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内定先は、転生協会死神課です。  作者: とど
番外編 ※File XX:本編後のお話
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File XX 幸せな夢を見ました(後)

 足首までのローブを翻して、手を無くして混乱している悪霊にあっという間に迫ってその腹に踵を叩き込むと、先輩も同時に数体纏めて悪霊を壁に叩き付ける。重たいローブを着ているというのに、先ほど逃げていた時とは比べものにならないくらい体が軽い。



「ところでその格好はどうした」

「先輩が居なくなった後に色々とあったんですよ」



 呑気に会話をしながらも体は止まらない。血塗れの少女が白目を剥いてパレットナイフを振り回して来るのを、その腕を掴んで他の悪霊に向かってぶん投げる。と、その直後視界の端から尖った鉛筆が眼球目掛けて飛んできた。



「まだ甘い。俺が居なくなった後さぼってたんじゃないだろうな」



 しかしそれは即座に先輩によって弾かれる。私はそれを確認しながら、彼の背後から彫刻刀を振り上げる少年に向かって、弾かれた鉛筆をキャッチしてそれを眉間に勢いよく投げた。



「そういう先輩こそ、私よりもブランクがあるんですから休んでもらってもいいんですよ?」



 悪霊の悲鳴をBGMににやりと笑ってみせると、即座に調子に乗るなと叩かれた。







 □ □ □ □ □







「さーて、これで全滅ですね」



 あっという間に悪霊を制圧し終えたが、鎌が無いため回収が出来ずに多くの悪霊がぐったりと床に転がって弱々しくうめき声を上げている。



「……で、どうしてこうなったんですかね」



 落ち着いた所で改めて状況を振り返ってみる。……が、普通に考えておかしな事ばかりである。今の私……私達の姿は以前の死神の頃と同じで、更に言えば封印されているはずの記憶は完全に戻っている。どういうことだ。

 先輩を見上げると、彼は腕を組んで少し考えるようにした後口を開いた。



「生きている人間が悪霊によって異界に魂を取り込まれる。死神だった頃にそういう案件は何度かあっただろう」

「私達が今その状態ってことは……あれ、気付かないうちに体から魂抜けてます? 今幽体離脱してる?」

「そうだ。器から魂が放り出され、そしてたった今死にかけた。恐らくそれによって、生き残る為に無理矢理封印されていた記憶を引き摺り出したんだろう」

「生存本能ってやつですね」



 確かに思い出さなければ、そして以前の自分を取り戻さなければ今頃ノコギリで喉を切られて死んでいただろう。本当に危なかった……。



「まあ、とりあえず。お久しぶりです、先輩」

「……ああ」



 真っ黒なフードの影から無表情の鋭い視線が落ちてくる。それが無性に懐かしくて、私は少しだけ震えた手で先輩の袖を掴んだ。



「どうです、先輩。私、ちゃんと追いかけて……捕まえてやりましたよ?」



 せっかく自慢げな顔をしたというのに、涙腺が緩んで先輩の腕に額を押しつける。すると彼は、無言のままもう片方の手で私の頭を引き寄せた。

 先輩が居なくなってからの三十年、ずっと立ち止まらないように走って走って、追いかけ続けた。そして生まれ変わってからも、覚えてもいない彼をひたすら求めて……そして自分でも気付かないうちに、彼に追いついていた。


 私は先輩の腕から顔を離すと、乱暴に袖で顔を拭って笑いながら彼を見上げる。



「というか先輩、変わらなさ過ぎでは? 人間でもあんなに足が速いとかやっぱおかしいですね」

「お前だってすぐに調子に乗る所も減らず口を叩く所もちっとも変わらんな」

「まあ私なんでしょうがないです」

「開き直るな。……それと、俺達の記憶が戻ったのは一時的なものだろうな」

「え?」

「幽体離脱していた時の記憶は基本的に曖昧で夢のような認識だと聞く。器に魂が戻れば今の記憶はまた無くなるはずだ」

「……あー、幽体離脱ってことは、そうですよね。課長もそんなこと言ってましたし」

「そもそもそう簡単に封印していた記憶が戻るはずがない。そうであれば今頃協会は多くの人間に存在を知られていてもおかしくないし、もっとそれを問題視しているはずだ」

「それは確かに」



 協会の、そして死神の存在を生きている人間に知られないようにする為に、課長は人間界の事件に関わるなと口にしていた。……まあ結局あの例の事件の時はその忠告も無視した訳だが。だからこそ、記憶の封印が解けるような事例があればもっと深刻な問題になっているはずである。


 この場に課長が居れば、一時的にでも死神の記憶を無理矢理戻してしまった時点で「お前らホントに規格外だな!?」と叫ばれそうな気がする。……あれ、そういえばこの前課長に会ったような……あの人人間界まで来て何やってるんだ。



「……なら、覚えているうちに言いたいことは言いますね。……先輩」

「何だ」

「初めて会った時、助けてくれてありがとうございました」

「……」

「うっかりまた死んじゃう所でした」

「うっかりで済ますな」

「何かと電車とは嫌な縁がありますよねえ」



 過ぎたことなので軽く言っているが、あの時先輩が居なければ私はまた朱理だった頃と同じように死んでいたのだ。先輩と一緒の学校に通ったり、こうして一時的だとしても記憶を取り戻して再会することもできなかった。



「それと――」



 私が言い掛けた途端、突如ぶわっと近くの空間が歪む感覚を覚えた。

 まだ何か来るのか。そう思い警戒しながら先輩と共にそちらを見ると、不意に歪んだ空間から二つの人影が現れる。そしてそのうちの一人は、私にとって懐かしい見覚えのある顔であった。



「あ、ユキ君」

「は……シュリ先輩!? え!?」



 異界を鎌で切り裂くようにして現れたのは、私の後輩であるユキ君だった。そして彼の後ろには高校生くらいの見た目の少女がきょとんとした表情を浮かべている。恐らくユキ君の新しいパートナーだろう。



「……死神か。来るのが遅い、さっさと魂を回収しろ」

「え? え? あ、はい……」



 いきなり見知らぬ男に偉そうに命令されて困惑している様子のユキ君は、戸惑いながらも動き始める。「なんでこんなに死屍累々……」と呟きながら床に転がっている悪霊の少年少女をパートナーの女の子と共に鎌で回収していき、全て回収し終えた所で改まった様子で私を振り返った。



「……あの、本当にシュリ先輩なんですか」

「うん、久しぶりだね。何か生まれ変わった後色々あって死にかけたら記憶が戻ってこうなったというか」

「全然意味分かりませんよ!?」



 アバウトに説明するとユキ君が頭を抱えてしまった。パートナーをしていた時もこういう姿をよく見た気がする。

 ユキ君は真面目だからなあ、と呑気に考えていると、急に彼を押しのけるようにして死神の女の子が興奮した様子で私の前に飛び出して来た。



「あの! 私ユカって言います! シュリ先輩ってあのシュリ先輩ですよね!? ユキ先輩から色々聞いて、私ファンなんです!」

「ふぁ、ファンて……」



 すごい、私知らないうちにファンができてた……。



「ところでシュリ先輩、もしかしなくてもこっちの人は……」

「ああうん、シン先輩」

「あの!? 先輩と課長がさんざん無茶苦茶言ってた、あの!?」

「……シュリ貴様、また何か余計なことを言ったのか」

「余計なことは言ってないですよ、事実をありのまま……つまり先輩の無茶苦茶な常識外れな話題しか話してませ、ったあ!?」

「うわ、今頭を叩く手の動き全然見えなかった……やっぱり噂通りのすごい人だ……」

「ユキ君感心してないでいいから!」



 若干引き気味ながら感心するユキ君と、「流石先輩の先輩の先輩!」とキラキラした目をしているユカちゃん。……二人とも、叩かれた私を労るとかないのか……。


 

「まあとにかく、先輩が無事で何よりです。……いや無事でよかったんですけど、普通は悪霊に素手で立ち向かうとかおかしいですからね?」



 ユキ君が呆れたようにそう言ったところで、ふっと周りの景色が揺らぎ始める。元凶である悪霊の魂を回収した為、異界が崩壊し始めたのだ。

 それを確認すると、ユキ君達は「それじゃあ俺達はこれで」と軽く私達に会釈した。



「二人とも仕事頑張ってね。課長にもよろしく」

「はい、先輩方もお元気で」

「私、シュリ先輩みたいになれるように頑張りますね!」



 力強く宣言してぶんぶんこちらに手を振るユカちゃんと、そんな彼女を「もう行くぞ」とずるずる引っ張って行ったユキ君を見送る。大丈夫だとは思っていたが実際にちゃんと先輩としてユキ君が頑張っているところを見ると安心した。


 二人の姿が完全に消えると、ちょうどその時何となく体がどこかへ引っ張られるような感覚を覚えた。異界から解放されて自由になった為、きっと元の体が呼んでいるのだろう。

 無事に元に戻れそうだ。だけど、まだ先ほど言い掛けて先輩に伝えていないことがある。


「先輩、さっき言い掛けたことですけど……」



 先輩が振り向くと同時に、私は勢いよく彼の胸に飛び込み強く抱きしめた。



「先輩、大好きです!」

「っおい……」

「とりあえず言える時に言っておこうと思いまして」



 樹里では、まだそんな言葉は言える度胸がないから。だから今のうちに言っておく。

 そう思いながら久しぶりの先輩に抱きついていると、頭の上から大きなため息が聞こえるのと同時に両肩を掴まれた。



「シュリ」



 名前を呼ばれて顔を上げると、頭を覆っていた大きな黒いフードが後ろに落とされた。そしてすぐに近付いて来る先輩の顔に、私も大人しく目を閉じる。



「……言葉は」

「ん?」

「その言葉の返事は、いずれあれから貰え」



 唇が離れると、先輩は妙に不機嫌そうな声色を作って淡々とそう言った。そしてそれを聞いた私は「未来の自分に丸投げですか?」と少し呆れて笑ってしまった。



「ま、記憶がないとはいえ結局先輩ですからね。気長に待つことにしますよ。……あ」



 不意に、抱きしめていた腕が空を切った。体が半透明になり、どんどん元の体に引っ張られる感覚が強くなる。……もうすぐに、シュリであった時の記憶はまた無くなる。

 しかしそれを悲しいと思う気持ちは殆ど無かった。だって今度は以前とは違う、記憶がなかろうとこれからも一緒に過ごせる。



「それじゃあ先輩、また後で」

「ああ」



 だから私は、半透明になった先輩に笑いながら至極軽い言葉を投げた。 







 □ □ □ □ □







 目を開けると、酷く眩しい白い光が目を刺激した。



「……んん?」



 妙に重たい体を起こして辺りを見回すが、そこはどこかの病室のようだった。腕には点滴が刺さっており、私は状況が理解出来ずにまだ夢心地のままぼんやりとする。


 何かの夢を見ていた。具体的にどんな夢だったかははっきりとしないけど、それでもすごく幸せな夢だったのは確かだ。

 まだその夢に浸っていたくて、起こしていた体をベッドに戻して目を閉じる。もしかしたら寝たら続きが見られるかもしれない。そう思って再び眠りに着こうとした所、突如勢い良く部屋の扉が開き、思わず「ふあっ!?」と声を上げて飛び起きた。



「……なんだ、起きていたのか」

「せ、先輩」



 ずかずかと無遠慮に部屋の中に入ってきたのは、何故か入院患者が着るような服を着た先輩だった。すごいミスマッチだ、滅茶苦茶似合っていない。



「何ですかその格好……っていうかなんで私今此処に……?」

「まだ医者から話を聞いていないのか。俺達は合宿中に意識を失って、丸一日以上目覚めなかったらしい」

「は?」

「俺もついさっき起きたばかりだ」



 合宿……そうだ、私は部活の合宿に行っていた。それで一日目に練習をしてから肝試しをすることになって……そこからの記憶がない。


 私、一体どうやって倒れたんだ。何か病気なのかとも思うけど、先輩も一緒に倒れたのならまた別の理由だったのか。

 何も思い出せずにうーん、と唸って先輩を見上げる。しかしホントに面白いくらい似合わないな、先輩の服。少し明るめの薄い青色だが、本来病気の人間が着るだけあって妙に儚く見えて本人とのギャップが酷い。

 先輩はもっとはっきりとした色が似合う。例えば黒とか……うん、黒だな。すごくしっくりくるような――。



「あ」



 その瞬間、私の頭の中に先ほどの夢の断片が過ぎり、思い切りベッドから転がり落ちた。おまけにその拍子に点滴が腕から抜け、ぎゃあ! と悲鳴を上げてしまった。



「何をやっている、相変わらず騒がしいやつだな」

「な、ななななんでもないです!!」



 ほんの一部分だったが、滅茶苦茶恥ずかしい夢を見ていたことを思い出した。だってコスプレみたいな服の先輩と……先輩と……! あああああっ! 自分の妄想に耐えられないっ!



 何とか床から這い上がってベッド越しに恐る恐る先輩を見上げると、彼はいつも通り偉そうに腕を組んで呆れたようにこちらを見下ろしている。

 ……僅かに口角が上がったその表情は、どこか楽しげにも見えた。



「……何か、先輩機嫌良さそうですね」

「そう見えるのか」

「はい、何かあったんですか?」

「別に大したことじゃない……が、そうだな。ただ」



 先輩は私を見下ろしたまま、今度こそ気のせいじゃなくふっとほんの少しだけ笑みを浮かべた。



「少し、いい夢を見ただけだ」


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