黒騎士、宮殿での生活。
剣戟が鳴り響いていた。
ヴァスキン帝国宮殿、騎士団の修練場。
数人の騎士が見守るのは、その中央にて刃を交える二人の男の姿。
片方は大の大人ですら見上げる程の巨躯。漆黒の鎧に身を包む……そう、我。黒騎士だ。
その両手にはそれぞれ、瓜二つの意匠の長剣。この巨大な体躯から傍目には違和感はないだろうが、本来片手で振るうには適さない程の重量はある事は剣を嗜む者ならば一目で分かる代物であろう。それを我は当然のように巧みに振るっている。フッ、この程度、造作もない。
そして我の双刃を一振りの剣で捌いているのは、年若い青年騎士。際限なく振るわれる我が一撃一撃が必殺の斬撃を、姿勢を崩す事なくことごとくを受け流し、さらにはその鋭い眼光は連撃の僅かな隙を見出し反撃のひと突きを繰り出してくる。
我はそれを片方の剣で防ぎ、追撃を許さずもう片方の剣での攻撃を再開する。しかし青年騎士がそれを避け、再び我が連撃を青年が捌く流れが始まる。
その一連の攻防が一呼吸する一瞬の間に繰り返されている。恐らく見守る騎士達は目で追うのがやっとといった具合だろう。
実力は拮抗しているようにも見えるが、我の相手である青年騎士の表情は、仏頂面と呼ばれても仕方のないものではあったが、焦りは一切感じられない。我には理解る。あれはまだ全力ではない。
二人の攻防は暫く続いたが、その終わりは唐突だった。我はある気配を感じ剣を止め、修練場の入り口に顔を向けた。青年もそれに倣う。二人の視線の先の扉が開かれ、修練場に新たな人物が顔を見せた。
長い銀髪に真紅の瞳、白い肌。愛らしいドレスのスカートを揺らす見目麗しい少女……我が主君、白銀の姫君。マツリだ。
マツリの登場に、その場に居る全ての者が膝をつき頭を下げる。無論我も青年騎士も同様に。マツリはその様子を気にする事なく、ゆったりと我と青年騎士の下へと足を運ぶ。
「演習を邪魔して悪いわね。黒騎士、次の行き先が決まったわ」
「左様か。お供しよう」
マツリの言葉を聞き頭を上げ立ち上がる。行き先というのは、新たに契約する精霊の居る場所の事だろう。
我は両手の双剣を合わせる。魔力を発している事を示す光がそれらを包み、双刃は形を変え合わさり、普段彼が背負う巨剣へと変形した。先程までの双剣は我が「弐式」と名付けている、変形黒剣の型のひとつ。手数と攻撃速度を重視した、普段使うこの壱式、大剣形態よりも対人戦に特化した型と言えよう。もっとも、模擬戦であるが故に刃はなく、例え刀身が当たろうとも斬り裂いてしまう事はないように構築してはいたが。
我が錬金魔術による剣の変形にマツリは特に興味を示す様子もなく、青年騎士に向く。むぅ。
「どうかしらウィル、黒騎士の技量は」
「は……剣術においては自分以外の者には敗北はないかと」
「フフッ、そう……最初の頃は酷いものだったのに、もうそこまで成長したのね」
「マツリ様の護衛の任を承る者が半端な実力では誰も納得しないでしょう。当然の義務かと」
ウィルと呼ばれた青年騎士は、マツリの問いかけに頭を下げたまま淡々と応えた。
「どう、黒騎士? 錬金術もアリなら剣聖様に勝てそう?」
愉快そうにクスクスと笑いながら、マツリは今度は我にそんな事を尋ねてくる。
当然……と言いたいところだが、
「実際に試してみなければわからんが、難しいだろう。剣だけでは我はまだ此奴の全力を引き出させるに至っていない故」
「そう、まだまだ修行が必要ね」
我はマツリの質問に率直な意見を述べた。
ウィルと呼ばれた青年……帝国一の剣の使い手と賞される「剣聖」、ウィルヘルムと我との実力差はそれ程までにある。その事を自覚できていない我ではない。
だが、その事を悔しく思っているわけでもない。
「己よりも強き者がいるというのは良い……乗り越えんとする気概を刺激させてくれる。修行にも身が入るというものだ」
「……そう簡単に乗り越えられるとは思わない事だ」
此奴は我が向上心を程良く刺激してくれる。我は自分よりも実力が高い者がいる事を喜ぶが、立ち上がったウィルヘルムは辛辣な態度を示した。
「その命に代えてもマツリ様を御守りしろ。それが唯一お前のこの帝国に於ける価値である事を知れ」
「言われるまでもない」
ウィルヘルムのその言葉を最後に、マツリが修練場から出る為歩き出した為、我も軽く会釈をしてそれに続く。
「中々信頼されてきてるじゃない。最初はあんなに毛嫌いされてたのに。仲が良さそうで安心したわ」
修練場を出て廊下を歩く足は緩めぬまま、我とウィルヘルムのやり取りを聞いていたマツリが二人が顔合わせをした当時を思い出したらしく、含み笑いをしながらそんな事を呟いた。
「そう見えたか……フッ、いつも修練に付き合わせている故であろう。嫌でも気心が知れてくるというものよ」
「あらあら、ウィルもよく付き合ってくれてるわね」
「「白銀の君を守り抜くだけの実力をつける為だ」と言えば断らぬからな」
「ああ、そういう……ウフフッ、彼も良いように使われて御愁傷様ね」
「あれ程の手合いは他にいない。嫌でも付き合って貰うつもりだ」
互いに当時を思い出しながら語る。マツリによって宮殿に招き入れられた我は、当初は多くの者からは快く思われてはいなかった。マツリの決定に逆らう者がいない為に渋々容認されていたのだ。特にウィルヘルムの反発は顕著だった。突然現れた部外者にマツリ様の身の安全を任せられるかと食ってかかってきたのだ。嫉妬心も垣間見えたが、その気持ちもわからんでもない。
結果として決闘を挑まれ、我は敗北こそしたもののその実力は知れ渡る事となり、皆に認められるきっかけとなった。錬金魔術の使い手である事も知られ、騎士団の武具の修繕にこき使われたりもしたが……まあ、あの程度は造作もない事だ。
それからは我は、マツリの召喚契約の旅のお供の合間の、宮殿に滞在している期間中はいつもウィルヘルムに稽古をつけて貰っている。おかげで我が剣術、というよりは黒騎士というゴーレムの操作技術だが、我の剣技はみるみるうちに上達し、ウィルヘルムにも先程語られた程の評価を下される程に成長したのだ。ああは言っていたが、彼奴の首に我が剣を突き立てる日もそう遠くはなかろう。
「今日もトバリは不在ね。最近入れ違いが多いわね。本当ならそろそろ予定の擦り合わせもしないといけないのに」
それまでの話題を打ち切り何気なく呟いたマツリの言葉に、トバリというこの国の軍師である男を思い出す。普段からフードを深く被った、得体の知れない薄気味悪い男だ。
我がマツリの旅の護衛を正式に請け負う事になった時も不在で、トバリには事後承諾という形で伝わったらしい。
我がトバリと顔合わせしたのは一度きりだが、あまり良い印象はない。何より、マツリはトバリの事を警戒しているらしい事を感じ取っていた。
あの男はどういうわけか、マツリの能力の影響を受けていない。その理由もマツリは詳しく知らされていないという。
マツリは、くれぐれもあの男に自分が異界人である事は知られないようにと注意していた。その思惑を直接聞いたわけではないが、我をあの男に対する戦力として考え、情報を渡さないように努めたいのだろう事は想像できる。
今やマツリが中心となっていると言っても過言ではないヴァスキン帝国宮殿内で、唯一の異物。
あの男の存在が、マツリの野望に影を落としている……そんな予感が拭えずにいる。
立ちはだかるならば……我が剣で斬り捨ててくれよう。




