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少女の、本当のリスタート。

「マツリっ!?」


 マツリがエリスの策にはまり敗北したのを見て、シオンの相手をしていたヴァルキリーが、すぐに二人に向かい尋常でない速度で駆け出す……が、その最中でヴァルキリーの身体から不自然な光が放たれ、その姿が薄らいで行く。他のマツリに召喚された精霊、ウンディーネとノームにも同様の変化が現れていた。


「強制送還だ。魔力切れか、若しくは肉体的負担か……召喚した精霊を維持できなくなったようだ。精霊の憑依が剥がされた代償だろう」


 その現象の理由を語るトモエ。ヴァルキリーは口惜しそうに足掻くも、抗う事は叶わず、やがて他の精霊とともに消えていってしまった。


「……我が君を渡せ」


 しかしあちらは、マツリに従うもう一人の人物、ユートは勿論健在だ。マツリを抱えるエリスに近寄りながら引き渡しを要求してきた。


「断ります。ユートさん、でしたよね? ユートさんも降参して下さい」


「フッ、笑わせる。よもや我一人では貴様等に敵わぬと思っているのか?」


 ユートの要求を断り逆に降伏を勧めるエリス。しかしユートの敵対心は未だ潰えていない。確かにユートは単身だろうと圧倒的な数のゴーレム達を使役できる以上、他の異界人達全員を相手取っても戦闘を続行できるだろう。


 しかし、


「否、だユート氏よ。貴公は既に詰んでいる!」


 ユートのその自負を覆したのはトモエだった。宣言とともに、自身の周囲に浮かぶ純魔結晶を用いて魔術を発動した。

 その魔術は大規模な殲滅攻撃魔術。シオン達、人間がいないゴーレム達のみがひしめく場所に向けて放たれたその魔術は、恐ろしい熱量と刃と化した風を孕んだ暴風となり、一度に相当な数のゴーレム達を砕いて行く。


「マツリ嬢の使役する上級精霊が失われた今、高火力の魔術を発動できる俺を止める術は貴公には存在しない。我が芸術的上級魔術の威力は見ての通りだ! 俺の全力を以ってしての殲滅力はマツリ嬢にも引けを取らんぞ? 貴公の勝ち目は既に潰えていると理解するのだな!」


 トモエは多少誇張しながらも、己の魔術の威力を語りユートに戦況の変化を悟らせる。このまま戦闘を続行しても、ユートに勝ち目はない。だが、それでもユートは、


「多少の不利等承知の上だ! その程度の劣勢で勝負を捨てる我ではない!」


 彼はそれでも尚、降伏を拒んだ。今度は剣をトモエに向け、今にも駈け出さんと構える。トモエも仕方なく次の魔術の術式を構築する。


 が、


「もう、いいわ、ユート……私達の負けよ」


 それを制したのはマツリだった。今にも消え入りそうな震える声で、自分達の敗北を認めた。

 マツリは人一倍聡い。この状況が覆る事はないと、この場にいる誰よりも察しているはずだ。


「何を言うマツリ! 我はまだ……」


「もういいの……お願いだから……」


 尚も認めようとしないユートだが、マツリが言葉を撤回する様子はない。ユートは俯くマツリを見詰め暫く黙り込むが、観念したらしく肩を竦め、ようやく手にする剣を下ろした。同時にシオンやマサヤにひっきりなしに襲いかかってきていたゴーレム達もその動きを止める。

 トモエとマサヤはひと息吐きながら、エリスの元へと歩き始める。シオンは、結界魔術が解かれ立ち上がるも、危なげにふらついているアユミの元へ向かい肩を貸す事にした。短く礼を言うアユミとともに集まる皆の元へと向かう。

 エリスは一旦マツリを下ろし、自身の法衣を脱いで恥ずかしそうに自分の裸を手で隠すマツリに被せた。エリス自身は法衣の下に一応薄着を着ているので平気のようだ。


 マツリとの、かつてない強敵との戦いがようやく終わった。




「……殺してよ」


 集まってきた皆に向けて、俯いたままのマツリがか細い声で呟いた。


「私が今まで、どれ程罪深い事をしてきたのかくらい、理解しているわ……生きていて許されるわけないって事くらい……お願い、私を殺して」


 小さな少女は、自らの罪を認め懺悔した。

 自身の力の可能性を示され、溺れ、突き進み、誤ちと知りながらも止まる事ができず、暴走したその果て。少女は自らの命を以って、その罪を償おうとしている。


「いいえ。駄目です。違います、マツリちゃん」


 違を唱えたのはやはりエリスだった。まあ、そんな結末をこいつが認めるわけがないしな。


「命を絶ってでしか償えない罪なんてありません。それはただの逃避です。本当にマツリちゃんが罪を償いたいと思っているのでしたら、生きて償って下さい。背負って下さい。それが本当の贖罪です」


「そんなの、許されるわけ……」


「私が許します。他の誰が何と文句を言おうと、私が認めます。だから生きて下さい、マツリちゃん」


 優しく、力強く諭しながら、エリスは自分を責め続ける少女をそっと抱きしめる。


「マツリちゃん、あなたが元いた世界で何があったのか私は知りません。あなたにどんな辛い過去があったのか、私にはわかりません。その気持ちも本当の意味で理解する事はきっとできないと思います。でも、あなたを認める事はできます。助ける事はできます。信じる事はできます。だからマツリちゃんも、私達の事を認めて下さい。信じて下さい。頼って下さい。私達は必ずその気持ちに応えます」


 抱きしめる少女を撫でながら、エリスは言葉を続ける。


「あなたは自分が間違いを犯している事を認める事ができた。いいえ、きっとずっと前から気付いていたんですね。でも、自分では歯止めが効かなくなって、どうする事もできなくて、誰かに止めて欲しくて……でも、もう大丈夫ですよ。あなたは賢いだけじゃなくて、優しさもしっかり持っています。自分の誤ちが理解できているなら、他の様々な人達に沢山迷惑をかけてきた事を自覚しているなら、あなたは大丈夫です。あなたは罪を償う事ができます。あなたは、生きていていいんです。それでも辛いと感じるのでしたら、私を、私達を頼って下さい。必ず力になりますから」


 エリスはゆっくり、しっかり聞き入れてくれるようにマツリに語りかけ続ける。ひとつひとつの言葉に、確かな心が篭っているのが伝わる。間違いを許して、励まして、支えになると、心から誓って。


 ……いつしか、マツリの頬に一筋の涙が伝っていた。


「……あ……私……私、は……あ、あぁ……っ……」


 優しく抱きしめるエリスを抱き返し、溢れる涙に濡れた顔をエリスの胸に埋め、言葉にならない言葉が嗚咽に消える。


 ……権能の力に酔い痴れ、溺れ、歪んだ願望を望み続け、自分ですらも制御できず暴走を続けていた悪女が今、ただ一人の小さな少女に立ち戻る事で救われた。


 きっと、もうマツリは大丈夫だ。













 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★













 気付いてしまった。


 自分の、本当に望んでいた事に。


 世界征服なんて、自分の思い通りになる世界なんて、最初から望んでなんていなかったんだ。


 人とは違う容姿という理由で、父親、母親、親戚、クラスメイト等といった関係性の記号を持つ他人達から、蔑まれ、罵られ、忌避され続けた日々。


 権能の力によって、あらゆる人々が麗しい容姿だと誤認し狂ったように崇拝され、褒め称えられ、称賛され続けた日々。


 元の世界と、この世界での私の他者からの扱いは、真逆なようでいて、変わってなんていなかった。


 その事に無意識のうちに気付いていたから、この世界での私の在り方に満足できていなかったんだ。


 だから、この世界の思想を統一するという夢物語を告げられ、その為に私はこの世界に呼ばれたのだと思い込んで、自分の存在意義を確立させていたんだ。


 でも、そんなものに意味がない事だって、心の何処かで気付いていた。


 その答が浮上してくる度に、私自身がその思考を殺していたんだ。


 そうする事で、自我を保っていたんだ。


 その行為が、自分自身を縛り続けている事だって気付いていたはずなのに。




 ……私が本当に望んでいたものは、これだったんだ。




 誰かに、認めて欲しかった。


 誰かに、叱って欲しかった。


 誰かに、慰めて欲しかった。


 誰かに、止めて欲しかった。


 誰かに、聞いて欲しかった。


 誰かに、信じて欲しかった。


 誰かに、支えになって欲しかった。


 誰かに、気付いて欲しかった。


 誰かに、触れて欲しかった。


 誰かに、側に居て欲しかった。


 誰かに、話しかけて欲しかった。


 誰かに、笑って欲しかった。






 ーー誰かと、一緒に居たかった。






 全部、全部。なんてことないありふれた願望のはずなのに。


 そんな事にすら気付かずに、気付いていないふりをして、幾つもの誤ちを犯してしまった。幾つもの罪を重ねてしまった。




 ……ああ、本当に赦してくれるのなら。


 どうか、どうか。この温もりで私の心を癒して下さい。


 今だけでも、この温もりを私だけの宝物にさせて下さい。






 ……私の物語を、此処から始める為にーー。

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