探索終了。そして、
空を裂く一線が閃き、人頭獅子躯の魔物、マンティコアが力なく崩れ落ちた。それを成したのはマサヤだ。この場で遭遇した魔物は今のマンティコアで最後。戦闘が終了し、マサヤは剣を振り血を払ってから鞘に収めた。
「マンティコアさんも懐かしく感じちゃいますね〜。このダンジョンに入ってすぐにマンティコアさんの群れと強制バトルでしたっけ」
その様子を眺めながら、エリスが当時の事を思い出しながら語る。突入早々になかなかの激戦を繰り広げたんだっけか。
「だな。こいつらが出てきたって事は出口ももうすぐか」
「うむ、もう目と鼻の先だ。そろそろこのダンジョンとも別れの時が近いな」
ダンジョンの地図を広げるトモエが感慨深く呟いた。恐らく戦闘が発生するのもあと一、二度程度か。
場所は第一階層。ダンジョンに突入してから十九日が経過していた。
帰還する道中はマツリに要求された鍛錬をこなしながらの進行だった為に、マッピングをしながら進んできた探索時と同じくらいの時間をかけてここまで来た。それでも最初に予定していたダンジョン攻略期間よりもかなり早い脱出だ。
サーグラ国への会談まで十日以上は空いてしまっているが、時間ギリギリに帰還してしまうような事態よりは遥かにマシだ。その期間中は何をして過ごそうか。帰りの馬車で皆と話し合う事にしよう。
「みんな実力もそこそこ上がっているんじゃない? 私としてはもう少し実戦での鍛錬を続けてもいいと思うけど」
「あんだけさせといてまだ足りねーってのかよ!?」
黒騎士の腕に座りながら皆に鍛錬を強要してきたマツリの発言に悲鳴をあげるマサヤ。というか、全員がきっとマサヤと同じ気持ちだろう。帰還する道程での鍛錬は本当に過酷だった。そのうえようやく慣れ始めたという頃合いを見計らって、マツリは鍛錬の内容を変更したり、より厳しい内容に強化してきたりと、余裕を持てる機会が全くない日々だったのだ。鬼だよこの幼女。
「フフッ、でも成果はあったでしょう? あなたの動きも見違えたわよ?」
「んー、まあ確かにそうだけどよー」
苦々しい態度を見せるマサヤに笑みを向けるマツリ。今日でダンジョンを出ると決めてからは鍛錬内容の行動制限を一切やめて戦闘を行なっている。先のマンティコアとの戦闘も皆、本来の実力で挑んでいた。その動きは確かに、このダンジョンに入ったばかりの時と比べてわかりやすくレベルアップしているのがわかる。マサヤ達が戦闘慣れしてきたという点もあるが、やはりマツリの鍛錬によるところも大きいだろう。
「当初の目的はじゅうぶんに達成できているな。マサヤもトモエも文句なしに強くなってるし、皆との連携も把握できた」
「それ以上にマツリちゃんとユート君を味方に引き入れられた事がいちばんの収獲だけどね。やー、一時はどうなる事かと思ったけど、ジャバウォック討伐もようやく現実味を帯びてきたね」
嬉しそうに語るアユミ。ジャバウォック討伐に挑む為の七人の異界人のうち、味方に引き入れるのが困難だと思われていたマツリを改心させられただけでなく、今まで一向に情報が出て来なかった最後の異界人、ユートまで見つかり仲間にできたのだ。後はサーグラ国で騎士団に入団しているというイサミという人物のみ。準備段階はもうすぐ完了すると見ていいだろう。
「その事だが、やはりサーグラ国近辺に出現したという新たな魔物の話が気になるな」
そんな様子のアユミに、逆にトモエが深刻そうな表情で呟いた。
数日前にアユミが屋敷に帰った時に訪ねて来たというリーフェルト王子様から聞かされた話だ。互いにダンジョン探索中も情報交換を怠らずに続けていたとの事らしい。
バンダースナッチに似た外見だがより小柄で、空を飛び口から溶解液を吐きつけてくるのだそうだ。その魔物の出現によって、サーグラ国の騎士団は手痛い損害を受けたのだとか。
「ジャバウォックが何を考えて新種を生み出したのかは知る由もないが、新たな動きを見せ始めているのは確かだろう。もしかしたら今後もさらなる新種の魔物を生み出してくるやもしれん。極力迅速に手を打ちたいところだ」
「まあね。でも、逆に言えば活発になってくれたらこっちからも見つけやすいって事でしょ? 居場所を捕捉でき次第、決戦だね」
トモエは事態の深刻さを嘆いているが、アユミはあくまでも前向きに考えているようだ。敵の所在が知れない以上後手に回らざるを得ないのは歯がゆいが、発見さえできればこちらのものだ。
「ねぇ、まさかとは思うけど、異界人とシオンの八人だけで挑むつもりなの?」
ジャバウォックについて語る二人に、マツリもその会話に参加してきた。
「んー、見つけた時の状況にもよるけど、最悪その八人で挑む事になるかも?」
「何言ってるのよ。相手は神々でさえ手を焼いた怪物でしょう? 戦力は可能な限り多いほうがいいに決まってるわ」
アユミの考えに違を唱えるマツリ。確かに、いくら神の権能を持つ異界人達とはいえ、絶対に勝利できるとは限らない。マツリの意見は至極真っ当だとは思うが。
「それもそうだけどさ、ジャバウォック、っていうか、この魔物の事はこの世界の人々には伝えられていなかったんだよ? 説明したところで信じてくれると思う?」
「あなた神託の巫女でしょう? 神託だとかって適当にそれらしく理由づければいいじゃないの。そもそも、バンダースナッチを生み出して各地に実害を与えているんだから信憑性はあるに決まってるわ」
アユミの反論に即座に返すマツリ。アユミもそうだが、お前ら神託を何だと思っているんだ。
「俺ら以外にも強そうな奴を募集すんのか? ならフラムさん呼ぼーぜ! 強いんだろ確か!」
「強いっちゃあ強いけど、強制しようとすんなよ。てか、お前はどうせまた下心だろ」
「サーセン」
マサヤの口から懐かしい人物の名が出てきたがともかくとして、そのように実力者を募る事になるのだろうか。マツリらしいというか、目的の為に手段を選ばない彼女ならではの提案だ。
「当たり前だけど、アーヴァタウタ大国内だけで考えないでよね? 西方大陸内全土の国々から実力者を募るのよ」
……その規模もシオンの予想を大きく上回っていた。
「え、や、ちょっと待ってよ。他国に呼びかけるのってボクだよね!? そうそう上手くいくと思ってるの!?」
「どうしても協力しようとしない国があったなら私を呼びなさいよ。すぐに服従させるから」
「いやいやいやいや! 何さり気なく他国を支配しようとしてるんだお前は!? 洗脳は禁止だぞ!」
「別に悪用しているわけではないでしょう? ジャバウォック討伐の為の必要経費よ。大事の前の小事だわ」
「駄目に決まってんだろ! そこまで無理して協力を仰ぐ必要はないからな! そうだろアユミ?」
「……実は名案なんじゃないかな〜なんて思ってたりするんですけど、ダメ?」
「駄目!」
「あー、コホン。皆の衆、盛り上がっているところ悪いが、敵襲だぞ?」
口論に夢中になっていた皆にトモエが注意した。出現したのはまたもや数頭のマンティコア。既にマサヤが接近してきたマンティコアに向かって駆け出していた。
そのマンティコアの向こう側に見えるのは、外へと続く階段の出入り口だ。この戦闘が終われば、ようやくダンジョンから脱出できる。シオンもマサヤに倣って剣を抜き、マンティコアに向かい歩き出した。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「これでこのダンジョンともお別れなんですね……」
襲撃してきたマンティコア達を蹴散らし、ついにここ、ヴァリブトル地下迷宮の出入り口に到着した一行。その出入り口を潜る直前になって急にエリスが振り返り、感慨深げにそこから見える景色を眺めながら呟いた。
皆もつられて振り返る。疎らに木々が生える林が続く第一階層。この地に足を踏み入れたのは、もう十九日も前になる。
「色々ありましたね。長かったような、短かったような……最後になると、ちょっと寂しくなりますね」
エリスの呟きに、シオンもダンジョン内での出来事を思い出し、振り返りながら想いを馳せた。
様々な魔物達。厄介な地形の数々。ひと時の挫折と成長。謎に満ちた最下層。魔族との邂逅。そしてマツリとユートとの決戦……。
「……行こうぜ」
「はい。では、さようなら、ヴァリブトル地下迷宮」
シオンの言葉に頷き、エリスは一度御辞儀をして向き直り、晴れやかな顔つきで出入り口に入って行く皆の後に続く。シオンとエリス達異界人パーティーの、今までで最大の冒険が幕を下ろした。
シオンとエリスが最後尾になり階段を登る。そして暫くして、
「おー! 外だー!」
前方からマサヤの感嘆の声が聞こえてきた。前を登る各々が次々に階段を登りきり、シオンとエリスもそれに続く。
ダンジョンから脱出したその世界は、久しく目にしていなかった晴れ渡る空模様だった。
「探索終了〜。じゃ、ボクは兵士さんに挨拶してくるね〜」
アユミは軽く伸びをしてから皆にそのように断ってから、近くに見える詰所に向かって歩き始めた。伝えてあった探索予定期間よりも早い脱出だが、特に問題はないだろう。
「……ねぇ、面倒な事になってしまう気がするのだけど」
その様子を何気なく見ていると、黒騎士の腕に乗るマツリが不穏な言葉を告げた。いつの間にか彼女は、自らの顔を覆い隠すベールを被っている。詰所を見て自分の能力の影響を受けてしまう他者がいる事に気付いたからだろう。
「面倒な事って、何がだ?」
マツリの発言の意図を読み取れずに聞き返したのはマサヤだった。シオンも今のところその面倒事が思いつかないが。
「……む、確かに。何も言い訳を考えていなかったな」
「あー、もう正直に話しちゃいます? 信じてくれますかね?」
トモエとエリスは気付いたらしく、難しい顔をして相談を始めた。いやいや、その前にシオン達にも説明を……。
と、そこで詰所のほうがやけに騒がしくなっている事に気がついた。詰所から出てきた兵士とアユミが何か揉めている。その兵士はシオン達が来た時に対応した壮年の男ではなく、比較的若い兵士だが。
「どういう事ですか? 報告にある人数と違うのですが?」
耳に届いた兵士の発言で、ようやくシオンはその面倒事を理解した。
あー、どうしよ?
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「わかってると思うけどな! 今回は緊急時だったから許可しただけであって……」
「ああもうわかってるわよしつこいわね!」
アーヴァタウタ大国王都へ向かう馬車の中で、マツリに口酸っぱく注意するシオン。それをうんざりした様子で聞き流すマツリ。周りの皆はそれに口出しせずに半笑いだ。
詰所で発生した問題、シオン達のパーティー以外に誰もダンジョンに入っていないにも関わらず、ダンジョン突入前よりも人数が増えてしまっている事を指摘された際、結局誰一人説得できる案が浮かばず、最終的に仕方なくマツリの能力に頼る事になってしまった。つまり、詰所の兵士を洗脳してしまったのだ。思いつく限り最悪の手段ではないか?
「まあまあシオン君、ゴーサインを出したのもボクなんだし、あんまりマツリちゃんを責めないであげてよ。あの兵士さんもきっと多分おそらく大丈夫でしょ」
「全然大丈夫に聞こえねぇ……」
この手段を強行したアユミがシオンを宥める。他に何の手も浮かばなかったのは事実だが、それでもなぁ。
ベールを外したマツリの顔を見た途端に惚けてしまい、言いなりになってしまった兵士を思い出す。今後あの兵士の人生が狂ってしまわない事を祈るばかりだ。
「前もって対策を立てていればどうにかなったやもしれんがなぁ。来た時に我々の対応をした兵士殿とは違う人物であったのだし」
「例えばどんな?」
「そうだな、例えば……ユート氏の鎧の中に三人が入ってやり過ごすというのはどうだ?」
「そんなに入らねーだろ」
「我の事は黒騎士と呼べ」
「ツッコむ所そこじゃねぇだろ……」
そんなこんなで、馬車に揺られながら皆で騒ぐ事小一時間。馬車はようやく我らが拠点、アーヴァタウタ大国王都に到着した。
門での身分確認はアユミが代表して行い、滞りなく通る事ができた。マツリとユートの身分証を要求されたらまたしても問題になってしまう可能性もあったが、冒険者パーティーの探索からの帰還時などはこんなもんだ。久しぶりの王都の門をシオン達を乗せた馬車が潜る。
馬車から降りて歩き始める一行。予定ではアユミとトモエがギルドに報告に行き、シオン達はマツリとユートをアユミの屋敷に案内する予定だ。
しかし、
「なんか、変に騒がしいね?」
街の様子を見たアユミが何気なく呟いた。街中が騒がしいのはいつもの事だが、今日の人々の喧騒は、確かに出発前の記憶にある活気とはどこかが違う気がした。
人々の多くから、不安を抱えた様子が見て取れる。何か事件でもあったのだろうか?
「あの、何かあったんですか? 私達、暫く冒険に出てて今帰ってきたばかりなんですねど」
エリスはすぐに行動に出ていた。近くの街の人に早速事情を聞きに行っている。
「ああ、今朝に回ってきた話なんだが……」
尋ねられた男性は快く答えてくれた。だがその内容は、
「なんでも、サーグラ国が魔物に滅ぼされたらしいんだ」
耳を疑うものだった。




