再会。
「あの……アユミさん、ちょっとやり過ぎなんじゃないでしょうか?」
まだ生きている残った魔族の男の傷口を治癒しながら、エリスがアユミに抗議してきた。
切断された手足は放置されている。下手に抵抗されないようにだ。
治癒を続けるエリスの手は少し震えていた。いくら魔族と言えど、人の姿をした者が無惨に殺される様を目の当たりにするのは気分が良くないだろう。
「甘いよエリスちゃん。こいつら魔族は魔物なんかよりよっぽどタチが悪いからね。人間の悪人とかとは次元が違うよ。ボク達の事を根絶やしにする事しか考えてない連中なんだから」
そのエリスの訴えを冷徹に返すアユミ。この世界の人間であるシオンにとってはアユミの意見が一般的で正しい事だと思う。だが、人以外の種族が存在しなかったエリス達のいた異世界の人間から見れば、その考えがどのように映るのか……シオンには想像できないが、エリスや、未だ惨状から目を逸らしている他の二人の反応から、それがどれだけ忌避してしまう行為なのかは何となく理解できた。というか、アユミが容赦なさすぎると思ったのはシオンも同じだし。
「それでも……それが正しいのかもしれませんけど、でも、こんな……」
「……シオン君、君達って確か、国境砦の奪還戦に参加してたけど、エリスちゃんはその時に人を殺してはいないの?」
煮え切らない様子のエリスを一瞥し、アユミはシオンにそんな事を尋ねてきた。
「いや、誰も殺してはいなかった。マツリの件もだが、エリスは、ってか、お前ら異界人は敵だろうと人間を殺めるのは否定的だと思ってたよ」
どんなにマツリの危険性を説いても頑なに命まで奪う事はないと意見を曲げなかったエリス。マサヤもそれに同意見だった。故にシオンは、エリス達の他者の生死の価値観は元の世界の人間特有のものであると認識していた。
だからこそアユミの冷酷さに驚愕した。例外は彼女だけなのだ。
「なるほどね……うん、まあ、別にボクみたいになる必要はないよ。でも、こればかりは割り切って欲しいかな。これが為すべき事なんだって事は理解してほしい。汚れ役なら全部ボクに任せても良いからさ」
シオンの言葉を聞いたアユミは、どこか寂しそうにエリスに……いや、マサヤとトモエにも、他の異界人全員に向けて伝えた。
他の異界人とアユミとの違いは、この世界で生きてきた時間。アユミはエリス達よりも二年程早くこの世界に来た。その二年間で、この世界の在り方を身を以て知ったのだろう。
アユミは今でこそ神託の巫女と崇め奉られている立場だが、そこに至るまでの過程にどんな体験をしてきたのか。彼女は自分の過去を多くは語った事がなかったが、ここまで他の皆との価値観が変わってしまう程の、壮絶な過去があったのかもしれない。
「……治癒、終わりました」
エリスはそれ以上抗議する事なく立ち上がり、まだ生きている魔族の男から離れシオンの側に寄り添った。
魔族の男……確か、エンラと名乗っていたか。エンラは今は意識がない。四肢を切断された痛みに耐え切れず失神したのだ。その傷口はそれまで止めどなく流れ噴き出していた血は止まり塞がっている。
普通の人間ならばショック死していてもおかしくない程の重傷だが、魔族特有の生命力が命を繋ぎ止めたのだろう。
「ん、ありがと……これからまたこいつに酷い事するから、辛かったら無理せず離れてていいよ?」
アユミはエンラに近寄りながら皆にそう伝えた。やはり情報を吐かせる為に拷問するつもりらしい。
「私は残ります」
しかしエリスは、意外にもその忠告を無視しこの場に残るようだ。その目は、迷いのない決意が見てとれた。
「いいの? 絶対ヤな気分になるよ?」
「大丈夫です。私だってアユミさんの仲間ですもの。アユミさんだけに嫌な事を押し付けるわけにはいきません」
エリスはどうやら、アユミの考えを受け入れる事にしたようだ。ただ、その手はいつの間にかシオンの手を強く握りしめていた。不安を押し殺しているのだろうか。シオンも何も言わず、その手を握り返した。
「あはは、面倒な性格してるねエリスちゃん……わかった。他のみんなは?」
エリスの想いを汲み取り頷いたアユミは、残る二人にも尋ねる。
「あー、ホントはすっげー見たくねーけど、んな事聞いて俺だけ逃げるわけにはいかねーだろ」
「うむ、俺も個人的に魔族に聞きたい事があるからな」
二人とも明らかに引き気味だが、それでも残る事にしたらしい。絶対に見てて気分の良いものではない事がこれから行われるのだが。
「おっけ、シオン君も大丈夫?」
「ああ、そいつが何かやらかさないように見張っててやるよ」
シオンも当然のように残る事を宣言した。例え手足が無くなっていようと、魔術の行使は可能なのだから絶対に抵抗できないわけではない。感知能力に優れたシオンは最初から見張るつもりだった。
「ん。じゃ、始めよっか。ほら、起きなよ」
皆の意志を確認し、未だ気を失っているエンラの元に近寄りしゃがみ込んで、その頬を叩いて起こそうとするアユミ。エンラはすぐに意識を取り戻した。
「お、お前は……」
呻き声とともにアユミを確認したエンラは、自身の身体の異常に気付いたらしく顔を青ざめた。
「もう痛みはないでしょ? 君には色々聞きたい事があるからね」
「……他の連中は殺したのか」
自分を見下し語るアユミを睨みながら、おそらくは確信しているであろう事を尋ねるエンラ。しかしアユミは辛辣に、
「質問をするのはボク。君はただそれに正直に答えればいいの。素直に答えてくれないなら、ちょっと酷い事するからね?」
エンラの質問には問い合わず、淡々とこれから行う事を告げるアユミ。随分と抑えめな表現だが、拷問をされる事は察せるはずだ。
「…………っ」
アユミの対応にエンラはより表情を険しくし、睨む瞳に怨嗟の感情が見受けられた。
余程強く歯を食いしばっているのか、ギリギリ、ガリ、と、その音がこちらまで聞こえてきた。
仲間を殺された憎しみ、自身の手足を奪われた憎しみ……アユミに対する恨みは相当なものだろう。そのうえこれからさらに苦痛を与えようと言うのだ。
この様子ではそう簡単には口を割りそうにないな。シオンはエンラの態度を見てそう予想した。
「早速質問だけど、まず君達は何故ここに来たの? ああ、ついでに何処から来たのかも一緒に答えてよ」
しかしアユミはそんなエンラの様子も意に介さず、質問を始めた。
「…………」
だがやはりと言うべきか、エンラは何も答えようとせず黙ってアユミを睨み続ける。
……だが、エンラの額には脂汗が滲み始めた。これから行われる行為を想像し恐怖し始めたのだろうか。
「そう、答える気はないの。なら仕方ないけど……」
アユミはエンラの左肩、元々腕が生えていたその傷口に手を伸ばす。ああ、やっぱりこうなるか。
……しかし、そこでシオンは異変に気付いた。
「待てアユミ、様子がおかしい」
シオンの忠告を聞き即座にエンラから離れるアユミ。エンラが何らかの魔術を発動しようとしたと予想しての行動なのだろう。しかしシオンが伝えようとしていた異変はそれとは違う。
エンラの顔色がみるみるうちに土気色に染まり行く。呼吸もどこかおかしく、口元からは泡立った唾液が溢れてきている。目はいつの間にか焦点が定まっていない。身体も痙攣が始まった。
「まさか、毒か!?」
エンラの豹変を目の当たりにし、トモエがその理由を見破った。
「は!? 何でだよ? いつそんなもんくらったんだよこいつ!?」
「多分、奥歯に仕込んでたんですよ! さっき歯を食いしばってたの、歯を割って中にある毒を飲み込む為だったんです!」
「エリスちゃん! 早く治癒して!」
「は、はいっ!」
突然の事態に皆が混乱しかけてしまったが、アユミの指示を聞き慌ててエンラの側に寄り魔術を発動するエリス。飲み込んだ毒を解毒し、身体の異常を治癒し始めたが……。
「……駄目です。手遅れです……」
治癒が終わり脈と呼吸の確認をしたエリスが、神妙な面持ちで伝えた。余程強力な毒だったのだろう。すぐに対処したはずが、間に合わないとは。
「はあ、まさか自害するなんて思ってなかったや。でも、それだけ重要な事を隠してたってわけね。自害用の毒まで用意してるなんてさ」
自ら命を絶ったエンラ。アユミはその事実を冷静に分析した。
「もしかしたらまた組織的に動いているのかも。だとしたら厄介だね。あの魔法陣もできるだけ早く解析しなきゃ」
また、というのは半年程前にアユミが壊滅させた、大国内で活動していたという魔族の集団の事だろう。その時と同じ事がまた起きようとしていると予想を立てたらしい。
そんなアユミを他所に、エリスはエンラの苦しげに見開かれた両目をそっと閉じさせ黙祷していた。
「……本来ならそんな奴らにんな事する必要ないって言いたいところなんだが」
「駄目です。例え人類の敵で、私達とは到底分かり合えない存在だったとしても、彼等には彼等の意志がありました。死してまでそれを踏み躙る事はないはずです」
シオンの反応に対する返答に溜め息を吐きつつ、シオンもそれに倣う事にした。
面倒な性格、か。本当にそうだよ。難儀な奴だ。けど、それでいいと思う。それがエリスという人間なのだから。
「ひとまず、件の魔法陣の調査を最優先にすべきであろう」
「そうだね。トモエ、魔法陣の形状の記録はボクに渡せる? 先に城の研究施設に……」
トモエとアユミは今後の行動指針を話し合い始めたが、その途中でアユミが口を噤んでしまった。その理由はシオンにもすぐに理解した。また目の前の建物、遺跡の中央の大きな建造物の内部から魔術の発動を確認したからだ。
「どうやら、またあっちのほうから来てくれたみたいだね。今度はちゃんと聞き出したいけど」
アユミが時空間魔術の気配を認識した事をすぐに皆に伝えた。シオンは建物の内部に感知能力の意識を向ける。やはり建物の中央の広間で魔術が行使されており、やがてそこに新たな人物が三人、出現したのがわかった。
そして、
「え、ちょっ、シオン君!?」
シオンはその気配を感じた瞬間、建物の内部へ走り出していた。他の皆はここで待ち受けるつもりだっただけにその唐突な行動に面食らってしまったようだが、エリスが駆け出すのを皮切りにすぐにその後を追い始めた。
シオンは退廃した建物内の廊下を一目散に駆け抜け、床に魔法陣が刻まれている広間へと急ぐ。
おい。
冗談だろ。
ありえない。
まさか。
まさか……。
まさか!
そして、広間に到着したシオンを出迎えたのは。
「おぉ? ヒヒヒヒヒッ、誰かと思えば、いつぞやのイキったガキじゃねぇか!」
シオンの登場にいち早く気付き反応した一人、猫背気味な黒フードの男は、国境砦奪還戦の時に会った、ヴァスキン帝国に所属している魔族。
「…………」
シオンを無言で見詰める、驚く程の巨躯の、漆黒の鎧を纏った者。この人物は恐らく初対面のはずだ。
そして、その巨大な人物の側に居るのは。
「ああ、成る程。ヴァリブトル地下迷宮はアーヴァタウタ大国内のダンジョンだったわね。ならばこの可能性も視野に入れておくべきだったわ」
長い銀髪、白い肌とドレス、真紅の瞳の少女。
少女が歌うように呟いた時になって、駆けつけたエリス達も広間に合流した。そして、
「え、嘘……マツリちゃん!?」
その少女の姿を見て、驚愕の声をあげるエリス。
「お久しぶりね、御機嫌よう……ええ、私よ」
自身の名を呼ばれた少女は……マツリは、その声に応えスカートの両裾を持ち上げ礼儀よくお辞儀をしてみせた。
ーーシオンは創世の七柱の神が一柱、イーヴィティア神の権能をその身に宿す異界人、マツリ・カミドリと、ダンジョンの最深部で再会したのだった。




