マツリとエリス。
「へぇ……あの娘がマツリちゃん、ね。まさかこんなに早く会う事になるなんて思ってなかったけど」
転移魔法陣から現れたマツリを一瞥し、アユミが呟いた。シオンとエリス以外の三人は、マツリとは初対面だ。
「マツリって、俺達と同じ異界人で、帝国で悪さしてるんだっけか?」
「うむ、確かそのはずだったな。帝国に魔族の存在が確認されているという報告もあったが、この一連の騒ぎは帝国も一枚噛んでいるのか?」
マサヤとトモエも、伝聞によるマツリに関する情報を整理し、仮説を立てる。
そして、
「ふむふむ、ほぉ〜……マジでおっぱい結構あるな!」
「うむ、中々の逸材と見た!」
二人してあまりにも場違いな発言を言い放ちやがった。おいこらお前ら。
しかし確かに、今のマツリの衣装は胸元が強調される露出度の高いドレスで、その大きさは一目でわかってしまう。この馬鹿二人でなくとも自然と目を向けてしま……あ、恥ずかしそうに胸元を隠した。
それから隣りにいる大男からの威圧がやばい。めっちゃ怒ってるぞあれ。魔族の男のほうは笑いを堪えているようだが。
「ボクよりも結構歳下なのに……どんな生活習慣を送ったらあんなになれるのさ……世の中理不尽だ……」
それから一人、自分とマツリの大きさを比べて勝手に落ち込んでいるアユミ。お前らいい加減胸の話題から離れろ。
「……他の三人も異界人なのね? 私の能力の影響を受けていないみたいだし。それともシオンのような、特殊なスキルを持っているのかしら? その可能性は低いと思うけど」
気を取り直したマツリは、こちらに向かって確認をしてきた。恐らく確信しているのだろう。てか、発言とかで察してくれ。こんなマイペース過ぎる連中はこっちにはそうそういないからな? 多分。
「できれば紹介して下さらない? どの神様の権能を持っているかまで教えてくれたら嬉しいけど」
「権能まで教えるわけないだろ」
そして紹介を促してくるマツリ。まあ、名前くらいまでなら構わないか。
「眼鏡がトモエ・ハナバラ、アホがマサヤ・トウドウ、貧乳がアユミ・ミズマチだ」
「誰がアホだ!」
「シオンくーん? 後でちょっとお話があるけどいいよねー?」
シオンの端的な紹介に不服そうな二人。いいだろわかりやすくて。
「トモエ、マサヤ、アユミね。覚えたわ。私とトバリはもう知っているわよね? こちらは黒騎士。私の忠実な僕よ」
初めて会う三人の名を反芻し頷いたマツリは、側で背負った大剣に手をかけ身構えている、漆黒の鎧を全身に纏う大男を紹介した。実名は伏せたままだが。
それにしても、この紹介された大男、黒騎士……不気味だ。
身に纏う鎧そのものから強力な魔力が発せられている。恐らくは魔道具なのだろう。それが原因で黒騎士自身の魔力を感じ取る事ができない。その為種族を特定できないのだ。彼も並んでいるトバリと同じ魔族なのだろうか?
「……で、どういう事だ。お前、魔族と結託してやがったのか?」
黒騎士の考察はともかくとして、現状の説明を要求する事にした。
「そういう事になるわね。以前言った通り、私の野望は世界征服。その目的達成を目指す上で魔族の存在は利点が多いわ。最終的には道を違えるでしょうけど、それまではお互いに利用しあうほうが効率が良いの」
シオンの質問にマツリは楽しげに、唄うように応える。まさかこいつ、魔族までも己の野望の糧にしようとしているのか?
「イーヴィティア神の権能は魔族には効果はないはず。洗脳しているわけじゃなく本当に結託しちゃってるんだね」
やっとショックから立ち直ったらしいアユミが、マツリの持つ能力についてシオンが知らなかった情報を出した。いや、以前にもちらりと言っていたっけか? とにかく、魔族を洗脳しているわけではないのか。
「……詳しいのね、あなた。神の権能について、どこまで知ってるの?」
そのアユミの発言に眉をひそめるマツリ。自分の能力の詳細が筒抜けである事が気に入らないらしい。
「全部知ってるよ。君の持つイーヴィティア神の権能の能力が、他者の認識改変だけでなく永遠の美を保たせる効果も備えている事もね」
そんなマツリに対し、挑発するように能力の全容を暴いてみせるアユミ。戦闘面での強化が一切されないというマツリの持つ権能の、それでも尚凶悪だと理解したもうひとつの能力だ。
「……気に入らないわね、あなた。どうやって権能の詳細を知ったの?」
「それをわざわざ教える理由はないでしょ?」
アユミが不自然な程に神の権能の知識を持っている事について尋ねるマツリだが、アユミは当然のように跳ね除ける。まあ、神様に直接聞きましたなんて本当の事を言ったところで信じられないと思うが。
「……まあいいわ。ねえあなた、私の能力を知っているなら、私の野望がどれ程現実味を帯びているのか、理解できるでしょう?」
マツリはアユミからその知識の理由を聞き出すのは諦めたようだが、今度は突然、笑顔を向け語り始めた。
「私が世界征服を成した暁には、私は全ての人類から崇拝され、信仰される。それは則ち、全人類の思想が統一される事を意味するわ。想像してみて? 全ての人々が私という偶像を崇め、讃え、心をひとつにするの。世界から思想や人種の違いから生じる争いが消え、その偶像が永遠の存在であるが故、永劫の平和を約束されるの。それこそが私が理想とする世界であり、この世界の理想であるべき形よ」
マツリが語った内容は、マツリが世界征服を達した結末。マツリが目指す世界の形。
人々の間に争いが一切起こらない、永遠の理想郷。
「ねぇ、素敵だと思わない? 誰もが憎しみ啀み合う事のない、素晴らしい世界……実現できるわ。私にならそれが可能なの。イーヴィティア神の権能はその為に授けられた力。私の知恵はその為に備えられた力。きっと口にする程簡単ではないわ。それでも、私はそんな世界の実現の為にこの身を捧げる覚悟もできている……ねぇ、私が目指す野望の果て。あなた達も見てみたいと思わない?」
……正直、驚いていた。シオンはこの少女は酔狂で世界征服等と宣っているものだと思っていたからだ。それが可能な能力を手にしたから、せっかくだし。面白そうだし。そのような感情でマツリが動いていると思っていた。
しかしこの少女は、その先、世界征服を成し遂げた後の世界までも本気で視野に入れていた。そして語られたその世界の在り方は、確かに誰もが夢想する理想の世界と言っても過言ではなかった。
そして、この少女ならば本当にそんな世界を実現させられるのではないか、とまで思えてしまった。
過程となるその手段は、帝国の意志に則った他国の侵略や魔族との結託という決して褒められた行為ではないのは確かだ。しかし、それは如何なる手段を用いてでも理想を実現させるという決意の現れ。最終的にそんな理想の世界が現実のものとなるなら……。
「あなた達が私の事をどう思っているのかは多少は理解しているわ。でも、考え直してみて。想像してみて。私の望む理想の世界を……ねぇ、私に協力してみない? 神の権能の能力を持つあなた達が味方になってくれたら、その理想の実現も簡単になるはずよ」
マツリは美しい笑顔を向け、シオン達に手を差し伸べてきた。
……どうするべきだ?
少女が語る野望の果てを聞き、シオンは心が揺らいでいた。他者を洗脳する危険な能力。しかしそれを悪用するつもりではなく、全人類の思想の統一の為に、世界平和の為に使う事を宣うマツリ。今までシオンは、少女の事を誤解していたのではないか。少女の理想の実現こそが、正しい選択なのではないか……。
戸惑い、悩み葛藤するシオン。しかし突然、
「……マツリちゃん、それは本気で言っているんですか?」
シオンの前に歩み出て、少女に問い掛けたのはエリスだった。そしてシオンには、エリスの漂わせる雰囲気が普段と違う事に気付いた。
……エリス、怒っているのか?
「勿論本気よ。素晴らしい理想だとは思わない?」
「いいえ。ちっとも思いません! あなたは間違っています!」
そしてエリスは、マツリの語る野望を、真っ向から否定した。
「確かにそんな世界が実現したら、平和な世の中になるかもしれません。それが正しいと思う人だって多いと思います。でも! あなたの理想はこの世界の人々の未来を奪う形になります!」
エリスが少女の理想が間違っていると断言する理由を語る。
「世界じゅうの人々があなたの為に生きる未来なんて、例えそれがその人々の幸せになるんだとしても、絶対に間違っています! 全人類をあなたの奴隷にすると言っているようなものじゃないですか! そんな世界、馬鹿げています!」
「何を……何言ってるのよ。それが人々を貧困にするわけではないわ。技術の発展を妨げる事もない。むしろ思想が統一される事によってこの世界の人類は新たなステージに踏み出す事に……」
「そんな事を言っているんじゃありません! マツリちゃんには他人を洗脳してしまう能力があるから知らないかもしれませんが、この世界の人々は自分自身の確かな意志で生きています! 私達が元々いた世界に比べれば不自由な事が多いし、厳しい環境にある世界です。それでも……」
マツリの震えた声での反論を遮り、エリスの叫びが続く。
「いつも気さくに話しかけてくれる、家族を大切にしている主婦の方がいました。たまにおまけしてくれたり値引きして下さる、気のいい商人さんがいました。ちょっぴり頑固で自分の拘りに自信を持っている鍛冶屋さんがいました。いつも冒険者さん達の身を案じてくれる、優しいギルドの看板娘さんがいました。よく冒険の自慢話に花を咲かせる、自分の仕事に誇りを持っている冒険者さんがいました……私みたいないい加減で余所者な女の子を、親身になって助けてくれて! いつも苦労をかけさせてるのにずっとずっと付き合ってくれた、大切な人がいます! あなたの掲げる理想の世界は、そんな暖かい人々のささやかな喜びを、歪めて変えてしまう! そんなの絶対に間違っています!」
……エリスがこの世界に来てから出会った多くの人々。その人々に触れあい理解した、皆の生活、営み、温もり、想い。全ての人々が善人ではない。しかし、皆が確かに各々の生活を大切にし、それぞれの理想を抱いて生きている。それを知るエリスだから、マツリの語る理想郷が間違っていると断言できる。
敵わないな、本当に。
シオンはエリスの側に寄り、その肩に手を置く。ありがとう、と。この世界に生きる者として想いを込めて。
「そういうわけだ。悪いが、オレもエリスもお前の理想を肯定できない。邪魔させてもらうぜ」
迷う事なく宣言する。止めてみせよう。少女の独りよがりな野望を。オレ達の手で。
「話聞いてたらなんか案外悪くねーかもなって思っちまったけど、やっぱねーよな。人間全員が洗脳された世界なんか、幸せだとは思えねーわ」
「所謂ひとつのディストピアというものだな。それがどれだけ異常な世界なのか、自覚できる我々が否定せねばなるまいて」
「それに穴だらけな理想だもんね。どうしてこんなに拗れちゃってるかなー?」
他の三人も、マツリの語る理想郷を否定する。マツリは明らかに暴走している。止められるのは、オレ達しかいない。
「……何よ……何なのよ……非合理的だわ。意味がわからない。どうして理解できないの? 幸福論なんてどんな環境だろうとどうとでも語れるわ。どうして最も理想的な結果を作り出せる可能性を否定するの? そんな曖昧で不安定で不公平な環境のどこが私の理想の世界よりも素晴らしいと言えるの?」
エリス達に自分の理想を否定され、うわ言を呟くマツリ。自分の理想の正当性を語っているが、その様子は見るからに動揺し戸惑っている。
「それ以上考える必要はねェだろ、女神様よォ」
そんなマツリに声をかけたのは、それまで側でシオン達とのやりとりを黙って聞いていた魔族の男、トバリだった。
「連中が同じ世界から来たからって、テメェと同じような不当な扱いを受けて来たわけじゃアねェってこった。見りゃあわかるぜ。何不自由なくのんのんと生きて来た、日和り頭のいい子ちゃん集団だ。人間の醜い面を見てきたお前だからこそ、この上ない理想の世界を想像できるんだ。連中に理解できなくて当然だ。お前は何も間違っちゃいねェ」
「……ええ、そうね。そうよ。そうに決まっているわ。私は間違ってなんかいない」
戸惑っていたマツリの顔を上げさせ、視線を合わせ説得するトバリ。不安げな表情だったマツリに、その瞳に再び意志が宿る。
おい、ずいぶん勝手な言い草だな。こっちの意見は全否定か。
というか、どうかしてるぞマツリ。そいつは人類の根絶を善とする世界の敵、魔族なんだぞ。そんな奴が世界平和の正当性を語るなんて、おかしいと何故気付かない。
「……なんか、話が見えてきたね」
「はい。あの魔族が原因ですね」
その様子を見てアユミとエリスが合点がいったらしく顔を見合わせて頷いた。恐らく、マツリに世界征服を促したのはあの魔族の男、トバリだ。マツリの力を利用し、その理想とは真逆の、人類の崩壊を企てているのではないか。
「女神様よォ! 他の異界人がお前とは相容れない可能性は考慮していただろォ? そしてその対策も! お前はこの日の為に力をつけてきた! そうだろォ!」
シオン達の疑いの眼差しを余所に、捲し立てるようにマツリに語りかけるトバリ。
対策? 力をつけた?
洗脳と不老の能力しかなく、身体能力は外見通りの少女でしかないマツリが?
「……ええ、そうね。こんな事、わかりきっていた。だから私は……」
トバリの言葉に頷くマツリ。いつの間にかその手には、石ころが……いや、魔石だ。相当な魔力が宿った、上質な魔石が握られている。
「ーー『真・速攻召喚』!『戦乙女』!!」
マツリは握っていた魔石を宙に放り、短い詠唱を唱えた。瞬間、魔石が砕け魔力が放出され、その魔力が魔法陣の形を描き、術式が構築される。
その魔法陣から、神々しい光が放たれ……一対の美しい純白の翼を背に生やした、輝く鎧を身につけた女性が現れる。
「これはっ!? 召喚魔術だと!?」
「そんな!? しかも今の……」
召喚魔術。実体を持たない精霊等の精神体の存在と契約し、その分霊を召喚、使役する魔術だ。シオンはそれくらいの話は聞いた事はあるが、扱う難易度が高く廃れた魔術系統という事も耳にした事があった。トモエが驚いたのも無理からぬ事だ。
しかもその魔術によって召喚されたのは、戦乙女……神話の時代に登場する、神々の軍勢を指揮する、戦う為に生み出された天使という伝説の存在だ。簡単に人間に従うような存在ではない。現に目の前のヴァルキリーから発せられるその威圧感は、シオンが今までに相対したどの魔物よりも強力で、自分では絶対に勝てないと確信してしまえる程にかけ離れた存在だと理解できてしまった。
マツリは以前会った時には、戦う術など何も持たない、権能の能力がなければ無力な存在だった。それがこの短期間で、伝説の精霊を配下にし、魔石による補助こそあったものの、これ程までに強力な精霊を一瞬にして召喚できる術式を構築させられる技術を身につけた。信じられない成長速度だ。
「恐らく、イーヴィティア神の権能は精霊に対しても有効なのだろう。精霊から無条件に信頼を得られる故、召喚魔術との相性は抜群だったわけだ。しかし、今の術式は……あれ程までに美しく完璧に構築された術式は見た事がない。俺でもあのような術式を再現できるかわからん。信じられん……」
マツリの使った召喚魔術を解説するトモエ。イーヴィティア神の権能が召喚魔術と好相性である事はわかった。だが、使用した術式の完成度の高さが、トモエですら驚愕する程の出来だったという話は、半ば信じられなかった。
「待てよ。イーヴィティア神の権能は身体能力の上昇は一切ないって話じゃなかったのかよ?」
「だから驚いているのだ。つまりマツリ嬢の知力は、権能による強化をされた我々に最初から匹敵していた事になる。間違いなく評価はAクラス。正真正銘の化け物だ」
……嘘だろ。
ただでさえ危険極まりない能力であるイーヴィティア神の権能が、元から怪物じみた能力を持っている人物の手に渡っていたという事なのか?
「待って、ちょっと待ってよ。ホント意味わかんないんだけど……」
マツリの魔術を目の当たりにし、混乱しているアユミ。非力な存在だと思っていた相手の、予想外の実力に驚くのは仕方ないが……アユミの動揺は過剰に見える。
「落ち着けよアユミ、何もそこまで……」
「落ち着いてられるわけないでしょ!? だって今の召喚魔術……」
アユミに冷静さを取り戻させようとしたシオンだが、アユミが混乱している理由を聞き、
「時空間魔術が組み込まれていたんだよ!?」
自分まで混乱してしまう事になった。
「……これは、今までの召喚とは違うわね。分霊じゃなく、私自身?」
「ええ、さっき体験した空間転移の術式を組み込んでみたの。ぶっつけ本番だったけど、上手く出来たみたいね。どう、レシオン? 調子はいいかしら?」
「完璧よ。あなたの為に万全の力で戦えるなんて夢のようだわ。さあ、何でも命令して、私のマツリ!」
「フフッ、さあ、始めましょう……黒騎士、レシオン。ここが私の決戦の舞台よ。私に勝利をちょうだい! 私の剣として、存分に戦って!」
ーーかつてない最大最悪の敵、マツリとの戦闘が始まった。




