狼の能力
王蓮side
ネストに戻り自室の机の上を確認すれば、探していたスマホが目に入った。
すぐに画面を確認すると、猿からの着信が残っており、なんだか妙に落ち着かない
すぐに掛け直せば、電話口でやけに焦った様子の猿の声。震えた声で、海が攫われたと言う猿に一瞬だけ、呼吸をするのを忘れていた。
俺のせいです!と、慌てたように叫ぶ声で我に変えると、小さく息を吐き、呼吸を整えた
とりあえず、落ち着けと声をかけ、居場所を聞けば、此間のパーキングにいると。
今からそこに行くといい、すぐにネストを出れば、タイミングよく、駐車場に車を停める透の姿
そのまま、透の車に乗り込み場所を伝えれば、透は何も言わずに車を走らせた
現場に着くと、車が何台も傷だらけ。酷いものは、真っ二つの状態の車もあり、スパンッと綺麗に切られた車の状態からして、相当腕の立つ相手か、かなり切れ味の良い刀だろう
猿の車を見れば、こちらもフロントガラスが粉々になり、見るも無惨な状態だった
「猿田、大丈夫?」
透は、呆然と立ち尽くす猿に駆け寄ると、怪我はないかと確認していたが、猿はどこも怪我はしていない様で、大人しく頷く。
どこも怪我はしていない、そう言いつつも、猿の足元には血液の跡があり、不思議に思い、首を傾げた
「この血は?」
「俺の血じゃ、ないです…あいつの…、そう!あいつに、海が」
困惑しているのか、正直猿が何を言いたいのかは分からないが、話を聞きつつコンクリートの血痕を指で触るが、もう既に乾いた状態。
ということは、血が流れてから既に時間が経っているのだろう
「これ、海の血?」
「…い、いや、子供の血です」
「子供?」
「はい、それと…、餅月あんこもいました」
「あんこ?」
猿から出てきた名前は、ここには普段来るはずがない、餅月あんこの名前。
しかしこの刀の使い方ならば、餅月と言われてすぐに納得した。切れ味はいいが、どれも雑だからだ。
相変わらず、力任せに振るっているのだろうことが分かる。
餅月あんこは狼のメンバーであり、狼の門番。そんな奴が、こんな所に来る事自体が、おかしい
「人間が嫌いなあんこが、こんな所まで来るはずが…」
1番、彼女の性格を理解している透は、困惑した様子で、ひどい有様のパーキングを見ていた。
透が驚くのも無理はない、人間嫌いな従姉妹がこんな場所に、自ら来るはずがないのだ。
ましてや、海に興味が湧くほど特異体質に興味も、理解もないはず
「…で、その子供って?」
「エデンって言う子供です。あの餅月がやけに大人しく言う事を聞いてたんで、たぶん、洗脳されてるんだと思います」
「…お前は?なんかされなかった?」
「はい。…俺は、気がついたらこの状態っす…、あいつを守れなくて、…本当に、不甲斐ないです」
「…だったら、海を連れ戻す事を考えろ」
不甲斐ないといいつつ、落ち込んでいては海を連れ戻すことはできない
ただ、エデンだけじゃなく、狼も絡んでいるなら、海を連れ戻すにしても、そう簡単には行かないはずだ
俺たちの会話を黙って聞いていた透は、プルルルと着信が鳴ると、スマホを手に少し離れると、暫くして帰ってきた。
しかし、どこか不安な表情を浮かべており、言い辛そうに、口を開く。
「社長、東山に狼が来たと、鳥居から連絡が…」
何となく、予想はしていた。
しかし、隠岐の妊娠で縄張り争いは縁起が悪い、なんて言っていた筈の、狼自ら、東山に来たとなると、ただの話し合いではないだろう
「あー…透、俺らをネストに送ったら、鳥居の援護に向かって」
「はい、承知いたしました」
ネストに到着し、透はすぐに鳥居の援護に向かい、ネストにいた風太郎、天明、に軽く事情を説明すれば、海を可愛がっている2人は、すぐに海を助けに行くと目が血走っていた。
場所が分からないのに、どこに行くんだと、冷静に言えば、2人は大人しく俺の話に耳を傾けた。
とりあえず、猿が洗脳されていないか調べるように天明に言えば、頷いたものの、一緒にいたのに海を守れなかった猿に詰め寄る
「どういうこと?お前はなにしてたの!」
普段から穏やかな天明が、声を張り上げお前と、猿に怒鳴る姿は、正直初めて見た
それほど、天明が海の事を大事にしていた事は知っていたが、これは予想していなかった
「天明、こいつを責めても海は帰ってこないよ」
「王蓮っ!!どうして冷静にしていられるの?!もしも、海に何かあったらどうするんだ!」
「ちょ、天明、待って。落ち着いて」
珍しく、目を吊り上げこちらへ迫る天明を、慌てて止める風太郎だが、天明の怒りは中々治らない
「うるさいよ!僕は、海が連れ去られたのに、王蓮みたいに落ち着いてなんていられない!」
「──誰が、落ち着いてるって?」
勢いで出た、天明のこの言葉には、先程からグッと押さえていた感情が、一瞬だけ溢れ出た。
たかが、小娘1人に何でこんなにも胸が騒めくのか分からない。
天明の言い分もよく理解できるが、俺が落ち着いているのならば、今すぐにでも、狼の元へ乗り込もうなどと、馬鹿な真似は考えない
「…ごめん。言いすぎた」
「天明の気持ちはわかるよ、俺も今回は流石に許せない。王蓮も、そうでしょう?」
「…俺は、今から狼のアジトに行く。天明は猿の様子を確認して、ネストの守りを固めて」
「分かった」
「風太郎は、変わらず死人が縄張りに踏み込む前に消して。手薄になった今を、必ず白蛇は狙ってくる」
「うん、死人は任せてよ」
海の、特異体質の血を狙ったのだろうが、あいつはもう鴉の一員だ
あいつに手を出すのは、鴉に手を出したも同然。
もし、これで海が死にでもしたら、俺は迷わずエデンというガキを殺すだろう。
それが、いくら友人の息子であれ、許されることではない
グツグツと、この湧き出る怒りを収めるべく、先程吸い損ねた煙草を取り出すと、すぐに火をつけた。
一服し、ほんの少し落ち着いた所で、武器庫に行き、久々に龍の模様が入った銀の刀を手に、愛用のリボルバーと弾を持って、武器庫から出れば、相変わらずいけすかない顔の、夜野鈴と出会した。
「え、今日なんかあんの?やけに騒がしいけど…」
何も知らない能天気な鈴に、いつも通りここを彷徨くのはやめろと忠告するが、なんでよ?と全く言う事を聞く気はない
一応、洗脳も抜けアダムの姪っ子という事で黙ってはいたが、やはり気に入らないガキだ
部屋に戻って出てくるなと伝えるが、鈴は目を三角にして言い返してくる
「はぁ?私アウトドア派なんですけど?」
そう言う意味ではないのだが、話の通じない奴に何を言っても一緒だろう
大体、年上に対しての話し方もなっていないのだから、終わっている
「…はぁ、お前に構ってる暇はないから」
こいつに構うより、早く海の居場所を見つける方が先だ、あんこに連れ去られたと言っていたから、まずは、狼の様子を見て、海について聞くしかない
ギャンギャン、うるさい鈴をスルーして、スタスタとエレベーターまで歩いていれば、ぶるぶると突然振動するスマホ。
画面を見れば、着信は鳥居からで、すぐに応答すれば、焦った様子の鳥居の声
『ボスっ!!!やぁばいっす!狼の眷族はやったんですけど…隠岐百合香が来ました!』
隠岐百合香、あの女が来ているとなると、狼は確実に話し合いではなく、東山を取り返しに来ていると言うことだろう
「今、そっちに透が向かってる。とりあえず、耐えろ」
『うーわー、無茶言わないでくださいよぉ。…一応確認っすけど、薬ってまだあります?』
鳥居が言う薬は、隠岐百合香の能力の解毒剤、血薬だ。
隠岐藤子の妹の百合香は、俺らと同じ能力者であり、洗脳とは違い、人を惑わせる幻覚を扱う
刀に塗られた真っ赤な血が、ほんの少しの小さな傷口から体内に入れば、自分が最も愛する人が現れる、そしてその愛するものが自分を殺しに来るのだ、永遠に。
妹とは別に、姉の隠岐藤子は、愛する者ではなく、最も恐れる者が現れ、弟は死んだ者が現れる。
それぞれ幻覚を見せる人物が違い、一度この幻覚にかかって終えば、自分が命を絶つまでは、決して消えない
そして、段々正気を失い、最後には気が狂ってしまう。
「…天明に持たせたら、すぐにそっちに向かわせる
る」
一度、鳥居は隠岐百合香の幻覚にかかった経験がある。
その時に見た愛する人は、付き合っている彼女だったらしく、ずっと追いかけて襲ってくるのだとか。
彼女の囁く声が耳から離れず、頭に拳銃を撃ち込もうとする鳥居を助けたのが、天明が作った安定剤と混ぜた血薬
この、解毒剤のおかげで助かったからか、鳥居はそれ以来、その解毒剤がないと隠岐とは争いたくないと言うほど。
正直、そんなものは効かない俺には、幻覚などたいしたことではない。
東山も気になるが、俺でなくとも、薬と一緒に天明を向かわせれば何とかなるだろう。
そう伝えると、鳥居は安心したのか、お願いしますと、力強い返事が返ってきた。
ネストは、手の空いた玲に任せればいいだろう
「幻覚ってことは狼?あんたたち何やってんの?エデンを捕まえるのが先でしょ??」
いつのまにか、側に来ていた鈴は電話の内容を聞いていたのだろう。
ずっと、なんで?エデンは?と、しつこく聞いてくる。
「そのエデンが仕組んだ事だ。…まぁ、やり合う気がなかった相手がその気になったんなら、こっちは好都合だけど」
元々、乗り込もうとしていたのを狼から東山をもらった事で止めたのだ、しかし、相手から牙を剥かれれば、こちらは喜んで買うしかない
「…エデンが狼を洗脳してたらどうすんの?相手は純血、甘く見てたらやられるよ」
エデンが、狼を洗脳していようが、そんなことはどうだっていい
ただ、単純に鴉に手を出し、海を連れ去ったのが許せないだけ。
それと、今の鈴の言葉はどうしても、聞き捨てならない。
「お前、誰に向かって言ってる?」




