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第七階層。

「シオン氏よ、近くに魔物はいないのだな?」


「ああ、オレ達以外に生き物の気配は感じない」


 皆で岩肌を降り、目の前に建ち並ぶ建造物を見詰めながらトモエとやりとりする。ここは確かにダンジョン内のはずなのだが……。


「これってどういう事ですか? ダンジョン内に人が住んでたんですか?」


 そして誰もが浮かんでいる疑問をエリスが呟く。今まで誰も訪れた事のないダンジョンのフロアに、文明的な建造物が存在していた。

 そもそもそんな場所があるダンジョンなど、シオンは今まで聞いた事もなかった。


「まだ何とも言えんな。調べてみる価値はあると思うが……如何かなアユミよ、探索に時間を割いても宜しいかな?」


 疑問に答えられないトモエだが、探究心を刺激されたらしくアユミに確認を伺った。

 このダンジョン探索の主な目的は魔物との戦闘ではあるが……


「ま、一日くらいなら構わないよ。ボクもちょっとは気になるし」


 アユミはその提案を了承した。少し寄り道になるが、興味があるのは全員同じのようだ。


「二手に分かれて探索しよっか。確か、トモエの地形把握魔術は周囲の状況の知覚にも応用できるんだよね? なら感知能力に優れてるシオン君とで分けるとして……」


「あ、なら私、シオン君と一緒がいいです!」


「うん、知ってた」


 分かれる話になってすぐにエリスが手を挙げシオンとの同行をお願いしたが、全員がその要求をしてくるとわかっていたのですぐに決まった。相変わらずなやつ。


 結果、シオンとエリス、トモエとマサヤとアユミの組み合わせになった。戦力的な面で少々不満があるが、魔物の気配が全くないのでまあいいか、という結論。


「お邪魔しまーす。誰かいませんか〜?」


「いるならオレが気付いてるよ」


「あ、それもそうですね。では遠慮なく〜」


 早速分かれて行動を始めて、エリスが目についた建物の入り口から内側に声をかける。シオンの指摘を聞き、建物の中へと入っていった。元々は扉が取り付けられていたのであろう長方形の穴を潜るエリスにシオンも続く。


 内部でエリスは魔術によって明かりを灯し見回していた。広さはやはり住居として問題なく人が暮らせそうな程度。しかし風化が激しく、壁や天井の至るところに穴まで空いていて、外からの光も射し込んできている。

 ちなみにその光の発生源はよくわからない。天井は岩壁であり、空は見えないのだが、洞窟系のダンジョンにはよくある事なので気にしてはいないが。


「ん〜、小物だとかみたいな道具は見当たらないですね?」


「そうだな。建物の劣化も激しいし、もし誰かが住んでいたのだとしても相当昔の事だろうな」


 シオンが触れた壁から、ぱらぱらと崩れた砂が地に落ちる。この建物が本当に住居として使われていたとしたら、それは数百年か、或いは千年以上は前か。


「建物の劣化具合からどれくらい経過したのか調べる技術って、この世界にはあるんですか? 考古学的な」


「あるにはあるだろうけど、オレは知らないな。専門の学者なんかなら……トモエならどうだろうな?」


 この建造物の経年劣化を知る知識を、トモエならもしかしたら把握していても不思議はないが……あいつがこの世界に来て積極的に学んでいたのは魔術関係なので期待はできないか。

 建物の内部からは人が暮らしていた痕跡は見つけられず、二人はその建物から出て次の建物に目星をつけた。


「シオン君はどう思います? 本当にここに昔、誰かが住んでいたと思いますか?」


 調査を進めながら、エリスが何気なくシオンに尋ねてきた。


「さあな。だがもしそのままここにこれだけの規模の人数が住もうとしたら問題だらけだと思うぞ」


 最初にこの場所を上から見渡した限りだと、建造物は街と呼んで差し支えない程多かった。しかしそれだけの人口がダンジョン内で過ごせるわけがない。そもそも、普通の人間はダンジョン内では食料の確保ができないはずなので、人数に関係なく暮らし続ける事はできないはずなのだ。


「じゃあ、有り得そうな仮説を幾つか考えてみましょう!」


 そこでエリスは楽しそうにそう宣った。トモエが好きそうな話題だな。どうせならあいつがいる時にでもしてやればいいのに。


「そうですね〜、まずは、この場所は元々は普通に人間が暮らしている地上の街だったんですけど、何かの拍子にダンジョンに取り込まれちゃったとか」


 早速思い付いた仮説を唱えたエリスだが、いきなりぶっ飛んだ想像だな。


「んな事が起こったなんて聞いた事ないぞ。それってつまり、地上では街ひとつが消えた事になるだろ」


「でしたら、この世界の街に限らずって考えたらどうです? こことは違う世界の街とか。異世界が存在する事はシオン君も知ってますよね?」


 すぐに否定したシオンだが、続くエリスの仮説になるほどと納得してしまった。あくまで想像の域だが、そもそもダンジョン自体が異界と考えられているくらいだ。その可能性は否定する事ができない。


「ちなみに、お前のいた世界では街ひとつが突然消えちまったって事はあったのか?」


「ん〜、どうでしょうね? 私のいた世界では全ての人類の歴史を完全に把握できてはいませんでしたから。近代になって誰も知らなかった大昔の人類の住んでいた痕跡が見つかったりとかしたりしましたよ? そう考えると、この世界でも全ての歴史を把握できているか微妙なんじゃないですか?」


 冗談のつもりで返答したが、エリスの語った内容は笑い飛ばす事はできそうにないものだった。シオンが知るこの世界の歴史もたかが知れている。この街が実はこの世界の地上に元々あった場所だという可能性は否定できないのではないか。誰にも語られる事なく歴史から消えた街が存在していたとしても不思議ではないかもしれない。


「まあ、それでもやっぱり空想でしかありませんけどね。これこそが証拠だ! って言える痕跡が見つからないと仮説は仮説ですよ。ん〜、ここにも何もないですね」


 二つ目の建物から出ながら肩を竦めるエリス。最初に入った風化しつつある建物と中は大差なかった。


「外見が他とは違う建物から探してみるか?」


「それもそうですね。あ、他にもこんな仮説なんてどうです?」


 周囲を見回しながら歩き始め、エリスが新たに思い付いたらしい仮説を語り始めた。


「この文明は魔物が生み出したとか。モンスターさん達の街ならダンジョン内でも生きていけますよね?」


 今度の仮説は、なるほど、ダンジョン内で生存できる存在が魔物のみならば、その魔物が作り出した街ではないかというわけか。一応ゴブリンのような、集落程度でこそあるが独自の文明を築く魔物も存在しているわけだし。

 だが、その仮説は致命的な欠落があるな。


「なら、その魔物連中は何処にいるんだ? ダンジョンの魔物生産機能がある以上、ダンジョン内で生み出された魔物は一定の数に保たれるはずだろう?」


 もしこの街を作り出したのがこのダンジョンで生まれた魔物だとしたら、ダンジョンの性質上その数が減る事はないはずなのではないか。シオンの知らないダンジョンの魔物生産能力の法則が存在しているのならば話は別だが、この街で生きていた存在達は明らかに滅びている。それではダンジョンの性質と辻褄が合わない。


「それもそうですね……でしたら、このダンジョンの外から来た魔物の集団が作った、というのはどうですか? それならダンジョン内で生存し続けられて、それでいて生産能力の範囲外なので滅んでしまう可能性もありますよね?」


「なるほど……いや、この第七階層までこの規模の魔物が潜って来たってのか? さすがに無理があるだろ」


「まあ、そうなんですけど……魔物の文明説は弱いですかね〜。シオン君は何か思いつきませんか?」


 エリスは今度はシオンに仮説は思い付かないか尋ねてきた。そうだな……。


「このフロアが、元々こういう地形っていうデザインで設定されたってのはどうだ?」


「え、それってつまり、文明とかがあったわけじゃなくて、それを匂わせるだけの場所って事ですか?」


 シオンが語ったのは、考察するのが馬鹿らしくなってしまうような仮説。しかし、ダンジョンというこの場所の性質上、実はそう考えるほうが最も可能性が高いのだ。ダンジョン内で文明が生まれていたなど、本来ならば信じられない事態なのだから。

 だがしかし、そんな結論を出すにしても、このフロアは不自然な点がある。


「あはははっ、凄い暴論が出ましたね。でも、それだと……」


「ああ、それなら魔物が出てきてもおかしくないはずなんだよな」


 このフロアの奇妙な点は文明の跡があるだけではない。ダンジョン内ならば事ある毎に出現するはずの魔物が一切存在しない事だ。

 その現状は、文明が築き上げられていても脅威となる魔物が現れない場所という理屈が容易に想像でき、この場所に文明が発達していた可能性を後押しする事に繋がっている。


「そもそも、どうしてここには魔物が出てこないんだろうな? 本当にこんな場所、今までのダンジョンの常識から外れている」


 ヴァリブトル地下迷宮の人類未到達領域である第七階層。そこはこれまでのダンジョンの常識を覆す、奇怪な場所だった。

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