表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/170

圧倒的。

 マツリの発した戦闘開始の宣言と同時に動いたのは、側で構えていた黒騎士だった。身に纏う鎧と同じ色をした漆黒の大剣を手に、その巨体からは信じられない程の速度で、こちらに向かって突進してきたのだ。

 それにすかさず応戦したのはマサヤ。シオン達とマツリ達の間で両者の剣がぶつかり、鍔迫り合いが始まった。


「相手してやるぜデカブツ!」


「ほう、骨がありそうな者が来たか」


 マサヤと黒騎士は同時に一旦離れ、すぐに各々の剣を振るう。マサヤは黒騎士と一対一で戦うつもりのようだ。幾重もの激しい剣戟が広間に響く。


「シオン君、あのでかい奴の種族はわかる?」


「いや、さっぱりだ。鎧自体が強力な魔力を帯びているせいで中身が全く感じ取れない」


 多少は落ち着きを取り戻したらしいアユミの質問に答える。黒騎士の装備している鎧と剣は、それそのものがとんでもない魔力を帯びている。おそらく強力な魔道具なのだろう。

 しかし、今のところそれらの装備が何らかの特殊な効果を発揮している様子は見られない。にもかかわらず武神と謳われるイルア神の権能をその身に宿すマサヤと互角に渡り合っているのを見るに、黒騎士自身が相当な実力者である事は理解できた。異界人とまともに戦えるとか、マジか。


「そっか。でも、マツリちゃんに忠誠を誓ってるみたいな感じだし、洗脳効果が効いているなら魔族じゃないはずだよね。帝国には超一流の剣士がいるって聞いた事あるけど、あいつがその「剣聖」なのかな?」


「さあな。とにかくあいつはマサヤに任せるとして……」


 謎だらけの黒騎士の考察はともかくだ。シオンは戦闘を繰り広げる二人の向こうにいるマツリに目を向けた。

 マツリから戦うように指示を出されたはずのヴァルキリーは、マツリの側で構えたまま待機している。こちら側に注意を向けているのは確かだが、自ら動こうとする様子は見られない。

 魔族の男、トバリは、マツリからさらに離れ傍観している。懐に手を入れているのは、以前シオンに対して使った、小さな魔力の塊を超高速で発射できる魔道具をいつでも抜き出せるようにであろう。


 肝心のマツリは、呪文を唱えながら魔力の光を空中に浮かばせ、魔法陣を描き始めていた。どうやら新たな術式を構築しようとしているらしい。


「マツリ嬢に新たな精霊を召喚されたら厄介だぞ。あの術式の完成を妨害するのだ!」


 マツリの行動を目にしたトモエが、自らも術式を構築しながら皆に伝えた。


「あの天使さんみたいにすぐに召喚できるわけではないんですね?」


「ヴァルキリーの召喚魔術は、恐らく自らの魔力神経に前もって術式を刻みつける刻印術による発動だったのだろう。術式の刻印はひとつしか刻めないが故、最優の精霊であるヴァルキリーを即座に召喚できる術式を準備していたのだろう。他の精霊は本来の魔術の通り術式の構築が要求されるはずだ」


 エリスの疑問を解説するトモエ。先程の詠唱を必要としない召喚魔術にはそんな理屈があったのか。納得している間に、トモエは術式を完成させ発動し、マツリに向かって高速の炎弾を放った。しかしその炎弾は側で構えていたヴァルキリーが即座に反応し、手にする盾によって弾かれてしまった。


「ヴァルキリーは術式構築を行うマツリ嬢の護衛というわけか。シオン氏よ!」


「ああ、了解だ」


 トモエの意図を汲み取り、エリスからの補助魔術を与えてもらいマサヤと黒騎士の繰り広げる戦闘を避けながら駆け出すシオン。マツリの護衛を担うヴァルキリーを引き付ける役割を買って出たのだ。ヴァルキリーへと向かいながら、体内のエリスの魔力を自身の魔力と融合させ、融合気功術を発動する。

 融合気功術によって通常よりも強力な魔力をその身に纏わせたシオンから、眩い光が放たれる。

 相手は明らかに格上の存在だ。最初から全力で挑まなければ軽くあしらわれてしまう。


「ぬ……」


「見た事のない技術ね……」


 シオンの融合気功術を目にし、黒騎士とヴァルキリーが驚いた様子で反応する。そのヴァルキリーの元に到達したシオンは、早速その輝く魔力を纏わせた剣を振るう。


「どんな相手であろうと、マツリの邪魔をする輩は断罪するわ!」


 シオンの渾身の斬撃を、盾で受け止め弾くヴァルキリー。即座にシオンに剣を向け刺突を行う。普段のシオンならば反応すらできない程の高速の突きだが、今の身体能力が大幅に上昇している状態ならば対応も可能だ。突きを躱し再度横薙ぎに剣を振る。

 躱され、躱し、受け止められ、危ういところで躱し。シオンは全力で挑みどうにか対抗しているが、やはり技量も能力もヴァルキリーには一歩及ばない。少しずつ圧され始めるシオン。だが、何もシオン一人でヴァルキリーに勝たなければならないわけではない。


 シオンとヴァルキリーが攻防を繰り広げている中、再びマツリに向かい高速の炎弾が放たれた。トモエが術式を完成させ隙を見て打ち出したのだ。ヴァルキリーはそれまで相手をしていたシオンから即座に離れ、その炎弾を剣で裂き打ち消す。シオンはさらにその隙を突いてヴァルキリーに攻撃を仕掛けるが、


「小賢しい!」


 迫るシオンに対し、ヴァルキリーは全身から魔力の波動を放ち対抗した。魔術にも満たない単純な魔力をぶつけられただけのはずが、攻撃手段としてはじゅうぶん過ぎる威力を持っていた。

 ダメージこそ大した事はないが、その威力に怯んでしまったシオンにヴァルキリーの剣が迫る。咄嗟に後方に下がりその刃から逃れるシオン。距離が離れた二人は、睨み合ったまま膠着する。


「人間にしてはやるわね」


「ふぅ……そりゃどうも」


 凛とした雰囲気で直立し、余裕を持った様子でシオンを称賛するヴァルキリー。対するシオンは既に息を切らしているのだが。エリスからの補助と融合気功術を以ってしても、力量差は歴然。やはりトモエやエリスからの援助がなければ手も足も出ない相手だ。

 小休止を早々に終え、再びヴァルキリーに突貫しようとするシオン。融合気功術の持続時間はあまり長くない。持続している間は何としても攻め続けなければ……と考えていたが、ある変化に気付き戦闘の再開を中断した。マツリだ。


 それまで術式の構築を続けていた少女が、突然詠唱を止め後方を、トバリの方向を向いたのだ。そしてそちらに向けて手を突き出す。そして、


「限定召喚・『シルフ』!」


『承認』


 マツリの短い詠唱とともに、その場にいない何者かの声が響き、突き出された手のひらの前に魔法陣が出現し、その魔法陣から空気圧の弾丸が放たれた。その空気砲はトバリの横の何もない空間に……否、その空間にちょうど現れたアユミに迫る。


「え!? ちょっ!?」


 その攻撃に気付いたアユミも咄嗟にその空気砲に向けて手を向ける。空気砲はアユミに激突する直前で、見えない壁にぶつかったように弾かれた。空間の層を作り出す時空間魔術で防御したのだろう。

 アユミは恐らく、皆が戦闘を繰り広げるこの機に乗じてトバリを殺そうとしていたのだろう。トバリは間違いなく魔族なので例によって容赦なく殺害しようとしたが、どういうわけかマツリに勘付かれ妨害されてしまった。


 近くに出現したアユミに、トバリも以前シオンに対して使った魔道具で攻撃を仕掛けた。アユミから距離を取りつつ魔道具による射撃を行う。打ち出される超高速の魔力の弾丸を、アユミは後退しながら空間の層で防ぎ、隙を見て姿を消した。また転移したらしい……と思ったらシオンの隣りにいた。


「もう! 意味わかんないんだけど!? どういう事か説明してくれない!?」


 アユミの叫びはどうやらマツリに向けられたものらしい。時空間魔術が組み込まれた術式を使い、さらにはアユミの空間転移までも見切ったマツリ。確かにこれは説明が欲しい事態だ。


「今のは……空間転移? どうして人間が神の御技を?」


「あの人、アユミがシュヘルムヴィアー神の権能の所有者ね。術式の構築なしに時空間魔術を使用できるってところかしら」


「主神様の……なんて恐れ多い」


 戸惑っているのはヴァルキリーも同様らしく、アユミの使用した空間転移の説明をマツリから聞き驚いていた。

 そしてアユミの持つ権能を一目で見破ったマツリは、少なくとも時空間魔術についての知識を持っていた事になる。いったいどういう事だ?


「攻撃を防いだ時にも空間の揺らぎが感じ取れたから、あれも時空間魔術の一種……平面状の亜空間を作り出しているのかしら? そのまま攻撃にも転じれるでしょうね。でも、わざわざトバリに近付いた点から鑑みるに、至近距離にしか発生させられないみたいね。さらに防御に徹した際にトバリへの攻撃が行われなかった点から察するに、十中八九、同時に複数の亜空間を発生させる事はできないみたいね。破格の能力だけれど、幾つかの条件が指定されていると見るべきだわ」


 アユミの能力の考察を続けるマツリ。それらの情報はシオンも気付かなかった事ばかりだが、思い返してみれば確かに、今までアユミが見せてきた時空間魔術による空間の層を作り出す能力は、マツリが指摘した通りの使われ方をしていた。

 今の一瞬の出来事から、味方ですらも知り得なかったアユミの能力の詳細を看破してしまった。恐るべき洞察力だ。


 そしてシオンはもうひとつの異常に気付いた。マツリは考察を述べながら、空中に浮かぶ魔法陣の構築を進めていたのだ。それはマツリがアユミに攻撃する直前まで構築していた術式で、攻撃の際に中断したにも関わらず、その術式は中断する前以上に構築が進んでいたのだ。つまり、中断した術式が霧散されず保たれていた事になる。

 これは恐らく、トモエが得意としている複数の魔術の同時展開だ。知識と探求の神、アーリティア神の権能を持つトモエの魔術技量に匹敵する技術だ。


「で、どういう事なのさ! 何で君は時空間魔術に干渉できるの!?」


 アユミの能力の考察しか語らず、アユミの質問を聞き流していたマツリに再び疑問をぶつけるアユミ。対するマツリはため息をひつと吐きながら、仕方なさそうに答え始めた。


「私は元々召喚魔術を学び磨いていた。それが理由で空間の揺らぎを感じ取れる体質になっていたの。恐らく召喚魔術は時空間魔術の派生魔術なのでしょうね。そして魔族達の空間転移の魔法陣による魔術を体験してその術式を把握した事で、時空間魔術の適性を獲得できたのだと思うわ。時空間魔術そのものを使う事はまだ難しいけど、術式を召喚魔術に組み込んだり空間の揺らぎを把握する事くらいは可能ね。どう? 満足したかしら?」


 マツリはアユミの問いかけに丁寧に説明した。そうしている間にもマツリの構築を進めている術式は完成に近付いている。しかし妨害を中断してでも聞いておきたかった内容だった。マツリもそれがわかっている上で時間稼ぎとして説明したのだろう。


「待ってよちょっと……自分が何言ってるのかわかってるの? 人間が理解できるような術式じゃないはずなんですけど?」


「複雑で難解だったのは確かだし、私自身時空間魔術の術式をいちから構築しようなんて思わないわよ。でも理解はできるし言った通りの程度の事ならしてみせた通りよ。神域の魔術だなんて仰々しく言ってるけど、理論が存在する以上解読できないはずがないわ」


「……本物の怪物じゃん。何これ。イーヴィティアのやつマジでやらかしてるじゃん……いや、もしかして、マツリちゃんが化け物だって知ってて選び出したの? ああもう最悪! 後で絶対泣かせてやる!」


 マツリとの問答に頭を抱えるアユミ。いつもの神様への愚痴を始めるが、今回ばかりはその意見に同意だ。マツリのこの異常な頭脳を把握したうえで権能を与えたのだとしたら、性格が悪いにも程がある。


 あらゆる存在を魅了する洗脳能力。

 寿命が存在しない不老能力。

 高い魔術適性と、超高度な術式を即座に理解できてしまう恐ろしい頭脳。


 異界人という存在は全員飛び抜けた能力を有していたが、彼女はさらに別格だ。イーヴィティア神様は何を考えているんだ。


「シオン氏よ! そろそろ切り替えて攻めてくれ! 間に合わなくなるぞ!」


 マツリの凶悪な能力に戦慄していたシオンに、トモエが呼びかける。マツリは会話をしながらも術式の構築を進めていた。詠唱ができなかった分その速度は落ちていたが、これ以上進めさせるわけにはいかない。


「確かに悠長に話してる場合じゃないか。アユミはどうするんだ?」


「ごめん、ボクは精霊相手じゃ戦力になれないや。魔族のほうを相手するよ」


 アユミは今後の指針を告げ、早速姿を消した。トバリの近くに転移したようだ。すぐにそちらも戦闘が始まった。

 アユミの空間の層を作り出す魔術は精霊等の精神体の存在には効果がない。おまけにマツリにはその能力の発動を察知されてしまう。相性は最悪だ。

 とはいえ、アユミの手の内はマツリに暴露され、トバリにも対策された動きをされている。近くに転移してもすぐに距離を置かれ遠距離から魔道具による攻撃をされている。マツリの相手をするよりはマシなのだろうが、明らかに分が悪そうだ。


 アユミの様子を横目にシオンも行動に出る。ヴァルキリーを相手にした攻防が再開された。


 詠唱も再開し本格的に術式の完成を急ぐマツリ。シオンの刃はマツリどころかヴァルキリーの肌にすら届かず、トモエの放つ魔術にも対応される。


 マサヤと黒騎士は相変わらず激しい攻防を繰り広げている。実力は均衡しているのか。


 ……エリスは何をしているんだ?

 こちらに来ないのでてっきりマサヤのサポートをしているのかと思ったが、その様子はない。ヴァルキリーとの戦闘の合間にエリスの気配がする方向に目を向ける。

 エリスは何を考えているのか、トモエの側で戦況を眺めているだけだった。先程はあんなにもマツリの主張に異を唱えていたというのに、戦闘に参加する様子はない。

 以前からエリスは積極的に前線には出ないでサポートを主にするようにとアユミから言われていたが、この状況でその注意に従うとは思っていなかった。いや、何か考えがあるのか?


 戦況は好転する事なく、時間が過ぎ……やがて、マツリの作り出した魔法陣がいっそう輝きを増した。やはり間に合わなかったか。


「召喚・『ウンディーネ』!」


 術式の完成を告げるマツリの詠唱とともに、魔法陣から新たな精霊が出現した。

 透き通る美しい身体、揺蕩う衣に身を包んだ、波間に漂うように揺れる女性の姿をした精霊……水の属性を司る上級精霊、ウンディーネだ。


「召喚を許してしまったか……」


 その姿を見てトモエが呟いた。トモエはいつの間にかシオンの近くに移動してきていた。シオンも一旦ヴァルキリーから離れ、トモエの側に寄る。


「戦況は悪化する一方、か」


「うむ、新たな精霊が追加されたのは非常にまずい。恐らくマツリ嬢は今後は身の守りをウンディーネに任せ、ヴァルキリーは積極的に攻めに来るだろう。しかし、付け入る隙がないわけではない」


 苦言を申すシオンだが、トモエは諦めてはいない。


「ヴァルキリーとは違い、ウンディーネは属性を色濃く反映した存在だ。対抗属性である火属性による攻撃を弱点としている。故にヴァルキリーによる守りよりも対処しやすいと言える」


 小声でシオンに伝えられたトモエの策は、相性関係による弱点を突く事。確かにその理屈の通りならば可能性はあるかもしれない。

 しかし、あのマツリがそんな隙ができる戦法を取るのだろうか?

 シオンが懐疑の念を抱いていると、


「ーー連鎖召喚・『ノーム』!」


 ウンディーネの召喚を終えたばかりのマツリが、即座に新たな魔法陣を作り出し起動させた。輝く魔法陣から、さらなる精霊が現れ始める。


「なっ……術式の転用だとぉッ!?」


 トモエが驚愕の声をあげる中、マツリの側に三体目の精霊……三角帽子を間深く被った、小柄でカラフルな服を着た、白い髭を伸ばし放題にした老人の姿をした精霊……大地の属性を司る上級精霊、ノームが降り立った。


「おい、どういう事だよこれ?」


 突然の出来事に意味がわからず側で驚くトモエに尋ねるシオン。


「使用し終えた召喚術式を、破棄せずに転用したのだ! まさかそんな事が可能だとは……いや、術式の殆どが一致している召喚魔術だからこそ実現が可能な荒技! 信じられん! 俺の想像を遥かに超えている!」


 興奮しながら解説するトモエ。理屈はよくわからないが、直前にウンディーネを召喚した術式を利用し、他の精霊の召喚に繋げたという事か。なるほど。よくわかった。現状のヤバさが。


「で、トモエ? ウンディーネとノームの両方を対処できるのか?」


「……個人的には、降参を強く推奨したい」


 戦況は悪化……どころか、これもう詰んでんじゃないか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ