あちらとこちらの時差。
「はーっ、やっと抜けたか!」
ダンジョンの階層を繋ぐ通路に駆け込み、皆の気持ちを代弁する台詞をマサヤが吐いた。
「もー、汗でびしょびしょですよー。あー、お風呂に入りたーい!」
「ようやくひと息つけるか……皆の者、気温差で不調を起こしてしまったらすぐに報告するように!」
「気温つえー。モンスターよりつえー」
それぞれが汗を拭いながら、口々に文句を呟きながら身体を休める。シオンに至っては声を出すのも億劫な程だ。あ、頭が回んねー。
ヴァリブトル地下迷宮の第二階層は、見渡す限り広大な砂漠が続く過酷な環境だった。
照りつける日差しと熱砂が冒険者の体力を容赦なく奪い続ける、最も厳しい地形のダンジョンのひとつだ。そんな環境が二階層に構えられているとは。最高峰のダンジョン、恐るべし。
一応トモエの外気を遮断するエンチャント系の魔術のおかげである程度はそれも軽減できてはいた。
その補助魔術をかけて貰った当初こそ誰かさんは「これなら砂漠なんか楽勝だぜ!」等と宣っていたが、それもこの有り様だ。世の中そんなに甘くはない。
勿論出現する魔物も並大抵の強さではなかった。が、二階層にいる間はアユミも積極的に戦闘に参加した為にかなり楽に討伐できていた。曰く、「こんなところでチマチマ戦ってられっか!」との事。
ただし、一度だけ炎の精霊に出くわして昨日語っていた通りアユミは手出しできずにもどかしそうにしていたが。
「シオン氏よ、外の時間だと今はどれくらいになるかね?」
皆が休んでいる中、トモエが呼吸を整えながら尋ねてきた。風景に変化がないダンジョン内では、感覚的に時間がわかる者にしか現在時刻が把握できず、そしてその感覚を持っているのはこの中でシオンだけだ。
「あー……だいたい、もうちょいで日が沈む頃だ」
「ふむ、そうか。ならば第三階層ではまずは一泊できる場所を探す事にしよう。三階層の地図は……」
シオンの返答を聞き予定を決め、それまで広げていた第二階層の地図を仕舞い、新たな地図を荷物から取り出すトモエ。ヴァリブトル地下迷宮の市場に出回っている精確な地図は三階層までなので、ここまでは地図を頼りに行動できる。
「なあ、思ったんだけどよ、この階段で休むのって駄目なのか? ここってモンスターも来ないんだろ?」
その様子を見ていたマサヤがそんな疑問を投げかけてきた。ああ、そういえば説明してなかったな。
「シオン君達から聞いてないの? ダンジョンの階層を繋ぐ通路は魔力の循環が異常だから、長居していると体内の魔力が乱れて冒険どころじゃなくなっちゃうんだよ? 身体を休めるどころか、どんどん気持ち悪くなってくるんだからね」
「はー、マジか。ちゃんと理由があんだな」
マサヤの疑問はアユミが答えてくれた。冒険者の間では基礎知識なのだが、異界人であるマサヤが知らないのは当然だ。因みに過去に同じ質問をエリスがした事があり、エリスにはその時に教えている。トモエは調べ物が好きな性分のようなので自分で調べて把握していたのだろう。
「さて、そういうわけなので早めに出発すべきだと思うが、皆の者、準備は良いかな?」
「はい、大丈夫です」
「おう、次は砂漠じゃねーんだろ?」
「うむ、第三階層は濃霧の立ち込める森林だ。視界が良好とは言えない環境であるが故、魔物からの奇襲には気をつけなければならない。シオン氏の感知能力が光るフロアと言えよう」
「シオン君大活躍の予感! また惚れ直しちゃいますね!」
「あーはいはい。じゃ、早速行くか」
いつものエリスの大袈裟な持ち上げを流しながら、シオンは次の階層へと伸びる階段を降り始めた。皆もその後に続く。
階段を降り通路を抜けた先はなるほど、トモエの言う通り非常に濃い霧があたりに充満した、薄暗い森の中だった。
「おー、シートリー地下迷宮にも似たような霧が深いフロアがありましたけど、それ以上ですね。頼りにしてますよシオン君!」
「確かにあったな。まあ、近くに魔物がいればすぐに気付けるとは思うけど……トモエ、目ぼしい場所は見つけたか?」
「うむ、ここから左手に進んだ先にバジリスクが寝ぐらにしている洞穴があるようだ。そのバジリスクにはドロップアイテムになって頂き、その洞穴で一夜を過ごすのは如何かな?」
「発想が賊か何かだなもう……まあ、それでいいか」
トモエの語る今回の野営地は、魔物の住処を奪う提案だった。既に第一階層で似たような事をしているので文句も多くは言うまい。
だがしかし、その場所を住処にしているバジリスクという魔物もまた危険極まりない存在なのだが、当然のように倒す方針になっている事すら当たり前という考えに至っている。それどころかむしろバジリスクに同情までしてしまいそうになる始末。哀れバジリスク、こんな物騒な集団に目をつけられたばかりに。
感知能力の優れたシオンと、地図を確認するトモエを先頭に、霧の中目的地へと進み始める一行。今のところ、近くに魔物の気配は感じられない。
霧の向こうの木々に気をつけながらも淡々と歩き続けている中、暇を持て余したのか、エリスとアユミがどちらからともなく歌い始めた。
シオンにはあまり馴染みのない曲調だが、軽快でアップテンポな曲で自然と気分が高揚してくる歌だ。それでいてその歌詞はどこか皮肉めいていて、風刺的な内容という妙にアンバランスな印象。おそらく、いや間違いなくこいつら異界人の元いた世界の歌なのだろう。そんな歌を二人で仲良く口ずさんでいる。
……いやいや、お前らここダンジョンだからな?
「あっはは! 懐かしいな〜。元いた世界の歌なんて歌ったのどれくらい振りだろ?」
「んふふ〜、綺麗にハモると気持ちいいですね〜」
歌い終わって満足したらしく、エリスとアユミは笑いながら思い思いに語り出した。今の歌を聞いて魔物が寄って来る可能性を考えていないのかこいつらは。いや、例え寄って来ても返り討ちにできるだろうから気にしてないのかもしれないが。
「でも今の歌ってボクがまだ元の世界にいた頃に流行ってたやつだから、もう二、三年も前の曲だよね? 最近はどんな歌が流行ってるの?」
「え? 別にそこまで……え? あれ?」
「んあ? 今のってそんなに経ってねーぞ? 結構最近のやつだよな?」
「ふむ……考えてみれば妙だな。何故今の曲をアユミが知っているのだ?」
「え?」
歌っていた歌について語っている最中、皆が妙な事に気付いたらしく立ち止まってしまった。シオンも仕方なく振り返り、皆の会話が終わるのを待つ事にする。異世界での事情となるとシオンは蚊帳の外だ。
「アユミさん、自分が元の世界にいた最後の年って何年だったか覚えてます?」
「えっと、確か……」
エリスに尋ねられ、アユミはその内容を思い出し、四桁の数字を口にした。
「……私がここに来る直前と同じ年ですね」
「俺もだ。どういうこった?」
「ふむ、考えられる可能性は、この世界は我々の元いた世界とは時の流れが違う、と言ったところだろうか?」
「多分そうなんだろうね。今度シュヘルムヴィアーに聞いてみるよ。なんか変な感じ〜」
皆の違和感の原因を突き止められたようで、アユミが再び歩き始めたのをきっかけに皆も進行を再開する。
時間の流れが違う、か。ならばもし仮にこの世界からエリス達の世界に行ったとしても、こちらでは数ヶ月の時が流れているがエリス達がここに来る直前の日にちと大差ない時間に戻っている事になるのか。アユミ曰く世界を跨ぐ事はできないらしいので本当に仮の話だが。
「ふーん、そっか。全然時間は経ってなかったんだ……じゃあ、ボクは別にみんなよりも流行に遅れてる残念女子ってわけじゃないんだね? それは良かった!」
「異世界に来てんのに遅れてるも何もねーんじゃねーの?」
「でもアユミさん、元の世界だと私達と同じくらいの時にこの世界に来ていて二年以上経ってるって……この世界に来る直前って何歳だったんですか?」
「え? 十三歳だったけ……ど……っ!? ちょっと待って! え? マジで? てことはボクって……」
エリスの質問で、皆はある事実に気付いた。
「だっはははは! マジか!? お前そんなに年下だったのかよ!?」
「いやいやいやいや! しっかりこっちで二年以上経ってるからやっぱり十五、六歳くらいだよ! そうでしょ!?」
「ぷっ……そ、そうですねアユミちゃん……ぷふっ」
「笑ってる! てかちゃん付けになってる!? ちょっとホント勘弁してくれない!?」
「十三歳……ふむ、なるほどなるほど……いいな!」
「ちょっと本気で気持ち悪いからやめてくれる!? 変態! ロリコン! 性倒錯者!」
元いた世界の時の皆の年齢を考えると、アユミはこちらに早く来た分、この世界で経過した年月分若かった事になる。それを換算すると、皆よりもだいぶ若い結果となったわけだ。
とはいえ肉体年齢等はアユミの言う通り相応の年齢である事は確かなはずなので皆がそこまでからかう事もないのかもしれないが……面白いので黙っておく事にした。
「これからはエリスお姉さんって呼んでいいですよアユミちゃん……っ……だ、駄目ですやっぱり可笑しいっ……」
「エーリースーっ!!」
これは暫くこのネタでからかわれそうだな、とシオンは苦笑するのだった。止める気はかけらもないけど。
ちょっとしたお知らせ。
前回の話を大幅に修正したので報告。物語の流れ自体は変わりませんが、描写を黒騎士視点である事を意識した文体にしました。読んだ印象がだいぶ変わっているかと思いますので、気になる方は改めて読んで頂けたらと思います。(2018年2月7日12時現在)
一度投稿した内容を大幅に修正してしまった事は深く反省しております。ここで謝罪させて頂きます。ご迷惑おかけしました。




