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憑依。

 マサヤの予想外の行動に対処できず、その拳の一撃を兜越しでこそあるがもろに顔面に受けたユート。いくら兜に守られていても、あんな一撃を受けては堪えるだろう。


 ……が、そこでまたもや予想外の事態が発生した。


「は!?」


 殴りつけられたユートの頭が、身体から外れ飛んでいってしまったのだ。

 おいおい嘘だろ!? 首が捥げる程の威力だったのか今の!? いくら怒りに我を忘れていたとはいえ、異界人のうちの一人を殺めてしまったのはまずいだろ!?


 ……だが、シオンはその考えが間違っている事にすぐに気付いた。鎧が纏っている魔力が流動を続けている。その鎧の、失った頭部の奥から、人間の気配を感じ取ったのだ。


「マサヤ! 離れろ! その鎧もゴーレムだ!」


 思い至ったユートの正体を即座に混乱し膠着していたマサヤに伝える。同時に、ユートが手にしている、マサヤの剣を捕らえている大盾がまたもや変形し、双剣となった。解放された自身の剣を素早く奪い取ったマサヤはすぐにユートから距離を置く。


「察しが良いな。最も、我に一撃を与えられた事に敬意を表し、不意打ちはしないつもりだったがな」


 頭部を失ったはずのユートが、それに構わず喋ってみせた。その声はやはり、巨大な鎧の内部から響くように発せられていた。


「何だよこれ!? どういう事か説明してくれよおい!」


「成る程、そういうカラクリだったか!」


 未だに訳がわからないらしく混乱するマサヤと、合点が行った様子のトモエ。トモエは周囲のゴーレムを迎撃しながら解説を始めた。


「ユート氏はあの巨大な鎧を着た大男ではない! 鎧の形を模したゴーレムをその内部で操っていたのだ! ゴーレムの性能を最大限に強化すればマサヤに渡り合える腕力や機動力を発揮できる。卓越した剣技こそ本人の操作技術ではあるが、それならば術者タイプの能力を有しながら高い近接戦闘能力を両立できるというわけだ! 何と素晴らしい発想! 感服したぞ!」


「あー、つまり今まで俺が戦ってたのはロボットで、本人はその中で運転してたって感じか?」


「如何にも! 常識に囚われない面白い趣向だとは思わんかね?」


 興奮気味にユートの行っていた技術を語るトモエ。ロボット、というものはよくわからないが、マサヤもその理屈をようやく理解できたらしい。


「へー、なるほどなー……んあ? するってーと、あの鎧の胴体の所に入ってんだよな? それって結構小さくないと狭すぎんじゃねーの?」


 マサヤは殴り飛ばされた自身の兜を、他のゴーレムに拾ってもらい投げ渡されたのを受け取るユートの、その鎧の体格を眺めながら気付いた事を呟いた。確かにいくらその鎧を模したゴーレムが普通の人に比べてかなりの大きさではあるが、その胴体部分に人が入っているとなると、少なくとも大人では窮屈過ぎる。考えられるとすれば、


「お前、まさかガキなのか!? だっはははは! あんなに偉そうにしてたのに!?」


「黙れ。姿も見てもいないのに決めつける等、愚の骨頂!」


「なら見せてみろよお前の姿をよー!」


「断る。貴様等に我が身を晒す価値などない!」


「どうせ図星だから見せたくねーんだろユートくんよー!」


「うっぜ、テメェマジでぶっ殺してやるからな!」


 ユートの正体を悟ったマサヤが笑いながら挑発する。反応を見る限りその予想は恐らく正しいだろう。てか、口調が素になってるぞユートよ。


「だいたい分かったぜ。つまりお前、マツリの言ってる事を深く考えてなかったんだな? 忠誠だとか言ってんのもカッコつけだろ。自分と同じ世界から来た可愛い女の子の気を引きたかったってところか?」


「黙れ。それ以上の侮辱は許さんぞ貴様!」


「いいや言うぜ。俺は別に誰とも知らねえ野郎が女に騙されてんのなんざ知ったこっちゃねーけどよ、それが世界レベルでやべーってんなら見過ごすわけにはいかねーからな! お前は考えの浅さに付け込まれて利用されてるだけだ! せっかくマツリの洗脳能力が効かねぇってのに何の意味もねーじゃねーか! さっさと目ぇ覚まして……」


「レシオン、行って」


「うおわっ!?」


 ユートを諭そうと語り続けていたマサヤに、マツリの指示を受けたヴァルキリーが迫り剣を振るった。その攻撃を躱しつつ距離を置くマサヤ。その隙にマツリがユートに歩み寄る。


「冷静になって、ユート。あいつの言う事に惑わされないで。正しいのは私達。あいつらが間違っているだけ。そうでしょう?」


 そしてユートに寄り添い身体を密着させながら、蠱惑的な説得を始めるマツリ。傍目にはやはりマサヤが語った通りマツリがユートを惑わしているようにしか見えないが。


「無論だ。この剣はお前の為に振るうと決めた。その誓いがあのような男の言葉等に揺るがされるわけがなかろう」


「……安心したわ、私の黒騎士。頼りにしてるわよ」


 ユートの返答に笑顔を見せるマツリ。その言葉が本心なのか、それともマサヤの言った通り、ユートを利用し続ける為のものなのかまではわからないが、どちらにせよユートを説得してマツリを裏切らせるような事は難しそうだ。


「これ以上遊びに付き合ってあげる事もないわ。確実に勝てる戦術にしましょう」


「うむ、それもそうか……すなわち、数の暴力だな」


 ユートがマツリの提案に頷くやいなや、ヴァルキリーを警戒していたマサヤに、周囲のゴーレム達が大槌を振り上げ迫り始めた。今までユートと交戦していたマサヤにはゴーレムは手を出そうとしなかったというのに。


「なっ、てめぇ! 卑怯だぞこら! まだ決着ついてねーだろ!」


「何を勘違いしている? それらゴーレム兵も我が力の一端也。我と再び刃を交えたくば、全てのゴーレムを打ち倒して見せよ。可能ならばだがな」


 その宣言とともに、より多くのゴーレム達がマサヤに殺到する。マサヤは仕方なくゴーレム達の相手を始めるが、やはり一体一体が生半可ではない強さを持つゴーレム達。隙を見てユートに再度接近する機会は失われてしまった。

 シオンも同様にゴーレム達の相手をさせられている。トモエに至ってはそれに加え、マツリが召喚した精霊達の魔法攻撃までも襲ってきている。このままではユートの宣言通り、圧倒的なまでの数の差によって圧殺されてしまう。

 何か打開策はないか……ゴーレム達からの攻撃を避けながら思案するシオンだが、思いつくはずもなく。千体ものゴーレム全てを殲滅する等、どう考えても不可能だ。術者に接近する事すら難しく、そのうえ術者自身も一際強力なゴーレムの内部にいて手出しができない。八方ふさがりではないか?


 ……そんな状況の中、シオン達とは別の場所で、ゴーレム達が蹴散らさるのを視界の端で見付けその方向に目を向けた。眩い閃光を放つ魔術でゴーレムを倒す存在。エリスだ。


「今の状態が、持てる手段全てを使った全力ですか、マツリちゃん?」


 エリスはマツリに向かってずんずんと歩き進みながら尋ねた。途中接近してきたゴーレムは防壁魔術で行く手を阻み、武器のナギナタで切り裂いたり光属性の攻撃魔術で破砕したりと、その歩みを止めるには至らず次々と蹴散らされている。

 それまでエリスが診ていたアユミはどうしたのかと思いその方角を見ると、アユミの周囲には変わらずに結界魔術が保たれていた。アユミはその中でエリスの動向を見守っている。戦闘に参加できる程に回復はできなかったようだ。


「あなたは前線に出るべきではないのではないかしら、エリス? 戦闘の補助が本業でしょう?」


「心配ご無用、ですよ。この通り私も異世界転生者お約束のチート持ちですので」


 エリスの質問にすぐには答えず、その行動を咎めるマツリ。とはいえエリスの言う通り、襲い来るゴーレム達を問答無用で蹴散らしながら前進して来た人物には本当に不要な指摘だ。

 近付いて来るエリスに対し、マツリの前に出て身構えるユートとヴァルキリー。しかし、マツリはその二人を自ら下がらせた。エリスとの対話を続けるつもりらしい。


「それで、さっきの質問にはどんな意図があるのかしら?」


「決まってますよ。マツリちゃんが全力を出せる準備が整うのを待っていたんです。トモエさんから新たな精霊の召喚には時間がかかるって聞きましたので」


 エリスの言葉に、シオンは耳を疑った。あいつ、今まで戦闘に参加しなかったのはわざとだったのか?


「……どういうつもり?」


「当然、全力を出したマツリちゃんを真正面から叩き潰す為です!」


 エリスの大胆不敵な宣言と同時に、マツリの側で待機していたヴァルキリーがエリスに突撃してきた。主人を軽んじられて激昂した様子だ。

 恐ろしい速度でエリスに迫る剣はしかし、エリスに到達する事なく目の前に現れた半透明の輝く障壁に阻まれた。エリス得意の防壁魔術だ。そして動きを止めたヴァルキリーに、無数の閃光の矢と十字架状に輝く魔力の衝撃波が襲いかかる。それらの魔術はどれもエリスが普段よく使う攻撃魔術だが、いつもと違うのはそれらの魔術全てがエリス自身は無言のまま次々と放たれている事だ。


「無詠唱呪文!? なんてデタラメなッ!」


 霰のように襲い来る光の攻撃魔術の奔流に、堪らず後退するヴァルキリー。ユートも直前まではエリスに攻めかかろうとしていたが、その様子を見て思い止まったようだ。


「ホント規格外な能力ばかりよね権能の力って。嫌になるわ……でもね、エリス?」


 エリスの強さを見せつけられ辟易とした表情をするマツリだが、尚も不敵な笑顔を作ってみせ。


「さっきの質問に答えてあげる。いいえ、まだよ。私はまだ全ての手の内を晒してはいないわ。残してある切り札は、あなたに対抗する為のとっておきよ」


 その発言にシオンは軽く絶望を覚えた。これだけの戦力を見せつけながら、まだあの怪物は奥の手を残しているのか!?


「何となくそんな気はしてました。でしたら、そのとっておきも引きずり出して見せますよ!」


 エリスは言うや否や駆け出し、マツリに急接近しまたしても無詠唱で魔術を発動した。今度は攻撃の魔術ではなく、離れた場所でアユミを守っているものと同じ、結界を作り出す魔術だ。

 その結界はエリスとマツリだけを囲い、ユートやヴァルキリーまでも遮断した。ユートもヴァルキリーもそれに気付き即座にその結界に攻撃を仕掛けるが、やはり結界はびくともしない。


 この状況は、かつてエリスがマツリと初めて対峙した時と同じだ。


「昔のおさらいですね。これであなたを守る人は……」


「限定召喚・『シェイド』!」


『ーー承認』


 だがマツリは、結界が二人を囲ったのと同時に、自身も魔術を発動した。

 翳された手のひらから放たれた漆黒の魔力の波動が周囲の結界に当たり……侵食を始める。

 やがて結界は音もなく崩れ去り、マツリは結界から解放された。


 おい、嘘だろ? あのエリスの魔術が破られるところなんて初めて見たぞ。


 そしてすぐに二人の間にヴァルキリーとユートが割って入り、エリスに剣を向ける。


「思った通り、あなたの魔術は全て信仰魔術と光属性魔術を基盤としている。それは則ち、属性相性で付け入る事が可能という事。特に闇属性魔術は侵食の特性が強い。攻略の糸口としては合格点かしら?」


「……それが私に対する切り札、というわけですね」


 エリスの魔術を破ってみせ、その理屈を説明するマツリ。先程の魔術は、闇属性の上級精霊の力を瞬間的に引き出すものだったのだろう。

 マツリは召喚できる精霊の数だけ戦略が広がる。それはもしかしたら、あらゆる属性魔術を扱えるトモエ以上に豊富かもしれない。こんな怪物を相手に、全力を出させてから真正面から挑んで勝てるのか?


 しかし、さらに。


「……フフフフフッ、四十点ね。私が言ったあなたに対する切り札は……闇の精霊を使うのは確かよ。でも、ね?」


 マツリはエリスの言葉を否定しながら、魔術の触媒に使われる質の良い魔石を取り出してみせる。


「全力の私と戦いたいのよね? ええ、いいわ。見せてあげる。そして理解するの。後悔するの。絶望するの……私の全力の『姿』に!」


 マツリの魔術が発動し、握られていた魔石が砕け散り……術式が即座に完成した。


「これが召喚魔術の到達点……私が開発した最高傑作の術式ーー『憑依召喚・シェイド』!!」


 空中に描かれた魔法陣から、漆黒の魔力が溢れ出て……その魔力は、マツリの身体を包み込み始めた。

 やがてその魔力が消えて行く……否、マツリの身体に吸い込まれて行く。


 全ての魔力がマツリの身体に吸収された後、マツリの身体に変化が生じた。

 マツリの病的なまでに白い肌のあらゆる箇所に、稲妻のような漆黒の紋様が浮かび上がる。

 マツリの全身から発せられる、禍々しい魔力。その魔力はマツリの身につけていたドレスを焦がし、崩れさせる。やがてマツリは一糸纏わぬ姿を晒した。身体を包む漆黒の魔力だけが衣のようにマツリの裸体を僅かに隠す。

 その両の目は、真紅の色からどす黒いものに変化した。


「……あぁ……はぁっ……昂ぶるわ……理論だけの構想で実際に使うのは初めてだけれど……こんな気持ちになるのね……」


 見るからに禍々しく妖艶な姿に変化したマツリは、漏れ出る吐息とともに艶のある呟きを出した。

 異様な色気を滲ませるその姿はしかし、これまでの非力な少女とは明らかに違う「力」に満ち溢れている。


 まさかマツリは、自らの身体に精霊を宿らせたのか!?


「待たせたわね、エリス。これが私の全力……さあ、始めましょう? あなたに絶望を与えてあげる!!」




 漆黒の精霊を飲み干し変貌したマツリが、エリスと激突するーー!!

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