新たな力。
「…………なんて?」
トモエの発言に己の耳を疑い聞き返してしまったシオン。聞き違いでなければ、かなり変な事を口走っていた気がするのだが。気のせいだよな? そうだよな?
「服を脱げと言っているのだ」
……聞き違いじゃなかった。
改めて発言したトモエの言葉に思わず背筋が凍った。
「待て。オレにそんな趣味はない!」
「やだ、トモエってばソッチもイケるの?」
「うわー」
「ど、どうしましょう、シオン君の貞操の危機なのに展開が面白すぎて笑ってしまいそうな自分がいるんですけど……」
もうほぼ笑っているエリスと、ドン引きしている他の皆。おいこらエリス。
いやまあ、わかってはいる。別にトモエが同性愛の趣味があってそんな事を言っているわけではない事くらいはわかっている。きっとそれが気功術の伝授に必要な事なのだろう。それでも普段のこいつの変人じみた発言の数々からどうしてもそんな事を連想してしまうのは無理もない事だと思って欲しい。そろそろこんな悪ノリもお開きにして……
「フッフッフ、シオン氏のあられもない姿を拝見する絶好の機会……デュフフフフフ!」
「それ以上オレに近寄るな!!」
皆の誤解を解くどころか、怪しい手付きと不気味な笑みを浮かべながら危ない発言とともににじり寄って来るトモエに必死に距離を取り叫ぶシオン。やばい、トリハダが。泣きそう。
「と、まあ冗談はこのくらいにしてだな?」
「冗談だよな? 本当に冗談だよな!?」
本気で抵抗するシオンを見てすぐに引き下がるトモエ。頼むからそういうの本当にやめてくれ。切実に。
「無論それが必要な事だからだ。ああ、脱ぐと言っても上半身だけで良いぞ? 望むならば別に下も脱いでも構わんが……」
「だからそういう事言うなって言ってんだよ! ああもうっ……」
相変わらずニヤリと冗談を付け加えながら説明するトモエを注意しながら、言われた通りに鎧を脱ぎ始めるシオンだが、
「え、あっ、ちょっ、ちょっと待って下さい! え? 本当に?」
「何だよ、どうかしたのか?」
それまで笑い続けていたエリスが突然顔を赤らめながらその行動を止めに入った。どうしたんだよ急に。
「あ、あの、えっと、えっとですね? こ、心の準備ができる時間が欲しいといいますか……ほ、本当にシオン君脱ぐんですか?」
「それが効率の良い方法なのだが、問題だと思うならばそのままでも不可能では……」
「い、いえいえ! 別にダメってわけじゃなくてですね!? むしろ嬉しいんですよ!? でもその、ちょっと急過ぎるといいますか……」
らしくもなくしどろもどろになるエリス。てっきりこいつはいつも通りに変なテンションになるかと思ったが。
もう話が進まなくなるのでエリスの事は無視して脱ぐのを再開する事にした。
「きゃっ、しっ、シオン君そんなっ、や、まっ、待って、あ、でもやめないで!」
「何なんだよお前は」
両手で顔を覆いこちらを見ないように……いや指の間からしっかり見てやがるな。しながら意味のわからない発言を繰り返すエリスに呆れながらも、トモエに言われた通りに上を脱いだシオン。で、どうするんだこれから?
「やだ、結構いいカラダ……どうしましょう、すっごいドキドキするんですけど……」
「可愛らしい反応をしているところ悪いがエリス嬢、そんな調子ではこの先身が持たんぞ? 気功術を伝授するのはエリス嬢なのだからな?」
「え? ……え?」
気が気でなさそうなエリスだったが、トモエの指摘に我に帰ったらしく、聞き返して固まってしまう。
「脱いでもらったのは体内の魔力の循環の中心となる胸部に障害物のないよう直接触れられるようにしてもらう為だ。それを実行するのは他でもないエリス嬢なのだぞ?」
「え……ええええええ!?」
そしてシオンを脱がせた理由とこれから行う行為をエリスに教えるトモエ。わざわざ脱がされたあたりで何となく予想できていたが、エリスにとってはそうではなかったらしい。
「なんだ、お前が喜びそうな展開じゃねーか?」
「や、あのっ、そんな事言われましてもですね!?」
「調子狂うな……今更そんな反応されてもこっちが困るんだが」
「だ、だって! そりゃあ口では何とでも言えますけど段階とか色々あるでしょう!? いきなりそんな、私だって一応乙女なんですからね!? 恥ずかしいものは恥ずかしいですっ!」
エリスはだいぶ混乱しているのか、早口で顔を真っ赤にしながらよくわからない心情を吐露した。普段のノリは何処へやら。
「ていうか、お前が思ってるようないかがわしい事は一切ないからな? 気功術の伝授だぞ?」
「へ? あ、えっと、はい、まあ、それはそうなんですけど……」
こいつ、やっぱりヤらしい方向に考えてやがったな。
シオンからすれば気功術を会得できるかもしれないまたとないチャンスなのだ。真面目な話だし至って健全だ。おかしいのはこいつの頭の中だけだ。
「何も考えずに義務だと思ってやればいいだろ。オレの心肺蘇生の為に人口呼吸も躊躇なくできたくらいなんだしそれくらいどうって事ないだろ」
「今それ言います!?」
「え、何それ詳しく」
「わー!? 思い出したら物凄く恥ずかしくなってきたんですけど!? どうしてくれるんですかシオン君!?」
落ち着ける為に言ったつもりだったがどうやら逆効果だったようだ。狙ってはないぞ? ホントだぞ?
「とにかく、これは気功術が会得できるかどうかっていう大事な作業なんだ。やってくれないと本当に困るんだが」
「うぅ……わ、わかりました。私も覚悟を決めます」
説得の末、どうにか落ち着いたエリスはようやく頷き、おどおどとシオンの元に近寄る。ちらちらとこちらを見ては泳ぐ目線が何だか新鮮だ。まさかこいつにこんな一面があったとは。
「で、胸のあたりに触るのか?」
「うむ、そこからまずはエリス嬢にはシオン氏に魔力を注いで頂きたいのだが……」
「ま、待って下さい! その、背中から! 背中からじゃ駄目なんですか!?」
エリスは耐え切れなかったらしくトモエに妥協案を出してしまう。なんか、今のエリスは可愛いな、なんか。
「まあ、恐らくは問題あるまい。それでもいいだろう」
「ほっ……で、ではシオン君、あっち向いてくれますか?」
「へいへい了解」
今のエリスを眺めているのが楽しくなってきていただけに少し残念な気がしなくもないが、これ以上時間をかけるもの何だし、素直に従う事にする。
「あ……」
「ん? どうした?」
「痕……残ってるんですね……」
エリスが呟いたのが何の事か一瞬わからなかったが、直後にエリスがシオンの背に触れてなぞった箇所を感じて思い出した。
バンダースナッチに貫かれた傷痕だ。
「……ごめんなさい、落ち着きました。トモエさん、シオン君に魔力を注ぐんですね?」
エリスはその箇所に触れたまま、普段よりも真面目な声音でトモエに確認した。
エリスが傷痕を見て何を思ったのかはあえて聞かない事にしよう。だがもしも未だに自分の責任に感じているのだとしたら訂正してやりたいが、今は後回しだ。
「うむ。ただし、注いだ魔力から意識を手放してはならんぞ。できるかね?」
「やってみます。では……」
早速エリスは実行に移したらしい。直後、シオンはエリスに触れられている背中から、じんわりと暖かい何かが伝わり、身体の中に拡がって行く感覚を覚えた。
これが、エリスの魔力か……。
「あ……」
「シオン君? 大丈夫ですか?」
「あ、ああ、大丈夫だ。続けてくれ」
慣れない感覚に思わず声が漏れてしまったシオン。少し気恥ずかしくなりながらも適当に誤魔化した。
だって何かこの感覚、気持ちがいいというか……。
「エリス嬢、シオン氏の体内の魔力は知覚できるかね?」
「えっと、はい。何となくですけど」
「では、そのシオン氏の魔力を伴いながらシオン氏の身体に魔力を巡らせるように動かせるかね?」
「やってみます……こう、かな?」
エリスはトモエの指示を聞きながらシオンの体内に注ぎ込んだ魔力を動かし始めた。その時になって、シオンは自身の魔力を初めて認識した。これが、自分の……。
「あれ?」
「……む? エリス嬢。何か妙だぞ?」
「は、はい。これ、どうなって……」
そこでエリスと、シオンの体内の魔力の循環を感知能力によって観察していたらしいトモエが想定外の事態に気付いた。シオンにも二人が戸惑っている理由は理解できていた。
シオンの体内で、シオンの魔力と接触したエリスの魔力が、互いに溶けて混ざり合ってしまったのだ。
「……エリス、ちょっと離れてくれないか?」
「え? あ、は、はい」
驚いているエリスの手から離れたシオンは、体内に残っているエリスの魔力も自分の魔力に取り込み融合させた。自分の魔力を自覚できた時点で、何となくその動かし方もわかりつつあった。
……二人の魔力が融合した魔力から、とてつもない力を感じてもいた。
シオンは融合した魔力を身体じゅうに巡らせるように動かし始める。確か、体内の魔力を全身に流動させる技術が気功術だという話だったはずだ。ゆっくりと、少しずつだが、それを自分だけで実行してみる。
まだまだ拙い印象が自覚できるものの、形だけは気功術らしくなったか。そう認識した頃、シオンは自身の身体から光が溢れ出している事に気付いた。
「……これ、気功術じゃないのか?」
自分の身体の異変に驚くシオン。他人が気功術を使用している時はこんな光は発していなかったはずだが。
いや、理由はわかっている。間違いなくエリスの魔力と融合した魔力を使ったのが原因だろう。それ以外に理由が考えられない。この光は何となくだが、よくエリスが使っている魔術の光に似ている気がするし。
「あの、トモエさん? これって成功なんですか?」
恐る恐るこの結果をトモエに尋ねるエリス。その当人は何故かとても嬉しそうに、
「これは……実に興味深い! シオン氏よ! どうやら貴殿は気功術以上の能力を手に入れたようだぞ!」
そんな結論を語ったのだった。




