第一章 1『憧れの世界』
――ここは、どこだ?
ミナトの脳裏にはそれだけが浮かんでいた。
少なくとも、ミナトは自身の街にこんな所があるなんて知らなかった。否、知るはずもなかった。
今ミナトが立ち尽くしているこの街は、とても日本とは思えない西洋風の造りの家が多くに点在している。
竜車が公道を駆け回り、砂埃が経つ。
日本でも、その他多くの国でも見ることが出来ないであろうその異質な光景に目を見張る。
「少なくとも、日本……というか、俺のいた地球、ではないよな」
まず竜は存在しないし、車が通っていなかったり、なにより、獣人と呼ばれるものが、街を歩いていたりと、元々の地球であるはずのないことが起こっている
ミナトの頭は多くの疑問でこんがらがっていた。まずここがどこなのか、どうしてこんなところにいるのか。
――なぜ、俺なのか。
一番大きな疑問はそれだった。
あの出口には誰も向かわなかった。それは単に目的地に真っ直ぐ行っただけかもしれない。だが、基本的にこの手のものは特定の一人にしか見れないようになっている。
それがなぜ、ミナトだったのか。何よりも気になっていた。
「この状況的に、俺が置かれてる立場は……」
今日のミナトは明らかに手抜きの服装をしている。友達と遊びに行くと言っても、ゲーム好きで繋がった友であったし、映画を見に行くだけだったから、そこまで時間をかけないと思っていたからだ。
今ミナトは寝間着として愛用している白色の薄い生地のTシャツと、黒いジャージのズボンを体に身に付けていた。
そんな、この世界において珍奇な服装をしているミナトを異国の街を歩く人々は冷ややかな目で見つめる。
「そりゃそうなるか……うし、これでちゃんと、ハッキリ分かったぜ」
街を歩いている人の中に、人間の頭ではなく犬の頭になっていたり、翼が生えていたりしている人をミナトを見逃さなかった。
見逃さなくても分かってはいたが、ハッキリと認識した。
「俺のいるこの場所は……ズバリ、異世界ってやつだな」
一人決めポーズ。
額に手を当て、誰もいないところに指をさしている。
ただでさえ珍奇な格好をしているにも関わらず、更に変な行動を採るミナトに街行く人々はもはや見向きもしていない。
――異世界、か。
異世界。それは異なる世界。そのまんまの意味だ。
ミナトもそれは分かっているが、いざその状況に置かれると、なんだか胸がざわつく。
ゲームやアニメを好むミナトは、異世界というものに強い憧れと好奇心を抱いていた。
本当に存在するのか、しているのならどんな所なのか。それを目の前にしたミナトは、未だ実感が湧かない。いや、夢とさえ思ってしまう。
いや、夢だと思っている。
「普通に考えて夢、か。……ならすることは一つ! まずは現状整理だ」
我ながら恐ろしいほどの冷静さであった。
決して混乱していないわけではない。だが、ミナトはまだこの状況を夢だと思っている。寝ぼけに寝ぼけた愚か者の夢だと。
どうせ夢なら楽しもう、それが今のミナトの気持ちであった。
「俺は現実世界で死んだわけじゃあないし、なんなら、出口を目指して走ってたはず。光が見えたと思ったらここに繋がっていた。……って、夢にしては随分よく思い出せるぜ」
明晰夢、というやつだろうか。
明晰夢とは確実に夢だとわかり、自分自身の行動をコントロール出来るものだ。
「つーか、こんなの現実にあるわけねぇし、夢なんだったら精一杯やってやるか」
ゲームやアニメを好むミナトにとって、異世界へと迷い込んだ時、どのようにして対処するかは日々の妄想で理解している。
まず最初にすべきは、異世界住人とのコンタクトが可能かどうかを確かめること。
これは今後の行動において最も重要であると言っても過言ではない。
「こんだけ竜車にうろつかれると、見えるものも見えねぇな」
竜車はこの世界で唯一の公共移動手段らしい。車はおろか、バイクや自転車を漕いでいる人も見当たらない。
ともかく、こうじっとしてはいられない。
まずは喋れそうな人を探さなくては。
「喋れそうな人、ってわかるわけねぇか。……物は試しだ。テキトーに話しかけるしかないな」
そう言って周囲を見渡す。が、竜車、竜車、竜車と視線が遮られる。
内心溜息を付いていたとき、前に一頭の竜車が停まっていた。
◆◆◆
「君、こんな所で一人、どうしたんだ?」
一人の男が竜車から顔を覗かせてミナトに声をかけた。
その男の顔立ちは二次元そのものだった。夢にしてはやけにリアルな顔でもある。
そして、その声はミナトをひどく安心させた。
優しく心に寄り添うその声はミナトに手を差し伸べたようだった。
「……ぁんたは?」
初めて声をかけられた相手にその言葉遣いは何なのだと自分で言ってやりたくなったが、今は気にしていられない。
千載一遇のこの好機を逃せば、もう話しかけてくる人などいないはずだ。
そう思い、ただ返答を待った。
「あぁ、挨拶がまだだったな。俺の名前はロマノフ・エンローブ。新鋭団新鋭属長を務めさせてもらってる者だ」
「……新鋭団」
男――ロマノフ・エンローブはそう名乗り竜車を降りると共に、新たな単語をチラつかせた。
新鋭団、きっとこの世界における警察のようなものなのだろう。現に降りてきたロマノフの衣装は、異世界ものでよく見る白いジャケットのようなものに丈の長い白いパンツを履いたものだ。
その容姿と衣装が相まって神々しさすら感じられる。
「そういう君は? 名をなんと言う」
「俺の名前か。そうだな」
ミナトは多くのアニメで学んできた。この自己紹介イベントでしくじると周りからの評価が冷たいものになると。
それにミナトはコミュ力は高いほうという自覚がある。
こう言ったものには慣れていた。
「俺の名前はカサイ・ミナトだ。いろいろあって今困ってんだ、助けてくれると嬉しいのだが……」
自己紹介のついでに少し願望。これはよくあるテクニックで、困っている人を見ると助けたくなる人間の心理を逆手に取ったものだ。
「あぁ、もちろん。ミナト……だったか。珍しい名前だな」
あっさりとお願いに対する了承をもらい、ミズトは内心ハッピーでいっぱいになった。
ミナトという日本の名前は、やはりこの世界では珍しいらしく、ロマノフも興味を持っているのか、ミナトの体を色んな角度から見つめる。
「この服も、髪も、珍しいな。一体どこの国の出身なんだ?」
――来た。恒例イベント発生だ。
異世界系でよくある質問第一位はこれだろう。
この質問はミナトも待っていた。待ち望んでいた。
「俺は……俺は、ここよりずっとずっと東の日本っつー国からやってきた!」
馬鹿である。
こんな異世界に日本という国が存在するはずないし、知るわけもない。
どうせ夢なら。そういう考えがあったからこんな馬鹿な回答が生まれたのだ。
「ニホン……? 聞いたこともないな。それに、これより東に行ってもあるのはフレイムという国だけのはずだが」
「あ、そーっすよねー」
この回答は正直予想出来ていたし、出来ない方がおかしい。
この世界にあるはずのない国名を出してもまともな答えが返ってくるに決まってる。
少しの恥ずかしさを感じて、ミナトは頬をかく。
そうしていると、目の前に手が差し伸べられた。
「困っているのだろう? 簡単にだが、街を案内するぞ」
「あぁ、ありがとう」
ミナトは手を取り、竜車に足を踏み込んだ。
◆◆◆
「それにしても、竜車って速いな」
ミナトはロマノフと共に竜車に乗り、街を見回っていた。
わかったことは、ここはこの国の都市部であること、少し離れた場所に王家の城があることの二つだ。
風を感じた二時間(夢の中で時間がわかるのはおかしいとは思うが)ほど走行していたが、未だ都市部から抜け出せていない。
それほどまでに広大な都市なのだろう。覚えられるか不安だ。
「ミナトは竜車に乗ったことがないのか?」
ミナトの竜車への感想に、ロマノフが質問を重ねる。
「あぁ、憧れてはいたんだが」
ゲームの世界で誰しも一回は憧れるだろうドラゴン。その背中に乗ってドライブできるというこの竜車には高揚感を隠しきれない。
風を感じ、ロマノフと談笑を続けていると、突然竜車を率いる地竜が動きを止めた。
突然のブレーキにミナトもロマノフも体勢を崩す。
竜車が動きを停めた原因は簡単だった。
「てめぇら降りろ。死にたくなけりゃあな」
剣を突き出しそう言い放つ男を他所に、ロマノフは静かに柄を握りしめた。




