胸騒ぎ
洗脳された奴がいる、そう言っていた王蓮の言葉が、不意に頭をよぎった。
それが、身近で、最も近しい存在だと知った時、人は息が止まるほどの、喪失感に襲われる
「きょ、強ちゃん…??」
別人の様に、冷たい目をした彼は、いつものおちゃらけた様子は一切なく、私へ銃口を構えたまま。
今まで私に向けたことのない、冷たい表情に全身から血の気が引いていく
「驚いた?お兄さんはね、ずっと僕に情報をくれてたんだぁ。もちろん、お姉さんの事もいつも教えてくれてたよ」
隣でちょこんと佇む少年は、隣の猿田を見ると、口元に弧を描いた。
見た目は普通の幼い少年なのに、どこか恐ろしさを感じる
「強ちゃんは、そんなこと…」
「…あ〜、認めたくない気持ちはわかるよ。でも、事実なんだよなぁ。実際、こうやって君に銃口を向けているのは、猿田強士郎でしょ?」
この幼い子供が、洗脳という能力を使い、猿田を操っているのだと理解はした、けれど、どうしてこんな事をするのかは、全く理解ができない
「それは、」
「まぁ、僕が洗脳しているからなんだけどね」
そう言って、あははと楽しげに笑い出す少年は、全く悪びれる様子はなく、寧ろ楽しんでいるように見える
「洗脳って、すごいでしょう?なんでも出来るんだ。それと同時に、なんでも知ることができる、例えばぁ…、海の叔母さんの事とかもね」
「!?お、叔母さんに手を出したら、ゆるさない!」
流石に油断していた、叔母さんの事までも知り尽くしている少年は、私の声に耳を塞いだ
急に大きな声を出さないで、と迷惑そうにしているが、今はそれどころではない
もし、叔母に何かされたらいくら私でも黙ってはいない。
私のたった1人の家族を、洗脳などという彼の遊びに巻き込むのは、迷惑だ。
「わぁ〜!そんなに怒らないでよぉ。だったら、僕の言う事を聞いて?そしたら、叔母さんはもちろん、君にも酷い事をしないから」
「強ちゃんの、洗脳も解いて」
「君が僕の所に来てくれるなら、解いてあげるし、殺しもしないよ」
なぜ、私なのか分からない。
けれど、私が少年について行けば、叔母はもちろん、猿田にも手を出さないなら、
「約束して」
「うん、約束するよ。じゃあ『あんこ、海を連れて帰ろう』」
「はい、エデン様」
後ろで確かに、お腹を抑え悶えていたはずのあんこは、エデンの言葉ひとつで、何事もなかった様に立ち上がると、私の腕をぐいっと力強く掴んだ
ほんの一瞬、その痛みに顔を歪めれば、優しくしてよとエデンに注意されるあんこ
ちらりとあんこに視線を移すと、先ほどまで表情豊かだったあんこは、淡々とした表情を浮かべ、返事を返した
エデンの元まで連れられると、あたりは先ほど香った、甘い血の香りが充満していた
てっきり、猿田の血かと思っていたけれど、よく見れば、エデンの腕からポタポタとながれる、真っ赤な血液
やけに甘そうな血の匂いに、喉がこくんと音を鳴らしたのは、しょうがない
「うーん、効きが悪いなぁ」
そういうと、エデンは小型ナイフを取り出すと、私の目の前で自身の腕に向かって、刃を立てた
ツー…と傷から赤い血が流れ出すと、更に血の甘い香りが濃くなり、ポタポタと滴り落ちる血から目が離せない
クラクラと、急な眩暈がして足元をふらつかせれば、あんこに腕を引っ張られた
『眠れ』
不意に、頭に響くエデンの言葉に、私の意識はすぐに途絶えた。
□□□
「カァー、カァー」
やけに鳴く、カラスの声に、屋上で一服しようとしていた煙草を、胸ポケットに戻した
足元では、鳥居が拾ってきた大きな犬が鹿の角をガリガリと噛んでおり、頭上で飛び回るカラスには見向きもしない
落ち着きのないカラスに、腕を出せば、バサバサと音を立て、上手く俺の腕に止まった
「騒がしいな」
いつもは、大人しいカラスは今日は忙しなく、うるさい。
それに加え、一羽だけでなく数匹のカラスが先程から周りをぐるぐると周回しており、なにかあるのは間違いない。
腕に止まるカラスの、真っ黒な黒目をじっと見つめれば、こちらへ何かを訴えている様に見えて、なんだか胸騒ぎがした。
天明に連絡しようとスマホを探すが、どこにも見渡らず、仕方なく腕からカラスをどかし、一服することなく屋上の階段を降りれば、待ってとばかりに鹿の角を咥えたまま、追いかけてくる夜
「お前もくるの?」
いつもの様に、足に体をすり寄せてくる夜の頭を撫でれば、返事をするかの様に、夜は尻尾を振った。




