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苦悩。

 ヴァリブトル地下迷宮探索開始から五日目。シオン達一行は第五階層に到達していた。


 第五階層の地形は、しんしんと粉雪が降り続ける、白一色の雪景色。第二階層の砂漠地帯とは真逆の寒冷地帯だ。

 ひとつのダンジョンのフロアにここまで極端に異なる環境が成り立っている例はシオンは過去に聞いた事がない。もっとも、ダンジョンの各階層はそれぞれ連なって構成されているわけではなく、異界と異界を繋いで構成されているというのが通説である為、この事例自体は不自然という程ではないのだろう。詳しい理屈は知らないのであくまでも予想だが。


 この環境での寒気自体は、またもトモエの魔術によって軽減されてこそいるものの、それでも寒いものは寒い。こんな過酷な環境のフロア、できれば早く抜けてしまいたいフロアだが……ここでもやはりトモエはマッピングがしたいらしく、第四階層のマッピングを完遂させた手前、皆が拒否するのも忍びなく思い了承したのだ。


 現れる魔物は、やはり冷気を操るものが多い。他にも雪原に溶け込むような白い身体をした魔獣や、寒い環境に適応する為に長い毛に覆われたもの等。それぞれ見失いやすかったり長毛によって防御能力も高かったりと何かと厄介な特徴が多い連中だ。


 しかし、その魔物達は序の口であった事をシオンは今思い知っていた。


 シオンの全長が目の前の魔物の膝あたりの高さしかない。

 巨木のように太い足首。見上げる程の巨体。青白い肌。


 巨人種の魔物、フロストジャイアント。

 それが、数十体。


 始めにシオン達が遭遇したのは単体のフロストジャイアントだった。皆はその巨体に驚きながらも、苦戦する程の展開にはならず倒す事ができた。問題はその後だった。

 フロストジャイアントは息絶える直前に断末魔の叫びをあげた。それから程なくして、その声を聞きつけたのであろう複数のフロストジャイアントが姿を現したのだ。


 巨人種が群れを成すという事例は聞いた事がない。死の間際にあのような行動を取る事も。恐らくはこのダンジョンに生息するフロストジャイアント特有の特性なのかもしれない。とにかく、シオン達は連戦を強いられたのだ。


 巨体というのはそれだけで強力な武器となる。これ程の体格差ともなれば、こちらにとっては連中の身じろぎひとつで強打と成り得る。攻撃範囲も言わずもがな。まともに一撃を受けてしまえば、例えエリスの防護魔術による防御力を持ってしても致命傷になってしまうだろう。相手からすれば的が小さい為に攻撃を命中させにくいだろうが、それを踏まえても危険である事に変わりない。


 だが、規格外の能力を持った異界人の皆はそんなフロストジャイアントの群れにも善戦していた。


 エリスは迫り来る攻撃を防壁魔術プロテクションで防ぎ、聖光矢ホーリー・レイで的確にダメージを与えつつ、皆のサポートも欠かさない。


 トモエも今回はマッピング作業は中断し戦闘に参加している。魔力の流動の変化による敵意の矛先を向けられない最低限の詠唱の魔術で戦況を優位に進め立ち回る。攻撃魔術に関しても、最初にアユミに指摘された相手に合わせた効率的な魔術の選択という課題も既にクリアしている様子だ。無駄のない素晴らしい動きだ。


 遠距離攻撃の手段を持たないマサヤは縦横無尽に辺りを駆け回り翻弄し、フロストジャイアントの巨体を一気に駆け登り、痛烈な斬撃を頭や首に与え驚くべき戦果をあげている。現在最も活躍しているのは間違いなくマサヤだろう。


 そしてシオンは、何もできないでいた。


 マサヤのようにフロストジャイアントの巨体を駆け登ったり、跳躍できる脚力はない。足元にしか攻撃が届かず決定打は与えられない。体格差故に標的をこちらに向けさせるようなヘイトコントロールもできない。皆の足を引っ張っているわけではないが、上空で静観しているアユミを除きシオンだけが全く活躍できていない。


(何か……何かないか? オレにできる事は……)


 異界人達と自分に実力差があるのは始めからわかっている。それでも今までは戦闘の中で自分の役割を見出し活躍していた。だが、この現状はどうだ? 明らかに自分は必要ない存在ではないか。

 フロストジャイアントの攻撃を掻い潜りながら必死に己の役割を模索するシオン。しかし、その答が出ないまま戦況は進んで行く。シオンの出る幕がないまま。


 ……今までは、自分には役割があった?

 それは本当に自分にしかできない事だったのか?

 自分がいなくても、このパーティーは問題なく、何も変わらず戦闘に勝利できているのではないか?

 自分は、本当に必要な存在なのか?


 焦る心が生み出す後ろ暗い感情が頭をよぎり、その思考が少しずつこびりついて、離れない。


 トモエの魔術による炎弾が巨人の頭部に直撃しその巨体をよろめかせる。巨人の拳をエリスの防壁魔術が防ぎ、反撃に放たれた十字架状の光のエネルギーがその拳を焼く。マサヤがまた巨人のうちの一体の首を跳ね飛ばし、他の巨人が殴りかかってくるのを難なく避ける。その間、シオンはただ巨人達の攻撃を避け続けているだけだった。


(考えろ、考えろ、考えろ、考えろ……!)


 戦況を探り思考を続けるシオン。そんな中、それまで他の二人のサポートをしながら立ち回っていたエリスがシオンに近付いて来た。疑問に思ったが、すぐにその理由は判明した。


「『防護魔術プロテクトアーマー』!『武装強化魔術エンチャントウェポン』! シオン君、そろそろ補助が切れる時間でしたよね!」


 エリスはシオンに補助魔術をかけ直す為に近付いたのだ。補助効果が失われる頃をあらかじめ見計らっていたのだろう。


 ……貴重な戦力となって戦っているエリスが、わざわざ戦線から離脱してまで、何の役にも立っていないシオンの補助をしに来たのだ。


「っ……」


 その行動が、シオンの思考に確信を与えてしまった。




 ーーオレは、足手まといだ。






 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 結果として、フロストジャイアントの群れは苦戦する事なく撃退できた。シオンは全く活躍できないままに。


 その後一行は今回も手頃な洞窟を見つけ、その内部で休息を取る事にした。トモエの魔術によって暖をとれるのでこんな環境下でも快適だ。ようやくひと息つけるわけだが、


「シオン君、大丈夫ですか? 何処か怪我しているのでしたら……」


「いや、大丈夫だ。何でもないよ」


 浮かない顔をしていたシオンを心配そうに気遣うエリスを、適当にやりすごすシオン。今のシオンの葛藤を口に出したところで、解決案が出てくるとは思えない。


「シオン氏よ、先の戦いで疑問に思ったのだが……」


 そんなシオンに、唐突にトモエが尋ねてきた。やはり何の役にも立っていなかった事の指摘だろうか。そう思ったが、


「シオン氏は気功術は会得してはいないのかね?」


「……え?」


 それは予想していなかった質問だった。何故今更そのような事を聞いてくるのか。


「オレは気功魔術の適性もそんなに高くはなかっただろ。お前が鑑定したんだから……」


「いやいや、シオン氏よ。確かにシオン氏は術式を必要とする気功魔術を簡単に扱える程の適性ではなかったのは確かだが、それを必要としない気功術を扱う程度ならばじゅうぶんに可能なはずだぞ?」


「え、何? シオン君今まで気功術使ってなかったの?」


 トモエの解説を食事の準備をしながら横で聞いていたアユミが驚いた様子で会話に参加してきた。


「うむ、シオン氏の動きが芳しくないように見えたので失礼ながらそれとなく観察させて貰っていたのだが、戦闘中の魔力の動きを見た限りはエリス嬢の補助のみで戦っていた様子だったのだ」


「マジで? 結構強いからてっきり気功術も込みの実力だと思ってた。へー、そうだったんだ」


 トモエはシオンが活躍できていない事に気付いていたらしく、シオンの事を観察していたらしい。そしてアユミはシオンが今まで気功術を使っていなかった事に関心している。


「シオン氏は今でも中々の実力があるのだから、気功術も会得したならば本当に我々権能持ちの異界人にも匹敵する強さになるやもしれん。実力だけでなく、マサヤが行っていたような巨人の身体を登攀したり、高い跳躍も可能となるだろうからな」


「あれはやっててスカッとするぜ! てか、気功術ってあれか。戦ってる時になんか身体の中をぎゅんぎゅん流れてるみてーなやつ?」


「こんなアホでも使える気功術なのにねー」


「ぅおい」


 理屈や名称をよくわからないまま気功術を使っていたらしいマサヤに相変わらずの辛辣な言葉を投げるアユミ。マサヤは気功魔術適性が高かったので無意識に会得していたのだろう。さすがは闘神の権能スキル持ちと言ったところか。


「……気功術を使うのにもセンスがいるんだろ? 他人に教わるのも難しいって話だし」


 マサヤを弄って盛り上がる皆に話を戻して問題を指摘するシオン。気功術を扱うには本人の感覚が頼りらしく、万人に共通する具体的な使用法は存在しないとされている。そのセンスがなければ、修得は困難。そんな気功術をそう簡単に身につけられれば苦労はない。

 せっかくのトモエの提案だが、とてもではないがシオンの実力向上には至らないだろう。


「一般論では、な」


 だがトモエはそれでも尚、眼鏡をくい、と指で上げ光らせ不敵な笑みを見せた。


「もしかして、簡単に気功術を教えられる理論とか編み出したの?」


「いやいや、そんなまさか。そこは覆しようのない設定だ。個人の体内魔力の流動の感性など、文字通り感覚でしかわからんものだよ……だがしかし!」


 そこまで語り、トモエはびしっとシオンに指を向けた。人を指差すんじゃねーよ。


「俺の予想が正しければ、シオン氏に限っては教えられる可能性が高いと踏んでいる!」


「……何故オレならなんだ?」


 自信ありげに宣言するトモエだが、その理由が全くわからない。どうしてシオンだけが例外的に気功術を教わりやすいのか。


「おっと、勘違いなさるな。教えるのは俺ではなくエリス嬢だ。エリス嬢ならばシオン氏に簡単に気功術を伝授できると予想している」


「私がですか?」


 続いて指を向けられたのはエリスだ。何故、と尋ねる前にその理由の心当たりが浮かんできた。


「寵愛のスキルか?」


「いかにも。ルキュシリア神の寵愛のスキルの内容には、信仰魔術による補助効果が他人より効率よく付与されるというものがあるが、厳密に言うと元となるルキュシリア神様の持つ魔力との適合率が極めて高いというのが理論である! 神の権能のスキルによる対象への能力上昇はすなわち……」


「長い。三行で」


 トモエが生き生きと自分が導き出した理論を説明し出したところで、アユミがばっさり切り捨てた。うん、まあ、気持ちはわかる。


「つまり! シオン氏とエリス嬢の魔力の同調率は限りなく百パーセントに近いというわけだ!」


 説明を邪魔されたもののトモエはめげる事なく簡潔に理論を纏めた。なるほど。なるほど?


「えっと、同調率? よくわかりませんけど、それがどうしてシオン君に気功術を教えやすくなるんですか?」


 そして皆が疑問に感じたであろう事柄をエリスが口にした。こいつ、話を纏めたように見えて実は結論を述べてないぞ。


「うむ、とにかく論より証拠と行こうか。さて、シオン氏よ」


 質問に対してトモエは答えるのではなく、実際に試させるつもりらしく、シオンに向かって、


「まずは服を脱ごうか」


 問題発言をした。

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