愛と憎しみは紙一重
目の前で微笑む彼女は、明らかにマリで間違いない
姿形も彼女そっくりで、違うのは俺に向けるその甘い瞳だけ。
マリは目の前まで来ると、俺の耳元でそっと囁いてくる
『どうして、私だけをみてくれないの?』
私は、了をこんなにも、愛しているのに。
彼女が囁いた言葉が、何度も、何度も頭の中に響き繰り返される。
どうして、どうして、どうして!!
段々と、怒りを含んだ声に耳が痛くなり、両手で耳を押さえてみたものの、マリの声は耳から聞こえるのではなく、頭の中から聞こえてくる。
私を見て、私を見て私だけを見てよ!
呪文の様に頭に浮かぶマリの声に、頭を振るけれど声は一向に止んでくれない
「やめろ、違う。俺は…」
「違う?」
気がつけば、いつの間にか俺の目の前に来た、百合香は、座り込む俺の前に屈むと、表情を変えることなく、俺の頬を白く細い手が包み込んだ。
ひんやりとした彼女の手に、一瞬目を細めれば、彼女の赤い瞳が俺を捉える。
「目を開けて」
こっちを見て、その言葉がマリと重なり、一瞬だけヒュと息が止まった。
鮮やかな赤い瞳に凝視され、耳元では浮気者と何度も囁かれて、何も考えられない
「君の、愛する人を見せて」
そう言って、俺の瞳の中を見つめる百合香は、先ほどから彼女の隣に立ち尽くし、俺を怒りの表情で睨むマリが見えるのだろうか
「君は、犬山マリが好きなんだ?」
「や、めろ」
マリだと知った彼女は、急にパッと手を離し、もう興味がなくなったのだと理解した
「本当は殺したい所だけど、姉さんが安定期に入るまでは、殺生は禁止だっていうから…トドメは刺さないよ」
「じゃ、なん、で」
何で、ここを奪う?
「それは、君達が悪いんだよ。あんこを誘拐なんてするから」
「ゆ、かい?」
百合香の意味のわからない言葉と、先ほどからずっと俺に、話しかけるマリの声で、頭がパンクしそうだ
あんこを誘拐なんてしていないし、俺は知らない
百合香は勘違いをしている
「約束を破ったのは君達、…でもその様子じゃ、あんこを誘拐したのは知らない?まぁ、君が知らないなら、他の人に聞くからいい」
「なに、いって、」
「私達は、あんこを取り返しに来ただけ、それと約束を破ったから東山は返してもらうね」
「…っ、」
「今回は、血薬が先か、それとも気がおかしくなって、死ぬのが先か…」
どっちだろうね?
百合香の声と同時にマリの、悲痛な叫びが頭を埋め尽くし、彼女が何を言っているのか正直理解できていない。
もう、この声を消したくて、右手に掴んだ刀を思い切り自分の右足に突き刺した
ザシュ!と音が聞こえ、激しい痛みと共に大量の血が流れれば、ほんの一瞬だけ声が止んだ気がした。
けれど視界には、変わらず俺を見つめるマリがいて、俺の傷口を見ると、それは嬉しそうに微笑んだ
『もっと、血を流して』
そうだ、思い出した。この幻覚は血を流せば流すほど、彼女の声が大人しくなる
そして、完全に声が静かになった時は、枯渇して死ぬのだ。なんて、残酷な能力なのだろうか
たしか、あの時もこうやって突き刺した気がする
ただ、運がいいことに、ハンドガンは向かい側の麓に落としてきたため、頭を撃って即死にはならないだろう
けれど、この声に耐えられなくなれば、自ら刀を胸に突き刺すことになる
未だに止むことのないマリの声と、無意識に震える手で、もう一度自身の右足へ切先を向けた
その瞬間、バァン!と激しい銃声音が聞こえ、気がつけば持っていた刀は、ほんの少し先へと弾け飛んだ
「あーあ、残念」
俺を見下げていた百合香は、突然の銃声に俺から距離を取ると、刀を取り出した。
見慣れた姿が視界に入ると、銀色の髪を揺らし百合香の刀を受け止める、透の姿
やっと、来てくれたと思った途端、安堵した俺の首を締め上げる、マリの手
こっちを見て、よそ見しないで、そう何度も繰り返す彼女の表情は、嫉妬と憎しみで溢れている
幻覚だから、苦しくはないけれど傷の痛みで冷や汗は止まらず、息苦しさで呼吸がしづらい
突然、肩を揺らされ、寝ないでと声をかけられ小さな返事を返せば、ぺちぺちと頬に触れる天明の手
穏やかな声に、意識を保てば、注射器を持った天明は、素早く腕に針を刺した
「ごめん、待たせたネ…今、解毒剤打つから、もう大丈夫だヨ」
ちくりと、腕に小さな痛みが走ったと思えば、マリの声が、段々と小さくなって消えていく
「僕の声、聞こえる?」
「はっ、き、聞こえます!危機一髪っす、マジで…」
完全に、マリの声が聞こえなくなったのを確認してから、周りを見渡すが、さっきまでのマリの姿はもう、どこにも見当たらない。
「うん、間に合ってよかった。とりあえず透が百合香の相手をしてるから、その間に鉄分とって傷を治してヨ」
「はい、」
「周りの眷属は全員片付けたけど、狼は百合香1人だけ?」
「今のところは、彼女だけっすね」
「わかった、じゃあ後は、僕が相手する」
「わかりました!」
「あぁ、そうだ。誰が見えたのか、後で教えてネ」
「…え、」
幻覚が無くなり、ホッとしたのも束の間、天明の最後の言葉に、顔が引き攣った。
双剣を手に、背中を向けた天明を眺め、大木に背中を預けながら、どう誤魔化そうか必死に考える羽目になったのだから、やはり、百合香の能力は恐ろしい
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ザーザーと、冷たい雨が幼い私の体を濡らしていく。
車の中は、やけに鉄の匂いが充満して、気持ち悪い
必死にぱぱ、ままと大きな声で叫ぶけれど、どちらも反応せず、いつもの優しい笑みを向けられることもない
誰の声もせず、雨音だけが耳に残り不安だけが私を襲い、目の前が真っ暗になった。
怖い、痛い、寂しい、助けて、誰か…
その瞬間、突然開いた車のドアと真っ赤な瞳で私を見つめる、姿。その姿は何故だかいつも見慣れた王蓮の姿だった。
これは、夢?昔の私と王蓮が一緒にいるなんて、変な組み合わせだ
「えー…そういう事?洗脳の効きが悪いから、不思議だと思ってたんだよね。何だぁ、血薬が入ってるんだね。それも、王蓮の…」
家には帰らず、近くの見知らぬ人間を洗脳して家の中に入り込み、あんこにおぶってもらった海をベットに寝かせた。
さっき、やけに洗脳が効きにくかったのが気になり、今度は濃いめに血を飲ませてから、洗脳で過去の記憶を聞けば、面白いことに昔、彼女は王蓮と出会っていた。
それも、あの血を流さない男が、自らの血を飲ませていたなんて、それだけで海がいかに特別なのかが分かる
僕の能力でしか、誰も知り得ない事実に胸が高鳴り、気分が高揚していく。もう、楽しくてしょうがない
「海、君は龍家の火種になる」
父が言っていた、血薬には傷を治す他にも結びの誓いというものがあると
王蓮が、彼女に血を飲ませたというのならば、純血だけしか認めない龍家、ましてや王蓮に長年想いを寄せる明凛が知ったら、どうなるだろうか?
「狼と鴉をぶつけてから、王蓮達を始末しようと考えてたけど、こっちの方が断然面白そう。計画を変更しなくちゃ」
どうせならなら、面白いものを見たいからね




