うな。お前から解放させてくれ」


「はぁ、これ以上、貴様から聞き出せることはなさそうだな。一つ目の条件、破り果てた瞬間、命はない」


「あぁ、約束ってのは守るものだ。それは男同士の中で一番大事、と言ってもいいだろう。ただ――俺がその枠に囚われるかどうか、だがな」


 ヴェルザードの言葉には嘘偽りはない。決して外道なことはしないこの男にも、悪党としての自覚はあるようだ。

 

 先程のヴェルザードは無言で肯定した。しかし、その約束の履行を遠回しに否定した。

 寸刻、ロマノフが剣を抜こうとするが、それより速くヴェルザードはゴンデルの高い屋根を突き破り空に飛び立った。

 

「じゃあな『剣客』! 俺はお前を殺すためなら恥を晒してでも策を練る! 精々、震えて待ってろ! そこの弱虫もな!」


「――殺す」


 ロマノフの声が、低く、重く響いた。

 その刹那、光り輝く一太刀がヴェルザード、否、『神の使徒』へと振るわれた。

 暗い空を舞う斬撃に咄嗟に息を忘れて見惚れてしまう。

 しかしその先に待っているのは、美しいだけの剣閃ではなく、血に塗れるヴェルザードであった。


「……ぐはっ!」


 その一閃はヴェルザードの胸部から下腹部にかけてを斬りつけていた。

 口からぶちまける大粒の赤雨が、ゴンデルの受付場に降り注ぐ。

 生々しく血を垂らす傷跡は、耐性がない者にはあまりにも辛いものだった。


「今は、これで堪忍してやる。そこで死ぬならそれまでの人間だ。精々、自分の脆弱さに打ちひしがれろ」

 

 その斬撃を放った当の本人はヴェルザードに残酷な、冷酷な視線を向け、そう言い放つ。

 狂気に満ちたヴェルザードとはまた違う、殺意に満ちたロマノフに感じるのは得体の知れない恐怖一色だった。

 隣にいるロマノフを、ミナトはただその体を震わせて見ていた。


「……あぁ、あり、がとよ。俺は、ここで死なねぇからな……待っとけ」


 ヴェルザードはそうとだけ言い残し傷だらけの体で空を駆けていった。


「ミナト、無事で良かった。それと遅れて、本当にすまん」


「あ、あぁ。来てくれただけで俺は、俺はほんとに助かった。……ありがとう」


 ロマノフの謝罪に、ミナトは対して感謝で答える。

 内心、ロマノフの得体の知れない恐怖には心を震わされるが、それを決して悟られないように、表情に出さぬように、取り繕った。

 そして、ようやく訪れたであろう安息の時間に膝の力が一気に緩み、崩れ落ちた。


 安心を求めている心と、恐怖で泣きそうになる根っこが絡まりあって、心に重荷を担がせる。


 一方ロマノフは、ヴェルザードの言ったことに気がかりがあった。


『そこのガキや、ここの主人は別だがな』


 この言葉の主人とはレイのことだ。ロマノフとレイの仲は古くからの旧友、という立ち位置にある。

 先程ヴェルザードは大丈夫だと言っていたが、奴は悪党だ、背徳者だ。そんな奴の言うことなど信じられない。


「……レイは、レイはどこだ」


「レイ?」


「この店の主人だ。それに、この匂いと音……まさか」


 レイは、どこにも見当たらなかった。

 ロマノフはその嫌な予感を否定するために、ミナトを丁寧に退かし、受付場のカウンター下を確認する。

 強烈な鉄分の匂いと、ピチャピチャとリズムを刻んで発する音が、ロマノフの不安を掻きたてた。


 そこには――


「――レイ」


 血を流した隻腕の男が、血沼の上に横たわっていた。


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