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切り札。

「獣、だな」


 我、黒騎士はそれまで激しく互いの剣を打ち合っていた目の前の敵、我やマツリと同じ異界人の青年が距離を置き手を休めたのを見計らい、その男……マサヤ、と言ったか。この攻防でマサヤに対して抱いた感想を口にした。


「あぁ? んだよいきなり」


「貴様の剣は獣のそれだ。身体能力のみで振るわれる、業なき剣。その能力は高く評価しよう。腕力も速度も我を上回っている。しかし所詮は技のないけだもの……貴様は我の敵ではない」


 口にした言葉の意味を、掻い摘んで説明してやる。いくら頭の弱い輩でもこう言ってやればわかりやすかろう。


「へっ、そういうのは勝ってから言いやがれってんだ! 油断してっと足下掬われるぜ?」


 しかしこの男は我の言葉を認めず、獰猛な笑みで返してきた。フッ、愚かな。

 これまでの攻防において、此奴が我に一太刀でも浴びせる事は叶わなかった。対する我は、決定打こそ与えられてはいないが、何度も此奴の身体に刃が届いている。此奴にかけられた防護魔術によってその斬撃は阻まれ、直接此奴にダメージは与えられていないものの、その補助がなければ此奴は既にボロボロのはずだ。技量の差は歴然と言ってもいいだろう。


「貴様はこれまで、技術を必要としない魔物相手にしか戦った事がない。対人戦における経験が決定的に不足している。それが我と貴様の差を作り出している要因。覆す事は不可能だと知るがいい」


「なら今から積めばいいって話だろ! その経験ってやつをよ!」


 我の出した結論を、本来ならば理に叶っていない理屈で返すマサヤ。鼻で笑ってやりたいところだが、此奴のその理屈は強ち間違ってはいない。現に此奴は少しずつだが、着実に我の剣筋に対応してきつつあるのだ。


 ……だが、やはり我の勝利は揺るがない。


「ならば教えてやろう。貴様が決して我にその刃が届かないという事を」


 我は宣言とともに、大剣に魔力を注ぐ。大剣に刻まれた術式のひとつに、注がれた魔力が流れ込みその能力が起動される。

 大剣は独特な光を放ちながら形を変え、やがて二つに別れ一対の双剣となった。


「対人用形態、弐式……ここからは全力の剣技で相手をしてやろう」


 新たな武装形態で構える。これまでの形態である大剣型の一式は、言わば魔物等を相手にする際に用いる、威力重視のスタンダードタイプ。しかし双剣であるこの弐式は、速度と手数に特化した対人用の形態だ。我が剣が弐式に変化した以上、此奴の勝利は不可能となった。

 だが、全力とは言ったがこれが我の持つ全てではない。マツリは我に「剣として」戦えと言った。それは則ち、錬金魔術の使用制限だ。マツリは我に関する情報を極力開示しないようにしている。特にこの場に居合わせているトバリに対してだ。

 我が錬金魔術までも駆使して挑めば、この男のみならず全ての異界人パーティーを相手取る事も不可能ではない。しかしそれをトバリに見せるのは早計だろう。故に我はマツリが戦う上で最も難敵となるであろう、近接戦闘能力に最も優れていると思われる此奴の相手に留まっているのだ。

 そのマツリは、予想通りに戦況を進め、ヴァルキリーに続き二体の上級精霊の召喚に成功した。所謂チェックメイトだ。フッ、こうも容易く想定した通りに動いているとは。我がわざわざ此奴を足止めするまでもなかったか。


「……な」


 ……と、周囲の状況も確認していると、ようやく目の前の敵、マサヤが口を開いた。我の剣が形態変化した様を見て唖然としていたが、


「んだよそのカッケーの! ずりー! 変形すんのかよ!? めっちゃカッケーじゃんかそれ!」


 興奮して目を輝かせながら褒め称え始めた。


「ほぉ、わかるかこの変形武器のロマンが。貴様、思っていたよりもセンスがあるな」


「なあ、他にも形変わるのかよそれ? 見せてくれよ!」


「フッ、そこまで言うならば仕方あるまい、見せてやろう。先程までの大剣形態が一式、この双剣形態が弐式だ。参式は硬度の高い相手を想定した……」


 フッ、意外にも話のわかる輩だ。ここまで我が変形武装に食いついてくれた者はいなかったからな。我は再び双剣に刻まれた術式に魔力を注ぎ込み、新たな形態に変化させて自慢し始めた。中々に気分が良い。どれ、少しサービスしてやろう。




 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「何やってるのよバカユート……」


 溜め息とともに頭を抱えながら呟いたのはマツリ。どういう訳か意気投合しているマサヤと黒騎士を目にしての反応だ。


「やっぱりあの木偶の坊は駄目ね。マツリのパートナーは私にこそ相応しいわ」


 その様子にヴァルキリーにまで鼻で笑われる黒騎士。ヴァルキリーと黒騎士は仲が悪いのか?


「ユート、ってのは、あの黒騎士の名か?」


「彼は黒騎士よ」


「は? でも今……」


「匿名希望の黒騎士よ」


「ア、ハイ」


 マツリが漏らした聞き覚えのない単語に対して質問したシオンに、強い口調で遮り訂正するマツリ。聞き入れるつもりはないらしい。ユート、ユートね。

 それにしても、あのユート……もとい、匿名希望の黒騎士、どうも何となく既視感がある気がしてならない。独特なノリなんかが。

 厳格な雰囲気を醸し出している、というよりはそれを気取っているような感じだ。年齢までは声が鎧の中で反響しており判断が難しいが、中身は結構若いのではなかろうか?


「あの黒騎士とやら、中々面白い人物のようだな」


「ですね。もしかしたら仲良くなれるかもしれませんよ?」


 マサヤと黒騎士の様子を見たトモエと、いつの間にかシオン達の元に来ていたエリスがそんな事を言い出した。ああ、うん。こいつら異界人のノリに似ているんだよなぁ。


「あー、あっちはこの際置いといていいだろ。エリス、お前もそろそろ参加してくれ。見ての通りこっちはかなりやばいんだ」


 気が削がれている二人に呼びかけるシオン。対峙するマツリの横には、強敵である最上位精霊のヴァルキリーのみならず、上級精霊のウンディーネとノームまで現れたのだ。

 精霊とは意志を持った魔力生命体。上級精霊ともなれば、その身に宿す属性の魔法を呼吸するように容易く扱い、際限なく上級魔術並みの魔法を放ち続けられると言われている。下手な魔物等よりも遥かに危険な存在だ。

 そんな馬鹿げた強さを持った精霊を、三体同時に相手をしなければならない。いくら破格なスキルを有する異界人達でもこれは厳し過ぎるはずだ。


「はい、わかってます。ですがその前に……『疲労回復魔術ヒーリングオーラ』」


 シオンの言葉に頷いたエリスは、見るからに体力を消耗していたシオンに回復の魔術をかける。


「それから、魔力も受け取っておいて下さい。そろそろ尽きる頃ですよね?」


「ああ、助かる」


 シオンはエリスと手を繋ぎ、送られてきた魔力を受け取る。エリスが近寄ってきた理由はシオンの融合気功術が限界に近かった頃合いを見計らっていたのだろう。


「魔力を譲渡した……? この人間の不思議な気功術はあれが理由かしら?」


「そのようね。ルキュシリア神の権能の特異性のひとつかしら? シオンが私の権能が通じない理由も何となく見えてきたわ」


 シオンとエリスのやり取りを眺めていたマツリとヴァルキリーが考察している。マツリは観察眼が恐ろしく優れているのであまりこちらの手の内を見せたくはなかっだが、こればかりは仕方ない。

 融合気功術自体はエリスから受け取った魔力が尽きればその時点で終了してしまうが、その都度魔力を受け取れば使用できる。しかし問題はシオンの体力だ。

 融合気功術を持続させるのは相当な体力を要する。効果が切れる頃には戦闘の続行が難しい程に消耗しているのだ。

 その欠点も今エリスがかけてくれた体力を回復する魔術によってある程度はカバーできるが、この魔術自体が多用できない代物らしい。負担覚悟で無理をしても二度目まで。それ以降は効果自体がなくなってしまうのだとか。

 シオンは今のでその体力回復の魔術は一度目。つまり融合気功術で戦える限度はもう一回分までだ。それを過ぎれば戦力外になってしまう。それまでに決着をつけなければならない。


「トモエ、何か策はあるか?」


「うむ……ないわけではない」


 頭脳労働派のトモエに現状の打破が可能かを尋ねたところ、既にその案は思い付いていたらしい。しかしその口調は苦々しいもの。本人はあまり気が乗らない策なのだろうか?


「背に腹はかえられぬな……アユミよ! 来てくれまいか!」


 それでも何か決意をしたらしいトモエは、未だ魔族の男トバリと追いかけっこを続けていたアユミを呼んだ。


「何さ。こっちはこっちで大変なんですけど」


 その呼びかけに、転移してトモエの側に現れ文句を言うアユミ。アユミもかなり苦戦しているらしい。


「ヒヒヒヒヒッ、やっと諦めてくれたかァ?」


「うっさい! 首を洗って待ってなよ!」


 撤退したアユミを煽るトバリ。アユミの転移先を感知し即座に反応し、距離を離しながら魔道具による射撃を浴びせるあの技量は並外れている。しかし絶対的とも思えたアユミの能力があのように対処されてしまうとは思ってもいなかった。能力の詳細が暴かれただけでここまで苦戦してしまうとは。


「で、何さ? なんかそっちもヤバいみたいだけど」


「うむ、ヤバいどころかほぼ詰んでいる。そこでだアユミ。俺も『切り札』を切るべきだと判断した」


 自分を呼び寄せた理由を尋ねるアユミに、トモエが言い放ったのは。


「……は? 何言ってんのさ!? アレはジャバウォックとの決戦に備えて準備したものだよ!? こんなところで使っていいものじゃないってわかってるでしょ!?」


「俺も重々承知している。しかしここで使わなければ我々が負けてしまう。アレを使う以外にこの状況を切り抜ける方法はない」


 トモエの意見に反対するアユミだが、トモエの説得に改めてマツリを見やる。視線の先には三体の上級精霊を従える少女。


「……はぁ、わかった。でも、使うからには絶対勝ちなよ。それから、ならボクもあいつに切り札を使うから、後の事は任せたよ」


「了解した」


 仕方なく溜め息をつきながら了承するアユミ。そして自らも切り札を使うと宣言した。この二人は今まで見せてきた技術以外の切り札を残していたのか。


 問答を終えたアユミが指を鳴らす。同時に、トモエの前に何かが現れた。アユミが転移魔術によって何処かから転移させてきたようだ。

 それは、赤や青、色とりどりの半透明な鉱石に装飾を施された宝石。全部で六つ。

 その宝石は出現すると同時に、トモエの魔力に反応し浮遊を始め、トモエの周囲に漂うように浮いた。


「あなた……それ、純魔結晶!?」


 その宝石を目にしたマツリが目の色を変えて叫んだ。あの宝石は純魔結晶と言うらしい。


「フッ、如何にも! これぞ我がアーリティア神の権能の力を最大限に引き出す切り札! 六属性種全てを揃えた六連純魔結晶だ!」


「あなた馬鹿じゃないの!? ひとつひとつが国宝級の至宝じゃないの! そんなものを六つも持ち出すなんて!」


 マツリの指摘でようやくその切り札がどれ程の代物なのか理解できた。国宝級。それを六つ。えー。


「誇るがいいカミドリ・マツリ嬢! 貴様はその至宝を用いるに足る脅威であると判断されたのだ! さて……これで俺もその上級精霊と同様、上級属性魔術をノータイムで発動できるようになったわけだ! 第二ラウンドと行こうではないか!」


「っ……レシオン! あいつを潰して!」


 トモエの周囲に浮く宝石、純魔結晶に魔力が注がれ輝きを放ち始めたのを見てのマツリの指示に弾かれるようにトモエに突貫するヴァルキリー。だが、


「『暗黒障壁ダークネスウォール』!」


 トモエの前に出現した漆黒の壁にその突撃が阻まれる。その魔術が発動する瞬間、トモエの周囲の純魔結晶のうち、黒い色をした宝石が強い光を放っていた。あれは恐らく、闇属性の魔術の補助を行う純魔結晶なのだろう。

 闇の壁を目の前にして動きを妨げられたヴァルキリーに……シオンの刃が迫る。


「くっ、小癪!」


 シオンの不意打ちに即座に反応しその攻撃を受け流しつつ後方に下がるヴァルキリー。その時、


「『炎熱風刃ヒートスラッシュ』!」


 闇の壁が霧散すると同時に、トモエの新たな魔術が放たれた。熱を帯びた風の刃。その向かう先は、ヴァルキリーではなくマツリ。

 その攻撃はウンディーネとノームが生み出した魔力の壁に阻まれるが、その壁は放たれた魔術に相殺されすぐに打ち消されてしまった。


「ふむ、上々上々。これならばじゅうぶんに対抗できそうだな」


 その攻防の結果を見て、満足げに呟くトモエ。切り札と称するだけの事はある。戦況はこちらに傾いた。


「そっちは大丈夫そうだね……さて、それじゃあボクも終わらせてきますか」


 トモエの様子を確認したアユミは、再びトバリに向かい歩き始めながら宣言した。


「ヒヒヒヒヒッ、言うじゃねェか小娘! 言っておくが、テメェの能力のタネは割れてンだ。通用しねェのはテメェがよォ〜くわかってンじゃアねェか?」


「馬鹿だね君。神域の魔術がこれだけしか使えないわけがないでしょ? ま、負担を考えると扱いにくいのは確かだけどさ」


 近付いて来るアユミに魔道具を構えながら煽るトバリだが、アユミの余裕を持った口調は変わらない。そのアユミは、いつの間にかその手に小さなナイフが握られていた。


「ヒヒヒヒヒッ、ならその手段をさっさと見せてみ"っ……」


 尚も煽ろうとするトバリ。しかしその言葉は途中で止められてしまった。


 いつの間にか、アユミの姿がトバリの背後にいた。

 トバリの喉元と胸元から、止めどなく血が溢れ流れていた。

 アユミが目にも留まらぬ速さで動いた、というわけではないはずだ。確かにアユミは今まで立っていた場所から消え、トバリの背後に現れた。時空間魔術による現象のはずだ。

 だが、しかし。

 これは……今までの時空間魔術とは違うのか?


「で、でめぇっ、なにを……」


 言葉にならない声を漏らしながら、噴き出す鮮血を無意味にも抑えようとするトバリ。あれは間違いなく致命傷だ。


「四次元概念への侵入……所謂、「時よ止まれ」ってヤツだね」


 そのアユミの言葉を最後に、マツリを誑かしていた魔族の男、トバリが力なく崩れ落ちた。

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