黒騎士、白銀の君の宿敵と対面する。
「凄いわね、イーヴィティアの権能。まさか精霊まで手懐けられるなんて。私達魔族の悩みのひとつが簡単に解決しちゃったわ」
「お互い様よ。魔物を倒す手間が省けるなんて思ってもいなかったわ」
我とマツリが先程まで滞在していたセーレ地下迷宮、第九階層の暗闇を抜け第十階層を歩く一行。その過程で闇の精霊を戦闘する事なく懐柔してみせたマツリと、他の魔物を睨むだけで退散させた魔族達。今マツリと魔族の少女はその事を讃えあっている。
魔族は魔物を服従させる力があると聞いた事があるが、それは本当の事のようだ。しかしそれは精霊に対しては効かないらしく、その欠点を補ったマツリを称賛しているわけだ。
マツリと魔族が組んだら無敵ではないか?
「ねえあなた、良かったら私の元で行動しない? どうせ協力関係を築くなら悪くないと思うのだけど」
「むむむ、それいいかも。面白そうだし……でも、他のみんなと相談してからかな? 私達魔族はいつも人手不足だし」
我と同じ事を考えたのか、マツリは早速魔族の少女、ハクメをスカウトしている。意外とハクメも割と乗り気のようだが、即決というわけにはいかないようだ。
そのハクメだが、未だ素顔を隠す他の二人とは違い、フードを脱ぎ我々に顔を晒している。褐色の肌に気怠げな目が特徴的な、十代半ば頃の年頃の外見をした少女だった。顔の造形は可愛い、というよりは美人系か。
ハクメを誘った理由はやはり魔物との戦闘を回避できる利点からだろう。もし彼女がマツリの提案に乗ったなら、恐らく精霊契約の旅に同行する事になるか。我とマツリとハクメの三人で旅をする事になる。
……ふむ、マツリとはまた違ったタイプの魅力を持つ少女。悪くはないのではないか?
「期待しているわ……ところで、そろそろ話してくれてもいいんじゃないかしら?」
マツリは一旦スカウトする話題を切り上げ、トバリに話を促した。その内容は連中がこのダンジョンに来た理由だ。既に我とマツリの目的地であった第九階層も過ぎている。この先の何を目的として此奴等は進んでいるのか。
「説明するより見たほうが早いからなァ? ヒヒヒヒヒッ、まァ今は黙ってついて来てくれりゃア問題ねェぜ」
しかしトバリはその質問に答えず、誤魔化して歩みを続ける。相変わらず何かと癪に触る男だ。
「マツリ、あなたって異世界から来たんだよね? どんな世界だったの?」
トバリの返答に呆れるマツリに、ハクメがそんな事を尋ねてきた。好奇心旺盛な性格のようだ。
「期待している程面白い世界じゃないわよ。魔法や魔物なんて存在しなかったし」
「え、何それ。魔物はともかく魔法がないって、そんなんで生きて行けたの?」
「代わりに科学技術が発展した世界よ。利便性で言えばこの世界よりは優れていると言えるわね」
マツリはハクメの質問に、最初こそ適当に返していたが、ハクメの反応に気が乗ってきたようで、二人で楽しげに語り出した。中々に微笑ましい光景だ。考えてみればマツリの周囲には同世代の女の子はいなかった。年齢の近しい女子同士での会話を楽しみたくなるのも仕方ない事なのかもしれない。
二人が会話を弾ませながら、時折出現する魔物を追い払いつつ進む事数刻。我々はセーレ地下迷宮第十三階層、このダンジョンの最下層に到着した。
本来ならば魔物との戦闘が避けられない為に我とマツリでも一日はかけなければ到達できない速度での到着だ。戦闘がないだけでこんなにも容易く最下層に辿り着けるとは。
セーレ地下迷宮のダンジョンの最下層に鎮座する支配者はグリフィンだ。そのグリフィンは一度遠くから我々を凝視していたが、トバリが睨み返すと興味を無くしたかのようにそっぽを向いてしまった。ダンジョンの支配者すらも魔族の前では大人しくなってしまうか。
「ここが最下層よね? ここで何をするつもりなの?」
その様子を眺めていたマツリが改めて尋ねた。ダンジョンの最下層と言えば、支配者の魔物が居座っているだけのフロアである事が常だ。それ以外には何もないはずだが、見たところトバリ達はその支配者にも用はなさそうに思える。何の為にこんな所にまで来たのやら。
「いンやァ? 目的地はこの先だぜェ?」
しかしトバリは、思いもよらぬ事を口にした。最下層の、先、だと?
意味がわからないまま歩みを進めるトバリ達に着いて行くと、連中はフロアの中央に位置する場所で足を止めた。
そこでトバリはしゃがみ込み、地面に手を当て呪文らしき言葉を呟き始めた。その言葉はこの世界に伝わる、西方大陸共通言語とは異なる響きをしている。つまり、何を言っているのかさっぱりわからない。
すると、トバリの足元の地面が光を放ち始め、円形の輝きを作り出した。円の内側にはこれまた解読できない文字らしき模様がびっしりと描かれている。恐らくは、魔法陣だ。
魔族達三人はその魔法陣に足を踏み入れている。我はマツリを腕に乗せたまま、その外側からその様子を警戒しながら見ている。
「……これは何? 知らない呪文と文字なのだけれど」
我が思っていた事をマツリが問い質した。如何なる効果を持った魔法陣なのか判断できない。罠ではあるまいな?
「ヒヒヒヒヒッ、中に入ればわかるぜェ?」
「悪いものではないわ。現に私達はこうして魔法陣に入っているでしょう?」
その質問に対してもまたはぐらかすトバリ。しかし今回はハクメも一緒になって誘う。確かに何らかの害を及ぼす魔術なのだとしたら、それに率先して入るわけがないとは思うが……。
「……空間の揺らぎを感じるわね。召喚魔術……いえ、それよりも……もしかして……」
その様子を見ながらマツリは、何事かを呟きながら考察を始めている。さて、連中を信じるべきか否か。
「……入りましょう、黒騎士。だいたい予想できたわ」
そしてマツリは結論を出したらしく、トバリ達の誘いに乗る事にしたようだ。
しかし、予想できただと? 今の僅かな情報からか? 呪文も文字も知らないのではなかったのか?
疑問は尽きないが、マツリの判断は我が判断と同一。従わない理由はない。警戒を怠るつもりはないが、言われるがままに魔法陣の内部に入る事にした。
我々が魔法陣の内側に入った事を確認したトバリは、再び地面に、魔法陣に魔力を注いだ。魔法陣はすぐに起動し、それに刻まれた術式が発動する。全員が魔法陣から放たれる光に包み込まれ、視界は白く染まり……。
そしてその輝きは、あまり時間は立たずに弱まり、消えていった。いったい何の為の魔術だったのか疑問に思ったが、一瞬にしてその疑問は吹き飛び、新たな謎が目の前に飛び込んできた。
「ここは……?」
我が思わず呟いてしまったのも無理からぬ事だと理解して頂きたい。魔法陣の外に広がる光景が、魔法陣が輝き出す前と変わってしまっていたからだ。
それまで我々が居たセーレ地下迷宮の最下層は、遠くにグリフィンが鎮座しているだけのだだっ広い洞窟だった。しかし、今我の視界に映るのは、建物の広間の中央らしき空間だったのだ。
石造りの四方を囲う壁に、取り付けられた燭台の上に火が灯っている。魔術の術式の痕跡が感じられる事から、魔力が注がれる事によって点火される仕組みが施されている燭台なのだろう。
前方の壁には出入り口であろう扉がある。これはいったいどういう事なのか。
「やっぱり、空間転移魔術だったのね」
開口一番、その答えを出したのはマツリだった。マツリの予想とやらは的中していたらしい。
空間転移……つまりは、瞬間移動か! あの魔法陣はこの部屋の床に描かれている、同じような構造をした魔法陣に転移する為のものだったわけだ。
「おいおい、相変わらず気持ち悪い奴だなァ? 時空間魔術は人類には再現不可能の、神域の技術なんだぜェ? 文献にすら伝えられていないそれをどうして予想できたンだ?」
マツリが現状を言い当てた事に驚いたらしく、今度は逆にトバリが質問してきた。だが、気持ち悪い等とは貴様にだけは言われたくない。
「そこは異界人の視点として、と応えるべきかしら? 空間に作用する魔術なら私も会得しているもの」
その問いに対しマツリは何の気なしに応えた。なるほど、自身が扱う召喚魔術がヒントとなっていたわけか。
「言っておくが、てめェの召喚魔術と同じように考えンじゃねェぜ? 精神体の分霊の召喚と物質の転移とじゃア難易度が天と地以上の差があンだぜ?」
「それくらいわかってるわよ。この術式を再現しようとしたら莫大な時間と魔力が必要になるわね。決して不可能ではないけど、あまり現実的ではないわ」
マツリの返答に対し、トバリがこの時空間魔術とやらの難易度を語った。知力判定がA評価のマツリを以ってしてそれ程のコストを要するとなると、確かに実用的には程遠いか。
「ヒヒヒヒヒッ、笑わせる。この神域の術式を解析できたってのかよ?」
「そう言ってるのよ。相当複雑なのは確かだけれど……私に言わせれば、神域だなんて仰々しく言っているけれど、術式の構築論理が存在する以上、人の手に落とし込めるのは不可能ではないわ。再現する労力が途方もないからやりたくはないけどね」
トバリはマツリの発言を笑い飛ばしたが、どうやらマツリは本気で言っているらしい。言っている事はわかるが信じられないのも確かだが。一度魔法陣の発動を体験しただけでその構築内容を理解できるだけでも相当なものだからな。
「それで、ここは何処なの? あなた達のアジトかしら?」
時空間魔術についてはそれ以上語る事をやめ、マツリはこの場所について質問した。
「まァそんなところだ。この場所自体が本来の世界とは異なる空間にある、異世界みてェな場所だぜ。出入り口のねェダンジョンって言えばわかりやすいか?」
トバリはマツリの問いに答えながら、部屋の扉へ向かい歩き出した。他の魔族二人もそれに続く。我もマツリを乗せたまま着いて行く事にする。
「あの魔法陣の転移でしか出入りできない場所なのね……セーレ地下迷宮以外にも転移魔法陣は存在するの?」
「まァな。世界各地のダンジョンの最深部に設置されてるぜ。とはいえ、今じゃア大半は機能してやいねェがな」
トバリ達がダンジョンに潜っていた理由は、このアジトに行く為。そのアジトの出入り口は、世界各地のダンジョンの最下層だったというわけか。
「なるほどね。魔物が跋扈するダンジョンの最深部に、特定の術式をかけなければ出現しない魔法陣。出入りに相当手間がかかるけど、発見される可能性は限りなく低いアジトってわけね」
「そういうこった。言っておくが、こいつは俺様達魔族の最重要機密だぜ? 外にバラしたりするんじゃアねェぞ?」
「わかってるわよそれくらい。でも、もちろん私も利用して構わないわよね?」
「ケッ、ちゃっかりしてやがるぜ」
マツリとトバリが会話をしながら、建物の中を進んで行く。最初の魔法陣があった広間から出た先は、左右に幾つかの部屋への扉がある通路だった。トバリ達魔族はそれらの部屋には見向きもせず、真っ直ぐに通路を進んで行く。
「アジトに来たのは会議か何か? それとも、他のダンジョンに転移しての移動手段の為?」
「あァ、どっちかってェと会議だな」
歩き続ける魔族達に新たな質問をするマツリ。この場所に来てようやくトバリの口が軽くなったらしく、すぐにその問いに答えてくれた。
「俺様達はもうすぐでけェ仕事をする予定だ。その打ち合わせと下準備だな。てめェにも参加してもらうぜ?」
「そう……それは楽しみね」
トバリの発言に笑みを浮かべるマツリ。魔族の仕出かすでかい仕事……か。十中八九、人類に良からぬ影響を与えるものだろう。
とはいえ、マツリの目的は世界征服。帝国以外の国が弱体化するのはその理想に近付く結果に繋がる為、願ったりの展開と言えよう。順調に悪女しているな、我が君よ。
通路の突き当たりの扉は、外への出入り口のようだ。魔族達に続きその扉を潜ると、建物の外に出た。
その場所はここに転移する前のダンジョンを連想させる広い洞窟だったが、至る所に建造物が点在しているという明らかに異なる特徴も見えた。あれらの建物の中のそれぞれに、他のダンジョンに繋がる転移魔法陣が設置されているのだろう。
我とマツリがその景色を見渡していると、トバリ達は気にせず再び歩き始めた。我もすぐにその後を追う。
どうやら連中が向かっているのは、洞窟の中央に建てられている建造物のようだ。恐らくそこで魔族達が会議をするのだろう。
中央の建造物の内部は、最初に転移してきた建物と似た構造をしていた。トバリ達が向かう先、最初の建造物を参考に考えれば魔法陣があった広間だが、その方角から数人の人間の気配が感じ取れた。既に何人か魔族が居るのだろう。
我々は問題なく歓迎されるだろうか? いや、一悶着起こる可能性もあるな。多少は警戒せねばなるまい。そう予想を立てながら進む。
そしてトバリが広間の扉を開いた。そこではやはり、五、六人程の黒装束の者達が何事かを話し合っていた。疑うまでもなく全員魔族だろう。
「おう、到着したぜェ」
「トバリか……其奴等は誰だ?」
トバリの声に話し合っていた全員がこちらを向き、その内の一人が我とマツリを睨み尋ねて来た。
「例のイーヴィティアの権能持ちの異界人だ。でかいのはその操り人形だぜ」
「ごきげんよう、御紹介に預かりましたマツリ・カミドリよ」
トバリに紹介されたマツリは、我の腕から降り、ドレスの裾を摘んで会釈しながら自己紹介した。
しかしトバリの奴め、我の紹介があんまりではなかろうか。紹介された通りに振る舞わなければならないのが歯痒いが。おのれ、いつか目にもの見せてやる。
「……この緊急事態にさらに厄介事を運んで来たか貴様。よりにもよって人族を我等の聖域に招き入れる等、前代未聞だぞ」
そして予想した通り、魔族の内の一人が物々しい剣幕でトバリを責め立てる。やはりこうなるか。
「提案したのは私よ。メラベも同意したし」
助け船を出したのはハクメだった。その言葉にメラベも静かに頷く。
「メラベ、お前まで居ながらこのような暴挙を……」
「へいへィ! 討論は後にしようや。ンな事よりも緊急事態ってのは何だ? 何があった?」
トバリは魔族達の追求を遮り、先程この男が口走った点について指摘した。どうやら何かしらのトラブルが発生しているらしい。
「ヴァリブトルの解放に向かわせた四人のうち、三人の命が潰えたのじゃよ」
トバリの質問に答えたのは、腰の曲がった見るからに老獪な魔族だった。
「……本当? 誰が?」
「カツハ、ショウヨウ、アカナの三人じゃ。エンラはまだ生きておるが、光が弱い。恐らくもう助からんじゃろう」
魔族の老人にハクメが聞き返す。よくはわからぬが、魔族の仲間が死んでしまったらしい。
「その四人は決して弱くはないが……何が起こったのか確認は取ってはおらぬのか?」
「まだだ。しかし確認に向かわせるのも危険だろう。我々はただでさえ人員が少ない。これ以上死者を出すわけにはいかない。ヴァリブトルへの魔法陣の破棄を検討しているのだ」
メラベの質問に答えながら、現在話し合っていた内容を教える魔族の男。なるほど、数少ない構成員のうち三人が死亡、それが起こったダンジョンへの魔法陣の封鎖か。確かに異常事態のようだ。
「あなた達魔族は、仲間の死を察知できるの?」
「あァ、長老がそういう魔術を会得してンだ。俺様達魔族全員の生命活動を常に認識できる」
マツリの疑問にトバリが応える。長老というのはあの老獪な魔族の事だろう。
「ふぅん……ヴァリブトルって、アーヴァタウタ大国にある世界最大の難易度のひとつと言われているダンジョンだったわよね。でも、あなた達魔族は魔物を配下にできるのでしょう? 魔物に殺される可能性はないわよね?」
「まァな。考えられる可能性は、人間か精霊だな。とはいえ、上級精霊だろうがあの四人が負けるとは思えねェがなァ」
マツリが状況を整理する。トバリ達の口振りから察するに、そのダンジョンに向かった四人の魔族は相当な実力者だったらしい。
その四人が殺されたとなると、それ相応の強さを持つ魔物以外の存在がヴァリブトル地下迷宮というダンジョンに居る事になる。魔族達が転移魔法陣の封鎖を検討するのも頷ける状況というわけか。
「人間か、精霊、ね……ウフフッ、なら私の出番でなくて?」
そこまで聞いて、マツリが楽しそうに魔族達の前に躍り出た。
「私のイーヴィティア神の権能の力があれば、あなた達の同胞を殺害した存在を容易く服従させられるわ。人間であろうと、精霊であろうとね」
マツリの唄うような言葉に、魔族達は黙って注目する。なるほど、これはマツリが連中の信用を得る絶好の機会ではないか。
「そのヴァリブトル地下迷宮で何を成せば良いの? あなた達の望み、私が叶えてあげるわ」
緊急事態に困惑していた魔族達に語りかけられる、救いの言葉。こちらには背を向けているので確認できないが、きっと今マツリは満面の笑みを浮かべているだろう。
おお、これぞ悪魔の囁き……魔族に対してそれをしてみせるとは、恐ろしきかな我が君よ。
「……よかろう。トバリよ、案内してやれ」
間を置いて口を開いたのは、老獪な魔族、長老だった。
「長老、宜しいので?」
「我等の最も利となる選択であろう。但し、敵わぬようなら捨て置かれる覚悟は出来ておろうな?」
「ええ、構わないわ」
長老の同意を得て、マツリにヴァリブトル地下迷宮の調査が託された。
「む……エンラの光も失せた。急ぎ向かうが良い。お前が為すべき事はトバリに聞くが良い」
そして長老は、ヴァリブトル地下迷宮の残る一人の魔族の命も潰えた事を察知したらしく、マツリに出発を急かした。
「私も行ってもいい?」
「ならん。お前とメラベは予定通りに動け」
同行を提案するハクメだが、それは却下された。この二人は既に他の予定があるらしい。
「ちぇっ、残念。マツリ、生きて帰ってよ」
「当然よ。私のお誘い、帰るまでには決められるかしら?」
「あー、それなー。私の用事の後になると思う」
「そう。良い返事を期待してるわ」
マツリはハクメに別れの言葉を交わし、我の腕に乗る。歩き始めるトバリに再び着いて行く事になった。
「トバリよ、もし万が一お前の命が潰えた時は……」
「あァ、そン時はすぐに魔法陣を破棄するこった」
広間から出る直前、トバリと長老がそのような会話をし、その場を後にした。
「とりあえず、死んだあなた達のお仲間さんの確認が先決よね。それで、ヴァリブトル地下迷宮で何をすればいいの?」
広間を出た先の通路で、マツリがトバリに尋ねる。
「ヴァリブトルの出入り口は……あァ、転移魔法陣じゃなくて普通の入り口だぜ? そこは大国の兵士が管理してやがるンだ。そのままだと何かと不便だからなァ。その見張りを乗っ取りつつ、ダンジョンの解放機能を掌握する手筈だったンだ」
その質問の答は、聞くからに物騒な内容だった。
しかし、初耳の単語もあるな。
「解放機能? どういう事?」
「そいつは俺様が引き受ける事になるなァ? ヒヒヒヒヒッ、ま、後のお楽しみだぜ」
トバリの語る新たな単語に疑問を抱く我とマツリだったが、そこはまたはぐらかされてしまった。此奴め。
やがてトバリは我々が出てきた建物とは別の建造物のひとつに入り、その建物の奥の広間に到着する。広間の中央にはやはり、転移魔法陣が刻まれていた。
三人全員が魔法陣の内側に入ったのを確認し、トバリは魔法陣を起動させる。この場所に来た時と同じく、魔法陣から放たれる光に三人が包まれ……。
光が消えた後に目にした光景は……またしても、先程まで滞在していたものと似た建造物の内部の広間らしかった。
しかし、この場所は長らく人の出入りがなかったらしい事が見てとれた。床は瓦礫と埃に塗れ、天井は抜け落ち外の光が漏れ出していた。ここが、ヴァリブトル地下迷宮の最下層なのだろう。
「ヴァリブトル地下迷宮にも、建造物があるのね。相当廃れているみたいだけど」
我の腕から降り周囲を見回したマツリが感想を述べた。先程まで居た場所は魔族達のアジトだという話から何ら違和感はなかったが、ここはダンジョン内であるはずなのに建造物が存在している。そう考えると不思議な場所だ。
「ま、色々とワケありでな。さて、まずは死んだ連中でも探すかねェ? まだ外部要素の消去はされちゃいねェとは思うが……」
「……待て。誰か来る」
広間の外に向かおうとするトバリを、我が制止する。我が感知能力が、この先から近付いて来る何者かの存在を知覚したのだ。
「早速か。相手は何だ? 精霊か?」
「否……この気配、人間だ」
我が知覚した情報をそのまま伝える。恐らく迫り来る者も、我々の出現に気付いて近付いて来ているのだろう。
やがてその人物が広間に出て、我々にその姿を見せた……が。
我はその人物の姿に内心驚愕した。金髪碧眼の、年端もいかぬ少年だったのだ。まさか、このような少年が魔族四人を倒したのか?
しかし、その疑問はすぐに解決した。その少年以外にも、この建物に進入しこちらに向かって来ている複数の人間の気配を感じ取ったからだ。なるほど、冒険者パーティーか。
いずれにせよ、魔族を倒せる程の実力者集団となると警戒すべき存在……と考えるのが本来だが、我々には何ら問題はない。こちらには魔族や魔物以外の存在に対して、絶対的な洗脳能力を発揮するイーヴィティア神の権能を持つ、マツリが居るのだからな。
案の定、現れた少年はマツリに釘付けになっている。その表情は信じられないものを目にしたらしい驚愕のものだ。フッ、他愛ない。これで我等に仇なす存在も無力に……。
……おかしい。
何故この少年は、我が君、マツリに、イーヴィティア神の権能を持つ彼女に、敵意を向けているのだ?
「おぉ? ヒヒヒヒヒッ、誰かと思えば、いつぞやのイキったガキじゃねェか!」
突然、その少年の姿を目にしたトバリが笑い出した。まるで、その少年を……否。知っているのか。この少年を。
「ああ、成る程。ヴァリブトル地下迷宮はアーヴァタウタ大国内のダンジョンだったわね。ならばこの可能性も視野に入れておくべきだったわ」
今度はマツリが、その少年を目にした反応をした。マツリも、この少年を知っているのか。
そしてその時になって、この広間に向かって来ていた他の人間達が到着した。全員が十代半ば程度の年齢の、若い冒険者パーティーだ。
その内の一人、聖術師の法衣を来た黒髪の美少女が。
「え、嘘……マツリちゃん!?」
言い放ったのだ。我が君、マツリの名を。
そして我も理解した。アーヴァタウタ大国。冒険者。聖術師。思い出したのだ。以前マツリが語った、自身に屈辱を与えた二人組の男女を。
そのうちの一人、女性のほうが、我等と同じ異界人であると。
そう、此奴等こそが、我が君マツリの宿敵ーー。
「お久しぶりね、御機嫌よう……ええ、私よ」
自身の名を呼ばれたマツリは、その声に応えスカートの両裾を持ち上げ礼儀よくお辞儀をした。
冒険者、エリスとシオン。
我が君マツリの、最大の敵……!!




