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精霊憑依 対 神聖魔術。

「……えっちだ……」


 変貌したマツリの姿を見て、エリス、マサヤ、トモエ、アユミ、そしてユートの異界人五人全員が全く同じ感想を呟きやがった。おいこらお前ら。思ったけども。

 マサヤに至っては凝視し過ぎて周囲のゴーレムからの攻撃が危うく直撃してしまうところだった。お前こんな理由でやられたりしたら笑えないぞ。


「フフフッ、そうやって調子に乗っていられるのも今のうちだけよ? ユート、レシオン。エリスの相手は私がするわ。あなた達は各個撃破に努めなさい」


 しかしマツリはそんな大変失礼なエリス達の反応を無視し二人に命令を出した。なんか、羞恥心が薄れていないか?


「……マツリ、その術は間違いなく負担が大きいわ。できるだけ早く決着をつけて」


「ええ、勿論よ」


 その命令に従う前にヴァルキリーは、心配そうにマツリに忠告をする。あの精霊を取り込む術はそれ程までに危険が伴うのか。

 ユートは黙ってマツリから離れ、手にしていた双剣を大剣の形状に変化させながら佇む。あいつはゴーレム軍団を生み出した術者なので無理に戦闘に参加する必要はない故の判断だろう。

 一方ヴァルキリーは……うわっ、こっちに来やがった!?

 接近し剣を振るうヴァルキリーに対し、シオンは回避を優先して対応する。トモエ達からの支援が見込めない今、まともに相手をして勝てる敵ではない。


「駄目ですよマツリちゃん! 人前にそんな素肌を晒しちゃ! あ、でも大事なところは黒いモヤでカバーしてます? ブルーレイでは解禁の流れですね!? 観たい!」


「何処まで巫山戯るつもりかしら。でも、そうねぇ、あなたも剥いて晒したら泣き叫んでくれるかしら?」


「え、や、ちょっ、陵辱とかはあんまり趣味じゃないんですけど〜」


「すぐに激しくイかせてあげるわ!」


「なんか性格まで変わってませんかマツリちゃん!?」


 何やら危ない会話を交わしながら、ついに始まった二人の戦闘。マツリは纏った魔力と同様の色をした、どす黒い魔力の塊をエリスに向けて放つ。高速で迫り来るその魔力の塊を、エリスは普段と同じように防壁魔術を展開するが、防壁が魔力の塊に直撃すると同時に、防壁は塊と似た黒い色に変色し始め、すぐに砕け散ってしまう。

 そして、漆黒の魔力の塊が爆散し、周囲に衝撃波を放った。

 エリスはこれを察知し即座に離れる事でその脅威から免れる。先程マツリが語った通り、闇属性の強力な魔術が相手ではエリスの防御手段は容易く砕かれてしまう。どう見てもエリスが不利だ。


 退避したエリスだが、すぐに地を蹴りその場から離れた。同時に、エリスがそれまで立っていた場所の地面から漆黒の無数のひょろ長い手が伸び虚空を掴んだ。何だあれは。

 目を凝らして見たところ、その黒い手が生えている地面が妙に黒ずんでおり、それはマツリの足元から不自然に伸びる影と繋がっていた。あれも闇属性魔術のひとつなのだろう。


「嫌らしい攻撃ですね。触手プレイとか、見る分には大歓迎ですけど自分がされたくはありませんよ!」


 エリスは変わらず本気かどうか判断しにくい事を言いながら、マツリの放つ魔力の塊や足元から伸びる影を避け離れる。時折無数の手に攻撃魔法を当てて消し飛ばす。今の所対応できているが、エリス自身からマツリに攻撃を仕掛けようとはしていない。エリスなら遠距離だろうと攻撃できるはずだしそんな隙がないようにも見えないが、何を考えているのだろうか?


「フフフッ、的確な判断能力を持つ私自身が、命令を介する事なく自在に精霊の力を扱う。それがどれ程の強さを発揮するかお判りかしら? 召喚魔術は使用できなくなってしまうけれど、有り余る程のこの強さ!その身で体感するといいわ!」


「わー、ノリノリですねマツリちゃん。ラスボスオーラ全開って感じ! でもちょっと負けフラグにも聞こえますよ?」


「言ってなさい……焦れったいわね。なら、これでどうかしら?」


 痺れを切らしたマツリが、自身の足元に今まで以上の量の魔力を送りつける。その魔力は影となり、今まで細い線でしかエリスに迫っていなかった地を這う影が、エリスの足下を覆い尽くす程の範囲に広がった。

 そしてその辺り一面に広がる影から、無数の漆黒の手が生え伸び一斉にエリスに向かう。


「やっ、ちょっ……」


 エリスは咄嗟にそれらを迎撃するが、さすがにこれだけの数の手を捌き切るには至らず、ついにそのうちの一本がエリスの腕を捉えたのを皮切りに、殺到する腕が次々とエリスを掴み身動きを取れなくされてしまう。


「ぬぅ、まずいな」


「くっそ! エリスッ!」


 その様子を目にし焦るトモエとマサヤ。しかし二人はゴーレム達に阻まれ助けに行く事ができない。


「あちらは勝負あったわね。さすがは私のマツリだわ」


 シオンと相対するヴァルキリーもマツリの勝利を確信し呟いた。



 シオンは……。



「ウフフフフフッ……その『影撫』は触れた対象の魔力に侵食し機能を奪う。あなたはもう動く事も魔術を発動させる事もままならないはずよ。どんな気分かしら?」


 エリスを捉え上機嫌になったマツリは、笑いながらその魔術の能力を語りつつ無言で睨み返すエリスに近寄る。無数の漆黒の腕、影撫に縛られたエリスの高さに合わせるように浮き上がり、ねっとりとエリスの頬を撫でる。


「あなたはもう抵抗できない。あなたを助ける人はいない。ウフフッ、無様ね。あんなにも自信たっぷりに私に挑んで来たのに……ねぇ、エリス?」


 マツリは一度言葉を切り、エリスの耳元に唇を寄せ囁く。


「これからあなたを徹底的に辱めてから殺してあげるつもりだけど、どうしてもあなたが助かりたいと言うのなら……私に絶対服従を誓うと言うのなら、今までの事は水に流して助けてあげてもいいのよ? どうかしら? これが最後の警告よ?」


 エリスを撫でながら、身体に自らの手を這わせながら勧誘するマツリ。


 エリスは、


「……やっと……」


「?」


「やっと近付いてくれましたね!」


 絶体絶命を思わせるその状況にはそぐわない宣言とともに、エリスの体内の魔力が放出された。それは先程ヴァルキリーがシオンに対して行った、自らの純粋な魔力を術式の構築も行わず放出するだけのものと同じ。しかしその放たれた魔力は、エリスを捉えていた無数の腕を全てかき消してしまう。

 影撫から解放されたエリスは何が起こったのか理解できていない目の前のマツリの胸に手のひらを押し付けた。


「『浄化魔術ピュリフィケーション』!!」


 そしてエリスがマツリに対して放った魔術は、呪物や紛い物の魂を対象から引き剥がす浄化魔術。第六階層でドラゴンゾンビ等のアンデッドに対して使っていた魔術だ。

 その魔術をその身に受けたマツリは……マツリの背から、弾かれるように漆黒の影のような精霊が飛び出し消えてしまった。マツリの容姿はすぐに元の人間の姿に戻った。身体じゅう、肌に走っていた漆黒の稲妻のような紋様も、身体を纏っていた禍々しい魔力も消え去った。

 どうやら精霊が人間の身体に憑依する現象も、浄化魔術で解除する事が可能らしい。


「そ、んな……なんで……」


 精霊が自身から離れ、浮遊する能力を失ったマツリが重力に引かれて落ち始めるのを、エリスが抱きとめながら着地した。


「この魔術は相手に触れながら発動しないといけませんけど、私から近付こうとしても警戒されちゃうだけですからね。こうしてあえて捕まってマツリちゃんを誘い出したわけですよ。大成功ですね」


「何、言って……そもそも、なんで影撫に捕まっていたのに動けるの……?」


「それは単に、足りなかったからですよ。私の身体に宿っている魔力は、普通の人よりもすごく多いらしいですよ? 上擦りだけの魔力にしか侵食できていませんでしたもの。あれくらいでしたらそんなに影響は受けません」


 エリスは自分の作戦と、マツリの魔術の影響を受けなかった理由を教えた。全てエリスの計算の上だったのだ。


 ……シオンは最初からその事に気付いていた。


 今までエリスとともに戦ってきて、彼女の体捌きや体内魔力の変調等、全て手に取るようにわかっていた。他の者は誰も気付いていなかったようだが、エリスがその気になれば捕らえられた時ももっと抵抗できていたし、影撫の対象の魔力に侵食するという能力もエリスの体内の魔力にそこまで影響を与えていなかった事も。全てエリスの作戦だと気付いていたから、その成り行きを冷静に見守っていられた。もし本当にエリスが危機に瀕していたなら、形振り構わず助けに行っていただろう。


「私の勝ちですね、マツリちゃん」


 自身の腕の中で未だに起こった事が信じられないでいる様子のマツリに、エリスは朗らかに勝利を宣言した。

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